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第三章 変化する状況
26.籐子の想い
しおりを挟む「サクラ…大丈夫か?」
リリーが心配そうにサクラに寄り添い、その腕を見つめる。彼女の細い腕にはこぶし大の痛々しい痣が出来ていた。
「大丈夫よ、リリー。助けてくれてありがとう。」
サクラは弱々しく微笑み、患部を水で冷やす。痛みに思わず顔が歪んだ。
放課後、梨久といるところを見られたからだろう。屋敷に戻ると、義母と妹にいつにも増して凄い剣幕で罵られ、暴力を振るわれた。
「やっぱり泥棒猫の娘ね!恥を知れ!」
「ちょっと成績が上がったからって、調子に乗るんじゃないわよ!」
二人がかりで殴る蹴るの暴行を加えられ、為す術もなく耐え忍んだ。腕の痣は杏に力いっぱい踏みつけられた時に出来たものだろう。リリーが止めに入ってくれなければ、もっと酷い怪我を負っていたかもしれない。背中や腹にもズキズキと鈍い痛みを感じる。
「よくもサクラを……奴等め、殺してくれる。」
ギリギリと歯を食いしばり、怒りで顔を歪めるリリーに「落ち着いて」と声を掛ける。今回は何とかなったが、魔力が封印されている今の状態では到底杏に及ばないだろう。リリーまで危険な目に遭わせる訳にはいかない。
「自分に治癒魔術を使えないのが残念だわ…。」
腕に残った痣を見てサクラは呟く。何度か試してみたが、術者本人の傷を癒すことは出来ないようだ。痛む箇所を確認すると、他にもいくつか痣が出来ている。
明日は傷が隠れるよう、大きめの着物を着ていかないと…。
せめて目立たないようにと、腕に古い着物の端切れを巻きながらサクラは溜息をついた。
----
「サクラさん!先程成績掲示を見ましたわ。学年三位おめでとうございます!」
翌日、東十条家の馬車に乗り込むと、籐子が嬉しそうにサクラを祝う。照れながら「ありがとうございます」と告げると、籐子は優しく微笑んだ。
「熱心に鍛錬されていましたものね。本当に素晴らしいですわ。」
籐子の膝の上で、梅も「サクラ様、すごいです!」と目を輝かせる。
「籐子様に教えて貰ったおかげです。本当にありがとうございました。」
今回の結果は、間違いなく放課後の特訓の成果である。自分の為に毎日時間を割いてくれる籐子に、サクラは感謝の気持ちを込めて再度頭を下げた。
「籐子はまた学年一位と聞いたぞ、流石じゃな。」
リリーの言葉にサクラは大きく頷く。入学以降、ずっとこの成績を維持しているらしい。本当に頭が下がる。
「サクラさんが急激に腕を上げていくので、私も負けていられないと試験勉強を頑張れましたわ。」
お互いを褒め合い、笑いながら語らっていると、馬車はあっという間に東十条家に到着した。
「やぁ、こんにちは。」
馬車を下り、葵の案内で東十条家の玄関へ入ると、軍服姿の菖斗と桔平が話し込んでいた。サクラ達に気付いた菖斗が「久しぶり」と声を掛ける。
「本条院様、ご機嫌よう。」
挨拶をする籐子と共に、サクラも「ご機嫌よう…」と頭を下げる。顔を上げると優しい表情で微笑まれ、どきりと心臓が跳ねた。
「お兄様も。帰っておられたのですね!」
籐子が笑顔で桔平へと駆け寄る。
「丁度近くを通ったからね。葵、ちょっといいかな。」
籐子に向かって微笑んだ後、桔平は葵に声を掛ける。呼ばれた葵は、「嫌です」と思いっきり顔を顰めた。
「残念ながらこれは命令だ。なに、直ぐに終わるよ。籐子達は侍女に案内させよう。」
葵の態度に苦笑いを浮かべながら、桔平は侍女に指示を出す。籐子は心配そうな顔で葵を見つめていたが、侍女に連れられ、サクラと共に私室へと向かった。
「葵様が心配なのですね。」
紅茶を嗜みながらも、そわそわと落ち着かない様子で扉を見つめる籐子にサクラは声を掛ける。
その言葉に、籐子は「えっ…?!」と顔を赤らめて大げさに反応する。
……本当にお可愛らしいわ。
そんな籐子に優しい眼差しを向けると、彼女は目を丸くした後、頬を染めたままもじもじと呟いた。
「サクラさんには、気付かれているのですね…。」
籐子の言葉にサクラはゆっくりと頷く。彼女が葵に好意を寄せていることは何となく勘づいていた。今も理由も分からず兄に呼ばれた葵の身を案じているのだろう。
少々図々しい年上の従者を諫める籐子の視線や言葉には、サクラに向けられるものとは少し違う恋慕の情が込められていた。
隣にいる自分まで思わずドキリとしてしまうその感情を感じ取ると同時に、彼女が決められた婚約者がいるからと自身の想いに蓋をしていることにも気が付いた。
…葵様も籐子様をお慕いしているように見えるけれど。
「内緒にしてね。」と困ったように微笑む籐子の言葉に頷きながらサクラは考える。
主人と従者という関係には、サクラには想像できないような難しい問題があるのだろう。ぽつり、ぽつりと話される葵への想いを聞きながら、サクラは彼女には絶対に幸せになって貰いたいと強く思った。
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