サクラ色に染まる日 〜惨めな私が幸せになるまで〜

碧みどり

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第三章 変化する状況

23.贈り物 ※菖斗視点

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”が関わっているとなると、厄介だな……。

情報屋の言葉に菖斗は思慮を巡らす。とは、国の術者登録名簿から抹消された者のことを指す。謀反を企てたり、犯罪に手を染めたり…その理由は様々だが、罪を犯したが故に能力を封印され、国外追放を命じられるのだ。

しかし、極稀に封印を解き、再び国へ戻ってくる輩がいる。大抵はすぐに警護隊によって始末されるのだが…。部下達にも共有して詳しく調べる必要がありそうだ。


「とにかく、この件については引き続き調査してくれ。」


表情を引き締めながら菖斗が告げると、情報屋の男はわざとらしく溜息を吐いた。


「最近、警護隊の皆様は人使いが荒いですねぇ…。次から次へと依頼する割に、報酬は変わりませんし…。」


その言葉に菖斗はぐっと詰まる。確かに最近捜査が立て込んでおり、かなり男を当てにしている。警護隊の人員不足も影響し、どうしても頼らざるを得ないのだ。


「私はしがない情報屋でございます。今はお国の為にと警護隊の皆様に忠義を誓っておりますが…、報酬次第では考えが変わることも……」


「分かった、分かった。今日は商品を購入させてもらおう。」


男の言葉を遮り、観念したように菖斗は応える。相変わらず食えない奴だ。こうして何かと理由をつけては、商品を売りつけてくるのだ。


まぁ、物は確かだから良いのだが……。


店主は胡散臭いが、店内に並べられている装飾品はどれも一流の品ばかりだ。しかし、自身が装飾品を使うことはほとんど無いし、贈るような相手もいない。どうしたものかと商品を見回していると、身を縮めて佇んでいるサクラと目が合った。


「そうだ、今日付き合って貰ったお礼に何か贈らせて貰えるかい?」


我ながら妙案だ。どれでも好きな物を選んでねと声を掛けると、予想通り彼女は高速で首を横に振った。


「私は付いて来ただけですので、お礼なんて頂けません!」


ぶんぶんと両手まで振りながら全力で拒否されるが、菖斗も引く気はない。


「そうは言っても、この男にこれからも国防に関わって貰うためには商品を購入する必要があるんだ。俺は間に合っているし、他に贈る相手もいないし…。君が貰ってくれないとリリーの呪いの調査が進まない上に、最悪の場合、国が危機に瀕する可能性も有る。」


ほとんど脅迫のような菖斗の言葉に、サクラの顔からみるみる血の気が引いていく。…このぐらい言わないと彼女は受け取ってくれないだろう。ここに来るまでに何度も断られたので、少し意地になっているのかもしれない。


「だから、人助けだと思って受け取って欲しいんだ。」


そう言ってニコリと微笑むと、束の間の沈黙の後、サクラは顔を真っ青にしながら小さく頷いた。贈り物をしたいだけなのに、悪いことをしている気分になる。そんな二人のやり取りをリリーがニヤニヤと笑みを浮かべながら眺めている。


「嗚呼!ありがとうございます! 髪留め、帯紐…等々、全て逸品を取り揃えておりますよ。さぁ、聖獣使いのお嬢様、お好きな物をお選びくださいませ。」


男は嬉しそうにサクラを商品棚へと誘い、こちらはいかがですか?と次々と商品を紹介していく。店主に押されてあたふたするサクラを見て、菖斗は思わず微笑んだ。


「これなんていいんじゃないかい?」


暫くの間、二人のやり取りを見つめていた菖斗だったが、桜を模した髪飾りを手に取ると、そっとサクラの髪に添えた。派手さがなく、落ち着いた雰囲気の彼女によく似合っている。そんな菖斗の行動にサクラが驚いた様子で目を見張る。その顔はみるみる赤く染まっていった。


「さすがは本条院家のお坊ちゃま!お目が高い!」


すぐに男が食いつき、この商品は……と説明を始める。その言葉を軽く聞き流しながら菖斗は続けた。


「似合うと思うけど、どうかな?」


サクラは赤い顔のまま、差し出された髪飾りを眺めていたが、ゆっくりと首を横に振った。


「とても素敵なのですが、身に付けるものは…。」


申し訳なさそうに目を背けられ、胸がチクりと痛む。


「身に付けるものだと迷惑かな?」


思わず強い口調で尋ねると、サクラが慌てたように口を開いた。


「ち、違うんです。身に付けるものは盗られ…無くしてしまうのが怖くて。」


なるほど…。消えそうな声でそう告げられ、言葉の意味を理解した。義母や妹に奪われることを恐れているのだろう。菖斗としてもせっかく贈るのであれば、火種となるものは避けたい。


「では、身に付けず気軽に持ち歩ける物がいいな。店主よ、何かいい品物は無いかい?」


「それなら、こちらはいかがでしょう。」


店主はそう言って小さな木箱を差し出す。中には丸形の小さな手鏡が入っていた。持ち手はなく片手で包み込めるほどの大きさなので懐に入れて持ち歩けるだろう。裏側には螺鈿の桜模様が施されており、キラキラと輝いている。


「こちらはただの手鏡ではありません。守護魔術が掛けられており、その姿を映すものを癒す効果があるのです。もちろん、衝撃を受けて簡単に割れることも無いですよ。」


そっとサクラに目をやると、綺麗…と息を呑んで手鏡を見つめている。


「では、これを貰おう。」


彼女の反応に満足してそう告げると、お買い上げありがとうございます!と男が嬉々とした声を上げた。サクラに見えないように会計を済ませ、手鏡の入った小箱を受け取る。


「今日は付き合ってくれてありがとう。はい、どうぞ。」


サクラの方へと向き直り、微笑みながら小箱を差し出すと、彼女はまた頬を赤く染め、震える手でそれを受け取った。


「すみません…あの、本当にありがとうございます。」


「いえいえ、こちらこそ。俺も楽しかったよ。」


大事にしてねと告げると、サクラは何度も頷いた。そして小箱を開けて鏡を見つめ、嬉しそうにふにゃっと微笑む。その笑顔に、菖斗の心は満たされていった。
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