上 下
22 / 50
第三章 変化する状況

22.偶然の再会(2) ※菖斗視点

しおりを挟む

…思わず声を掛けてしまった。


物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回しながら隣を歩く少女を見下ろし、菖斗は思案する。河原であまりにも無防備に佇んでいたサクラを見かけ、気が付くと声を掛けていた。


勝手に身辺調査をしていたこともあり、知った気になっていたのかもしれない。咄嗟に「サクラちゃん」などと気軽に名前を呼んでしまい、心の中でやってしまったと後悔する。


由緒正しき本条院家の出身であり、若くして警護隊副隊長へと昇り詰めた菖斗は、その眉目秀麗な容姿も相まって女性達の注目の的だった。実際に二十四歳を迎えた彼には、縁談の申し込みが殺到している。


所かまわず媚び諂い、自身の気を引こうとする女性達に辟易していた菖斗は、常に女性とは一定の距離を保つよう心掛けていた。その為、迂闊に名前を呼び、付け入る隙を与えてしまったことを悔いたのだが…。


…他の令嬢とは違って新鮮だな。


サクラは最初こそ頬を赤く染めて俯いていたものの、媚びてくる様子は一切無い。声を掛けられて色目を使うどころか、目を白黒させて焦り始めるサクラを見て、菖斗は拍子抜けした。


予定が無いと話す彼女をこのままを放置すると、あの無防備な姿でここに居続けるのでは無いか…気付けば「付いて来てくれないか」と打診していた。


あまり街に来たことがないのだろう。熱心に店や商品を眺める姿を微笑ましく思い、菖斗は自然と歩く速度を緩め、サクラに歩幅を合わせていた。道行く女性から何度もチラチラと熱い視線を送られたが、サクラを連れているからだろう、いつものように取り囲まれることは無かった。


「お主の用事とは何なのじゃ?」


菖斗がサクラに歩幅を合わせていることに気づいたリリーがのんびりと尋ねる。その言葉にサクラがぴくっと肩を揺らして反応した。


「す、すみません!!私つい夢中になってしまって…。本条院様にお連れ頂いているのに…本当に申し訳ございません…。」


我に返ったのだろう。真っ赤になって俯く少女に向かって、大丈夫だよと微笑んだが、彼女はそれ以降、真顔で菖斗の後ろを付いてくるだけになってしまった。


せっかく来たのだから楽しめばいいのに…。


七条家は娯楽を楽しめる環境ではなかっただろう。彼女にも年相応にはしゃいだり、楽しんだりして貰いたいと思ったが、サクラは物をねだることもせず、物欲しそうな様子も一切見せない。ならばこちらからと思い、何か欲しい物はあるか?食べたい物は無いか?と色々尋ねたが首を横に振られるだけだった。


----


「さぁ、ここだよ。」


菖斗は、目的地である小さな装具屋へとサクラとリリーを誘う。大通りを外れた場所にひっそりと佇む店へ足を踏み入れると、薄暗い店内には高級そうな帯留めや髪飾りなどの装飾品が、所狭しと並べられていた。扉に取り付けられている来店を知らせる鈴が鳴り、店の奥から「いらっしゃいませ」と声がする。


「これはこれは、本条院家の坊ちゃま。ようこそいらっしゃいました。…おや?珍しくお連れ様がいらっしゃるのですね。」


奥からゆっくりと姿を現した声の主は、軽い口調で菖斗に声を掛ける。体を覆うように黒い布を纏い、大きな頭巾を目深にかぶっている為、その表情を伺うことは出来ない。


「ここに来る途中で偶然出会ったんだ。……おい、怖がらせるなよ。」


菖斗はいつの間にかサクラへと近づき、その顔を興味深そうに覗き込んでいる男を諫める。突然距離を詰められた上に無遠慮に顔を覗き込まれ、サクラは身を強張らせ、困惑していた。足元でリリーが毛を逆立て、男を威嚇している。


「なるほど、この方ですね。そしてこちらがその聖獣……。」


跪き、リリーの顔を両手で固定して覗き込みながら男が呟く。その動きの速さに反応出来ず、されるがままになったリリーは男の手から逃れようと何度もイヤイヤと顔を振っている。


「頼んでいた件の進捗はどうだ?」


態度を改めない男の様子に、ため息を吐きながら菖斗が尋ねた。相変わらず掴みどころがない奴だ。


残念ながらまだ……と男は静かに首を振る。


「この男はこう見えて優秀な情報屋なんだよ。リリーに呪いを掛けた術者について調査をお願いしてるんだ。」


困惑した表情のまま男とのやり取りを見つめているサクラに説明する。この上なく胡散臭い見た目をした黒ずくめの男は、帝都一と名高い優秀な情報屋である。警護隊の御用達として捜査の際によく力を借りているのだ。


「以前お渡しした情報から進展はありません。何人か可能性がありそうな術者を当たっていましたが、皆ハズレでした。もしかしたら“”案件かもしれませんなぁ……。」


低い声で告げる情報屋の言葉に、菖斗は思い切り顔を顰めた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...