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第三章 変化する状況
21.偶然の再会(1)
しおりを挟む警護隊舎を訪れた日からひと月が経ち、サクラ達は次の定期考査に向けて勉学や術の鍛錬に励んでいた。本日も、いつも通り東十条家で放課後を過ごす予定だったが…
「本当にごめんなさい…。」
学院の昇降口で籐子がサクラに向かって頭を下げる。
「私、浮かれていて今日はご一緒出来ないとお伝えするのを忘れておりました…。」
頭を下げ続ける籐子に困惑して、助けを求めるように葵を見る。聞けば、本日は長兄の嫁の誕生日らしく、家族皆で義姉の誕生日を祝うため、放課後を共に過ごすことが出来ないとのことだった。
「そんなこと!お気になさらないでください!」
葵から詳細を聞き、サクラは恐縮する。いつもお邪魔させてもらっている身だ。こんな日は家族水入らずで楽しく過ごして欲しいと思う。
私は大丈夫ですのでと微笑むと、籐子は一瞬ほっとした表情を見せてくれたが、最後まで申し訳なさそうに肩を落としながら馬車へと乗り込んでいった。
「さて、この後どうしようか…。」
去りゆく籐子に手を振り終わり、足元のリリーに向かって呟く。このまま家に帰ったら確実に義母や妹の憂さ晴らしにされてしまうだろう。
今日も東十条家で過ごしたことにして、どこかで時間を潰そう…。
そう考えて歩き出したが、今まで自由な時間をほとんど持ったことが無い。こんな時どのように過ごせばいいのか分からず、サクラは途方に暮れた。
当てもなく通りを歩いていると、キャハハ…と楽しそうな声をあげ、数人の女生徒が隣を走り抜けて行く。きっと街へ行くのだろう。サクラはその背中をぼんやりと見送る。
私には縁遠い場所だわ…。
家では無給で雑用を強いられている為、無一文なのだ。お金を持たないサクラが街に行っても出来ることは何も無い。だからといって学院に戻る気にもなれず、近くの河原で時間を潰すことにした。草むらに座ってぼんやりと景色を眺めるサクラの膝上で、リリーが欠伸をしながら微睡む。
そういえば、リリーと出会ったのも河原だったな…。
サクラは過去に思いを馳せる。婚約破棄を通告されたあの日から随分と状況が変わった。あの時は、強い絶望を味わい身を投げることも考えたが、今こうして過去を振り返る余裕を持てるなんて…。
リリーや籐子が暗くて狭い世界からサクラを連れ出してくれたおかげだ。二人にはどれだけ感謝しても足りない。
頬に心地よい風を感じ、急な眠気に襲われる。瞼の重みに逆らえず、そっと瞳を閉じた瞬間…
「サクラちゃん?」
背後から名前を呼ばれて、ビクッと反射的に目を開けた。自分のことを「サクラちゃん」と呼ぶ人物に心当たりが無く怪訝な顔をして振り返ると、仕事終わりなのだろう…軍服を緩く着崩した菖斗が立っていた。
ーーー
「ほっ…本条院様…こんにちは。」
サクラは慌てて立ち上がり、姿勢を正して頭を下げる。焦って声が上ずってしまった…恥ずかしい…。
突然寝床を奪われたリリーは、身体を低くして何事かと周囲を警戒している。
「こんにちは、久しぶりだね。リリーもこんにちは。」
顔を上げたサクラは、優しい微笑みを浮かべる菖斗に目を奪われる。薄い栗色の髪が日の光に反射してキラキラと輝き、彼の端正な顔を際立たせていた。
「よう小僧、また会ったな。」
菖斗の姿を目に留め、リリーが安心したようにニヤリと笑う。
「こんなところで何をしてるんだい?」
菖斗に見つめられ、サクラは顔を赤くして俯いた。駄目だ、眩しすぎて直視できない…。
「放課後の...予定が無くなったので、景色を…眺めておりました…。」
暇を持て余していると伝えることが恥ずかしく、語尾がどんどん小さくなる。
「そうなんだ。…ということは今日はこれから時間があるのかな?」
サクラの返事を聞いて少しの間考え込んでいた菖斗が、ゆっくりと口を開く。その問いにサクラは気まずそうに頷いた。
嗚呼…時間があるなら鍛錬でもしろと思われているかもしれないわ…。何故こんなところを見られてしまったのかしら…この後すぐに学院に戻って試験勉強に取り掛からねば…
何故か焦ってぐるぐると思考を巡らせるサクラをよそに、菖斗は続けて声を掛ける。
「では少し付き合ってくれないかい?」
…………ん??
思いがけない言葉に驚いて見上げると、菖斗が困ったように笑みを浮かべていた。
「ちょっと街へ出かける用事ができてね。でも一人では味気ないなと思っていたところなんだ。付いて来て貰えると嬉しいんだけど…お願い出来るかな?」
ついて来て欲しいとお願いされ、断る理由も無い。サクラは顔を真っ赤にして頷き、ニヤニヤ笑うリリーの視線を感じながら、菖斗と共に街へと歩みを進めた。
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