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第三章 変化する状況
20.気になる少女 ※菖斗視点
しおりを挟むリリーに呪術が掛けられていると発覚してから数日後…。西日の差し込む執務室で、菖斗は腕を組み思慮を巡らせていた。
政府に提出されている術者登録名簿を調べても、あれほどの呪術を扱える者の目星が付かないのだ。現在は部下に指示を出し、能力の高い術者の身辺を探らせている。
それにしても、あの呪術はかなり浄化されていたな……。
リリーに掛けられていたのは、通常なら受けた者に死をもたらす強力な呪いだった。にも関わらず、彼女の呪いは魔力封印のみを残し、全ての効力が消え失せていた。身体にしっかりと刻印が残っていたので、術者が呪いを掛け損ねたということでは無さそうだ。そうなると…
「呪いの力と同等…もしくはそれ以上の強い治癒魔術によって、祓われたのだろうな。」
そう呟くと、菖斗はまた深く考え込む。この国の魔術には、「攻撃」、「防御」、「治癒」の三つの特性があり、術者によって得意とする特性が異なっている。菖斗や桔平のように攻撃魔術を得意とする者は国防へ、防御魔術を得意とする者は国政へという風に、術師達のほとんどはその能力特性に応じて進路が決定されていた。
現在、この国の術者は「攻撃」と「防御」特性を持つ者が多くの割合を占めており、「治癒」特性を持つ術者は少ない。その希少な力を保護するため、政府は治癒特性の有無を報告することを術者に義務付けていた。しかしいくら調査しても登録されている術者の中にリリーの傷を癒した者はいなかったのだ。
可能性があるとすれば、あの少女か……。
菖斗はリリーの主人である少女の姿を思い浮かべる。その華奢すぎる身体に強大な魔力を有しているとはとても想像出来ないが……、確かにあの時、一瞬だが強い封印を受けているリリーを本来の姿に戻していた。
確か、リリーと出会ったのは学院へ入学する前だと話していたな…。
幼少期の魔力暴走を防ぐ為、当時のサクラにも政府によって封印措置が施されていたはずだ。しかし実はこの措置は、一定量の魔力を制限するものである。通常子どもの魔力量であれば、この封印で十分制御可能だが、極稀に幼少期から封印量を超える程強大な魔力を有している者がいると聞く。
彼女がその一人なのかもしれないと考え、菖斗は眉を顰めた。封印措置量を超える魔力についても、治癒魔力と同様に政府への報告が義務付けられている。しかし、どれだけ調べても七条家からその事実が報告されたという記録が見当たらない。
…何か善からぬことを考えている可能性があるな。
七条家の人間が、サクラの能力を隠蔽して謀反を企てている可能性も考えられる。直ぐに事実を確認すべく、菖斗は桔平に捜査の指示を出した。
----
…コンコン
執務室の扉を軽く叩く音に、菖斗はゆっくりと顔を上げる。どうぞと声をかけると、「失礼します」と桔平が現れた。
「七条サクラについての報告書をお持ちしました。」
そう告げると、桔平は鞄から分厚い報告書を取り出す。手渡された資料に菖斗は怪訝な顔を向ける。彼女の身辺調査を指示したのは昨日だ。
「えらく早いな? 七条は既に何か問題があったのか?」
「問題大ありでした。」
聞けば、妹から気になる話を聞いていたので、個人的にも調べていたのだと言う。
「五大名家と括られていても、現在ではほとんど関わりがありませんからね。万が一に備えて、弱みを握っておいて損は無いですよ。」
黒い笑顔を浮かべる桔平に、「流石だな」と苦笑し、資料に目を落とす。そこに書かれていた内容はとにかく不快なものだった。
報告書には、先代当主が亡くなって以降、サクラが家族から使用人のように扱われ、虐げられていることが記されていた。長く慕っていた婚約者の裏切りについても合わせて報告されている。
「七条家現当主は、後妻や妹ばかりを贔屓し、前妻との娘であるサクラに全く関心を示さないようです。その為、彼女の能力を認知していないのでしょう。」
彼女の能力を悪用しようという動きは現段階では見られませんでしたと桔平が補足する。
………本当に、胸糞悪い内容だな。
報告を聞いた菖斗は、思いっきり顔を歪めた。名高い名家も随分と落ちぶれたものだ。基礎教育を受けられなかった為に、満足に力を使えず、彼女自身も自らの能力に気付いていないようだ。
磨けば光るだろうに……本当に勿体無い。
少女の不憫な境遇を知り、菖斗は同情する。まだ若いのに不要な苦労を強いられている。せめてリリーの件では力になれればと思うが…
結局、何の手掛かりも得られなかったな…。
当てが無くなり、菖斗は天井を仰ぐ。七条家の動向については引き続き調査させてもいいだろう。サクラの能力も気になるし、家族からの扱いについても、証拠が集まれば相応の手段を取ることが出来るかもしれない…。
菖斗は報告を終えた桔平を下がらせ、自身も新たな情報収集のために執務室を後にした。
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