悠遠の誓い

４章

一人で出来るもん

「あれ？あんた帰ってきたの海瑠ん家に泊まるんじゃなかったの」

昨日　孝之の家に泊まると言わずにお泊りセットを持っていったオレ。母ちゃんは海瑠ん家だと思ってる。毎週土曜の夜は海瑠の家に泊まって日曜の夕方に帰るから土曜の夕方に帰ったオレに驚いたようだ。

「またケンカしたんじゃないでしょうね？」
「してないし！」
「ほんとかねー」
「きっ…昨日も泊まったしっ！オレも家ですることあるしっ！」

とっさについてしまった嘘。することなんて何もない。

ケンカしたんなら謝りなさいよーなんて声を聴きつつ二階に駆け上がる。


珍しく父ちゃんもいる夕飯時。勤勉の塊のような父ちゃん。いつも工場で残業続きの父ちゃんの唯一の楽しみは夕飯の時のマグロの刺身とビール１本。ほかのオカズは食べずにこれだけでビールがなくなると漬物と白飯だけを食う。
オレには栄養がーってうるさい母ちゃんも楽でいいわと長年このスタイルらしい。

「父ちゃん　オレ風呂一人で入れるように…なりたい」

オレが冷凍グラタンの中のマッシュルームをこね回しながらそういうと、プハーとおいしそうにコップのビールを飲み干した。

「そうだなぁ　また高校でも修学旅行あるだろうしな」

今夜から一人で髪洗う練習するか、って言ってくれた。
顔に水がかかるから俯いて髪は洗えない。泳げないオレは小学校に入ったばかりの頃　子供会のキャンプで海に行ったとき溺れたことがあった。それまでも顔を洗う時も手に水をつけて撫でるだけだったし、髪は抱っこして洗ってもらってたから息ができないほど顔に水がかかるなんてことなかったんだ。
甘やかしてくれる両親や海瑠に甘えてこのままでいいと思ってたけど…。海瑠と一緒にお風呂になんてもう入れない。

オレはやる！一人で髪を洗えるようになってみせるっ！！！！



うちの狭い風呂に風呂椅子はない。フカフカのお風呂マットにあぐらをかいて座った父ちゃんの膝の上に寝ころび仰向けてタオルで目を抑えて髪を洗ってもらうのがいつものスタイルだ。

「一人で洗うなら俯けでできるようにならんとな」

オレはうつむきタオルを顔面に押し当てた。

「鼻で息せずに口でするんだ。口は開いたままで。下向きなら絶対に水は入ってこないから」

お湯が頭にかかり耳が聞こえにくくなる。父ちゃんがまだ何か言ってるけどわかんない。オレは必死で息をする。口に入ってきそうなお湯を手で拭う。

できるようにならなきゃ―――――

オレは必死に耐えた。