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5章

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 村人たちが小声でささやきあう。

「……出ていくんだったらそれでいいんじゃないか」

「恐ろしいのは確かだが前ほどじゃないよな」

「そうだな、こんな距離に近づく前に腰が抜けてたわ」

「化け物で出会ったら最後食われるって嘘だったの?」と若いリウアンが尋ねる。

 千早の母である山吹がそれに答える。

「族長との取り決めで、私らが冬眠している間村のはずれの廃屋に住み、冬眠が遅い獣たちが荒らさないか、他種族が近づいていないかの警備をしてくれてたんだ、悪さなんかされたことないし、私たちが冬眠明けして目覚める頃には山へとかえってたよ」

「冬眠の間、うちの壊れてた垣根をなおしてくれたこともあったよ」と老いたリウアン

「うちはガタがきてた小屋の戸が、強風で吹き飛ばされないように補強してあった」



 村人たちのささやきに鳶尾いちはつが吠える。

「腑抜けどもが!」

 人々が声のほうに注目するとそこには怒りに目が充血し体をわななかせた男が仁王立ちで立っていた。


「騙されるな!」

「黒いのは恐怖のアルゼ異質な存在、白いのはリウアンをたぶらかす魔性のアルゼ異質な存在だ」


 千早ちはやの手を握り俺の後ろに立つアルゼに人々の視線が集まるや否や、村人たちの声が大きくなる。

「ルセはいい子だよ!」

「優しくて老人や子供の面倒を一生懸命見てくれた」

「働けなくなった老人が幼い獣体の子たちを子守する村の泉に、来たこともないアンタは知らないだろう?」と山吹が落ち着いた声で続ける。

「あの子がどんなに可愛らしくていい子かは村の大半が知っている。そしてそのルセが大好きなアルゼ異質な存在がなぜ私らが怖いってだけで罪人とされなきゃならないんだい?」


 村人たちがウンウンと頷く。


 形勢不利と思いきや鳶尾いちはつも反撃に出る。

「誰からも愛される?!聞くところによると虫や獣を呼び寄せるらしいじゃないか。獰猛なガルサやチキまでをも手名付けたと聞いたぞ。そんなことが出来る、それこそ魔の証!」

 大きく腕を振り上げ天に向けて叫ぶように鳶尾いちはつが叫ぶ。

 そんなはずはない
 いや確かに…

 人々の視線がざわめきながらアルゼへと注がれる。

 真っ白な大きな耳とフサフサな尻尾、大きな黒い瞳と小さなチョコンとした鼻とスケリの花びらのような薄ピンク色の唇。
 真白玉のような滑らかな肌。
 千早の服を掴む指先には唇と同じくスケリの花びらのような薄ピンク色の華奢な爪。

 可愛らしさに人々の緊張がゆるみ、笑みまで浮かべるものもいる。


 それを見た鳶尾いちはつがギリギリと奥歯を噛みしめる

「魔に取り込まれおって……」

 メキメキと鳶尾いちはつの筋肉が唸る。
 獣体へと変化しようとして全身に力を籠め始めると、耳と尻尾以外にも茶色い毛が覆いはじめ着ていた衣服がはじけ飛ぶ。

『フォアアアァア--------』


 そこに現れたのはとても大きなリウアン族の獣体。
 俺が見たことがあったのは父さん母さんの獣体だけだったが、鳶尾いちはつのソレは二回りほども大きくて、さすが時期族長と目される毛並みも立派な獣体だった。

『災いを、村の恥を生かして逃がすなどさせぬ!!!』

 鳶尾いちはつの体から揺らめき立つ怒気に他のリウアンたちが圧倒され動けなくなる。
 千早ちはやも握ったアルゼの手を放しはしないものの、腰が抜けたかのようにその場に座り込んでいた。

 獣体と化した鳶尾いちはつが初めて俺の瞳と視線を合わせた。
 その瞬間、体勢を低くし半歩後ずさったのを見逃さなかった。




千早ちはや…アルゼと下がっててくれ」

 後ろにいる千早にそう頼み、俺も獣体化すべく体に力を籠めようとした










 その時--------


 ヴゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…………

 ヴォオォオオオオォオオオ…………

 一体どれほどの生き物が発しているのか。
 聞いたこともない鳴き声の集団に取り囲まれていることに気づいた。

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