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17 途中に【交易の女】視点

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 風のように山道を駆ける。
 草木が道をあけるように左右に広がり、景色がものすごいスピードで流れてゆく。

 アルゼ--------

 山を駆け下り、村の脇を抜け次の山を駆け上がる。
 人では決してあり得ない速度で走るのに、疲れなど微塵も感じない。

 ≪アルゼ…≫

 沸騰する血液、悲鳴を上げる筋肉すらも感じないほどに湧き上がる力。

 返せ、返せ、返せ--------

 薄い唇から細い舌を出し無表情に笑う交易の女。
 なにくれと物を持ってきたのは油断させるためだったのだ。
 狙いは最初からアルゼだったのだと気づいても、もう遅い。

 朝のうちに攫われたのだとしたら、どこまで行ってしまったのか。
 けれど俺にはわかっていた。
 人の時には感じなかったすさまじい力が俺にはある。

 ≪こっちか≫

 この沼で一休みしたことがわかる。
 匂いが強い土に手を着くと過去の声が聞こえてくる。

【おれ…とこ、かえるぅ】

 いつまでも泣くアルゼに食べ物を与えるが食べないことで怒鳴りつける女。

 聞こえてくる声に胸が苦しくなる。
 アルゼを置いていったばかりにこんな目に合わせるなんて。

 今頃はたっぷりとテビクの蜜をかけたカルーペを食べているはずだった。

『おぃちぃね!』

 俺にしか食べさせられない味なんだ--------
 だから傍にいてよ--------
 村はもっといいのかもしれない--------

 けど、もっと俺がんばるから--------




 沼の水を飲み、匂いが近いことを感じ再び駆けだす。





 *【交易の女】視点

 いつまでも泣く白いのを縄で縛り足元に転がす。
 山を3つも越えたから安心していた。

 ゴォオオオオオオオオオオオ…


「な…何の音?」

 地響きと共に強風が吹き荒れる。

 木々が割れ、かつて感じたことのない程の恐怖が近づく。
 大地が揺れ、星々が隠れ暗雲が立ち込める。

 真っ暗な世界に地鳴りとともに現れたのはギラギラと光る双眸。

 ≪返せ≫

 脳を直接殴りつけるような地の底から響くような声に腰が抜ける。

「あ…ぁう」

 全身が震え声にならない。
 恐ろしい、こんな生き物は知らない--------

 暗雲が開け、一筋の光がその異形を照らす。

 リウアン族の獣体なんか比べ物にならない大きさの真っ黒な巨体。
 風が治まってもユラユラと揺れる艶やかな黒い長毛は畏怖でありながらも美しい。
 ガタガタと震える体が言うことをきかない。

 ≪俺のタイセツなものを奪う、許さない≫

 一気に膨れ上がる怒気に脳内が揺さぶられる。

 死ね、しね、シネ--------






 *


『なにこえ!ふわふわ』

「こら、じっとしろ」

 スッコンの根を砕いて泡立て、桶の中のアルゼの体を洗ってやる。


『こえ、おぃちぃ?』

 鼻先に泡をつけて、湯でヘンニャリした顔で聞いてくる。


「食べてもなんの味もしないから食ってももいいがこれは食べ物じゃないぞ。」

 俺がすべて言い終わる前に、もう泡を食べていたアルゼが顔をしかめる。



『ふわふわなのに、おぃちぃないね』


 湧き上がる力を抑えきれずいくつもの山を一瞬で駆け抜けた。
 記憶は断片的だった。
 気づけばあの交易の女は自分の手で首を絞めて死んでいた。

 ピクリとも動かないアルゼを咥え、家に帰ってきた頃には朝になっていた。




 洗い終わり、家の前の草地に布を敷き寝転ばせ、新しい布で水分をふき取ってゆく。
 陽を浴びた毛が白く輝き、根元から立ち上がり美しくアルゼの体を取り巻く。

「本当にお前は美しいな…」

 獣化しても黒くて醜くて、誰からも恐れられる俺。
 村の大人も子供も俺を見ると家に逃げ帰り悪態をつく。

アルゼ異質な存在のくせに!早く死ねばいいのに--------】


 すっかり乾いたアルゼの毛並みをいつまでも撫でていると、あの交易の女の思念が頭の中で聞こえてくる。

【この子供を高く売りたかっただけなのに、やっぱりこんな怪物に関わるんじゃなかった--------】

 俺なんかと話してくれる数少ない貴重な存在だったのに。

【そうでもなけりゃお前なんかと話すわけないだろ--------】

(わかってる、わかってたさ。)


 撫でる手が止まってたのかアルゼが俺の手の布を取り、俺の体を撫でてくる。

『おれ、も、うつくしい、ね』

 少し水分を含んだ布で撫でられるのは、決して気持ちのいいものではないけれど。


 キラキラした瞳で見上げるアルゼ。






『おれ、じゅうかしたの、すごいおっきぃね』






 俺の怒気を浴びて失神していたから覚えてないかと思っていたのに--------

 あれは俺じゃないと誤魔化せと心では思うのに、口が違うことを言っていた。

「こわく…なか…ったの、か?」

 声が震える。
 気づいていないでくれと願っていたのに、アルゼはあれが俺だと気づいてしまっていた。

『あれ、おれでしょ?こあくない、よ。かっこいい!』

 本心だろうか?
 そんなわけないのに。


『くろい、おっきぃ。おれ、かっこいーね。すっごいうつくしい、かった!』

 嬉しそうに続けるアルゼをギュッと抱きしめる。

(神様--------

 あんたにはこんな俺を生まれさせたこと恨んで、いつも悪態ばかりついていたな

 けど

 今日初めて感謝したい



 アルゼに出会わせてくれてありがとう--------)


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