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異変は朝の空に表れていた。
いつもは山頂を取り巻く雲がなく、空は夕焼けよりも赤く染まる。
これは春の嵐の前兆だ。
冬の終わりを告げるセターメが今年もやってくるのだ。
丸1ドウも続くセターメで家が壊れてしまわないように外から板をうちつける。
アルゼの出入り口である通気口にも頑丈な板を打ち付けると、寝室の中でじっとしてるように言いつけたアルゼが窓から心配げに空を見つめていた。
「心配ない」
窓の鎧戸を閉め外から板で補強する。
ここに住むようになってからずっと俺はこうしてセターメを乗り越えてきた。
これが終われば本格的な春がやってくる--------
夜までに家を補強し、畑の作物に覆いをかけ石で重しをする。
どれだけ被害が出ずにすむかは神のみぞ知るだ。
日が暮れるとガタガタと風が強くなってきた。
俺の行動がいつもと違いすぎてアルゼが不安を感じてるのが気配でわかる。
「まだまだもっと風が強くなるぞ」
いつもなら繰り返す言葉も出ないほど緊張しているのか。
「だいじょうぶだ。俺が補強した家は壊れない。」
ソワソワと篭の寝床で動くアルゼ。
外の音を聞き漏らすまいと耳を立て、体をこわばらせている。
ビョービョーと音がすごくなってきた風におびえ、篭の中で飛び上がる。
「…怖いならこっちに来るか?」
来ないだろうと思いつつも聞いてみる。
けれどアルゼは篭の中で丸くなるばかりで居間に来る気はないようだ。
獣人の子供はセターメの間、母親の懐で丸くなって過ごす。
母の腕の中にいると荒れ狂う風の音が小さくなり、トクントクンと鳴る心臓の音と、優しい母が歌う里歌に安心して眠るんだった。
懐かしいなと思い出しながら、小さな声で歌いだす。
〔ひとーつ はるのーよーにー 〕
昔、母が父が歌ってくれた鎮め歌。
自分でも驚くほどに覚えていたその歌を歌う声を大きくしていく。
〔ふたーつ かぜーのーかみさまーぴゅうーとふいーたー〕
風の音に負けないように
〔みーっつー とーうさん ふーきかえしー 〕
父のように力強く、母のように優しく
〔よーつー かあーさーんのうーでのーなかー 〕
たいした意味のない音遊びのような鎮め歌を、何度も繰り返す歌ううちにスピスピと寝息が聞こえてくる。
「抱きしめてやれればな…」 と埒もないことを独り言つ。
誰もが恐れるアルゼな俺と一緒にセターメを超えてくれる家族が出来ただけで神に感謝だ。
セターメが去り日常が戻ってくる。
思ったより被害がなかった畑に安堵しながら、荒れた家周りを修復していく。
修復が終わるまで寝室から出るなと言い聞かせたアルゼが窓から外を見ている。
外から打ち付けた通気口の板をはずしてやると、体が大きくなったせいで窮屈そうにヨジヨジと出てきた。
いつまでもあんな場所から出入りさせてられないな--------
そうは思うのだがアルゼは寝室以外入ろうとはしない。
『ここアルゼの、いえ』
寝室のカゴの中でそういうアルゼに
「こっちもアルゼの家だぞ」
と教えても頑なに言うことを聞かない。
縄張り意識が強い獣人なのか--------
『それ、おれのいえ、アルゼのちあう』
おれとは俺のことだ。
アルゼは俺の名前を知らないから、俺が言う俺ってのを名前だと認識していた。
「ちあう じゃない。ちがう、だ」
言葉の間違いを指摘しつつ、俺は少し傷ついていた。
やはり嫌われ者の俺なんかとは一緒の部屋にはいたくないのか--------
今日は崖の途中に生える香草のクケリゴを取りに行くと決め、どこに行くにもついてくるアルゼに留守番するように言い聞かせる。
クケリゴと一緒に煮れば、食べにくい作物も子供が喜ぶ味になる。
『アルゼ、るすばん』
「そうだ、ここにいてニッテの殻から実を取り出すんだ」
ソワソワと落ち着かない様子のアルゼに作業を与え、一抹の不安を覚えながらも家を出た。
一緒の部屋に入ってこないことに俺は大人げなくもすねていたのかもしれない。
昼飯にとアルゼの好きなウンカの蒸してやわらかくしたものも置いてきた。
崖を降りながら久々に一人で心置きなく採集をしていた
昼飯のウンカを食べながらアルゼも食っただろうかと考える。
日が暮れるまでに早く取り終えて帰ってやらないと--------
手早く食べ終えクケリゴ採集を再開した、その時
ガササッという音と共に上から小石が落ちてくる。
見上げると同時に白い体が宙に舞うのが見えた。
「………アルゼ!!!」
いつもは山頂を取り巻く雲がなく、空は夕焼けよりも赤く染まる。
これは春の嵐の前兆だ。
冬の終わりを告げるセターメが今年もやってくるのだ。
丸1ドウも続くセターメで家が壊れてしまわないように外から板をうちつける。
アルゼの出入り口である通気口にも頑丈な板を打ち付けると、寝室の中でじっとしてるように言いつけたアルゼが窓から心配げに空を見つめていた。
「心配ない」
窓の鎧戸を閉め外から板で補強する。
ここに住むようになってからずっと俺はこうしてセターメを乗り越えてきた。
これが終われば本格的な春がやってくる--------
夜までに家を補強し、畑の作物に覆いをかけ石で重しをする。
どれだけ被害が出ずにすむかは神のみぞ知るだ。
日が暮れるとガタガタと風が強くなってきた。
俺の行動がいつもと違いすぎてアルゼが不安を感じてるのが気配でわかる。
「まだまだもっと風が強くなるぞ」
いつもなら繰り返す言葉も出ないほど緊張しているのか。
「だいじょうぶだ。俺が補強した家は壊れない。」
ソワソワと篭の寝床で動くアルゼ。
外の音を聞き漏らすまいと耳を立て、体をこわばらせている。
ビョービョーと音がすごくなってきた風におびえ、篭の中で飛び上がる。
「…怖いならこっちに来るか?」
来ないだろうと思いつつも聞いてみる。
けれどアルゼは篭の中で丸くなるばかりで居間に来る気はないようだ。
獣人の子供はセターメの間、母親の懐で丸くなって過ごす。
母の腕の中にいると荒れ狂う風の音が小さくなり、トクントクンと鳴る心臓の音と、優しい母が歌う里歌に安心して眠るんだった。
懐かしいなと思い出しながら、小さな声で歌いだす。
〔ひとーつ はるのーよーにー 〕
昔、母が父が歌ってくれた鎮め歌。
自分でも驚くほどに覚えていたその歌を歌う声を大きくしていく。
〔ふたーつ かぜーのーかみさまーぴゅうーとふいーたー〕
風の音に負けないように
〔みーっつー とーうさん ふーきかえしー 〕
父のように力強く、母のように優しく
〔よーつー かあーさーんのうーでのーなかー 〕
たいした意味のない音遊びのような鎮め歌を、何度も繰り返す歌ううちにスピスピと寝息が聞こえてくる。
「抱きしめてやれればな…」 と埒もないことを独り言つ。
誰もが恐れるアルゼな俺と一緒にセターメを超えてくれる家族が出来ただけで神に感謝だ。
セターメが去り日常が戻ってくる。
思ったより被害がなかった畑に安堵しながら、荒れた家周りを修復していく。
修復が終わるまで寝室から出るなと言い聞かせたアルゼが窓から外を見ている。
外から打ち付けた通気口の板をはずしてやると、体が大きくなったせいで窮屈そうにヨジヨジと出てきた。
いつまでもあんな場所から出入りさせてられないな--------
そうは思うのだがアルゼは寝室以外入ろうとはしない。
『ここアルゼの、いえ』
寝室のカゴの中でそういうアルゼに
「こっちもアルゼの家だぞ」
と教えても頑なに言うことを聞かない。
縄張り意識が強い獣人なのか--------
『それ、おれのいえ、アルゼのちあう』
おれとは俺のことだ。
アルゼは俺の名前を知らないから、俺が言う俺ってのを名前だと認識していた。
「ちあう じゃない。ちがう、だ」
言葉の間違いを指摘しつつ、俺は少し傷ついていた。
やはり嫌われ者の俺なんかとは一緒の部屋にはいたくないのか--------
今日は崖の途中に生える香草のクケリゴを取りに行くと決め、どこに行くにもついてくるアルゼに留守番するように言い聞かせる。
クケリゴと一緒に煮れば、食べにくい作物も子供が喜ぶ味になる。
『アルゼ、るすばん』
「そうだ、ここにいてニッテの殻から実を取り出すんだ」
ソワソワと落ち着かない様子のアルゼに作業を与え、一抹の不安を覚えながらも家を出た。
一緒の部屋に入ってこないことに俺は大人げなくもすねていたのかもしれない。
昼飯にとアルゼの好きなウンカの蒸してやわらかくしたものも置いてきた。
崖を降りながら久々に一人で心置きなく採集をしていた
昼飯のウンカを食べながらアルゼも食っただろうかと考える。
日が暮れるまでに早く取り終えて帰ってやらないと--------
手早く食べ終えクケリゴ採集を再開した、その時
ガササッという音と共に上から小石が落ちてくる。
見上げると同時に白い体が宙に舞うのが見えた。
「………アルゼ!!!」
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