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第4章 迷い

【42】覚悟

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「18年間お世話になりました。明日行くから…」

高校の卒業式の日、ボクは荷造りを終え、明日東京に引っ越す挨拶を両親にしていた。
明日も暗いうちから漁に出る父は、夕方には既に夕飯を終え、酒を片手にちゃぶ台に座っていた。
母親はキッチンで洗い物をしていて聞いてるかわからないけど、時折鼻を啜る音が聞こえる、きっと泣いているのだろう。
何も言わない父、グビリと飲み干した器にボクが酒を注ぐ。
テレビでは面白くもないお笑い番組が流れていた。

普段は寡黙な父が話しだした。

『…時間なんてあっという間だなぁ、子供ってすぅぐにでっかくなっちまう』
 一口飲んではため息をつく。

『ハァ、お前にはお前の人生があるんだしなぁ、親って損な役回りだなぁ』
 チビリと酒を飲み、テレビを消した。

ボクは何も言えなかった。

『でも、母さんだってこんな辺鄙なとこに嫁に来てくれた。 巡り巡るんだな…』



『東京で、お前はお前の連れ合いを見つけて幸せになったらいい』


そう言うと座布団を2つに折り、枕にして壁を向いてしまった。
大きかった父の背中が頼りなく小さく見えた。



連絡船乗り場で見えなくなるまで手を振ってた母さん。
美人で評判だった母さんの髪は、白髪が混じりグレーになっていた。



ボクの未来を応援して見送ってくれた両親。
生きて帰らなかったら、どんなにか悲しむだろう…いや、既に悲しませてるんだ。
もし王になれたら死ぬ直前に戻してくれるのかな?


王になる…ってことはオーディンと別れるってことだ。

国に帰り、誰かと結婚して子供を作り、父王の崩御とともに王になる。
王になった瞬間現世に戻るのかな?それとも死ぬ時に?
そんな長い間、オーディンと離れて生きてられるだろうか。
オーディンが誰かを愛して、子供を作って…。
国同士のつながりで顔を合わせることもあるだろう、その時ボクは平気でいられるのかな。



堂々巡りの考えの行き着く先は、いつも決まってオーディンとの別れのつらさだ。
離れたくない、離れられない、愛してるのに。
いつも国のことを考え、国民に愛され尊敬される存在。
なのにボクに対してだけはいつも自信がなくて、嫉妬の塊で束縛魔で、全力で愛してるって伝えてくるんだ。
ボク以外の誰かをあの腕が抱くのか。
あの声であの瞳で愛してるって囁くのか。


嫌だ嫌だ嫌だ…



今日も1日川辺でまとまらぬ考えに費やしてしまった。
川面を流れる草が流れの渦に飲まれて奥底に消えてゆく。そろそろ帰らないとと立ち上がると、そこにオーディンがいた。
いつからいたんだろう…せつなそうな瞳でボクに手を差し出した。

「帰っていいよ」

何を言ってるかわからなかった。

「帰りたいんだろう?…いいよ帰っていいから、そんなに悩むな」

オーディンの顔が苦しそうに歪む。

「シルヴィを苦しめるやつは誰であろうと許さない。たとえそれがオレであってもだ」

夕陽を受けながらオーディンが不器用に微笑んだ。

ボクのために言ってくれてるってわかってるのに、ボクは許せなかった。
別れても平気ってことなの…?

「ボクが、かえ…たら…」

声がかすれる

「オーディンは、どうする、…の」

逆光で見えにくいオーディンがフッと自嘲気味に嘲笑った。


「残酷なことを聞くなよ……シルヴィがいない世界なんて、想像したくもない」

ボクの両目から涙が溢れた。


「シルヴィに会う前どうやって生きてたんだろうな。この先シルヴィなしでどうやって生きるのか、まぁそれなりに生きるんだろう…砂をむかのように虚しい時間を死ぬまでずっと」

ボクもだ―――ボクだって…






「ごめん…迷って、ごめん……」



駆け寄りオーディンに抱きつくと、ボクを抱えたままオーディンが草むらに倒れた。

「もう迷わない―――ごめん、ごめんなさい…」


今度こそ覚悟を決める。エーリスにも帰らない、現世にも帰らない。



―――ボクはボクの見つけた連れ合いと永遠に一緒にいるんだ―――

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