209 / 212
赤と白の紡ぐ糸
赤と白の紡ぐ糸 9
しおりを挟む目を開けると、目の前には赤い世界が広がっていた。
手足がひどく痛む。
自分の体のはずなのに、何一つ自分の思い通りに動かせない。
いや、動かすたびに何十という針で突き刺されたような痛みを伴うのだ。
「ここ・・・・は?」
ラスターが目を開けると、目の前には見たこともない化け物が自分の体を両手で左右から掴み握りしめていた。
その深い緑の皮膚は濡れた血によって赤黒く染まり、その瞳は強い眼差しを向けたまま血走っている。
その血が誰のものなのか、全身の痛みを感じながらようやくぼやけていた記憶が蘇ってきた。
『グフ、ぐふふ!まだ、まだダ!ま、まだおまえは殺さないゾッ!!』
「!?」
その不気味に歪んだ笑みを浮かべた唇からはよだれが滴り、自分の体を締め付ける力が強まる。
その圧迫により、全身に切り刻まれた傷から再び紅い血があちこちから流れ出ていた。
化け物はラスターの全身をその鋭い爪で切り刻むものの、致命的となる傷は決して負わせはしない。
『早く!はやク、コゴヘ・・・ごいっ!!』
化け物は何もない虚空に向かって、度々吠えるようにして叫ぶ。
獲物が自分ならばさっさと殺すなり喰うなりするはずだと、化け物の目的は別にあることはすぐに分かった。
だが、それは決して叶えてはならないこと。
命にかけて止めねばならないこと。
「・・・・・んて、悪趣味なのかしら」
「!?」
だが、その人は来てしまった。
暗闇の中から濃すぎて黒に見紛う深紅の光を放ちながら、徐々にその光が輝く真紅のものへと変わっていく。
それはまるで、燃え盛る炎のようであり。
そして、あの日彼女と沈むまでこの目に焼き付けた夕陽のようでもあった。
「どう・・・・・・して?」
視界が大きく揺れる。
頬に冷たく流れるものが血ではなく涙なのだと認識するのに時間がかかったが、それは一瞬だったのかもしれない。
「ラスター、またずいぶんと酷い有様になったものね?」
「!?」
彼女の声が耳よりも、頭の奥の奥で響き渡る。
聞きたくなかったはずなのに、こんなにもその音を感じることが心震えるだなんて。
いつだか心に浮かんでは空に呟いていた、最後にこの瞳に映るのは『彼女』でありたいと願ったことを、神様は覚えていてくれたのかもしれない。
だが、その願いはこんな形で叶えて欲しかったわけじゃない。
遠目からでもいい。
未だ見たことがない、心から幸せに笑う彼女をこの目に焼き付けたかっただけなのに。
「き、キタッ!!お、お、オデのモノがッ!!」
怪物が、彼女の姿によだれを垂れ流しながら悦びの叫びをあげる。
「ッ!!??」
それと同時にラスターの手足にかかる力も増し、あまりの激痛にラスターの顔が歪んだ。
「・・・・・・あら、お前の望みは私でしょう?そんな骨皮しかないただの人間は捨て置いて、私と楽しい時間を過ごした方が有意義ではなくて?」
ライラは、その陶器のように白くしなやかで柔らかな手をラスターを強く握りしめていた怪物の腕に乗せると、妖しく艶めいた笑みを怪物へ向ける。
普段の皮肉交じりの呆れたように笑う彼女とは全然違う、それは『赤い魔女』としての顔。
「!!??」
その姿に目を奪われた怪物はすぐさまラスターを握りしめていた手の力を緩め放り投げようとしたが、とっさに頭を振りながらそれを必死に思いとどまる。
「だ、ダメだ!!え、エ、獲物が無くなったら、お、オマエも逃げルっ!!」
「・・・・!!!」
爪が傷口に食い込み、裂ける肉と細胞にラスターは声にならない悲鳴をあげた。
そんな彼を横目に見ながら、ライラは怪物の顔をその真白の両手でそっと包み込む。
「悪いけど、私はお前のように強い男が好きなの♪その男を手放せば、この身体を好きに触れさせてあげても構わないわよ?」
「なっ・・・!!!」
「!!??」
怪物の両目に、ライラの豊かな胸とそこからの艶かしい腰までの柔らかな曲線美を描く下半身が映る。
これまで、どれだけその肌に触れたいと願ったことだろう。
他の女には抱いたことのない、その身体に触れて彼女の全てを知りたい。
感じたい、支配したいとそれだけを繰り返し頭の中で考えていた。
この手が彼女の肌に触れた時、彼女は一体どんな表情になるのか。
自分を見下していた強気の表情が、自分を激情とともに熱く見上げるその顔が見たい。
苦痛に歪む顔でもいい。
彼女の心を動かし、その熱い感情の全てが自分へと向けられた時のことを考えるだけで全身の血が沸騰しその高揚感に心が躍り狂う。
ーーーーーーーーー嫌だっ!!
「・・・・・・・めだっ!!!」
枯れた喉を振り絞って叫んだラスターの声は怪物の咆哮にかき消され、その体は地面に勢いよく叩きつけられた。
ラスターを決して手放すことなく、片腕だけ離された怪物の右腕がライラの細い腰を乱暴に掴み取り、そのよだれまみれの口元から伸びた長い舌が彼女の身体を這い回る。
その豊かな胸にも怪物の舌が伸び、爪が皮膚へさらに食い込んだ。
彼女の鎖骨や首元を舐めまわしていた舌は、そのまま彼女の身体をさらに激しく蹂躙していく。
ーーーーーーーーーやめろ!
痛みで霞むラスターの視界の端には、怪物に反撃することなく真紅の唇を嚙み締めながらも屈辱に耐えるライラがハッキリと映っていた。
普段ならば今すぐにも目の前の怪物を得意の炎で燃やし尽くせるはずなのに、彼女がそれをしないのは怪物の手の中に自分がいるから。
ほんの一瞬でも怪物が本気で力を込めれば、この弱い肉体の身体などすぐさま壊れてしまうと分かっているから。
だから彼女はまだ動かない。
いや、動けない。
ーーーーーーーーー彼女に、触れるな!
怪物の舌が彼女の身体に触れる度にラスターの心臓が熱く波打ち、全身が心臓のように鳴り響く。
痛みが走ると分かっているのに、拳を爪が己の肉へ食い込むほどに握りしめる。
心がぐちゃぐちゃにかき回され、様々な感情が混ざり合いさらに渦を巻いて大きくなって止まらない。
ーーーーーーーーーやめろ!
ーーーーーーーーー彼女から離れろ!
ーーーーーーーーー彼女を汚すな!
ーーーーーーーーーやめろ!!
ーーーーーーーーー離れろ!!
ーーーーーーーーー触るなッ!!
「・・・・・・・・・・ッ!!!!」
ーーーーーーーー殺してやるッ!!!!
その瞬間、ラスターの心が黒いもので一気に覆われた。
どんな時でも憎しみや怒りで感情の全てを染め上げることはなかったが、生まれて初めて心の底からの憎悪と憤怒で彼の心に黒き炎が燃え上がる。
その心に、『声』が鳴り響いた。
『ならば、我が力を貸してやろう』
「!!??」
その声がラスターの耳へ届いたと同時に、彼の眼の前で突然地面から湧き出た闇の塊に怪物が一気に包まれた後に飲み込まれ、その姿は悲鳴のような咆哮とともに一瞬にして消えてしまった。
0
お気に入りに追加
852
あなたにおすすめの小説
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ジャック&ミーナ ―魔法科学部研究科―
浅山いちる
ファンタジー
この作品は改稿版があります。こちらはサクサク進みますがそちらも見てもらえると嬉しいです!
大事なモノは、いつだって手の届くところにある。――人も、魔法も。
幼い頃憧れた、兵士を目指す少年ジャック。数年の時を経て、念願の兵士となるのだが、その初日「行ってほしい部署がある」と上官から告げられる。
なくなくその部署へと向かう彼だったが、そこで待っていたのは、昔、隣の家に住んでいた幼馴染だった。
――モンスターから魔法を作るの。
悠久の時を経て再会した二人が、新たな魔法を生み出す冒険ファンタジーが今、幕を開ける!!
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「マグネット!」にも掲載しています。
悪役令嬢に転生したら、勇者に師匠扱いされました(;゜∇゜)
はなまる
ファンタジー
乙女ゲームに転生した私。 しかも悪役令嬢らしい。
だけど、ゲーム通りに進める必要はないよね。 ヒロインはとってもいい子で友達になったし、攻略対象も眺め放題。 最高でした。
...... 勇者候補の一人から師匠扱いされるまでは。
最初は剣と魔法のファンタジー。 少しずつ恋愛要素が入ってくる予定です。
深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~
白金ひよこ
恋愛
熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!
しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!
物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?
闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる