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やってきた、深窓のご令嬢?
向けた刃の代償
しおりを挟む気を失ったままのクローディアを抱きながら、ナーサディア神殿を出てきたルークの前に1人の少女が現れる。
少女はクローディアの意識がないことに気がつくと、その陶器のような白磁の肌を青ざめさせた。
「君のようなお偉い貴族様のお嬢様が、こんな街外れにある埃にまみれた立ち入り禁止区域なんかに何のようかな?」
「・・・・・・・ッ!」
ルークに声をかけられさらにその体をビクッとさせるが、その瞳はルークやクローディアではないところをキョロキョロ彷徨っている。
それがどういう意味を持つかなど、火を見るよりも明らかだ。
ルークはニッコリと笑ったまま彼女へと近づき、その耳元へとゆっくり囁く。
「もしかして、君の言葉に忠実な部下の男を探してる?それなら一足遅かったね」
「も、もしかして・・・・・殺したのッ!?」
「運が良ければ、生きて帰ってくるよ」
「そ、そんなっ!」
全身をカタカタと揺らして震えているオリビアに、ルークの笑みがさらに深くなった。
「仕方がないよ。あの男は僕のモノに傷をつけたんだ。あ、そういえば・・・・君も彼女に刃を向けたんだっけ?」
「!?」
ルークの両手は今、クローディアを抱いている為に他のことには使えない。
なのに、地面や空間から現れた無数の黒い手がオリビアの全身を捉えていた。
「ひ、ひいっ!!」
その中の1つの手がオリビアの肩から鎖骨をゆっくりと通り、その細い首へと冷たい感触でもって触れてくる。
「よかったね、突き刺したのが彼女じゃなくて。もし刺さったのが彼女だったら」
「!?」
「ここを、こうやって」
オリビアの首にある黒い手の指先が、まるで愛しき者を愛撫するかのように優しく、そしてゆっくりと横に動いた。
「君の持ってるのと同じ剣で、ゆっくりとなぞっていたかもしれないからね」
「・・・・・ッ!?」
ルークはニッコリと笑っているはずなのに、オリビアの全身を震えるほどの寒気が襲いその瞳は恐怖から自然と涙が零れ落ちる。
目をそらすことも出来ず、呼吸も浅く上手くできない。
「安心していいよ」
「!?」
呼吸が荒くなり意識が朦朧としかけた頃、ようやくその黒い手がオリビアの全身から霧のように消えていき自由となった。
極度の緊張から解放されたオリビアはその場に足元から崩れ落ち、大きく胸を上下させながら荒い呼吸を繰り返す。
そんなオリビアの姿に再びいつもの笑顔へと戻ったルークは、眠るクローディアが規則正しい呼吸をしているのを確認してから町へ戻ろうとその足を進めた。
「今はまだ君を殺しはしないさ。君を傷つけたら、彼女が後々うるさそうだしね」
「・・・・はぁ、はぁ!ど、どうして、どうしてそこまで彼女のことを!?」
自分に背を向けたまま歩き出したルークに向かって、オリビアが叫ぶ。
「ぼくが君にそれを言う理由は、どこにもないと思うけど?」
「!?」
「まぁ、彼女は僕の期待に全力で応え続けてくれたしね。どんな無茶なことでもそのつど散々文句を言いながら結局は逃げずに向き合って、予想以上の結果を僕に見せ続けてくれた。その呆れるぐらいの真っ直ぐさと、要領は悪いけど真面目で努力家なところは一応少しは認めているよ」
クローディアを見つめながらそう話すルークの瞳は、オリビアの知らない彼の顔だった。
元からこの世のものとは思えないほどだった美しい顔が、眩しいほどの輝きを放つ。
「・・・・・・ルーク、さま」
「そんなに知りたいなら、君も同じ目に遭ってみればいいんじゃないかな?」
「え?」
ルークの優しい眼差しに見惚れていたオリビアが、突然ニッコリとどこかいたずらを思いついた子どものような笑みになったルークの言葉に正気に戻る。
「うんうん、それが面白いかも」
「あ、あの、ルーク様?」
何やらざわざわと嫌な胸騒ぎに襲われ、落ち着かなくなったオリビアの周りに突然先ほどの黒い手が地面から生えて彼女の足を捉えた。
「キャッ!!」
「そしたらさっそく、行ってらっしゃーーーーい」
「い、嫌!!お願いっ!!ルーク様!許して!嫌っ!!助けて、ルークさまぁぁぁーーーーーーー!!!!」
次の瞬間、オリビアの下に先ほどのハンスと同じ薄紫色の光と魔法陣が現れ彼女を掴む黒い手が中へと引きずり込み、絶叫とともにその姿はものの数秒でその場から消え失せる。
「まぁ、今回は1人じゃないし、頑張って。もし無事に帰ってきたら、君ともまた遊んであげるよ」
最後までニコニコと笑顔で見送ると、前方へと視線を戻して歩みを速めていく。
騒ぎにならないよう、彼女の屋敷には魔法で出したそれらしい偽物を用意しておけば特に問題ないだろう。
あの女のことだ。
屋敷の者には『慎ましい令嬢』を常に演じていただろうから、偽物だと気づけるほど親しい者はほとんどいないはずだ。
『いつもの彼女のように』静かに控えめに振舞いながら笑っているだけで、誰も怪しむことはあるまい。
「それよりも、問題はこっちかな?」
ルークの笑みが消え、鋭い視線が彼の腕の中にいる彼女の手首についた1つの装飾品を捉える。
見た目は普通の『魔封じの腕輪』と変わらないが、その中に注ぎ込まれた魔力の力は尋常ではない。
先ほどから無理だろうとはわかりつつ、いくつか腕輪を壊そうと呪文を発動させてみたが、腕輪を対象にするとすぐさまその効力は全くなくなり、発動すらしない魔法がほとんどだった。
誰の仕業かは分かっているものの、そのどこまでも繊細にそして複雑に何十にも編み込まれた、同じ魔導師として感動すら覚えるほど素晴らしい封印呪文には思わず興奮して震えが起こったくらいだ。
これが彼女の体についたものでなければ、ありとあらゆる闇の破壊魔法や魔具を試して実験するのだが。
「・・・・まさか、あんな小さな装飾具1つで2大神を完璧に封じ込めるとは」
彼女の内側に抑え込まれた神様自身も、今も全力でその封を破ろうとしているに違いないにも関わらず、それすらも許さないほどまさに世界最強ランクである封印がこの腕輪に施されてるのだ。
これからそう遠くない先にて起こるだろう戦いにおいて、大きな力となるはずの神とそして彼女自身の魔力をこんなにもあっさり封じてくるとは、3人もの神が味方にいるからと少し余裕を持ちすぎたのかもしれない。
笑みを浮かべたままのルークは小さくため息をつくと、眠る彼女の額に向けて唇でそっと触れる。
「・・・・・・・・」
柔らかな風がそんな2人を包み込み、静かに通り過ぎていった。
「残念、こんなんじゃ気休めにもならないか」
かけようとしていた魔法は、腕輪の力によってやはり発動すらしない。
「・・・・・おもしろい」
その長い睫毛の下から紫の双眸が現れ、先ほどのオリビアが見惚れた美しい眼差しはどこか違う、どこまでも冷たい凍るような微笑みを浮かべたルークは魔法院へと静かに歩いて行く。
そして、その同じ頃。
オリビアとハンスは恐ろしい巨大な恐竜モンスター達が巣食うある山中へと飛ばされていた。
彼らが無事に王都へと戻ってこれるかは、ご想像にお任せしよう。
ただ、その山中にはそこから何十日も男女の悲鳴が鳴り続けたことだけは間違いない。
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