上 下
179 / 212
やってきた、深窓のご令嬢?

向けた刃の代償

しおりを挟む

気を失ったままのクローディアを抱きながら、ナーサディア神殿を出てきたルークの前に1人の少女が現れる。

少女はクローディアの意識がないことに気がつくと、その陶器のような白磁の肌を青ざめさせた。


「君のようなお偉い貴族様のお嬢様が、こんな街外れにある埃にまみれた立ち入り禁止区域なんかに何のようかな?」

「・・・・・・・ッ!」


ルークに声をかけられさらにその体をビクッとさせるが、その瞳はルークやクローディアではないところをキョロキョロ彷徨っている。

それがどういう意味を持つかなど、火を見るよりも明らかだ。

ルークはニッコリと笑ったまま彼女へと近づき、その耳元へとゆっくり囁く。


「もしかして、君の言葉に忠実な部下の男を探してる?それなら一足遅かったね」

「も、もしかして・・・・・殺したのッ!?」

「運が良ければ、生きて帰ってくるよ」

「そ、そんなっ!」


全身をカタカタと揺らして震えているオリビアに、ルークの笑みがさらに深くなった。


「仕方がないよ。あの男は僕のモノに傷をつけたんだ。あ、そういえば・・・・君も彼女に刃を向けたんだっけ?」

「!?」



ルークの両手は今、クローディアを抱いている為に他のことには使えない。

なのに、地面や空間から現れた無数の黒い手がオリビアの全身を捉えていた。



「ひ、ひいっ!!」


その中の1つの手がオリビアの肩から鎖骨をゆっくりと通り、その細い首へと冷たい感触でもって触れてくる。


「よかったね、突き刺したのが彼女じゃなくて。もし刺さったのが彼女だったら」

「!?」

「ここを、こうやって」


オリビアの首にある黒い手の指先が、まるで愛しき者を愛撫するかのように優しく、そしてゆっくりと横に動いた。



「君の持ってるのと同じ剣で、ゆっくりとなぞっていたかもしれないからね」


「・・・・・ッ!?」


ルークはニッコリと笑っているはずなのに、オリビアの全身を震えるほどの寒気が襲いその瞳は恐怖から自然と涙が零れ落ちる。


目をそらすことも出来ず、呼吸も浅く上手くできない。


「安心していいよ」

「!?」



呼吸が荒くなり意識が朦朧としかけた頃、ようやくその黒い手がオリビアの全身から霧のように消えていき自由となった。

極度の緊張から解放されたオリビアはその場に足元から崩れ落ち、大きく胸を上下させながら荒い呼吸を繰り返す。

そんなオリビアの姿に再びいつもの笑顔へと戻ったルークは、眠るクローディアが規則正しい呼吸をしているのを確認してから町へ戻ろうとその足を進めた。


「今はまだ君を殺しはしないさ。君を傷つけたら、彼女が後々うるさそうだしね」

「・・・・はぁ、はぁ!ど、どうして、どうしてそこまで彼女のことを!?」


自分に背を向けたまま歩き出したルークに向かって、オリビアが叫ぶ。


「ぼくが君にそれを言う理由は、どこにもないと思うけど?」

「!?」

「まぁ、彼女は僕の期待に全力で応え続けてくれたしね。どんな無茶なことでもそのつど散々文句を言いながら結局は逃げずに向き合って、予想以上の結果を僕に見せ続けてくれた。その呆れるぐらいの真っ直ぐさと、要領は悪いけど真面目で努力家なところは一応少しは認めているよ」


クローディアを見つめながらそう話すルークの瞳は、オリビアの知らない彼の顔だった。

元からこの世のものとは思えないほどだった美しい顔が、眩しいほどの輝きを放つ。



「・・・・・・ルーク、さま」

「そんなに知りたいなら、君も同じ目に遭ってみればいいんじゃないかな?」

「え?」


ルークの優しい眼差しに見惚れていたオリビアが、突然ニッコリとどこかいたずらを思いついた子どものような笑みになったルークの言葉に正気に戻る。


「うんうん、それが面白いかも」

「あ、あの、ルーク様?」


何やらざわざわと嫌な胸騒ぎに襲われ、落ち着かなくなったオリビアの周りに突然先ほどの黒い手が地面から生えて彼女の足を捉えた。


「キャッ!!」

「そしたらさっそく、行ってらっしゃーーーーい」

「い、嫌!!お願いっ!!ルーク様!許して!嫌っ!!助けて、ルークさまぁぁぁーーーーーーー!!!!」


次の瞬間、オリビアの下に先ほどのハンスと同じ薄紫色の光と魔法陣が現れ彼女を掴む黒い手が中へと引きずり込み、絶叫とともにその姿はものの数秒でその場から消え失せる。


「まぁ、今回は1人じゃないし、頑張って。もし無事に帰ってきたら、君ともまた遊んであげるよ」


最後までニコニコと笑顔で見送ると、前方へと視線を戻して歩みを速めていく。


騒ぎにならないよう、彼女の屋敷には魔法で出したそれらしい偽物を用意しておけば特に問題ないだろう。


あの女のことだ。


屋敷の者には『慎ましい令嬢』を常に演じていただろうから、偽物だと気づけるほど親しい者はほとんどいないはずだ。

『いつもの彼女のように』静かに控えめに振舞いながら笑っているだけで、誰も怪しむことはあるまい。


「それよりも、問題はこっちかな?」


ルークの笑みが消え、鋭い視線が彼の腕の中にいる彼女の手首についた1つの装飾品を捉える。

見た目は普通の『魔封じの腕輪』と変わらないが、その中に注ぎ込まれた魔力の力は尋常ではない。

先ほどから無理だろうとはわかりつつ、いくつか腕輪を壊そうと呪文を発動させてみたが、腕輪を対象にするとすぐさまその効力は全くなくなり、発動すらしない魔法がほとんどだった。

誰の仕業かは分かっているものの、そのどこまでも繊細にそして複雑に何十にも編み込まれた、同じ魔導師として感動すら覚えるほど素晴らしい封印呪文には思わず興奮して震えが起こったくらいだ。

これが彼女の体についたものでなければ、ありとあらゆる闇の破壊魔法や魔具を試して実験するのだが。


「・・・・まさか、あんな小さな装飾具1つで2大神を完璧に封じ込めるとは」


彼女の内側に抑え込まれた神様自身も、今も全力でその封を破ろうとしているに違いないにも関わらず、それすらも許さないほどまさに世界最強ランクである封印がこの腕輪に施されてるのだ。


これからそう遠くない先にて起こるだろう戦いにおいて、大きな力となるはずの神とそして彼女自身の魔力をこんなにもあっさり封じてくるとは、3人もの神が味方にいるからと少し余裕を持ちすぎたのかもしれない。

笑みを浮かべたままのルークは小さくため息をつくと、眠る彼女の額に向けて唇でそっと触れる。


「・・・・・・・・」


柔らかな風がそんな2人を包み込み、静かに通り過ぎていった。


「残念、こんなんじゃ気休めにもならないか」


かけようとしていた魔法は、腕輪の力によってやはり発動すらしない。


「・・・・・おもしろい」


その長い睫毛の下から紫の双眸が現れ、先ほどのオリビアが見惚れた美しい眼差しはどこか違う、どこまでも冷たい凍るような微笑みを浮かべたルークは魔法院へと静かに歩いて行く。











そして、その同じ頃。



オリビアとハンスは恐ろしい巨大な恐竜モンスター達が巣食うある山中へと飛ばされていた。

彼らが無事に王都へと戻ってこれるかは、ご想像にお任せしよう。




ただ、その山中にはそこから何十日も男女の悲鳴が鳴り続けたことだけは間違いない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

処理中です...