166 / 212
2人の王子
憧れの君へ
しおりを挟むランディ王子とティナの様子を側で見ながら、ラファエル王子は暖かい気持ちとどこか寂しい気持ちで胸がいっぱいになる。
当たり前のように、いつだって気づけば自分の側にあの人がいてくれた時、その温もりをもっとちゃんと覚えておけばよかった。
その声や匂い、話してくれた言葉をもっと意識して聞いて覚えていれば、今もそのことを鮮明に思い出せたのに。
いなくなることなんて考えたことがなかったから、思い出したいのに細かい記憶が日に日に分からなることがたまらなく悲しい。
「・・・・・・・ッ」
胸が詰まって思わず涙が滲みそうになり顔を2人から背けると、ラファエルの両の手が何か暖かいものに包まれた。
「え、エリザート様っ!?」
ラファエルの目の前には、その場でしゃがんで目線をラファエルの高さに合わせて微笑むエリザベスがいる。
「ラファエル様。わたくしはあなたのことを、アルフレドの婚約者としてこの城にいた時からずっと、あの時は遠目からでしたが実の弟のように大切に思って参りました」
「!?」
初めて会った時、彼女は兄の婚約者だった。
将来、自分にとっては義理の姉となる存在。
中庭でのことがあってからは義理の姉として以上に慕い、憧れていた。
そのしなやかでまっすぐな強さと、凛とした美しさに。
空に浮かぶ月のように、自分には決して手の届かない存在と分かっていた。
それでも、近くでそっとその姿を眺めていられているだけでもとても幸せだった。
そんな、遠くから静かに眺めることしかできなかった憧れの人が、今では自分の側にいて眩しい笑顔がすぐ横で見られる。
彼女の声が耳に響く。
その雪のように白く、美しい手で優しく触れてもらえることは奇跡のように嬉しいことなのに、僕の心はそれでも足りないと叫ぶ。
「ですから、どうぞわたくしのことはこれからも姉のように、遠慮なく甘えてくださいませ」
「!?」
それは彼女の優しさだ。
嘘偽りのない僕への暖かい好意からくる言葉なのに、僕の心は喜ぶ前に痛みが襲う。
彼女から見れば、僕は庇護すべき子どもなのだろう。
当然だ。
この体は彼女よりずっと小さく、中身も未熟で幼いまま。
兄のように見た目は細身でも脱げば逞しい筋肉に覆われた男らしい体になりたいのに、どれだけ運動して鍛えてもこの体は少女のように華奢なままだった。
いくら知識を頭に詰め込んだところで、経験が圧倒的に少ない自分は彼女を守るべき『大人』にはすぐになれない。
「・・・・・ありがとう、ございます」
「ラファエル様?」
なんとか涙をこらえて、普段通りの笑顔を彼女に向けて笑いかける。
良い子でいても、きっとこの人は『良い弟』でしか見てくれないかもしれない。
それは今だけではなく、たぶんこれからもずっとーーーーーーーー。
「・・・・・・???」
その時、ふいに視線を感じてその先を見ると、そこにはクローディアがテーブルでマーサ王妃と向き合いながらお茶をしていた。
そんな彼女が声には出さずに、僕にメッセージを送る。
が、ん、ば、れ
「!?」
その意味をすぐさま理解したラファエル王子は、顔を真っ赤にしたまま口をあわあわとさせ恥ずかしさに俯向いた。
「ラファエル様、どうなされましたの?」
「!?」
突然赤い顔を隠すように俯いたラファエルを心配して、エリザベスがその顔を近づけて覗き込む。
「・・・・・・ッ!!」
それは、ほんの一瞬。
その陶器のようにキメの細かい頬にそっと押しつけるようにして自分の唇をくっつけると、ラファエル王子はその場から駆け出し部屋を慌てて出て行く。
「お待ちください、ラファエル様!!」
その後を、すぐさまジークフリートが追いかけて出て行った。
『天使からの口づけ』を受けた少女は、その突然すぎる出来事にその場に座り込み呆然としている。
「やったっ!!」
「あらあら・・・・・可愛らしいこと」
その光景にガッツポーズを取るクローディアと、いつも通り柔らかい微笑みで見守るマーサ王妃の声は耳に聞こえつつ、それでもエリザベスの意識はふわふわしたものに包まれて戻ってこない。
「な、なんだ?あいつはエリザベスのことが・・・・・むがっ!!」
「殿下、それ以上はここで言葉にしてはなりません」
弟の行動の意味は理解したものの、とっさのことでそれを配慮することは考えてなかったアルフレドの口を、無礼をお許しくださいと頭を下げながらバーチが塞ぐ。
それを伝えるのは、本人からでなくてはダメなのだ。
「・・・・・・ラファエル様っ!」
そして、ようやく意識を取り戻したエリザベスはマーサ王妃にその場からドレスの裾を持ちながら一礼すると、彼を追いかける為に踵をかえしてその部屋から急いで出て行く。
慌てているにも関わらず、その動きが優雅に見えるのはさすがだ。
「エリザベス!私も一緒に」
その後を追おうとしたクローディアの腕はぐいっと後ろに引っ張られ、バランスを失った彼女の体はその身を引っ張った相手の腕の中へと倒れていく。
「お前はこっちだ」
「あ、アルフレド様!?」
「お前に大事な話があるんだ」
「!?」
耳元で囁くように話しかけるので、王妃には聞かれたくない話なのかと自然と体が強張った。
「・・・・・それで、大事な話って?」
「いや、ここでは落ち着かないから、俺の部屋に行こう」
「クローディア様。どうか、私からもお願いいたします」
「!?」
気づけばクローディアの体を後ろから抱きしめているアルフレドだけでなく、前からバーチにまで頭を下げられ、さすがに何かあったのかとクローディアもため息をつきつつ、仕方がないとその申し出に承諾をした。
「母上、それでは我々は自室へと戻らさせて頂きます」
「ま、マーサ様にティナ様!お茶をありがとうございました!」
「御前を、失礼いたします」
アルフレド、クローディア、そしてバーチがマーサ王妃と少し離れた場所にいるティナに頭を下げて部屋を出る。
「あらあら、ずいぶんと静かになってしまったわね」
メイドに入れ直してもらったお茶を飲みながら、マーサ王妃は部屋の隅でいつの間にか疲れて眠ってしまったランディを膝で寝かせているティナを笑顔で見つめていた。
その眼差しは愛する息子へと一心に注がれており、とても幸せに満ちている。
「なんだかわたくしも、もう一度子育てをやり直したい気分だわ」
幼かったはずのアルフレドはすでにすっかり成長しているし、義理の息子のラファエルもしっかりし過ぎていて、母親らしいことは全然できていない。
もう1人子どもが欲しいと話したら、アレキサンダーはどんな顔をするかしら?
その表情を思い浮かべ、鈴のような笑い声をあげたマーサ王妃はランディ王子の為に毛布を持ってくるようメイドに伝える。
マーサ王妃の部屋の窓が開けられ、そこから心地のいい風が部屋に向かって吹いていた。
0
お気に入りに追加
852
あなたにおすすめの小説
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
プロミネンス~~獣人だらけの世界にいるけどやっぱり炎が最強です~~
笹原うずら
ファンタジー
獣人ばかりの世界の主人公は、炎を使う人間の姿をした少年だった。
鳥人族の国、スカイルの孤児の施設で育てられた主人公、サン。彼は陽天流という剣術の師範であるハヤブサの獣人ファルに預けられ、剣術の修行に明け暮れていた。しかしある日、ライバルであるツバメの獣人スアロと手合わせをした際、獣の力を持たないサンは、敗北してしまう。
自信の才能のなさに落ち込みながらも、様々な人の励ましを経て、立ち直るサン。しかしそんなサンが施設に戻ったとき、獣人の獣の部位を売買するパーツ商人に、サンは施設の仲間を奪われてしまう。さらに、サンの事を待ち構えていたパーツ商人の一人、ハイエナのイエナに死にかけの重傷を負わされる。
傷だらけの身体を抱えながらも、みんなを守るために立ち上がり、母の形見のペンダントを握り締めるサン。するとその時、死んだはずの母がサンの前に現れ、彼の炎の力を呼び覚ますのだった。
炎の力で獣人だらけの世界を切り開く、痛快大長編異世界ファンタジーが、今ここに開幕する!!!
深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~
白金ひよこ
恋愛
熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!
しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!
物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?
闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる