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ウンディーネ様のいる闇の神殿へ
知らないところで動き出す
しおりを挟む黒い蝶が、ヒラヒラと空間の中を飛ぶ。
黒い世界でなぜその蝶が黒いと分かるのかと言えば、蝶は黒水晶のように光っていたから。
そして床には、細身の体の黒い蛇がスルスルと這いまわる。
その身体は蝶と同じく宝石のような輝きを持って、闇の中を動いていた。
黒蝶が何十と飛び交う中を、足元には何十匹もの蛇が蠢く中を黒い布にその身を全身包んだ人型の存在がゆっくりと足を運ぶ。
蝶と蛇が競うようにしてその身体にまとわりつくが、危害を加えようというよりもまるでそっと寄り添うように側にいる。
そこには、何の興味も示さず黒い布を纏ったものは大きな鏡の前へと現れた。
その鏡には、水の神殿の中で笑いあうクローディア達が映っている。
『あの、ウンディーネまでもが・・・・蘇った』
その名を呼ぶと、鏡の視点がウンディーネ中心のものに変わり、その美しい姿を鮮明に映し出した。
『ボルケーノ、イヴァーナ、ウンディーネ。これで、天界より地上に降り立った神はあと・・・・・』
『次の目星はついているのでしょう?』
『・・・・まぁね』
黒い世界に銀色の鎧を纏った存在が、静かに膝をおって頭を下げる。
『それよりも、例の娘はどうだった?』
『はい。平和な山奥の村で暮らしておりました』
『そう・・・・なら、丁重にもてなしてあげないと。丁重に、ね?』
『御意』
足元も立てずに、銀色の騎士はその場を静かに立ち去り暗闇に飲まれていく。
銀の騎士がいなくなると、鏡の視点はウンディーネから別の存在へと移りその姿を写した。
『君に、ステキなプレゼントを贈ろう』
そしてその鏡に映る1人の少女に向けて笑みを浮かべると、黒い布に包まれた存在は近くにいた黒い蝶を握り潰し、黒い蛇を踏み潰して高笑いを繰り返した。
場面はその鏡に映されていた、水の神殿へと変わる。
ルークはアイシスさんとカルロさんとまだ一緒に話すことがあるようで、先にクローディアとジークフリートが王都へと先に帰ることになった。
ウンディーネ様の魔力により、2人は王都近くまでワープでさせてもらうことになっている。
『2人を先に帰してよかったの?』
クローディア達が無事にワープしたあと、ふと疑問を零したのはアイシス。
「・・・・どういうこと?」
その疑問を、いつも通りのニッコリ顔でルークが受け止める。
『どうって、2人は想いあってるんでしょ?それにあなただって』
「大丈夫だよ。その為におまじないをしておいたんだから」
『おまじない?』
「そう。僕は欲しいものは必ず手に入れる。たとえ、どれだけ時間がかかってもね♪」
『!?』
ルークは嬉しそうに笑い、最後はアイシスが息をのむほどの美しさと危うさで微笑んだ。
「だって、僕にはたっぷりと時間ができたんだから」
『・・・・る、ルーク』
そんなルークに、同じ魔導師として色んな知識を共有したいとカルロが楽しそうに話かけ、次第に会話はどんどんレベルの高いものになっていってさらに盛り上がる。
わけのわからない単語ばかり並ぶ話の内容に途中から全くついていけず、2人の側から離れたアイシスは珍しく大きなため息をつきつつもその光景を笑顔で見つめていた。
『全く、誰に似ちゃったのかしら?』
彼の幸せを願う気持ちは変わらないものの、彼の好意を受ける相手の身の心配を思わずしてしまい、再びため息が無意識に出てしまう。
そして、その相手はまだそのことに全く気づいていなかった。
クローディアとジークフリートは、ウンディーネ様の魔力でもって王都近くまで飛ばしてもらい、そこから王都へ向かう道中の草原を2人で並んで歩いていた。
少し前までジークフリートから逃げ回って会わないようにあえて努力していたクローディアから何を話していいかも分からず、お互いに無言が続いている。
「・・・・・・・」
どうしよう。
いや、嬉しいですよ。
正直に言えばこんな風に2人きりになるのも、まともに会話ができるような時間があることもすごい久しぶり過ぎて心はどうしようなくワクワク・ドキドキしてるんだけど、じゃあ何から話せばいいのかって考えたら全く頭が動かない。
彼との約束を破り、黙って街を出て危ない目にあったのも事実だし、以前のお仕置きを思えば今回はどれだけ怒られるのか分かったものではないし、今度こそほっぺが赤くなって顔が余計に大きくなってしまったらそれこそ女として泣いてしまう!
いやもう、それなら先に謝ってしまった方がいいんじゃないだろうか?
そうだよ!
悪いのは完全に約束を破った私だし、きちんと誠意をもって謝ればジークフリート様ならきっと分かって下さるに違いない!
よし、それしかないっ!!
やるんだ、クローディア!!
女は度胸!!
「あ、あの!!今回は、本当に申し訳ありませんでしたーーーーーーっ!!!」
ズザザザザザッ!!!
「!!??」
必殺!!
土・下・座ッッ!!
ジークフリートは突然目の前で起きたことに、思わず言葉を失っていた。
いきなり隣を歩いていたクローディアが、目の前で頭を額が地面に着きそうな勢いで伏せている。
しかも全身を震わせて。
自分のことを怖がっているんだろうか?
想いを自覚した相手に怖がられてしまうというのは、少なからずジークフリートの胸を痛ませる。
「どうしたんだ、急に。今回、お前はルーク=サクリファイスに頼まれての行動だったんだろう?」
「!?」
ジークフリートはクローディアの元にしゃがみこむと、その顔に手を添えて顔を上に向かせる。
その至近距離にクローディアの顔色がさっと赤く染まると、彼女の目がどこを見て良いか分からずあちこちに泳いでいた。
「・・・・だが、なんでまた俺に黙って行ったんだ?」
「!?」
彼女の体が強張る。
また怖がらせてしまっただろうか?
これは間違えたな。
怖がらせるつもりはないし、俺が言いたいことがこれでは全く伝わらない。
「いや、違うな。クローディア、心配したんだぞ・・・・本当に」
「ジーク、フリート様ッ」
ジークフリートの顔が優しく笑う。
あの時ーーーーーー心臓が凍りつくかと思った。
そう、銀の騎士がクローディアに向かって剣を向けているのを見て、その命が目の前で奪われそうになった時。
そして、ルーク=サクリファイスと一緒の姿を見た時。
全身が焼けるように熱かった。
「無事で、よかった」
「!?」
そのまま、クローディアの身体を強く抱きしめる。
最初はかなりびっくりしたようで微動だにせず石にでもなってしまったかのように固まってていたクローディアが、何度かジークフリードがその背や頭を撫でているうちに緊張が和らいだのか涙を流して泣き始めた。
ずっと、こうして彼女を抱きしめたかった。
クローディアへの想いを自分が認めた途端に、彼女とは全く会えなくなり初めて感じる感情ばかりが湧き上がり嵐のように吹き荒れた。
クロワッサリーの件もクローディアが頼んだことだと分かり、これまでのことも含めてどれだけ彼女に自分が知らぬ間に守られ支えられてきたのかを感じた。
しかも、そのことに周囲のほとんどの人間が気づいていたとは。
これから先は自分こそが彼女を守り支えたいと願った矢先に、恐らく似たような心を抱いた存在が目の前に現れたのだ。
普段は何を考えているのかあえて相手に分からないようふるまっている男が、とても分かりやすく敵意をぶつけてきた。
レオナルドのように全身全霊から溢れるのではなく、瞳の奥に静かに青い炎を燃やして。
「クローディア、俺は・・・・・お前が好きだ」
クローディアの身体を抱きしめる腕に力を入れ、彼女の耳元に囁く。
どんな答えが返って来ようとも、きちんとありのままこ気持ちを伝えたいと思った。
だが、幾度待てども彼女からの反応は一向にない。
「・・・・・・クローディア?」
ゆっくりと腕の力を緩めてクローディアの顔を見てみればその瞳は閉じられ、その口元からは穏やかな寝息が繰り返されている。
「!?」
その時、彼女の手の甲にあったあの薔薇の印が淡く光っているのが見えた。
「ーーーーーーっ!!」
今のクローディアの状態が誰のせいで引き起こされたのかなど、考えなくとも選択肢は1つしかない。
ようやく得た2人きりの時間だっただけに、ジークフリートは思わず眉間のしわをさらに深く刻むが目の前でジークフリートの腕の中で静かに寝入るクローディアの姿にその怒りをどうにか沈める。
「・・・・まぁ、いいさ。お前に負けるつもりはない」
クローディアをそっと横抱きにして抱きかかえると、眠る彼女のその額にゆっくりと口づけてからジークフリートは王都へと足を進めた。
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