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ウンディーネ様のいる闇の神殿へ

本当の心は

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『アナスタシア』は生まれつき魔力が強く、アイシスの姿も小さい頃から見えて会話も直接できていた。

そして幼い頃から賢かった彼女は、自身に訪れる呪いの為の死の意味も理解して受け入れ、それならば誰とも関わることはせずに1人で死んでいきたいと森の中で静かに暮らすことを選んだ。


彼女は、アイシスとカルロの間に出来た子どもの子孫の最後の1人だった。


だがそんな彼女にも転機が訪れ、その人生は大きく変わる。

そう、アナスタシアが暮らす森にあのシオンが迷い込んで偶然か必然なのか、彼女と出会ってしまったのだ。

1人で死んでいきたいと願っていた少女は愛する人ができ、受け入れていたはずの死の呪いを初めてそこで強く拒み憎む。

子どもを作ることも呪いをその子に引き継がせてしまうことになり、長生きができないことが最初からわかっていたのに、シオンからの熱い想いに負けてとうとう新しい命をこの世に産み出した。

自身の呪いのこともシオンやその家族には『不治の病』だと伝え、子どもにもその意味が分かるまでもう少し黙っているはずだったのに。

愛したシオンは死に、その家族も街ごと全てが戦の炎によって焼き殺された。


ルークと二人きりになったアナスタシアは森の中でひっそりと暮らしていたが、ついに運命の日は訪れてしまう。


『母さん、なんだか今日は森がざわついてるんだけど、どうかし・・・・・ッ!?』


ルークの目の前には、家の中で血を大量に吐いて倒れている母親の姿が映った。


『母さんっ!!!』


その体はすでに呪いの痣が全身に広がっていて、まだ幼いルークが触れたアナスタシアの体は氷のように冷たい。

アナスタシアの命の灯火が、消えたのだ。






その後、アナスタシアをたった一人で埋葬したルークは森で摘んだ花をそこに添えてから一人きりになった家に戻る。

彼に触れられないと分かりつつ、アイシスはそっと黙ったままのルークに寄り添った。


『・・・・あんたの、せいなんでしょ?』

『!?』

『あんたのことはずっと見えてたし、母さんとの会話も全部聞こえてた。だから母さんは病で死んだんじゃなくて、呪いの魔法のせいで死んだって知ってるんだ』

『ルークッ!?』

『・・・・・それで僕も、大人になったら母さんと同じようにすぐ死んじゃうんでしょ?』



アイシスに向かって顔をあげたルークは笑っていた。



『大丈夫だよ、僕が死んで悲しむ人はみんないなくなったんだ。死んだところで、泣く人なんか誰もいない』



笑いながら、泣いていた。



『大丈夫、怖くなんかないよ。人はみんないつか死ぬんだ。大人になるまで生きられるのならじゅうぶん。父さんや母さんが死ぬこと以上に僕にとって辛いことはないだろうから、もう何があっても大丈夫』


ルークはアナスタシアよりも、さらに賢い子だった。

幼くても色んなことをすぐに理解し、子どもらしく感情的になることは少なかった。

涙を流すことだって、これまで本当にごくわずかばかり。


『僕が死ねば・・・・それでこの呪いは終わりだ』

『これからきっと、あなたを好きになる人が出てくるわ』

『大丈夫、簡単だよ。みんなに嫌われればいいんだ。優しいいい人じゃなければ、みんなは僕なんかを好きにならないよ。そしたら僕が死んでも・・・・悲しむ人は誰もいない』


ルークは、まだ止まらない涙を手の甲で拭って拭き取ると、家を出る為の身支度を始める。


『だけど、その為に森の中でひっそりとなんて、母さんのように僕は生きない。僕はこの国一番の魔法使いになるって夢を叶えて、それで一人でひっそりと死ぬんだ』

『呪いが、怖くないの?』


ルークはまだ10歳だ。

母親を失ったことを、もっと泣いて悲しんだっていいのに。


『大丈夫、怖くないよ・・・・それより、君のことをもっと教えて?』


そのまま、ルークは身支度の終えた荷物を持ってその仮の家を振り返りもせずに出て行く。

その顔は見慣れた笑顔のまま。

だが、そんな彼の『声』が私の頭の中に強く響く。






嘘だ、本当は怖い。

ずっと前から母さんがもうすぐ死ぬことも分かってたけど、この日が来くるのがずっと怖かった。

でも、母さんが必死にそれを隠すから、分からないフリをし続けることが、母さんの為だと思ったんだ。

父さんもみんなも死んで、僕には母さんしかいなかったのに、その母さんまでこんなにもすぐに死ぬなんて。




本当はもっと、一緒にいたかった。




今だって、本当は死ぬのが怖い。

人間は簡単に死んじゃうから、呪いなんてなくても明日にだって死んじゃうかもしれない。

分かってるんだ。

でも、本当は何も知らないで明日を楽しみに待っていられる、普通の子どもでいたかった。


お願い、だれも僕を好きにならないで。


僕は大切な人が目の前で死ぬのなんて、もう見たくない。

僕なんかの為に、誰にも僕のように悲しんで欲しくない。


それでも、森の中で一人で生きるのは嫌なんだ。


嫌なひどいやつでいいから、人の中で生きたい。


お願いだから、僕をずっと嫌いなままで側にいさせて。







「・・・・・嘘つき。全然、大丈夫なんかじゃないじゃない」


気づけば目の前から幼い頃のルークとアイシスさんの姿は消え、クローディアの目の前にはすやすやと穏やかな吐息を繰り返す、今のルークがいた。

声を立てたらいけないと分かっているのに、涙が全然止まらない。


『ルークは他の人と違って、あなたのことだけは自分から関わろうとしてた。呪いの一部に変化を起こしたあなたなら、と心のどこかで感じたのかもしれないけれど、たぶんそれだけじゃないと思うわ』


「・・・・・彼はいつだって私をイラつかせて、会うたびにそれはもうひどい目にあいました」


『それはっ!』


「それなのに、どうしても心の底から彼を嫌いになれないことが何より一番嫌でした」


『!?』


クローディアは、アイシスに泣きながら笑いかけた。


「彼を決して、呪いで死なせはしません」


『・・・・ありがとう!』


私の答えに、アイシスさんも笑いながら涙を流してその場から消えて行く。


ルークの呪いは解ける。

そう、ゲームで彼のルートを攻略すれば、実際にエンディングで呪いは無事に解けているのだ。

それを叶えたのはローズかもしれないけれど、彼女の登場前であろうとも何かその為にできることが自分にもあるのかもしれない。

それに、これまで散々ひどい目にあった分の仕返しとして、呪いの運命を受け入れて一人で密かに最後の時を迎えようとする彼の願いなんて、絶対に叶えてなんかやらない。



「・・・・なに、泣いてるの?」

「!?」


その時、ようやく目覚めたルークが笑いながらこちらを見ていた。

それはいつも通りの見慣れた笑顔。


「バーーーカ!嫌いなあんたが珍しく弱ってるのを見ての、嬉し涙よこれは!」


今だに止まらない涙を何度も手で拭いながら、彼に向かってあっかんべーと子どものような意地をはった。


「フフ・・・・・そう、なら僕がすっかり元気になって残念だったね♪」

「そうよ!これからどれだけ嫌いになったって、もしあんたがこの先私より先に死んだりしたら、その時は思いっきり大泣きしてやるから覚えてなさいよ!」

「!?」



あまりに止まらない涙に、クローディアは一度顔を洗ってこようとその部屋を出た。

そのクローディアの後ろ姿を、扉が閉まって見えなくなるまでルークは無言で見つめる。



「ねぇ、アイシス?嫌われても泣かれるなら・・・・・僕はどうしたらいいのかな?」



その問いに、アイシスは応えない。


ルークもそれ以上は何も話さずに、ただじっと先ほどまでクローディアに握られていた手の平を見つめ続けていた。
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