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いざ、翠の森へ

正しい選択肢なんて、分かりません!

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「さて、そろそろ本題に行きましょうか?」


サーラ様が私の2杯目のお茶を注いでくれた後に、笑顔でそれを告げる。


そうだ。
ここへ来たのはその為だ!


「あ、あの!実はアルカンダルの・・・!」

「あら?私は、誰の大切な人を助ける為に力を貸すのかしら?」


ニッコリ。


サーラ様は私ではなく、ある人に向かって笑いかけた。


「!?」


さすがだ。
この人は、やはり全部分かっていらっしゃる。

サーラ様から笑いかけられたその人は、とてもビックリした顔の後、しばらく顔を伏せて黙り込んだ。


「・・・・・ッ!」


そして。


ガタンっ!!


「!?」

「俺の名はアルフレド・ルカ・ド・オーギュスト。あなたには、俺の母であるマーサ・ルナ・デ・オーギュストを助けて欲しくて、ここまできたっ!!」

アルフレド様が席から立ち上がり、その場で膝を床についてサーラ様へと頭を下げる。


「あらあら、顔をあげてちょうだい?」


サーラ様はアルフレド様の前にしゃがみこむと、彼の肩に手を添えてそのまま彼を立たせる。


「最初から、ちゃんと話してもらっていいかしら?」

「・・・・・分かり、ました」


もう一度アルフレド様が席に座ると、アルフレド様の冷めてしまったハーブティーをサーラ様が入れ直してから彼女も席についた。

アルフレド様は、今度はそのハーブティーをゆっくりと口に含む。


「うまいな」

「あら、よかったわ」


そしてアルフレド様はバーチさんがこれだけはと教えてくれた、マーサ様が含んだ毒のことをサーラ様に話した。

それから何年も目覚めないこと。

どんな薬を飲ませても、魔導師たちが魔法で回復を試みても全く効果はなかったこと。

今は辛うじてルークの魔法で体の時間が経つのをゆっくりにすることで時間を稼いでいるが、それでもこのままでは衰弱し死が訪れること。

その魔法は逆に寿命を縮める可能性もあるとのことで封印された邪法でもあったのだが、止むを得ないと王が許しをだしたのだ。


それを顔は笑みのまま真剣に聞いていたサーラはありがとう、分かったわとアルフレド様の手をしっかりと握った。


「ただ、エルフの薬はどれだけ困っているからと言っても、誰にでもあげられるものではないの」

「どうしてだっ!?母上はアルカンダルの王妃でこの国の為にずっと尽くしてきたのに!!」


バン!!とテーブルをたたき、アルフレド様が怒りを現す。

話せばわかってくれると思ったのに!!と。


「そうね。でも、命の重さは皆同じなのよ。そこに大きな違いはないわ。王妃だろうと、それが毒で苦しんでいようと、世の中にはもっと大変な思いをしている人だっているのよ?」


サーラの顔から笑顔が消えて、真剣な目をアルフレドに向ける。

アルフレドは泣くのを我慢するように、強く唇を噛み締めていた。


「・・・・・・母上ッ」


きっと、同じようにたくさんの人が彼女に救いを求めてこの森にきたのだろう。

その一人一人を全て救うことは、神様でない限り難しい。

だからこそ、彼女は迷いの森の奥に住んでいるのかもしれない。


「くそっ・・・!!」


アルフレド様の強く握りしめた手が、悔しさと怒りに震えている。

その姿に、クローディアは考えるよりも体が勝手に動いた。


「それでもお願いします!!サーラ様、どうか彼に力を貸してあげてはもらえないでしょうか!!」

「!?」


クローディアがサーラに向けて床に膝をついて、頭を下げる。


「あなた・・・・」

「薬を作る為の材料集めでも、雑用でもなんでもやります!!彼の母親は、普通の薬も魔法での回復もできない特殊な毒に倒れてます!もうサーラ様にお願いするほか道がありません!!」

「クローディア・・・!?」

「無茶なお願いは百も承知です!それでも、一縷の望みにかけて危険を承知でここまで来ました!命の違いに特別はありません!それでも、それでも何かお力を借りられないでしょうか!!」


私はこのイベントをゲームで知らない。

アルフレド王子がローズとともにどんな風に王妃様を目覚めさせるのかも、どんなセリフで説得し行動で示すのかも何も知らない。

選択肢だって知らない。

ゲームではどんなに絶望的な絶対絶命の危機が訪れようとも、それを体験するのは主人公で私たちプレイヤーは安全なところで見ているだけ。

どれだけキャラクターに感情移入しようが、自分で言葉を生み出して答えるわけではないし、へたをしたら選ぶのは「はい」か「いいえ」だけだ。

それだって攻略法を見て、間違いのない選択肢をいくらでも選べる。

でも、今の私にはそんな選択肢すらも現れない。


「エルフの薬がどれだけ貴重なのかもよくわかってます!でも、一度のチャンスだけでも彼にいただけないでしょうか?彼は本当に、母親のことを心から助けたいんです!!」

「・・・・・・・」


サーラ様は、ただ黙ってこちらを見ていた。


なんて格好悪いんだろう。

ローズなら、もっと相手の心に響くようなすごい言葉が言えたかもしれないのに。

私はただ、こうして頭を下げることしかできない。


「・・・・どうか、俺からもお願いします」

「?!」


スッと動く気配がしたかと思うと、クローディアの隣で膝をついたジークフリートが頭を下げる。


「王妃の目覚めはアルフレド王子だけではなく、国王を始めとした我々臣下も民も大勢の者が長いこと願ってきた悲願です」

「・・・・・・ッ!!」


私とジークフリート様の姿を見たアルフレドは目が涙で滲み、唇を噛み締めて今にも泣くのをこらえるようにして力をさらに入れていた。


「あなた達・・・・・あら?」


そして、私達の姿に悲しそうな顔をしていたサーラ様の顔が不思議そうに、ある一点を見つめる。


「あなた、そのポケットに入っているものはなに?」

「え?ポケットですか?」


特に何も入れてなかったはずだけど、と思いながら手を入れて確認してしてみると、そこには入れたはずのない手の平ぐらいの大きさの一枚の葉っぱが出てきた。

「あれ?なんでこんなものが?」

「!?」


その葉っぱは、サーラの目にだけは光を放って見えていた。

さっきもそう。

彼女のポケットの中で、淡い銀色に光るものが見えた。


「それを、見せてもらえるかしら?」

「あ、はい。もちろんです」

「ありがとう・・・・・ッ!?」


葉っぱをサーラに渡すと、受け取ったとたんにサーラの顔色が一瞬で変わる。

そこにはエルフ語で、見えるものにしか見えない魔法までかけられながら、あるメッセージが綴られてた。


「どうやら、あなた達はとても運が強いようね」

「え?」

「たった一度きりですが、チャンスをあたえましょう」


ニッコリと、サーラ様は先ほどの様子が嘘の様に笑って答えた。


「そんな・・・・な、なんで、突然?」


あまりに突然のことに、喜ぶよりも戸惑い走る。

隣にいるジークフリート様とも、お互いに目が点のままで目があってしまった。

気持ちはどうやら同じようだ。

アルフレド王子も、まだ思考が追いついていないようでポカンとしている。


「ごめんなさいね、さっきの言葉はここへきた全員に話すことなのよ。それであきらめるのなら、それまでの気持ちということ」


それに、とサーラ様は葉っぱにチラっと目を閉じ向けて優しく微笑む。


「あなたの持っていた葉っぱは、私の古い友人が入れたものよ。その友人があなた方をどうか助けてほしいと、こんなことを彼女が私に言うのは何百年ぶりだわ」

「な、なんびゃく年・・・・?」


サーラ様もその友達も、いったいどれだけ長生きしているというのか。


「あなた方の必死な様子と彼女は人の本質を感じ取れる力がある人だから、その彼女がここまで言うのならばチャンスを一度くらいはあげてもいいとそう思ったのよ」


愛おしそうにその葉っぱをサーラ様は優しい目で見つめる。


「あ、ありがとうございます!!」


なんだかよく分からないけど、とりあえずなんとかチャンスはもらえたんだ!

ほら、運も実力のうちだしね!


「・・・・緑の魔女様、チャンスを頂けるのは大変有り難いのですが、いったいどんなことをしたらいいのですか?」

「あら、簡単よ?そこの扉をくぐって、まっすぐ行った先にある小瓶を持ってきてほしいの。そうね、あなたとあなたがいいわ」

「!?」

「わ、わたしですかっ!?」


サーラ様が指定したのは、クローディアとアルフレド様だった。


「がんばってね」

「ちゃ、チャンスを、ありがとうございます!!絶対に小瓶を持ってきます!ね?アルフレド様!」

「あ、あぁ!!」


アルフレド様は扉の前に立つと涙を急いで拭い取り、一度だけ深くサーラ様に頭を下げてからその扉のドアノブに手をかける。


「気をつけて行くんだぞ!」


ジークフリート様は少し心配げな様子だ。



それでも、王妃様を助けられるワンチャンスにしてラストチャンスだ!!

と私とアルフレド様はお互いに目を合わせて頷くと、扉の中へと入っていく。

そして、扉はバタン!!と自動的に勢いよく閉まった。









「あなたは、こちらでお茶でも飲んでいたら?」


相変わらずニコニコしながら、サーラ様がジークフリート様に話しかけた。


「・・・いえ、俺はここで2人を待ちます」


だが礼を取りながらそう彼女に伝えたジークフリートは、どかっと扉の前に座りこむと目を閉じ2人の無事を願い祈る。

今はただ待つことしかできないことを歯がゆく思いながら、それでも2人を信じて祈り続けた。



そんな彼を、優しい眼差しでサーラは後ろから見守る。


「・・・・アイシス」


ふいに小声で呟かれたその名は、誰の耳にも届かずに空にそっと消えていった。

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