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氷の神と赤髪の少年

氷の神と赤髪の少年 4

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その『新しい命』が自分の体の中に宿ったと知った時は、本当に不思議な気持ちだった。



『えぇーーー本当に妊娠してるんですか、先生!!』

『あぁ。まず、間違いないだろうね』

『い、イヴァーナ!赤ちゃんだよ!!俺たちの赤ちゃんがついに出来たんだ!!』

『私と、ジャックの・・・・赤ちゃん』



身体の違和感を感じたのは少し前からだった。

とにかく身体がだるくて眠いのと、ご飯を作りながら気持ちが悪くなってよく吐き気に襲われた。

とうとう神でも風邪を引いたのかと、街にいる医者にジャックと2人で診てもらいにいったら、風邪どころではなかった。



『すごい、すごいよ!!イヴァーナ!!俺ものすごく嬉しい!!』

『ジャック・・・・そうだな、私も嬉しい』


家に帰ってからもジャックのはしゃぎ様は止まらず、嬉しい!嬉しい!と喜びながら何度も私を抱きしめてキスをした。


『イヴァーナ!!俺、赤ちゃんの分まで頑張って働くからな!!』

『あぁ・・・だが、あまり無理をするんじゃないぞ?』

『分かってるよ!じゃ、行ってきます!』

『行ってらっしゃい』

『あ、いけね!忘れ物!』

『???』



チュッ!



『!!??』

『あと、おなかの赤ちゃんにも、行ってきます!』



チュ!



『・・・・・お前は、もう!!早く仕事に行け!!!』

『はーーーい!』



実際に子どもが生まれたら、あの男は一体どうなってしまうのか。




そうして月日は流れ、あっという間にその『新しい命』が外に出てくる日となった。

私は人間のものも、動物のお産もこれまで散々見てきた。

苦しみながらも一生懸命に命を産もうと命を賭けた必死なその姿に、私は毎回心から感動していたんだ。


だがいざ自分が産む立場になってしまうと、想像以上なこれほど大変な思いをして母親は子を産んでいたのかと改めて世界の母に私は賛辞を贈った。

男たちよ、お前達も一度でいいからあの生命を産みだす痛みと苦しみを味わうがいい。

そうすれば、たやすく戦で人の命を奪うことも気持ちが変わってくるだろう。


私も正直、これほどとは思っていなかった。




『ギャァァァ、オギャァァ!』

『よく頑張ったの~。可愛い女の子じゃ』

『い、イヴァーナ、女の子だって!!すごいよ!!すごい、頑張ってくれてありがとう~~!!』

『・・・・・ジャック』



出産時、グラン村で何百という出産を手伝ってきた、初老の女性であるナージャが協力をしてくれた。

ジャックは私を一人にはさせないと、ずっと手を握りしめて頑張れ!!と励ましながら隣にいて、今はもう喜びと感動に顔が涙と鼻水とでぐしゃぐしゃになっている。


全く、なんてひどい顔だ。



『ホレ、お母さんや。赤ちゃんを抱いてあげておくれ』

『あ、あぁ』



出産でかなりの体力が持って行かれ、痛みで全身を少しでも動かすと辛いが、そこはジャックが身体を支えてくれながらゆっくりと起き上がる。



『さ、まだ首が座っておらんから、そっと抱えるんじゃぞ?』

『わ、分かった』




赤ん坊は何十、何百と見てきた。

だが、こうして実際に抱くのは初めてだ。

私に向かってくるジャックを抱き上げたのは、もうジャックが歩くようになってからだから、こんな幼い子は未知でしかない。



『・・・・・こ、こうか?』



壊れないように、落とさないようにと、こわごわ赤ちゃんを抱き上げる。全身に緊張が走って力加減が分からない。


赤ん坊とは、なんて柔らかい生き物なんだ!



『そんなに力を入れんでも大丈夫じゃよ。ほら、こうしてそっと支えてあげなさい』

『う、うん』



ナージャの言う通りに腕を赤ちゃんの身体を支えるように体の下に入れて左手は添えるだけ、右手は上から抱えるようにもつと赤ちゃんはすっぽりと静かに私の腕の中で収まった。




『よ、よし。持てたぞ!』




ふうーーーっと緊張していた力を抜いて息を一気に吐くと、目を開けた赤ちゃんと目が合いそしてその子が笑った。

ジャックとそっくりな、深い緑の瞳。




『・・・・・・・・ッ!!!』





その時に、私の中で何かが彼女に掴まれた。




『か、可愛い~~~~~!!』




その笑顔を隣で見ていたジャックはもう、目がハートマークになってメロメロになっている。



『あぁ。可愛いな』




私の心も、目の前の彼女に持って行かれたのだろう。

この子の為なら何でも出来る!とその時心に強く感じたのだから。




『産むの、本当に大変だったよね。イヴァーナ、ありがとう!!』

『ジャック』




ジャックは私に何度もありがとうと告げ、そしてその度にキスをして抱きしめた。

そのうちキスを贈られるのは2人になるだろうことが、今から簡単に予想がつきその姿をイメージして笑ってしまう。



それは、何て愛おしい光景だろう。



私達の子どもは、『エレナ』と名づけられた。



エレナはジャックの幼い頃に本当にそっくりで、私は懐かしい思いにも駆られてしまった。

まぁ、感傷に浸ってる暇をこのエレナは中々与えてはくれないのだが。

ジャックと同じく元気いっぱいなところはいいところだが、同じように私の言うことを聞かないのはどういうことか!!




『エレナ!それはしてはいけないと、何度も言っただろう!?』

『だって、パパはいいって言った!』

『ジャックッ!!!!』



私は子育ての為に感情がかなり激しくなったと、間違いなく思っている。

エレナはパパ大好きっ子で私よりもジャックの言うことを聞くが、ジャックはエレナにメロメロなので怒ったりすることがまずない。


エレナももう5歳。

ジャックと同じ赤い髪が肩までのび、その髪を2つに分けていつも結んでいる。

少し気は強いが、優しくていい子だ。

だが、このままではエレナが我慢のできないダメな大人の人間になってしまう!!




『全く、お前も少しはエレナに注意しろ!!なんで私ばかりが怒ってるんだ!!』



エレナが寝た後に、私はベットに腰掛けながらジャックに文句をぶつけていた。



『ハハッ、ごめん!ごめん!エレナが可愛くて、つい』

『ついじゃない!!』

『ねぇ、イヴァーナ。エレナも大分お姉さんになってきたし、そろそろもう1人家族を作らない??』

『お前は、これ以上私に怒る時間を増やせと言うのか!!』

『だってエレナ、いつも1人で寂しがってるんだよ』


『え・・・・??』


『毎日村や街の子達と仲良く遊んでるけど、家に帰ってくると時々寂しそうな顔をするんだ』



その横顔は、昔よくイヴァーナが人の家族を見ていた時に見せたものとよく似ていた。



『エレナが?』

『うん。寂しくて、だからイヴァーナの気をひくためについつい怒らせるようなことをしてるんだと思うよ』
 

『そう、だったのか』



私はまだまだダメな母親だな。

娘が何を思っているのか、いまいち分からないことがある。



『落ち込まないで、イヴァーナ。俺たちはみんなで少しずつ家族になっていくんだから、分かり合うのもゆっくりでいいんだよ』

『ジャック』



ジャックが私の身体をゆっくりと、そしてしっかりと抱きしめる。

そういえば、家事と子育てに追われて、ゆっくりジャックと2人でこんな風に過ごす時間は最近少なかった。




『ありがとう、ジャック』

『ううん。いつも家のこととエレナのこと、本当にありがとう!イヴァーナ、大好きだ』

『・・・・・ジャック、私も愛してる』




そしてどちらともなく唇を寄せ合うと、触れ合うだけのキスからどんどん熱く深いものへと変わっていき、そのままベットの中へと2人して倒れていく。

久しぶりに、イヴァーナはジャックの温もりを全身で感じた。


ジャックは言葉だけじゃなくて目でもキスでも、身体全部で愛していると伝えてくれる。

それがとても嬉しく心地いいものだと、改めて感じた。





『ジャック』

『なに?イヴァーナ』

『エレナの兄弟は、もう少しだけ待っててもらっても大丈夫だろうか?』

『いいけど、なんで??』

『愛しいお前と、こうして身体を繋げる時間が減るのが今は嫌だと思ってな』

『!!??』

『妊娠すると、しばらくこういう時間がまたなくなるだろう?だから・・・・・んぅっ!!』




突然、噛み付くような激しいキスをジャックにされる。

息継ぎさえ許してくれないような、その熱いキスに思わず意識が飛びそうになった。




『ハァ、ハァ・・・・じゃ、ジャック、突然どうした??』

『ば、バカ!!イヴァーナのバカっ!!』

『はぁ??ジャック、何をッ!?』

『そんな嬉しいこと言われたら、俺もう止まれないからねっ!!!』

『ちょっ・・・・・待っ!!』





それから数日、私は真剣な睡眠不足に陥ることになる。

睡眠不足だろうと家事に育児にと、やることは変わらない。




『ママ、だいじょうぶ??』

『・・・・・・あぁ』




真剣に心配をしてくれるエレナに申し訳ないと謝りつつ、多分今夜も睡眠不足になるだろうと。

満面の笑みで、もりもりとご飯を食べるジャックの姿を見ながら私は大きなため息をついた。



やっぱり、エレナの兄弟はもう少し早い方がいいだろうか??



そんな毎日を繰り返しながらーーーーーーー愛する夫と娘に囲まれて、私はとても幸せだった。






だが、私はこの時すっかり忘れていたのだ。


自分が神で人々を見守って来た間にどれだけ平和な村でも街でも、最後には滅んで消えてしまったことを。


それがなんのせいであるのかを。


人の命には等しく限りがあることを。


日々の当たり前に繰り返される平和な毎日に、私は考えることもしてなかったのだ。



形あるものは、いつか失うことがあることを私は忘れていた。

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