転生した先のBLゲームの学園で私は何をすればいい?

赤蜻蛉

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結・個人ルート 結末編

ガブリエルルート 3 前編

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運命だと思った。

この出会いこそが、運命なのだと。








その匂いを嗅ぐと、頭の芯が震えるほどに痺れる。

彼と直接会う前から、生徒会室で扉の向こうから感じるどうしようもないほどの強烈な匂いと引力に気が狂いそうだった。



本能が告げている。



『彼』はこれまでにないほど、極上の『贄』だと。

その血は自分だけでなく、吸血鬼全てが彼を見た瞬間その匂いだけで心を奪われ、意識を本能に支配される。

白い肌に滲み出る汗とともにその甘い芳醇な香りは嫌でも鼻をつき、自分の耳に響くほど心臓が勝手に早鐘を打つ。

シャツの隙間から見えるその滑らかな素肌の首筋に牙を思いきり突き立て、溢れ出る血を余すことなく舌で一滴残らず舐めてすすりたい。

口の中から滴る唾液を舐めあげながら、呼吸も許さないほど唇の内側を激しく犯したい。

彼の下半身の熱に噛みつき、彼の体も心も限界まで追い詰め、快楽と苦痛に塗れた涙を流させながら幾度もその極上の体液をこの乾いた喉で飲み干したい。



本能が告げている。

彼を、『喰べたい』と。




こんな存在は初めてだった。



食欲を自制することに長けたはずのガブリエルもその側にいるだけで、1日に何度も強烈な誘惑に耐えなくてはならず、甘い拷問はガブリエルを日に日に追い詰めて行く。


「が、ガブリエル先輩?どうか、したんですか?」

「!!??」


生徒会室にて、ふいにガブリエルに対して背を向けたハニエルの首元が視界に入り、湧き上がる衝動を抑えきれなかったガブリエルがハニエルの両手を壁に押さえつけながらハニエルの動きを塞ぐ。

背中越しに感じるハニエルが放つどうしようもない強い香りにガブリエルの頭がかき乱され、匂いをどうにか散らそうと顔を背けつつ深呼吸を繰り返しながらなんとか意識と呼吸を整える。


「・・・・・ごめん。君の背中に、虫がついてて」

「えっ!?な、なんの虫ですか!?」

「噛まれたら、少し厄介だから。ちょっとだけ・・・・じっと、していてくれる?」

「わ、分かりました!」


こうして首元に顔を近づけているだけで、今にも歯を突き立ててかぶりつきたい衝動が止まらない。

このまま彼の腕を壁に縫い止めながら、彼がどれだけ嫌がろうと泣き喚こうとその熱に触れて高めてこの手でイカせ、その体液を飲み干したい!

そして体も心も丁寧に優しく愛撫してドロドロにとかしながら、この爪でその生暖かい皮膚をゆっくりと引き裂き血と汗と涙で塗れた最高の贄に本能の赴くまま食らいつきたいッ!



  



『ガブリエル先輩』

『疲れてるんじゃ、ないですか?また、無理したんですね』



「・・・・・ッ!!」


無防備に首元をガブリエルへ晒したまま背を向けるハニエルへと、牙を見せ今まさに突き立てようと口を開いたガブリエルの動きが止まる。

頭の中にあるのは、目の前のハニエルではなく『彼』の姿。

この体に何度も流し込み、染み込んだ彼の匂いと気配と温もり、そして本能のままに味わった彼の残滓がガブリエルの理性を唯一保たせていた。


「・・・・もう、大丈夫。虫は、取れたよ」

「本当ですか!?ありがとうございます!」


無邪気な笑顔をガブリエルに向けてくるハニエルへ一度だけにこりと笑うと、すぐに顔を背けて近場に置いてあった束ねてある書類をハニエルへと渡す。


「悪いんだけど、これをすぐに図書室にいるミカエルへ届けてくれないかな?少し急ぎなんだ」

「はい!分かりました!」

「それで、今日はそのまま帰って構わないから。今日の続きはまた明日やろう」

「はい!じゃ、僕ミカエル先輩の所へ届けて来ますね!今日もありがとうございました!また明日も、よろしくお願いします!」

「うん。また、明日」


笑顔は崩さず、けれど目線は合わせず軽く手を振りながら、ハニエルが生徒会室から元気よく出ていくのを見送る。


「・・・・・ッ!!」


ハニエルの姿が視界から見えなくなると、ガブリエルが足元から崩れて床に座り込む。

両手で頭を抱えながら、荒く繰り返される呼吸を落つけようとより深い深呼吸を繰り返した。


「ははっ・・・・情けない。こんな衝動も抑えられないなんて」


『彼』に出会う前までは、長らく飢餓状態でそれが普通だったはずなのに。


知ってしまった。


自分の乾いた喉を潤し、欲しいままに満たす喜びを。

温かいぬくもりに包まれ、熱を与え返される悦びを。



『ガブリエル・・・・先輩ッ!』

 

どれだけ欲して与えられてもさらにその先を求めて仕方がなかった『彼』の存在を、少し前までは望めばすぐにこの手の中にしっかりと抱きしめることができたのに。


「これ、は・・・・?」


なぜ、そこにいると思ったのか。

ただふいに、『彼』のわずかな匂いが鼻先に届き生徒会室の奥の窓へとふらつきながら導かれるように向かう。

その窓は夕陽が照らし、オレンジ色の光を届けていた。


「・・・・・・あっ」


その景色の中に、ベンチに座りながら沈む夕陽を眺めている『彼』の後ろ姿が小さく見えた。

顔を見なくとも、すぐにそれが『彼』だと分かる。

『外』でいつもその背中を見つけては後ろから『彼』の首元にゆっくりと腕を回してふわりと包み込むようにして抱きつき、いつまでも慣れることなく真っ赤な顔であたふたする『彼』の頰に手を添えて唇を重ねた。


『!!??』


元々半開きだった『彼』の唇の隙間から舌を差し入れ熱い舌や口の中を好きなように舐め回していると、始めは引き気味だった『彼』の舌が次第に応え出しより深く互いの熱が重なり合う。

舌で味わう『彼』の唾液は、ガブリエルにとって最高級のワインよりも芳醇でどんな果物のジュースよりも濃厚で甘い。

まるでお酒でも飲んでいるかのように体が奥から熱くなり、唇を合わせれば合わせるほど夢中になってその熱を貪った。


「・・・・・ッ」


欲しい。

思うがまま、『彼』の熱を抱きしめて『彼』を感じたい。


でも、それだけはもう許されない。

ハニエル=ハーモニーは、他の吸血鬼達からも最上とされる血と肉体を持つ最高ランクの存在であり自分のモノにしたいとは思っても、すぐさま殺そうとする愚かな吸血鬼はまずいないだろう。

殺気を起こす前に、彼の放つ香りによって魅縛される。

ガブリエルだとて、ロードという存在が先に目の前に現れていなければハニエルの匂いに抗うことなく、今頃本能のままにその首へと噛みついていたに違いない。


だが、ロードは違う。


『彼』はガブリエルにとっては誰よりも特別で最高の匂いと味を持つ大変魅力的な存在であるが、他の吸血鬼からすれば『彼』はその辺にいる大勢の並な贄と扱われている人間達と変わらない。

気分次第で、何のためらいもなく殺されてしまうだろう。

そして、最悪にもあのアモンに目をつけられてしまった。

アレからアモンがロードに近づくどころか、アモンの姿すら見かけないが油断はできない。

昔からガブリエルに対して強い敵意を向けてくるアモンにとって、ロードはガブリエルを陥れる為の罠としてどんな危険な目に合うか分からない。

ガブリエルが彼と距離を置きつつ、ロードの身に危険が及ばないよう黒と赤の模様をした蝶の姿の使い魔を側で見張りとしてつけている。


「・・・・・・」


日が沈みロードの姿がその場から消え去っても、ガブリエルはその場からしばらく離れることなく窓からの心地いい風に吹かれていた。













夕陽を見ながら、今日もロードは大きなため息をついた。

最近、放課後の空いた時間にこの場所で夕陽を見るのがロードの日課になりつつある。

元々夕陽を見るのが好きだったのだが、その紅い太陽と空がある人を思わせると気づいてからは、時々時間ができると自然とこの場所に足が向いてしまっていた。


「・・・・はぁ。いやいや、これはちょっと女々しすぎだろ」


元々、昔はというか前世が女性だったのだが、その時だってこんな気持ちになることもこんな行動をすることもなかった。

夕陽を見て、誰かを思うことなど。


「また君か。もしかして、あの人関係だったりしてな」


少し前から、時々ロードの側で見かけることが多くなった黒と赤色の模様をした蝶。

ロードの近くを飛んでいたかと思えば、ロードの肩や指にもその身を乗せて留まることもある、なんとも不思議な蝶である。


「・・・・キレイだな、今日も」


こうして沈みゆく太陽を黙って見ていると、どこからか『彼』の声が聞こえてきそうな気までしてしまう。


『こんなところにいたんだ』

『探したよ?』

『!!??』


少し前なら、後ろから声とともに首元と肩口に温もりが降りてきて、夕陽を最後まで見ることなく『彼』によって与えられた熱に夢中にさせられていた。

それが当たり前と感じ始めるぐらい、少し側にいすぎただけなのだ。

それを寂しいと感じるだなんで、あの頃は思いもしなかった。


「あの2人、すごくお似合いなんだ」


返事があるわけがないのを承知で、蝶に向かって呟く。


「俺には分からないけどさ、ハニエル君はきっとすごくいい匂いと味なんだろうな」

「えぇ。けれど、それを味わうことをガブリエル様は強く拒んでらっしゃいます」

「!!??」


驚きのあまり、思わず座っていたベンチから飛びのいた末に地面へすっ転んだロードの前には、礼儀正しく頭を下げた執事ーーーザガンがいた。


「ざ、ザガンさんっ!?」

「連絡も無しに、突然申し訳ありません。ですが、あなたにしか頼めないのです」

「え?」


かなり神妙な面持ちで頭を下げていたザガンが片膝をつき、地面で間抜けな格好でぽかんと口を開けたままのロードの手をしっかりと手を握った。









その日は、朝から目眩がしてまともに立っていることも厳しかった。

授業中は勉強に集中するフリをしながら下を向きなんとか乗り切ったが、身体のキツさは時間が過ぎれば過ぎるほどきつくなっていく。

この状態でいつものように放課後ハニエル=ハーモニーの側にいるのは、あまりに危険だ。

今日の生徒会室での仕事は無しにして、自宅に急ぎの仕事だけ持ち帰って終わらせておけば支障は出ないはずだ。




昼休み、食べた気になるだけの食事を済ませてからハニエル=ハーモニーのところへと向かう。

確か、この時間は親しいクラスメート達と屋上にいると話していた。


「・・・・・ッ」


屋上への階段の途中で大きな目眩に襲われ、その足を止める。

呼吸もいつもより浅く荒くなり、壁に手をつきながらゆっくりと歩き出すが足取りはとても重かった。



まさか、短期間でこんな状態になるとは。



「・・・・・ッ!?」


ぐるっと視界が回り、地面に倒れそうになったガブリエルの体は痛みも感じず自分以外の温もりと、見知ったはずの匂いに包まれる。



「この、匂いは・・・・んっ!」



目の前の存在を両の目で確認する前に、唇が熱で塞がれガブリエルの目には目を閉じた『彼』だけが見えた。


唇の中に、『彼』の舌が入ってきてガブリエルが欲していたものがようやく与えられる。



おいしい。


なんて、おいしいんだ。



ぴちゃぴちゃと水音を立てながら、さらにその液体を得る為にガブリエルの方からも舌を絡めて深い口づけをする。


「・・・・・はぁっ」

「!!??」


苦しい呼吸に唇が少し離されそうになるがそんなことは許さないと、『彼』の両手を掴み階段の途中にある床に押し倒し、身体全身で『彼』の温もりを感じた。



「・・・・・ん、せんぱ」

「おいし、い」

「あぁっ・・・・!!まっ、て」


腰を激しく押しつければ、すぐに『彼』の熱も反応して存在をガブリエルへ誇示し始め、少し強引に下半身の衣服を脱がすと本能のままにその熱に喰らいつく。

久々に味わうそれは、普段より匂いも濃く味も濃厚でガブリエルの意識をさらに狂わせた。


「も、もう・・・・・ァァッ!!」

「!!??」


ガブリエルの口の中で達した熱をぶちまけると、『彼』の全身が強く震える。

ごくんと、音を立てながらその液体を全て嚥下すると再びその熱に舌を這わせる。



「う、嘘!?待っ・・・・んんっ!」


熱を放出し、敏感になっている箇所に再びねっとりと柔らかい刺激が当てられた『彼』は思わず悲鳴をあげそうになり、両手でなんとか口を塞いでその声を閉じ込めるが身体を走る快感は止まるどころかより強さを増していく。


屋上の出入り口には、黒い燕尾服に身を包んだザガンが主人の大切な食事の邪魔にならないよう見張りをしており、主人ーーーガブリエルの意識が途切れて気絶するまでその食事は何度でも繰り返された。











「ここは・・・・・?」


ガブリエルが目を覚ますと、そこは自室のベッドから見える天井が目の前に映った。


「おはようございます。ご気分はどうですか?」

「!?」


上半身をゆっくりと起き上がらせたガブリエルの元には、水をワイングラスに入れシルバートレイの上に乗せて持ってきたザガンが頭を下げて側に来る。


「ザガン・・・・・ッ!?」


気づけば、あんなにガブリエルを支配していた空腹感がだいぶ薄れており意識もスッキリしていた。


「お前、俺に何を飲ませたっ!?」

「!?」


がシャン!!と、グラスが割れる音が部屋に鳴り響き、ガブリエルの手はザガンの胸元のシャツを掴み上げる。


「御身にとって、毒となるものは飲ませておりません」

「そうじゃない!何を飲ませたのかと、聞いてるんだっ!!」


口の中の味や匂い気配などもキレイさっぱり流されており、何も感じない。


「いつものものです」

「そんなわけ・・・・いや、まさかっ」


意識を失う前に見た微かな残像に1つの可能性を感じてザガンに鋭い眼差しでつめ寄るが、ザガンは涼しい顔をしておりそこから真意は読めそうにない。


「・・・・・ザガン。お前を俺の担当からは外し、明日から別の者に変更する」

「ガブリエル様っ!!」


掴んでいたザガンのシャツから少し乱暴に手を離すと、ガブリエルはそのまま部屋を早足で出て行く。

『彼』をこれ以上巻き込まない為に、自らこの手を離したというのにーーーーーーーー。



「・・・・・くそっ!!」


壁に向かって拳を思いきり叩きつける。

普段であれば多少なりともケガをするはずのその行為が、身体に流れ込んだ『彼』の体液によってガブリエルの身体能力を高めていることが何よりの証拠だ。


『普通の贄』では、こうはならない。


身体の細胞が活性化するだけでなく、力を増し得られた力に歓喜している。

より強い力を、より濃い力の水をと、本能が求めて叫んでいるのが分かった。


でも、だからこそこれ以上求めてはいけない。

まだ理性の抑えが効くうちに引き離しておかなくては、二度と手放せなくなってしまう。








だから、自分からもう一度突き放すよ。




「もう、ぼくに関わるのはやめてくれないか?」

「!!??」



放課後、普段から誰もいない空き部屋に『彼』を呼び出した。


「ザガンに何を言われたのかは知らないけど、ハニエル=ハーモニーという運命が側にいる今、ぼくに必要なのは彼であって君じゃない」

「・・・・勝手をして、すみませんでした」


申し訳ないと頭を下げたロードは、力なく落ち込んでいた。

こうして対峙してるだけで、すぐにも『彼』の側に駆け寄って抱きしめたい衝動に襲われる。


「だが、君には十分すぎるほど世話になったのも事実だ。これまでの礼として、謝礼金はたっぷりと払わせて頂くよ」

「・・・・・ッ!?」


ちゃんと笑えているだろうか?

ハニエル=ハーモニーにはできる作り笑顔が、『彼』の前だと上手く作れない。

きっと、それ以外の顔を見せ過ぎたのだ。



「そ、そんなのいりません!俺、これで失礼します!!」


最後は唇を噛み締め、少し怒ったような様子で走り去っていった。

かなり強く噛んだのか、多分唇が切れたのだろう。


『彼』の血の匂いがガブリエルに纏いつく。



「あれ?ガブリエル先輩、どうしたんですか?」

「!!??」


その時、別の強い匂いがガブリエルが襲う。


「ハニエル、ハーモニー?」

「はい!あれ?もしかして、どこかケガしてるんですか?先輩の手の平に血が・・・・・ッ!?」


本能に導かれるまま、近くに寄ってきたハニエル=ハーモニーの腕を引き自分の腕の中へとしっかり閉じ込める。


「が、ガブリエル先輩?」

「・・・・・ッ!」



なんて甘くて、いい匂いなんだ。


コレを、食べたい。





間近で漂うその匂いは、特に強く彼の首筋から香る。


もう、いいじゃないか。

なんでこんな極上の贄を前にして、我慢する必要がある?

『彼』はもう自分の側には戻らない。

ならば、この贄に手を出すことに対して躊躇することなど何もないじゃないか。



食べたい。


喰べたい。


喰べたい!



喰べたい!!



「ーーーーーーー!?」


その白い素肌に牙を突き立てようとゆっくり口を開くと、ガブリエルは目の前の皮膚に思いきり噛みついた。












「何を、泣いているんだい?」

「!?」


ガブリエル先輩の元から逃げるようにして走り去ったロードの足が自然と向かったのは、いつも『彼』のことを思って見ていた夕陽の見えるベンチだった。

これ以上関わるな、と直接拒絶されたにも関わらずまだこの場所に来るのかと自分のバカさ加減に呆れて、余計に泣けてきた。

そうして、ロードがベンチに座って少し気持ちが落ち着いてきた頃に突然声をかけられる。

慌てて目の涙を拭いつつそちらを見ると、短めの黒髪に黒い瞳をし簡素な服に身を包んだ背が高く細身だが割といい身体をした、見た目30代ほどの渋さも入った大人イケメンが現れた。


「すまない。ずいぶん悲しそうに見えてしまって、つい声をかけてしまった。私はこの学園の庭師を務めている者で、名前はセラフだ」

「・・・・・俺は、ロードといいます」


セラフと名乗った男の胸に学園の関係者のみが身につけることを許されている、学園の紋章をかたどった羽をモチーフとした銀色のブローチを見つけてから自分の名前を名乗る。

確か、名前と魔法で契約を交わしてから身につけるものらしく、別人がその身につけるとその契約に込められた魔力が発動して全身に雷が走るとかなんとか言ってた気がする。

つまり、学園の関係者というのは間違いない。


「ロードくん。ここ、一緒に座ってもいいかな?」

「・・・・ど、どうぞ」

「キレイだね」

「は、はい」


あれ?

何で俺、よく分からないイケメンと夕陽を眺めてるんだ?


「この場所は私も気に入っていて、気持ちが滅入るとここから見える美しい夕陽をよく見ていた。夕陽を見ていると、自然と涙が出てね。気持ちが少し軽くなるんだ」

「・・・・・・」


確かに大人イケメン・セラフの言う通り空いっぱいが燃えるような茜色に染まり、ゆっくりと沈んでいく強くも優しい暖かな光を見ていると、ようやくおさまったはずの涙がまたにじみ出てくる。


「これは私の独り言だから、聞き流してくれて構わない」

「え?」

「昔、私には大切にしていた可愛い小鳥がいてね。とても美しい声で歌うように鳴く愛らしい小鳥だった。だが、小鳥は私の手の中ではなく広い世界が見たいと自ら外へ飛び立ってしまった。それから私の心は何を見ても聞いても空っぽな部分ができて、埋まらないんだ」

「・・・・逃げちゃったんですか?」

「いや、その小鳥は外で飛びたいと願い、私もその願いを叶えたいと思ったから自由にしたんだ。それが小鳥の為だと思ったからね。ただ、後から後悔はしたよ」

「後悔?」

「なぜ、いなくなってしまう前にもっと大切にできなかったのかと」

「!?」

「なぜもっと側にいられる時に、小鳥の奏でる歌をもっとよく耳を傾けて聞きその歌を褒めてやらなかったのだろう。なぜその美しい身体を、もっとたくさん撫で愛でてやらなかったのだろう、とね」

「・・・・・・ッ」


ハニエル君が転入してくる前は、ガブリエル先輩がいつもロードに会いに来ていた。

いつも先輩が求めるからと、いつだってただ受け身でいたのはロードの方だ。



『ロード君、君の側にいるとぼくはそれだけで元気がもらえるんだ』

『それって、俺の体液の力ってやつですか?』

『違うよ。いや、それも確かにあるけど。それだけじゃない』

『それ以外に何があるんですか?』

『いつか、君にも分かるよ』

『はぁ・・・・』


時々、キスもそれ以上のこともしないでロードの膝に頭を乗せて横になりながらのんびりしてることがあった。

その時のガブリエル先輩は、普段よりずっとのびやかで穏やかな顔をしてて。

俺はそんな普段あまり『外』で見ないような彼の顔を見るのが、実はとても好きだった。

学園のマドンナと呼ばれる美しい人が、子どもみたいな無邪気な笑顔を見せたり、年齢よりもずっと大人びた雰囲気を持つ彼が年齢相応かそれより少し幼く見える寝顔を見せてくれたり。

ベットの上だとロードの方がいつもどうにかなって意識を先に失ってしまうからまず見れないけど、とても忙しい人だからたまにだったが天気のいい昼間に2人でガブリエル先輩の別邸の庭で日向ぼっこしたりする時は、その顔をロードが見ることを許してくれていた。


あの頃は側にいるのが当たり前に感じるほど、彼の匂いが常に自分の側に香るほど誰よりも近い距離にいたはずなのに。



「ロードくん。どうぞ、これを」

「!?」


気がつけば、両目からは涙が流れ落ちていた。

セラフの手から白いハンカチを受け取り、涙の止まらない両目を覆う。


「すみま、せん」


ガブリエル先輩がハニエル君の側にいるときに、喜びよりも別の感情が一緒に湧き上がっていることに気がつきつつ、知らぬふりをしていた。

あの笑顔を向けられるのは、本来はハニエル君であり、自分は彼が来るまでの繋ぎに過ぎなかったのに。

ただのモブが、何をいっちょまえに寂しいだなんて思っているのか。


ああ、そうだ。

俺はずっと、寂しかったんだな。



「・・・・・・うぅっ!」


ガブリエル先輩との秘密の時間を無くしてから、初めて声を上げて俺は泣いた。

横に座るセラフは、ただ黙って目の前の夕陽を見つめている。


「ロードくん、これも私の独り言だからそのまま聞き流してくれて構わない」

「!?」

「私の一番の後悔は、私の気持ちを小鳥に告げなかったことなんだ。いつだって側にいてその歌声で何度も私を癒してくれた、そんな小鳥のことを私がどれだけ感謝し大事だったか。残念ながら私は、失ってからでないとその重みに気づけなかった愚か者だがね。それでも、私のその気持ちは小鳥にきちんと伝えたかった」

「好き、だったんですね」

「今も変わらず愛しているよ。これから先も、私が側にいられなくとも小鳥が誰よりも幸せであってほしいと願っている」

「・・・・・・セラフさん」

「つまらない話につき合わせてしまって、悪かったね。もう陽が暮れるから、君も早く家に帰った方がいい」


夕陽はだいぶ沈みかけ、辺りはかなり暗くなり始めていた。


「いえ、ありがとうございます。たくさん泣いたらなんだかスッキリしました」

「そうかい?また何かあったら、あの場所に来たらいい。私は君に何もしてやれないが、話を聞くことぐらいはできるからね」

「はい、ありがとうございます!」



セラフさんに頭を下げて別れると、真っ直ぐに寮へと向かう。

久しぶりに晴れやかな気分だった。



そうか、俺はガブリエル先輩のことがいつのまにか好きになってたんだな。

セラフさんのように、この想いを告げないことでこれから後悔する日がきっと来るだろう。

それでも、俺はこの気持ちをまだあの人には告げられない。


『もう、ぼくに関わるのはやめてくれないか?』


それがあの人の願いなら、叶えるだけだ。



「・・・・・・よしっ!!」


セラフから借りたハンカチで涙を拭うと、ロードは気合を入れて寮の入り口を通り抜ける。


けれど、それさえ守れば後は自由だ。

ならばこれからは、直接彼に関わらない程度に2人の為に行動する。



今夜はしっかり食べて、久しぶりにお風呂にもゆっくり浸かろう。

心を決めると、不思議と気持ちが落ち着いてロードの表情も柔らかくなった。



そして、謎の大人イケメン・セラフのこともさっそく明日から調べようと決めた。

あれだけ雰囲気があるイケメンなら、もしかしたら隠れ攻略者、まさかの理事長という線も十分にありうる。

となると、たとえに出ていた小鳥はハニエル君となるが出会いはまさかのハニエル君幼少期?

そうなると理事長がショーーーーーいや、BLに歳の差は関係ない!

大人になってしまえば、10個や20個の歳の差は当たり前。

むしろ、おじさん×学生なんて普通にじゅうぶん萌えるじゃないか!


「久々に萌えてきた~~ッ!!」


浴槽に浸かりながらのBL妄想は、セラフ(たぶん理事長)×ハニエル君に決定!

一気に生き生きしたロードは、スキップをしながら自室の入り口に向かった。









「ずいぶんと、ご機嫌だな。坊ちゃん?」

「!!??」


寮の入り口で待っていたのは、足元までの長い銀髪に赤い瞳をした細身の青年。


「あ、あんたはっ!?」


忘れるわけがない。

青白い顔色をしたこの男はアモン=サタナキア。

この男は、ガブリエル先輩と同じ吸血鬼だ。


「たくっ、なんなんだこの学園は?中に入るだけで相当の魔力を使うは、中に入ったら入ったで魔力制限が勝手にかかるわメチャクチャじゃねぇか!おかげで、この俺様がクタクタに疲れちまった!」

「な、何しに来たんだ!?」


ただ立ち寄っただけのはずがなく、そんな苦労までしたからにはそれなりの理由があるのだ。


「そんな怯えんなって!もう毒なんて与えねぇよ。それより、お前ハニエル=ハーモニーって知ってるか?」

「!!??」


アモンの紅い瞳がギラリと光る。

ニヤリと笑った口元には、ロードが知ってるのを承知であえて聞いてきたのだという余裕が現れていた。


「し、知ってたら、どうするんだ?」

「別に。知り合いから攫ってきてくれって頼まれたんだが」

「!?」


誘拐っ!?

ガブリエル先輩はそのことを知ってるのか!?

いや、それよりも早くハニエル君に、いや同室のラジエルやチャミエル達に伝えて普段以上に厳重に守ってもらって。


一瞬にして、色んな思考が頭をめぐる。


「だが・・・・・・」

「!!??」


青ざめ、冷や汗をかくロードの耳元へアランが条件次第ならハニエルを見逃すと囁いた。


「ほ、本当にそれで、ハニエル君を見逃すというのか?」

「もちろんだ。何なら、俺の名に誓ってもいい」

「・・・・・ッ!!」



『今も変わらず愛しているよ。これから先も、私が側にいられなくとも小鳥が誰よりも幸せであってほしいと願っている』



ロードの頭の中に真っ赤な夕陽に照らされた美しい景色の中で、見ているこちらが切なくなるほど優しい眼差しで語ってくれたセラフの言葉が蘇る。


「・・・・・俺に、できること」

「さて、どうする?」

「もちろん、その条件を飲むさ。その代わり、ハニエル=ハーモニーに手を出したら、何があってもお前を許さないからなッ」

「あぁ。贄としてはイマイチだが、なかなかいい目をするじゃないか」


上機嫌となったアランは自分のマントの中にロードを連れ込むと、そのまま闇夜の中に溶け込むようにして2人ともその姿を消してしまう。



そして、少し離れたところにいた黒赤色の蝶々が何度も2人が消えた箇所を何度がくるくると周り、主人の元へと急ぎ向かう為に大きく羽ばたいたーーーーーーーー。


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感想 4

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みんなの感想(4件)

しろね
2019.06.25 しろね

いやーーーー(´;ω;`)ガブリエルルートの後半が見たいですぅ...お願いしますm(_ _)m
1日前に貴方様の作品を見つけて寝る間も惜しんで読んでしまいましたw
とても感情移入がしやすくとても好きです!
久しぶりにこんなに好きな作品に会えました!!ありがとうございます!!!
これからもよろしくお願いします!

2019.07.02 赤蜻蛉

返信が遅くなり申しわけありません!
そしてこんな拙い作品を読んでいただき、ありがとうございます!

すぐには無理かもしれませんが続きを頑張ってみたいと思います!

舞咲様、本当にありがとうございます!

解除
こめ
2018.10.10 こめ

ガブリエルルートを今日拝見致しました.˚‧º·(°இ இ°)‧º·˚.
ガブリエル様を思っての行動が逆にガブリエル様を傷付ける行動だと思わなかったのでしょうか…、古い考えを持った方だったのかも知れませんね…、
それもそうですが、ロードッ!!!どこ行くのぉ…ロード…。その人悪い人だよ…、
別の作品も拝見しております(*´╰╯`๓)♬これからも応援しておりますので頑張って下さいね

2018.10.10 赤蜻蛉

こめ様、感想をありがとうございます!

ガブリエル編のザガンはかなり古くからガブリエルの家に仕えてるお方で、ガブリエルのことを第一に考えて動いてるおっしゃる通りの考えをしております。
ぶっちゃけ他の人間はある意味どうでもいいというか。

更新がゆっくりになってますが、ロードがハッピーエンドに向かうようがんばります!

これからもよろしくお願いします!

解除
こめ
2018.09.14 こめ

お疲れ様です。゚(゚^ω^゚)゚。
個別ルート…ハニエル君が本当は何者なのかという点が気になりますが
今はラジエルと幸せな運命を辿るロードにホッとしております。
次の個別ルート楽しみにしてます(*^-^*)頑張ってくださいッ!!!

2018.09.14 赤蜻蛉


こめ様、感想ありがとうございます!

ハッピーエンド好きなので、どのルートもハッピーエンド目指して書かせていただきます!

ハニエル君、彼自身は普通の生徒ではあるんですが彼のことも色々なルートを通して書けたらと思ってます。ロードとは別に、彼ルートも作ろうか悩み中だったり。

こらからもよろしくお願いします!

解除

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