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【第一部】 夢へともがく者達:下

普通の世界(1)

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「それにしても、本当に花が多いんですね」

 村を歩くセツナが言う。セツナの目に飛び込んでくるのは王都では見かけない花たちだ。村のいたるところにいる種類豊富な花たちは、地植えされていたり、鉢植えで育てられていたり、アーチになっていたりと魅せ方にもバリエーションに富んでいる。
 セツナの左隣を歩くユカラは、セツナを挟んで反対側に並ぶフルカを見てから「そうですね」と頷いた。

「花の村、とよく言われますが、実際に花が主産業なんですよ。養蜂も盛んですし、香水も作ります。一番売れるのは果樹から作った酒ですが」
「道理で花と一緒にお酒の香りがするわけですね」

 セツナが楽しげに話す。会話を聞いたナハトは「酒の匂いなんてしないけど」と考えながらこっそり深呼吸をした。やはり、酒の匂いは分からなかった。
 ユカラの足が一軒の店の前で止まる。

「セツナ様に最初に観ていただきたいのは、この店です」
「わぁ!」

 セツナが目を輝かせる。視線の先にあるのは、花が咲き乱れた生け垣に囲まれ、整えられたフラワーガーデンが特徴的な白い平屋の建物だ。外壁は塗り壁で、色とりどりの花が描かれている。
 花のアーチをくぐり、ユカラが先導して敷地へと入っていく。ぞろぞろと団体で入ろうとしたところで、フルカが「ちょっと待って」と軽く手を挙げた。ユカラは至極硬い笑顔で「どうしました?」と振り返る。

「こんな団体で行ってどうする? ガル隊長とそこのしかめっ面のお兄さんは入り口と裏口の警備、残りのメンバーで室内の方が良い」

 ユカラは頭が痛くなるような感覚を覚えながら、フルカの意見を脳内で反芻した。現在セツナ、ルーカス、フォルテ、ユカラ、フルカ、ガルオドルデ、クオン、イクシャ、ナハトの計九名がこの場に居る。今から入る店の規模としては多すぎる人数だ。特に体躯の立派な髭騎士ガルオドルデとイクシャが居れば更に店の圧迫感は増すだろう。
 とは言っても、直接的な護衛を減らすのは憚れた。リコルトの件もあるが、アティルナ領主がセツナを守ることに重きを置いている。
 さて、どうしたものか。悩むユカラに「私は構いませんよ」と言葉が降ってきた。セツナだ。

「――しかし」
「折角なので、今日一日、フルカさんの案を試してみたいんです。危険なことはしませんし、何より皆さんが一緒にいるのですから大丈夫ですよ。お願いします」

 セツナの言葉は王命に近い。それを拒否することも出来ず、父がセツナに意見した時のことも過りユカラは渋々頷いた。その様子を見たイクシャが「俺が裏口に行く」と言って早々にその場を立ち去る。

「何かあったらすぐ知らせるのですぞ」

 華やかで繊細な花たちが咲く庭に、屈強な髭騎士が立っている違和感にナハトは吹き出しそうになるのを堪えながら、ユカラたちに続き店の中へと入っていった。同時に、ナハトの肩から「ぐぬ!」と小さな悲鳴が上がった。トカゲ姿のノグだ。

「ここは我には厳しいな。ナハト、お主の鞄に入るぞ」

 弱々しい声色でナハトの横掛け鞄の中に入ってしまったノグにナハトは同情した。ノグが言わなくても苦しんだ原因が理解できたのだ。店内に漂う様々な花の香り。強烈では無いものの、ハッキリと存在を主張する香りがドラゴニュートの嗅覚には荷が重かったのだろう。

「わぁ」

 先に入ったセツナとクオンが、感嘆の声を上げている。ナハトも店内をゆっくりと見渡した。
 白い外壁とは打って変わり、内装に使われているのは黒褐色の木材が中心だ。壁面には間隔の狭い棚があり、細かい意匠の美しい瓶が並んでいる。そのどれもが液体入りであり、店内を漂う香りがなければ薬品店と見紛うこともあったかもしれない――それらは間違いなく香水だ。
 見える範囲に店主はおらず、店と作業場を仕切るカウンターには小さなベルが鎮座していた。ユカラは躊躇うことなくそれを掴むと左右に軽く振る。ベルから高音が鳴ると、店の奥から「はーい!」と元気な女性の声が響いた。

「いらっしゃいませ! ――ああ、ユカラ様!!」

 奥から顔を出したのはエプロンをして革の手袋をつけた女性店主だ。ナハトの母と同年代ほどに見える店主はユカラを見た途端、満面の笑みでカウンターへと小走りでやってくる。

「久しいね」
「はい! ユカラ様が専属だかなんだかの魔導士になられてから全然帰って来ないんで、みんな寂しがっていたんですよ!」
「おや。妹や弟がいるからいいじゃないか」
「お二人はいつも狩りやら修行やらで外に出てばかりですよ」
「それは困ったね。たまには皆に顔を出すようにと言っておくよ」
「そうしてください。あら、お友達ですか?」

 店主はようやく、ユカラ以外の客に気付いたようだ。ユカラは「そうだね」と微笑む。

「友人たちと一緒に村を見て回っているのさ。彼女たちも貴族でね、この村一番の調香師の技術の香りを楽しんでもらいたくて来たわけだ。対応を頼んだよ」
「光栄ですユカラ様。畏まりました」

 先程までの気軽さはどこへ行ったのか、店主は背筋を伸ばし、エプロンや革手袋を外してセツナとクオンの前へと移動した。

「いらっしゃいませ。香水屋《ロジュセボ》へようこそ」

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