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人が列をなして歩いていく。
装備が周囲と揃っている一団は整然と、武器も防具もまちまちな一団は整ってはいないが、まとまりとして歩いてはいる。
キストへの進攻していく兵の進の歩みであった。
この一団の中にレッドたちも参加している。……いや、はっきり言うと参加させられていた。
生活の保障は無いが自分たちの裁量で仕事を受け、日々の生活費を稼ぐ職であるはずの冒険者たちもその強さと兵の数のために、城からの命令で参加させられることとなったのだ。
もちろん、ギルドマスターであるギルザークは反対したのだが、職員も参加させるようなことを匂わされ、あげくには冒険者となったばかりの新人までとの話に、最大限の譲歩として職員と新人冒険者を除くことで切り上げられてしまったらしく、ギルマスは強制が決まったと告げた日に冒険者たちに頭を下げていた。
元々、貴族側もその予定だったのだろう着地点にレッドとリベルテ、そのほか気付いたのだろう一部は貴族たちの巧妙さに顔をしかめるしかなかった。
だからこそ、参加させられている冒険者の多くは、その表情を暗い。
リベルテも不安そうであり、厳しいものになることを想定して表情を曇らせている。
歩いている道のりが酷く長く、そして遠いように感じられていた。


新年祭で発表された国の方針は、オルグラント国中を騒然とさせていた。
モデーロ候、ゼオライト伯、コレニア子領から商人たちが動き回り、人と物が大きく動くこととなったのである。人と物資を王都に集められ始めたのだ。
人と物が動けばお金も動くことになり、活気を生むことになる筈であるのだが、決して良い雰囲気ではない。
それもそうである。オルグラント王国から他国に攻め込むのである。
キストへの敵意は高まっているから進攻を口にしている人たちは意気をあげているが、自分たちから進攻したことのないこの国では、相手の土地に攻め込むということの難しさ、厳しさに不安の方が強かった。
そんな中、リベルテが商人やギルドから聞いてきた話では、ファルケン伯領だけは大きな騒ぎも無く準備が整っているらしい。
ファルケン伯だけはこの状況を予期していた、と言うことである。

「おい! タカヒロ、お前は何か聞いていたのか?」
「いやいやいやいや。知りませんて! 知ってたらこんな大きな話、黙ってられるわけないじゃないですか!?」
「薬だってまだまだ十分な量になってないのに、大丈夫なの? ソレさんも何も言って無かったよ?」
「徹底して話が広がらないようにされていたのでしょうね。各ギルドマスターたちも慌てて動いているそうですから」
あの新年祭での方針説明を聞いてすぐ、レッドたちはお互いに詰め寄ったが、怒声と大声まで飛び交い始めてきた状況に、立ち止まって話をするにもあまりの落ち着かなさに、レッドたちは一度家に戻る。

この時にリベルテは確認してくる、と一旦分かれ、情報を集めに行っていた。
レッドたちは家に戻ったが、新年を迎えたと騒いで飲んでいた酔いが醒めてしまっていた。
新しい年を向かえたと言うのに、憂鬱な気持ちになってきていた。
「落ち着きましょうか」
マイが皆に薬草茶を用意してくれる。
少し苦いが、その苦味が気持ちと頭をはっきりとさせてくれた。

「ベルセイスは……、騎士団長は戦争より内政に、と言っていたのにな……」
面倒な依頼を受けてベルセイスを止めてきたレッドであるが、その仕事に何の意味も無かったことを突きつけられ、無気力感に襲われていた。
ただ騎士団長とやりあって来ただけであり、下手すれば騎士団長に斬られていたし、不法に侵入し暴れたと言うことで捕まる可能性だってあったのだ。
その危険な仕事に意味が無かったとすれば、レッドでなくとも徒労感に押しつぶされるはずだった。

「こういうのって、もっと万全に準備出来てから、ってならないのかな?」
「どうなったら万全なのか、って言われるだけだよね……。やっぱり、帝国が負けちゃったのが問題になったのかな」
帝国一国による統一という目的を掲げ、軍備に力を入れている帝国が、人を癒す聖女の教えを全てとして、その信者たちだけで成していると言う国に戦争で負けたのである。
それもある時を境にして突然となれば、問題にならないわけが無い。

帝国の皇帝が口にしたとされている、『神の玩具』という存在の危険さ。
それを、オルグラントもグーリンデも分かってしまった、と言うことになる。
たった一人で、戦況を大きく変えてしまう力を持っているという事が、国を担っている人たちにとってどれほどの脅威だろうか。
先の騒乱では、ソータたちは自分たちだけに力を使っていた。
個人として強い力を持ってはいたが、国として、軍として力を使っていたわけではない。
国に影響を与えるほどの力を持っているかどうかは、『神の玩具』によって違うのかもしれないが、なんとか収めることが出来るもので終わっていたのだ。
個人として強すぎる力を持っていることも脅威ではあるが、ただ一人であるならばなんとかすることが出来るのである。
しかし、今回は違う。
アンリがキスト聖国に影響を与え、急速に力をつけたキスト聖国がその力を揮っているのだ。
もしソータたちも、キスト聖国に影響を与える立場に居たのであれば、個人ではなく軍として、国として動いたのであったならば、あの騒乱で王都は壊滅していたかもしれない、と考えさせてしまうのである。

レッドはタカヒロとマイに目を向ける。
言ったタカヒロも自身のことを考えてか、悲しそうな目になっていた。
この二人も国に大きな影響を与える力を持っていたのだ。
どちらも、今のキストのように、国に影響を与えることが可能な力だったのだから……。
「ただいま戻りました」
リベルテがかなり急いで情報を集めてきてくれたようで、息が多少荒くなっていた。
「リベルテさん、どうぞ」
マイが薬草茶をリベルテに差し出す。マイに礼を言って一口つけ、ほっと息を吐いた。

「タカヒロも言っていたんだが、やはり帝国との戦況が原因か?」
早速とリベルテに質問する。
ゆっくりと落ちつくまで待ちたかったが、今は少しでも早く情報が欲しかった。
リベルテもそれをわかっているので、文句も言わず、皆を見る。
「それも理由のようですね。上の人たちのほとんどが、帝国の優勢で後はどこで和議を結ぶのかと考えていたようです。それが、おそらく一人の人が向かった後で変わったとなれば、皇帝が言っていたとされる『神の玩具』への脅威がその信憑性を高めると言うものです」
改めて信頼出きる所から集めてきた話となれば、ため息しかでてこない。
たった一人の人間によって、自体がここまで大きく動くなど、誰が考えるだろうか。

「それも、って言いましたよね? 他にもあるんですか?」
「……えぇ。良くない話ばかりなのですけど……。やはり新しい宰相と騎士団長の発言力が弱すぎるのが問題になっているのです。あのお二人が押さえに回っても、止められないのです」
「そんなに戦争への意思が強いやつらが多いのか?」
リベルテが悲しそうに目を伏せる。
「やはり、恨みや憎しみというのは、簡単には消えてくれませんから。騒乱で傷ついた方、亡くなった方は多くいます。職を失った方もいれば、それによって利を、力を失った方々もいるのです。……そして、その人たちの代わりに利を、力を得ようと動き始める人たちも出てくるのです」
「あ~、他の人たちより上に出ようと思えば、強気に出るって言うのありますもんね」
「威勢の良い事を言えば、強く見えるし、頼もしくも思えるのはあるな」
自分の存在感を高めるのに、キストへの戦意の声を上げるのは都合が良かったのだろう。
憎しみ、恨みを抱えている人は多い。その人たちから、多くの支持を集めることが出来るのだ。

そして、反戦的な意見を述べる人たちを弱腰と非難していけば、相手の発言力は落ちて、自身は上がっていく。
この流れを止めるのは、より強い発言力を持っている者が批難されようとも、その力を揮わなければ無理である。その力を持っているはずの立場の人が、その力を持っていないのである。
「そして……」
リベルテがもっと辛そうな声になった。
「今のオルグラントの内情も良くないことが大きいのです。つい最近、商会の倉庫を襲って食料を盗もうとした事件がありましたが、他にも数件起きていたんです。食料が不足しているんです……」
「……無いんじゃなくて、回らない、か」
元から無いのであれば、まだ自分たちを納得させられるのだが、有るのに手に入らないのだ。
多くの人々が不満を大きさせてきているらしかった。

「そんなの、国が補填してくれれば解決するのに」
マイが呆れたように言うが、そんなに簡単な話で済まないから起きている。
国は壊れされた建物の復旧や怪我をした人々の治療費、騒乱を収めるのに活躍した人たちへの褒章と、多く放出している。
ここに至って食料の補填も、となると人々から多くを税として集めなければ足りないのだ。
商人とて利を上げなければやっていけないし、畑に従事している人たちも自分たちの苦労の結晶をばら撒いたりなど出来ない。彼らにだって生活はあるのだから。

……ならどうするのか。
他から奪って配れば良いのである。
自分たちの国の中でやってしまうと、当然、それを命令した国への憎しみや不満に繋がってしまう。
だが、違う国から、ましてや今の問題を作り出した国から奪うのであれば、この国に生きている人たちから文句など出るはずが無い。むしろ、いい気味だとか、当然だ、と言う声が上がるだろう。
しかし、リベルテの辛そうな声はそんな理由からだけではない。
戦争で人が死ぬことも考えての進攻だから、なのだ。
アクネシアが滅んだことで、オルグラント王国へ流れてきた人たちがおり、オルグラント王国はその人口を増やすこととなった。
国を発展させ続けられれば、人が増えるのは良いことであるのだが、騒乱によって発展は止まり、一時的とは言えるのだろうが、後退させられてしまった現状であれば、人が増えたことは歓迎される事態ではなくなってしまったのである。
増えた数だけ負担になってしまっている状況なのだから、人が減れば、今ある食料で賄えるようになっていけるのだ。

マイやタカヒロたちでさえも、あまりのことに息を呑んでいた。
軽く外が白んできた頃に、一旦、睡眠をとることにして解散させてそれぞれ部屋へと戻らせる。
進軍することになる日まで、そこまで普段と変わらない生活を送っていくしかないのだ。
そして、キストへの進軍が告げられ、冒険者の多くも強制的に参加させられることをギルマスから告げられる。
参加を拒否すれば、冒険者という受け皿であるはずの職を剥奪する、と。
つまり、稼ぐ術を失うと言うことである。
職にあぶれた者たちが行き着く職であるのに、その職すら取り上げられてしまえば、生活のしようが無くなってしまうことになる。
戸惑いは挙がるが、国への怒りの声は上がらなかった。
ギルマスが精一杯反対しての結果であるし、他の国へ進軍すると言うことへの不安はあるが、キストへの敵意は国中に深く根付いているのである。
参加を嫌い続けるのは、周囲からの目を悪いものに変えてしまいそうなことを、冒険者をしている者たちにも感じられるのだ。

専守としてきた国が変えた方針は、この国のあり方を大きく変えてしまった。
だからこそ、キストへの敵意が強い冒険者以外は、一様にその表情を落としているのであった。
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