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「くそっ!」
一人の男性が積み上げられた木箱をなぎ倒しながら走っている。
追われているらしく、度々後ろを警戒しているようだった。
後ろばかり警戒しているため、他に対しては注意が足りていなく、リベルテが足を払うとあっさりと倒れこんで、簡単に押さえ込まれた。
男性は近くの箱を巻き込みながら倒れたため、大きな音があたりに響いてしまう。
箱に巻き込まれながら倒れたため、リベルテが考えていたより怪我をさせてしまったが、それはしょうがないと割り切る。

「注意力不足ですよ。苦しいのは分かりますが、だからと言って人から奪って良い話なんてありません」
そう、リベルテが捕まえた男性は盗人だったのだ。
押さえ込んだ男性の手足に縄を掛けて逃げられないようにする。
リベルテたちが警ら隊と連携して動いていたことと、捕まえた際に大きな音が響いたことで、警ら隊がこちらに向かってくるのは早そうであった。
それでも来るまでの間は離れるわけにもいかなく、引き取りに来る警ら隊を待ちながら、リベルテはレッドが暴れているだろう方角に目を向ける。
相手は訓練された兵では無いため、苦戦するほど強い相手は居ないと思っているが、何事にも絶対は無い。それにリベルテのいる場所から見えないため、心配であった。

オルグラント王国は肥沃な土地が広がっており、港も鉱山もあるかなり恵まれた領土を持っているのだが、その恵まれた土地を持っているために周囲の国から土地を狙われ続け、長く争いが続いてきた歴史も持っている。
そんなオルグラントであっても、決して安全な国とは言い切れない。
何処にだって悪いことを考える人は存在してしまうものなのだ。
より多くのお金を手に入れたい。
あの相手より上に立ちたい。
純粋な目標であるなら、その目標に向かって自分を高めていけるものになるのだろうが、楽をしたい、簡単に手に入れたいと考えてしまうのも人間なのだ。
そういった人たちは今もなお、国の法の穴をくぐって、他の人たちを踏みつけながら私財を肥やしている。

リベルテとて全てを知っているわけでは無いし、そういう者たちの証拠を掴んでいるものでもないが、そういった人間が存在しない国は無いと思っている。
リベルテはそのような者たちがいることで、苦労し続けている人を知っているからこその思いである。
広がっているのが肥沃な土地であるため、多くは畑として開拓され、食料が国中に出回るように考えられているものではあるが、その作った物全てがこの国の人たち全員の手に回るわけではない。
先ほど挙げたように資材を貯め込む事に力を費やすような者たちが、作られた食糧を買い漁り、物が少なくなってきた所で、値を吊り上げて売り出していく。
故意に釣り上げられる値に、稼ぎが多くは無い人たちは口に出来る食料を大きく減らしていくしかなくなってしまう。
冒険者と言う職にあぶれた人たちが就くような職があるから、まったくお金が手に入らないと言う事はないのだが、それらの人たちも報酬が良い依頼を受けられるわけじゃない。
冒険者だってその職に就いている人が多いのだ。リベルテたちであっても、自分たちの生活のために依頼を譲ってばかりなどいられないのだ。

リベルテが先ほど捕まえた男性は、商会の倉庫を狙って窃盗を繰り返している一味の一人である。
王都で盗みをするような場合は単独犯が多いが、一味と言った通り、集団で動いているから被害にあった商会は決して小さくない損失を受けてしまっている。
そして彼らが盗んだ物は古くなった小麦であった。
備えのために保管し続けてきた小麦であり、食べられはする物であるが、普通に店で買う物と比べれば、その質の悪さが分かってしまうくらいになっている物である。
それを盗んでどうするのか。……もちろん、食べるためだ。

もう先の騒乱から二年は経とうとしている。
もう二年経ったと言えるが、まだ二年しか経っていないとも言える。
建物はすでに建て直されて元通りになっているが、怪我をした人、働けなくなった人はそうはいかない。
それにその人たちの治療にあたり、大量に消費された薬の素材は今もなお補充は難航している。
それまでの職を失ってそれでも生きていくために稼がなくてはいけなく、元アクネシアから流れてきた人たちもすぐに信頼されて就ける仕事は少なく、冒険者になったことが大きい。
薬の在庫不足から素材を集めるための依頼が多く、そして報酬も良いことから森にこぞって人が入り込んで採れる限り採り尽くしてしまったのだ。
その森はまだ出入りが制限されていて、たまに勝手に入ろうとした人が警ら隊に捕まっているらしい。
戦争で畑が荒らされてしまったわけではないし、畑で働く人が居ないと言う訳ではないのだが、それでもずべての人が食べ物を口に出来なくなっていたのだ。
例えば銅貨数枚しかない人なら、パンは買えるけれど魚は買えない。肉だって厳しい。
そこで小麦も無くなってしまえば、パンもなくなり、食べられる物が本当に無くなってしまうのだ。

そんな状況なのにと思うが、そんな状況だからか、軍は戦争への意欲を高めている。
先ほど言った、まだ二年と言える人たちは多い。まだ決して、憎しみや悲しみを消せる時間ではないのである。
食べられる物が全ての人に回るほどには足りなくなっているが、グーリンデと国交を開くようになっており、国同士で物の売買が行われるようになっているし、国の王同士が一度だけではあるが話し合い出来たのだから、帝国とも物のやりとりは無理では無いと考えられる。
そうなれば、国に入ってくる食べ物は増えていく。多くの人の手に届くようになっていくはずなのだ。

しかし、国と言うのはそんなに簡単な話でもない。
物の交易と言うのは、どれだけの量をどれくらいの値で扱うかと言うこと。
余剰がある物は外に出せるが、無ければ外に出せるわけが無い。無いからこそ、逆に仕入れたいとするものになる。
だが、帝国は戦争を続け、グーリンデもオルグラントや帝国と戦い続けてきていたのだから、食糧が余っている状況ではないのだ。
どこも小麦などはどれだけあっても困らないくらいである。
そんな状況で貨幣が多く流れてきても、それを使いまわせるはずの市場に物が無ければ意味を成さなくなってしまう。

だからこそ、他の国から奪えば良い、と言う声が出て来てしまうのだ。
無いから奪う。今捕まえた者たちと同じなのである。
物が出来上がるまでの長い時間を待つことも無く、ある所から手に入れると言う簡単な行動だが、その後のことも、奪われる人たちにことを考えていない行動。
奪い取れたとして、それで足りるとは限らない。
そうなったらまた次へと奪いに行かなくてはいけなくなり、どこまで続けていくことになるのか。
そんなことをしていて、満たされる時がくるのだろうか。

はぁっ……っと白い息が伸びていく。
時間があるとどうしても暗くなってしまうことばかり考えてしまうものだった。
まだはっきりと餓死者が出たと言う話は聞こえていないが、苦しい生活を送っている人の話は聞こえてくる。
この国だって何もしていないわけでは無いのだが、具体的に何をしているのかが聞こえてこないのだ。
それよりも、新しく就任した方々のゴタゴタばかりが聞こえてくる。
だから、この捕まえた人たちのように他から盗まなければ生活していけない人たちが出てきてしまっているのだろう。
もし世代交代など起きなく、あの人たちがずっと手腕を揮い続けていけたのであれば、とリベルテも思ってしまう。

やっと警ら隊の姿が見え、リベルテは先ほど捕まえた男性を引き渡す。
捕まえた男性の罪は重すぎるものにはならないはずだ。罪を償ったら、このようなことをしないように頑張ってほしいと思う。
男性を引き渡したリベルテはレッドの所へ向かおうとしたところで、レッドの方からこちらに向かってきていた。
レッドの方が大立ち回りであったため、警ら隊のほとんどが先にレッドの方へ向かっていたらしい。

「もうすぐ一年が終わりそうだって言うのにな……」
レッドが言いたいことはリベルテもわかる。何でこの時期に来て……という思いだ。
だが、この時期まで耐えたけどこれ以上は、と言う事でしかないのだ。
リベルテたちも今を生きている。明日を生きるために、こうして一生懸命働いている。
それはこの世界に生きている誰しもが同じことで、それは『神の玩具』であっても同じはずだ。

二人で空を見上げて吐いた息は、白く棚引いて消えていった。
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