192 / 214
192
しおりを挟む
「まぁ……、いつものことだよな」
いつも以上に人が混みあってごちゃっとしている冒険者ギルドを眺めながら、レッドがどうしたものかと言葉を漏らす。
豊穣祭の後は、散財した懐を再び温めようと冒険者たちが一斉に仕事に精を出すのである。
レッドたちも同じ考えではあるのだが、これまでより多い冒険者たちの込み合いに、中に踏み込むことに躊躇いを覚えていた。
「私がサッと行ってきますか?」
リベルテが人混みを抜けて依頼の受付を済ませてくる、と自信気に言う。
「……そうだな。頼めるか?」
レッドは本当なら自分で依頼を選びたいと思っているが、さすがにあの人混みの中を掻い潜り、依頼を取ってくるのは難しいと判断した。
その点、リベルテはそういった心得があるのか、人混みの中を抜けるのが上手いので、リベルテに頼むのが一番良いと思えたのである。
何より、レッドたちと言えども生活費にたっぷりと余裕があるわけではない。まだ切羽詰っていないとは言え、美味しい物を食べたり、酒を飲んだりしたいのだ。
人混みに負けて、仕事を諦めるわけにはいかなかった。
リベルテに頼んだ後、レッドは他の冒険者たちの邪魔にならないように壁際に身を寄せる。
そして、多くいる冒険者たちを観察して、リベルテを待つことにした。
身軽と言えば聞こえが良さそうであるが、防具を揃えられていない冒険者たちの姿が良く目に付く。
近場の配送や畑仕事など、モンスターに襲われたり、何かと戦うといった可能性が低い依頼を主にする冒険者たちだろう。
そういった冒険者が多いと言うことは、先の騒乱で職を続けられなくなった人たちが多く流れてきたということである。
元々何かと戦うことを仕事にでもしてない限り、いきなり命の危険が伴う仕事に手は出せないものだ。
ただ、危険が少ない分、その報酬は安く、そういった人たちは真剣な、そして必死そうな顔で依頼の受付を行っていた。数をこなさないと、以前まで就いていただろう職ほどの収入が得られないのだ。
そんな冒険者たちと変わって、談笑しながらいくらかの余裕を見せているのが、腕に自身がある人たちだ。
元が兵士であったり、騒乱の前から冒険者をやっている人たちだろう。防具も質の良い物を誂えているようで、レッドは思わず自分の防具と見比べてしまう。
レッドが見ていた冒険者たちの方が金の払いは良さそうであった。
それだけ報酬が良い討伐の依頼などをこなせていると言うことで、腕を落としてしまったレッドとしては少し悔しい思いが込み上げてくるが、それだけの腕を持っている人たちであるから、油断などで大きな怪我を負ったり、命を落とすことがないよう願いもする。
そういった人が欠けていくと言うのは、それだけこの王都に危険が迫るということにつながってしまうのだ。
「おう。レッド、ちょっと面貸せ」
レッドは小金を奪いに難癖をつけてくるような人相の悪い男性に絡まれる。
……想像はついていると思うが、ギルマスである。
「おまえ今、失礼なこと考えただろ?」
レッドは極力表情に出さないようにしていたのだが、ギルマスにはわかったらしい。おそらく、同じように考えてしまう冒険者が多いのだろう。
「それで、わざわざギルマスが何のようで?」
迂闊に黙ってしまうとネチネチと小言を言われることが分かっているため、レッドは話を促す。
レッドがさらっと流すように対応したことで、ギルマスは面白く無さそうに舌打ちするのが、舌打ちの後、気味の悪さを覚えるほどの笑顔になる。
その笑顔に悪い予感を覚えたレッドは、踵を返して逃げ出そうとするが、ギルマスに肩を掴まれる方が早かった。ギルマスは昔、相当言わせていただけに、今もなおその力は強く、逃げ出せない。
「まぁ、聞けよ。な?」
レッドは先の騒乱で一人戦っていた時にも感じなかった絶望を感じていた。
逃げられない状況はどうしようもなく、諦めてギルマスの部屋へと連行されていく。
部屋に入ってここまで気の滅入ったことはなかった。
「冒険者ってのは言うほど暇じゃないからな。さっさと用件に入ろう」
ギルマスが凄みのある真剣な表情となる。
ただでさえある威圧感が増したことに、レッドは思わず思わず、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「おまえ、タカヒロとまだつながってるよな?」
タカヒロの名前が出てきたことで、グッと手に力が入る。
タカヒロたちが関わってくる話とは思ってもいなかったのだ。
タカヒロたちが冒険者であった頃に、タカヒロたちが『神の玩具』だろうことはギルマスと話をしているが、それに関連した話をしたことは無かった。
ギルマスも問題を起こさないのであれば、一冒険者として扱ってくれていたから安心していたのだ。
しかし、アンリの一件があってから『神の玩具』への意識は変わっている。いや、帝国の皇帝と話をしてきたと言うくらいから、城側の意識に根が張られていたのも一因だったかもしれない。
「……城がまた荒れるかもしれんらしい。頼まれてくれないか?」
「は? ……はぁ?」
タカヒロたちに直接何か、と言う話になるものと思っていたが、全く違う話にレッドはすぐに理解出来なかった。
予想した場所と違う場所に敵が現れた感じである。
「おまえなら、タカヒロの知り合いってことで城に近づけるだろ? 俺だと名前がでかすぎてな。すぐにお偉い方々に話があがっちまうんだ。だから、頼みたい」
昔に大きな活躍をしたことで冒険者ギルドのマスターになっているのだから、ギルマスの名前がでかいというのは当然である。それが足かせになるような事態と言うことに、レッドは話の重さだけを理解する。
ギルマスが大事にしないように動きたい事態と言うことであり、城の偉い人たちにばれたくない内容。
そこまでは頭が動いて理解できたが、最初にタカヒロたちをどう守るかに意識を向けてしまっていただけに、まだ頭がちゃんと話に追いついていない。
リベルテならすんなり理解したのかなと思った時、なんとなく負けてられなく思えて、少し落ち着いてくる。
「相手は?」
「……話さないわけには如何だろうなぁ……。今、城で意見が割れていることは知っているか?」
ギルマスの問いにレッドは首を縦に振る。外に向かおうとする者たちと内に力を注ぎたい者たちの対立である。
オルグラント王国の成り立ちと国のあり方、そして傷ついた後の状況で、わざわざ外に戦いに行きたがる理由が、レッドにはわからなかった。
他国を侵略しなければならないほど、オルグラント王国は国力に余裕をもてないわけではないし、貧しいわけでもない。
まだまだ土地は広く、地力があると言えるのだ。内に力を注ぎ込んでいけば、また豊かになって行けるとレッドだって思えるくらいなのだ。
第一、騒乱で失った人が多い。アクネシアから流れてきた人たちが大勢いるとは言え、自分たちから戦いを仕掛けて人を失っていく意味がないと強く言えた。
しかし、城ではキストに攻め込もうと言う者たちの勢力が強まってきていて、その一因にアンリの存在があると言うのが、レッドたちにとって頭が痛い。
「王も内に力を入れたいお考えのようなんだが……、事が起きる可能性が高い」
ギルマスの低い言葉に、レッドはブワッと背筋を走るものを感じた。
キストに攻め込むために、まず内乱を起こすという話である。大事過ぎる話である。
何より、この国を守るために戦う力をつけ、敵を打ち払おうという者たちが自分たちの国に剣を向けるかもしれないというのだ。全く持って笑えない話であった。
「……それは俺に、誰かを、一人か二人、殺せってことなのか?」
そんな事態を解決する方法があるとすれば、事を起こそうとしている首謀者を消すことである。
レッドが覚悟を決めるように口にすると、ダンッとテーブルにギルマスの拳が落ちる。
「そんなわけないだろ! 冒険者にそんな話を俺がすると思うのか!!」
ギルマスは冒険者たちの生活を真剣に悩む人だった。そんな人がそんな話をわざわざ冒険者に依頼するわけが無い。そんなことを頼んでは、その冒険者も他の冒険者たちもその生活を大いに苦しいものにさせてしまいかねないのだ。
「すまない……。あまりにもな話だったで」
「いや、こっちももっと話し方があったかもしれん」
お互い、仕切りなおすようにお茶に口をつける。香りがよく美味い茶だった。
少しテーブルにこぼれているのが、もったいなかったと少し思えた。
「出来るなら、事が起きる前に止めたい。事が起きたら、お前に頼む話じゃない。この国全体に広がる話だ」
改めて言われるまでも無い大事な話であり、それを聞かされ、頼まれようとしているレッドには責任が重過ぎる話でしかない。
「動きそうなのは騎士団だ。ただそれも全てではなく、一部の連中だけだ」
騎士たち全てがそんな事を起こすことに賛成していないことに、少しだけ救いを感じる。
騎士たち全てがその意見になっていたら、もう止められない。後は彼らがいつ事を起こすのか、という話だけで、内戦が避けられないのだ。
しかし、ギルマスの話であれば、まだ内戦にまで発展せずに済むかもしれない所であった。
「その旗頭になりそうなのが……、ベルセイスだ」
ギルマスが頭痛そうに首謀者の名を告げる。
レッドは溢しそうになる言葉をなんとか飲み込んだ。
先の騒乱も新しく宰相に就いた人物が関わっていた。そして今度は、新しく騎士団長に就いた男。
権力を手にすると人は攻撃的になるのかもしれない、と考えることで現実を逃避したくなるほどだった。
しかし、そう考えると自分たちも『神の玩具』とまったく変わらないのかもしれないと思えてくる。
『神の玩具』たちも、も突然、人に過ぎる力を持たされたから、他者を人とも思わなくなってしまいやすいのではないかと思えてしまった。
「しかし、なんでまたこの時期なんだろうな」
レッドはふと思ったことを口にする。
人が行動することに、時期がどうこうなど言っても意味は無いのだが、動くならもっと早くからその兆しを見せて良いはずだったし、慎重に動くというのであればもっと遅くても良いのではないかと思えるのだ。
「ん? 収穫も一段落して、戦争するにも食料に蓄えが出来るからだろ? 収穫前に戦争なんてしたら、折角の収穫を失くすかもしれないだろ。人手も足りなくなるかもしれんしな」
レッドは一冒険者であり、戦争に関わると言うことも多いわけではなかったし、冒険者に来る依頼で参加したのも国を守るための戦いであったから、戦争に掛かる問題についてまで意識が回らなかったのだ。
戦いだって時期を選ばずに他の時期にだって起こせるものだが、冬は収穫出来るものは少なくなるし、寒い中で動くのは厳しい。春は畑仕事の始まりの時期で、ここで戦争に人手を取ってしまうと畑仕事に関わる人が減り、そもそもの収穫を減らしてしまう。夏は夏で、収穫前の土地を荒らしたくは無いし、ここでもまた人手が足りないと折角の食物がダメになってしまうかもしれない。
そうなると、収穫した後の秋と言う話に納得するしかない。
レッドは重い気持ちのままギルマスの部屋を出ると、リベルテがレッドを探していた。
「どこに行ったかと思えば、ギルマスの部屋ですか……。何かあったんですか?」
リベルテが何かあったのかと聞いてくるが、レッドはリベルテを巻き込まないようにと、首を横に振った。
「世間話を少しな。凄みのある顔だから、話の出来る相手が少ないらしい」
「それは怒られますよ?」
ギルマスへの意趣返しを含んで茶化せば、リベルテはレッドを嗜めつつも口元に笑いを見せていた。
「手続き終わってるんだろ? 待たせてすまないな。行こうぜ」
レッドはリベルテの背を押して外へと促す。このままギルドに居たくは無かった。
外は陽射しがあり、空が高く感じられるほど、気持ちが良かった。
レッドはこの生活を守らなければ、と強く思うのだった。
いつも以上に人が混みあってごちゃっとしている冒険者ギルドを眺めながら、レッドがどうしたものかと言葉を漏らす。
豊穣祭の後は、散財した懐を再び温めようと冒険者たちが一斉に仕事に精を出すのである。
レッドたちも同じ考えではあるのだが、これまでより多い冒険者たちの込み合いに、中に踏み込むことに躊躇いを覚えていた。
「私がサッと行ってきますか?」
リベルテが人混みを抜けて依頼の受付を済ませてくる、と自信気に言う。
「……そうだな。頼めるか?」
レッドは本当なら自分で依頼を選びたいと思っているが、さすがにあの人混みの中を掻い潜り、依頼を取ってくるのは難しいと判断した。
その点、リベルテはそういった心得があるのか、人混みの中を抜けるのが上手いので、リベルテに頼むのが一番良いと思えたのである。
何より、レッドたちと言えども生活費にたっぷりと余裕があるわけではない。まだ切羽詰っていないとは言え、美味しい物を食べたり、酒を飲んだりしたいのだ。
人混みに負けて、仕事を諦めるわけにはいかなかった。
リベルテに頼んだ後、レッドは他の冒険者たちの邪魔にならないように壁際に身を寄せる。
そして、多くいる冒険者たちを観察して、リベルテを待つことにした。
身軽と言えば聞こえが良さそうであるが、防具を揃えられていない冒険者たちの姿が良く目に付く。
近場の配送や畑仕事など、モンスターに襲われたり、何かと戦うといった可能性が低い依頼を主にする冒険者たちだろう。
そういった冒険者が多いと言うことは、先の騒乱で職を続けられなくなった人たちが多く流れてきたということである。
元々何かと戦うことを仕事にでもしてない限り、いきなり命の危険が伴う仕事に手は出せないものだ。
ただ、危険が少ない分、その報酬は安く、そういった人たちは真剣な、そして必死そうな顔で依頼の受付を行っていた。数をこなさないと、以前まで就いていただろう職ほどの収入が得られないのだ。
そんな冒険者たちと変わって、談笑しながらいくらかの余裕を見せているのが、腕に自身がある人たちだ。
元が兵士であったり、騒乱の前から冒険者をやっている人たちだろう。防具も質の良い物を誂えているようで、レッドは思わず自分の防具と見比べてしまう。
レッドが見ていた冒険者たちの方が金の払いは良さそうであった。
それだけ報酬が良い討伐の依頼などをこなせていると言うことで、腕を落としてしまったレッドとしては少し悔しい思いが込み上げてくるが、それだけの腕を持っている人たちであるから、油断などで大きな怪我を負ったり、命を落とすことがないよう願いもする。
そういった人が欠けていくと言うのは、それだけこの王都に危険が迫るということにつながってしまうのだ。
「おう。レッド、ちょっと面貸せ」
レッドは小金を奪いに難癖をつけてくるような人相の悪い男性に絡まれる。
……想像はついていると思うが、ギルマスである。
「おまえ今、失礼なこと考えただろ?」
レッドは極力表情に出さないようにしていたのだが、ギルマスにはわかったらしい。おそらく、同じように考えてしまう冒険者が多いのだろう。
「それで、わざわざギルマスが何のようで?」
迂闊に黙ってしまうとネチネチと小言を言われることが分かっているため、レッドは話を促す。
レッドがさらっと流すように対応したことで、ギルマスは面白く無さそうに舌打ちするのが、舌打ちの後、気味の悪さを覚えるほどの笑顔になる。
その笑顔に悪い予感を覚えたレッドは、踵を返して逃げ出そうとするが、ギルマスに肩を掴まれる方が早かった。ギルマスは昔、相当言わせていただけに、今もなおその力は強く、逃げ出せない。
「まぁ、聞けよ。な?」
レッドは先の騒乱で一人戦っていた時にも感じなかった絶望を感じていた。
逃げられない状況はどうしようもなく、諦めてギルマスの部屋へと連行されていく。
部屋に入ってここまで気の滅入ったことはなかった。
「冒険者ってのは言うほど暇じゃないからな。さっさと用件に入ろう」
ギルマスが凄みのある真剣な表情となる。
ただでさえある威圧感が増したことに、レッドは思わず思わず、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「おまえ、タカヒロとまだつながってるよな?」
タカヒロの名前が出てきたことで、グッと手に力が入る。
タカヒロたちが関わってくる話とは思ってもいなかったのだ。
タカヒロたちが冒険者であった頃に、タカヒロたちが『神の玩具』だろうことはギルマスと話をしているが、それに関連した話をしたことは無かった。
ギルマスも問題を起こさないのであれば、一冒険者として扱ってくれていたから安心していたのだ。
しかし、アンリの一件があってから『神の玩具』への意識は変わっている。いや、帝国の皇帝と話をしてきたと言うくらいから、城側の意識に根が張られていたのも一因だったかもしれない。
「……城がまた荒れるかもしれんらしい。頼まれてくれないか?」
「は? ……はぁ?」
タカヒロたちに直接何か、と言う話になるものと思っていたが、全く違う話にレッドはすぐに理解出来なかった。
予想した場所と違う場所に敵が現れた感じである。
「おまえなら、タカヒロの知り合いってことで城に近づけるだろ? 俺だと名前がでかすぎてな。すぐにお偉い方々に話があがっちまうんだ。だから、頼みたい」
昔に大きな活躍をしたことで冒険者ギルドのマスターになっているのだから、ギルマスの名前がでかいというのは当然である。それが足かせになるような事態と言うことに、レッドは話の重さだけを理解する。
ギルマスが大事にしないように動きたい事態と言うことであり、城の偉い人たちにばれたくない内容。
そこまでは頭が動いて理解できたが、最初にタカヒロたちをどう守るかに意識を向けてしまっていただけに、まだ頭がちゃんと話に追いついていない。
リベルテならすんなり理解したのかなと思った時、なんとなく負けてられなく思えて、少し落ち着いてくる。
「相手は?」
「……話さないわけには如何だろうなぁ……。今、城で意見が割れていることは知っているか?」
ギルマスの問いにレッドは首を縦に振る。外に向かおうとする者たちと内に力を注ぎたい者たちの対立である。
オルグラント王国の成り立ちと国のあり方、そして傷ついた後の状況で、わざわざ外に戦いに行きたがる理由が、レッドにはわからなかった。
他国を侵略しなければならないほど、オルグラント王国は国力に余裕をもてないわけではないし、貧しいわけでもない。
まだまだ土地は広く、地力があると言えるのだ。内に力を注ぎ込んでいけば、また豊かになって行けるとレッドだって思えるくらいなのだ。
第一、騒乱で失った人が多い。アクネシアから流れてきた人たちが大勢いるとは言え、自分たちから戦いを仕掛けて人を失っていく意味がないと強く言えた。
しかし、城ではキストに攻め込もうと言う者たちの勢力が強まってきていて、その一因にアンリの存在があると言うのが、レッドたちにとって頭が痛い。
「王も内に力を入れたいお考えのようなんだが……、事が起きる可能性が高い」
ギルマスの低い言葉に、レッドはブワッと背筋を走るものを感じた。
キストに攻め込むために、まず内乱を起こすという話である。大事過ぎる話である。
何より、この国を守るために戦う力をつけ、敵を打ち払おうという者たちが自分たちの国に剣を向けるかもしれないというのだ。全く持って笑えない話であった。
「……それは俺に、誰かを、一人か二人、殺せってことなのか?」
そんな事態を解決する方法があるとすれば、事を起こそうとしている首謀者を消すことである。
レッドが覚悟を決めるように口にすると、ダンッとテーブルにギルマスの拳が落ちる。
「そんなわけないだろ! 冒険者にそんな話を俺がすると思うのか!!」
ギルマスは冒険者たちの生活を真剣に悩む人だった。そんな人がそんな話をわざわざ冒険者に依頼するわけが無い。そんなことを頼んでは、その冒険者も他の冒険者たちもその生活を大いに苦しいものにさせてしまいかねないのだ。
「すまない……。あまりにもな話だったで」
「いや、こっちももっと話し方があったかもしれん」
お互い、仕切りなおすようにお茶に口をつける。香りがよく美味い茶だった。
少しテーブルにこぼれているのが、もったいなかったと少し思えた。
「出来るなら、事が起きる前に止めたい。事が起きたら、お前に頼む話じゃない。この国全体に広がる話だ」
改めて言われるまでも無い大事な話であり、それを聞かされ、頼まれようとしているレッドには責任が重過ぎる話でしかない。
「動きそうなのは騎士団だ。ただそれも全てではなく、一部の連中だけだ」
騎士たち全てがそんな事を起こすことに賛成していないことに、少しだけ救いを感じる。
騎士たち全てがその意見になっていたら、もう止められない。後は彼らがいつ事を起こすのか、という話だけで、内戦が避けられないのだ。
しかし、ギルマスの話であれば、まだ内戦にまで発展せずに済むかもしれない所であった。
「その旗頭になりそうなのが……、ベルセイスだ」
ギルマスが頭痛そうに首謀者の名を告げる。
レッドは溢しそうになる言葉をなんとか飲み込んだ。
先の騒乱も新しく宰相に就いた人物が関わっていた。そして今度は、新しく騎士団長に就いた男。
権力を手にすると人は攻撃的になるのかもしれない、と考えることで現実を逃避したくなるほどだった。
しかし、そう考えると自分たちも『神の玩具』とまったく変わらないのかもしれないと思えてくる。
『神の玩具』たちも、も突然、人に過ぎる力を持たされたから、他者を人とも思わなくなってしまいやすいのではないかと思えてしまった。
「しかし、なんでまたこの時期なんだろうな」
レッドはふと思ったことを口にする。
人が行動することに、時期がどうこうなど言っても意味は無いのだが、動くならもっと早くからその兆しを見せて良いはずだったし、慎重に動くというのであればもっと遅くても良いのではないかと思えるのだ。
「ん? 収穫も一段落して、戦争するにも食料に蓄えが出来るからだろ? 収穫前に戦争なんてしたら、折角の収穫を失くすかもしれないだろ。人手も足りなくなるかもしれんしな」
レッドは一冒険者であり、戦争に関わると言うことも多いわけではなかったし、冒険者に来る依頼で参加したのも国を守るための戦いであったから、戦争に掛かる問題についてまで意識が回らなかったのだ。
戦いだって時期を選ばずに他の時期にだって起こせるものだが、冬は収穫出来るものは少なくなるし、寒い中で動くのは厳しい。春は畑仕事の始まりの時期で、ここで戦争に人手を取ってしまうと畑仕事に関わる人が減り、そもそもの収穫を減らしてしまう。夏は夏で、収穫前の土地を荒らしたくは無いし、ここでもまた人手が足りないと折角の食物がダメになってしまうかもしれない。
そうなると、収穫した後の秋と言う話に納得するしかない。
レッドは重い気持ちのままギルマスの部屋を出ると、リベルテがレッドを探していた。
「どこに行ったかと思えば、ギルマスの部屋ですか……。何かあったんですか?」
リベルテが何かあったのかと聞いてくるが、レッドはリベルテを巻き込まないようにと、首を横に振った。
「世間話を少しな。凄みのある顔だから、話の出来る相手が少ないらしい」
「それは怒られますよ?」
ギルマスへの意趣返しを含んで茶化せば、リベルテはレッドを嗜めつつも口元に笑いを見せていた。
「手続き終わってるんだろ? 待たせてすまないな。行こうぜ」
レッドはリベルテの背を押して外へと促す。このままギルドに居たくは無かった。
外は陽射しがあり、空が高く感じられるほど、気持ちが良かった。
レッドはこの生活を守らなければ、と強く思うのだった。
0
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?


クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す
名無し
ファンタジー
パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)

パワハラ騎士団長に追放されたけど、君らが最強だったのは僕が全ステータスを10倍にしてたからだよ。外れスキル《バフ・マスター》で世界最強
こはるんるん
ファンタジー
「アベル、貴様のような軟弱者は、我が栄光の騎士団には不要。追放処分とする!」
騎士団長バランに呼び出された僕――アベルはクビを宣言された。
この世界では8歳になると、女神から特別な能力であるスキルを与えられる。
ボクのスキルは【バフ・マスター】という、他人のステータスを数%アップする力だった。
これを授かった時、外れスキルだと、みんなからバカにされた。
だけど、スキルは使い続けることで、スキルLvが上昇し、強力になっていく。
僕は自分を信じて、8年間、毎日スキルを使い続けた。
「……本当によろしいのですか? 僕のスキルは、バフ(強化)の対象人数3000人に増えただけでなく、効果も全ステータス10倍アップに進化しています。これが無くなってしまえば、大きな戦力ダウンに……」
「アッハッハッハッハッハッハ! 見苦しい言い訳だ! 全ステータス10倍アップだと? バカバカしい。そんな嘘八百を並べ立ててまで、この俺の最強騎士団に残りたいのか!?」
そうして追放された僕であったが――
自分にバフを重ねがけした場合、能力値が100倍にアップすることに気づいた。
その力で、敵国の刺客に襲われた王女様を助けて、新設された魔法騎士団の団長に任命される。
一方で、僕のバフを失ったバラン団長の最強騎士団には暗雲がたれこめていた。
「騎士団が最強だったのは、アベル様のお力があったればこそです!」
これは外れスキル持ちとバカにされ続けた少年が、その力で成り上がって王女に溺愛され、国の英雄となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる