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今年も豊穣祭が始まった。
マイにとって、この世界に来て何より一番楽しみな時期と言える。
屋台や出店が数多く出されているのだが、マイたちの世界に比べればそこまで料理の種類が多いものではないし、味にしてもまだまだ及ばない。
それでも、娯楽が少ないこの世界では何よりの娯楽だし、あちこち行くにも楽ではない世界だから、この王都に居ながらあちこちの街や村の料理が食べられると言うのは盛り上がるのも当然だった。
ほとんどの人たちがこの日のために、コツコツとお金を貯めて備えていて、それはマイたちもまったく同様である。
なかなかに重いお金が入った袋を握り締め、マイは何から食べようかと店を見て回る。
その傍らにはリベルテも居り、二人で真剣な目つきで厳選していた。
先の森の調査から、まだ王都にキスト聖国の手の者たちが潜んでいる可能性が考えられたため、マイを一人にさせないようにした結果であるのだが、この祭りでは必ず買いたい食べ物が一致している二人であるため、ただ楽しんで見て回っているだけにしか見えない。
「マッフルは、最後に必ず行きましょうね」
「今年は去年より人が多いですから、気をつけないと売り切れ、なんて言うこともあるかもしれません。人の流れには注意しましょう」
マイとリベルテは手を握り合って、腕に力瘤を作り出す。
マッフルの新作は必ず買う、と言う意気込みがはっきりと現れていた。
マイたちの今年の豊穣祭の動きであるが、レッドがいつもの酒場での席取り担当となり、マイたちが買出し担当となっている。
例年、誰が何を買うか決めることは無く、それぞれが目を惹かれた食べ物を買って来て、皆でワイワイと食べるのだ。
祭りであるのだから、一人でぽつんと食べるのではなく、皆で騒ぎながら食べるのが楽しく、そして美味しく感じられるものになる。
マイがこの祭りが楽しみである理由には、そういった気持ちも含まれていた。
「マイさんは、一人でどこか行ったりしたらダメですよ」
リベルテがマイがはぐれたり、勝手に動き回らないようにと釘を刺すが、どうにも子どもが迷子にならないようにと注意しているようにしか見えない。
あの騒乱が起きる前から度々言われていたし、言われない時でも必ずタカヒロが側につくようにしてくれていることはマイもわかっている。
それに、一人で動いたことで襲われたこともあったので、マイも嫌がったり不満を言うことは無かった。
今のようにあれこれ話をしながら買い物をするのが楽しいもので、この世界ではまだ一人で出歩きたいと思えるものも感じられていないことも不満を口にさせない。
しかし、言わないだけで不満が無いわけでもない。
いつまでも心配される子どものように思えてしまうし、自分のために付いてくれているとも思うと申し訳なさも感じてしまうのだ。
「あ! リベルテさん、あれ! あれは外せないよね!?」
マイが匂いに引き寄せられてるように、リベルテの手を引っ張りながら向かったのは、ボアの串焼きの店だった。
焼いてる最中であり、ジュウジュウと良い音が美味しさを誘っていた。
祭りだけの料理ではなく、王都であれば大抵の酒場で食べられる物であったが、マイはこの定番の料理を外す気は一切無いようだった。
脂の焼ける匂いも相まって美味しさを誘い、リベルテも引き止めず注文し始める。
その間に、マイは次の店を狙うように目を向け、狙いを定めた。
パンの間にそぎ落とした羊肉とキャベツがたっぷりと入った料理。
あちらの世界ではケバブと呼ばれる料理であった。
ただ、これも焼いている肉に惹かれて買ったものであり、こちらの世界でのこの料理には少し物足りなさを覚えている。
何かはわからないのだが、あちらの世界の祭りで食べたケバブは、こちらの料理より美味しかったと記憶しているためだ。だが、それでも買っている辺り、生粋のお肉好きである。
ただ、マイも肉料理ばかりになってしまうのは、少し良くないのではないかと考えるようになっていた。
「マッフルを買って戻りましょうか」
お肉以外の料理も、と悩んで動かなくなっていたマイにリベルテが酒場に戻ろう、と声を掛ける。
マイが顔を上げると、リベルテはキャベツなどの漬物の盛り合わせみたいな物を持っていた。
マイが肉ばかり買うことを予想していたリベルテが、ササッと動いて買っていたらしい。
リベルテの動きに感嘆の声をあげて、マイはすぐマッフルへと頭を切り替える。
「今年の新作はなんでしょうね~」
マッフルというお菓子は、あちらの世界でのワッフルに近いのだが、単純なワッフルとも違い、ワッフルより手軽に食べられるサイズの、こちらの世界にしかないお菓子。
お菓子の種類もあちらの世界に比べるには全く足りないため、マイはマッフルを大々的に買える時は絶対に買って食べると決めている。
何より、マッフルは誰が考案しているのか知らないが新しい味への研究意欲がすごいらしく、毎年新しい味が出されている。
と言っても、あちらの世界では馴染みがある味のため、マイにとっては新作と思いにくい。
それでも、お菓子の種類が少ない世界で新作だと言われたら飛びつかずにはいられないものなのだ。
マイたちがマッフルの店を見つけた時には早くも列が伸びていて、マイたちは慌てて並ぶ。
結構な人数にマイは買えるか不安になってくる。
「すごい列ですね~」
「今年もまた人が多くなっていますからね。これまでより並ぶ人が多くなっているんでしょう」
並んでいる列に目を向けながら、気を紛らわすように話をする二人。黙って待つには長い列だったのだ。
リベルテが言ったように、アクネシアが滅んだことでオルグラントに流れてきた人たちが多く、騒乱で亡くなった人たちも居るが、オルグラントは人口が増えることとなっていた。
ただ、以前に敵対していた国の人たちということもあり、単純な人口増加と喜ぶには問題が潜在している。
マイはその潜在的な問題についてはまったく理解していなく、単純に人が増えるのは良いことで、マッフルの美味しさについて共有できる人が増えることを歓迎していた。
もっとも、自分が食べる分は確保できていることが前提であるものだが……。
数を一気に作れるお菓子であるためか、期待を膨らませながら待っているマイとリベルテはそんなに長い時間を待ったようには感じられなく、気付けば自分たちの番になっていた。
今年の新作は、と目を向けていたリベルテが驚きを含んだ声をあげた。
「今年の新味は……、キュルビス?」
あちらの世界と全く同じ呼び方ではないため、何のことか分からなくてマイが首をかしげていた。
マイがこちらの世界に着てからずっと思っているのは、普通に会話が出来るのに、ちょこちょこと物の呼び名が違い、突然分からなくなることへの単純な疑問だった。
だが、すり合わせるにも実物が無いとリベルテたちと言葉のすり合わせも出来ないのだ。
「あぁ。もうマッフルに改良したのですか……。マッフルを作ってる方々の熱心さには感心しますね……」
リベルテがパンと手を打って感動を口にする。リベルテの情報の速さにマイは素直に感心していた。
マイにとって、リベルテはいろいろと知っている頼りになる女性なのだ。
「じゃあ、この新味と定番のをいくつか買っていきましょうか」
「うん!」
マッフルの店は新作を作ることに情熱を向けているが、多くの人に買ってもらうと言う考えを持っているらしく、一人当たりに買える数に決まりがあった。
マイとしては少し残念であるが、この決まりがあることで自分たちも買えたのだから、納得していた。
買い占めるような人がいたら、マイたちがマッフルを口に出来なくなってしまう可能性の方が高いのだ。
当然のようにその上限である分まで買ったマイたちは、手にいくつ物料理を抱えて、ご満悦な表情でいつもの酒場に向かってレッドを探す。
先にタカヒロは戻っていたらしく、タカヒロが並べていた料理に目を向けたマイは目新しさがないことに少しむくれて不満を見せた。
タカヒロが買ってきたのはクレープだった。
それも果実などが入っているお菓子に分類されるものではなく、ご飯になる具材のものだ。
お菓子類はマイたちが買うと考えての判断で、レッドにすれば良い判断と言えるのだが、マイたちにとっては甘味が多いことを望んでいたらしい。
マイたちの不満にタカヒロは軽く謝罪を見せ、レッドに目を向けると、すでにお酒を飲んでいた。
「おう、遅かったな。先に飲んでるぞ」
レッドがコップを掲げると、リベルテは席につくなり酒を注文する。
タカヒロも一緒に酒を頼んだので、慌ててマイは果実水をお願いした。
マイたちが買ってきた料理をテーブルに並べると、テーブルは一気に埋まり、食べきれるのか考えてしまうほどになっていた。
しかし、レッドは男性で体を良く動かす冒険者である。
マイは自分だけが大食いに見えるようなことにはならないだろうと考えて、早速、冷めないうちにと串焼きに手を伸ばしたす。
まだ温かい肉は柔らかく、脂が甘く美味しい。
濃い目のタレがまた次の一口を誘ってくる。
パクリパクリと食べ終わって、次はリベルテが買ってきた漬物を一口食べる。
漬物の酸味で口の中がさっぱりし、次はケバブに手を伸ばした。
口を大きく開けて頬張る。塩の味付けと簡単なものだが、肉の味がかえってしっかり感じられ、あっさりとした味付けに、これまたすぐに食べ終わる。
そして次に手を伸ばしたのはクレープ。
手を伸ばそうとした所で、舞いは皆の視線に周囲を見渡す。
マイ一人でかなりのペースで食べていたことに気付いたらしい。
皆が感心するような、呆れるような目で見ていたことに、マイは恥ずかしさを覚えて手を引っ込めてしまった。
「何時見ても、いい食べっぷりだよな。美味そうに見えてきて、俺もついつい食べ過ぎちまいそうだ」
レッドが笑って、がぶりとケバブを口にする。
レッドもとても美味しそうに食べるので、リベルテも串焼きを口にして美味しそうに微笑んだ。
マイはレッドたちの気遣いがとても嬉しかった。
レッドたちはマイたちをはっきりと否定することはしない。注意をしたりはするけど、マイたちが何かをしようとしたらそれを後押ししようとすることの方が多いのだ。
マイはレッドたちに感謝の気持ちを向けながら、タカヒロに同じくらいの懐の広さを持って欲しいなと目を向ける。
「まぁ、でも、食べすぎな気も……。いいんだけどさ」
いいと言いながら口にするタカヒロに、マイははぁっ~っとため息をついて、クレープを手に取る。
気分が沈んだときは美味しい物を食べるのが良いのだ。
クレープは生地をパン代わりにして、ソーセージとキャベツをトマトのソースをつけて包んだものだった。
食べ方次第というのもあるのだが、手を汚さずに食べられると言うので、王都では人気の料理になっている。
美味しいのだけど、タカヒロが関わって作られた料理であることに、マイはちょっと複雑な気持ちになる。
何より、この料理を作った時にいた女性は綺麗な人で、タカヒロは小さな子どもとも仲良くしていたのだ。
タカヒロが小さな子が好きなのか、とタカヒロが聞けば全力で否定することを考えるが、父性に目覚めて子どもが欲しいのかとも考えて、マイは顔を赤くしてしまう。
「どうした? 辛いやつだったのか?」
一人赤くなったマイに、レッドが心配そうな顔を向ける。勝手な想像が原因のため、マイは答えに困って、なんでもない、と一言声にするのが精一杯だった。
レッドの気遣いの目から逃げるように、マイはマッフルに手を伸ばす。
新作の味がなんなのかわからないマイは、そのままパクリと食べる。
割って中を見ないのは楽しみがなくなってしまうという、マイのこだわりだった。
甘いには甘いのだが、これまで食べた物と違う甘さにマイはゆっくりと味わう。
そして齧った一口を飲み込んだ後、断面の黄色っぽい色をみて何かわかったようだった。
そう、あちらの世界で言うカボチャであった。
丁寧に潰して、砂糖と煮込んで餡のようにしたものである。
前は林檎の餡であり、今回はカボチャ。マイは今回もまたマッフルの新作に二重丸の評価を下す。
一通り食べ終わったマイが、果実水を飲んで一息つく。
まだ食べられるマイは、他の面々はどうなのかと顔をのぞき見ていると、大きい男性がテーブルに料理を並べていく。ここの店主である。
レッドたちが常連であり仲が良いためか、こうして試作らしい料理を食べさせてくれるので、マイはこの店がとても好きになっている。何より試作と言えども、とっても美味しいのだ。
マイは並べられた調理に嬉々として目を向けるが、出てきたのはスープとパンだけだった。
これまでの試作として出された料理に比べると、あまりにもこだわっていなさそうな料理に、膨らんでいた期待がしぼんでいく。
それでも出てきた料理であるから、マイはまずパンに手を伸ばす。
一口齧って咀嚼してみると、ほんのりと甘く、このパンにもカボチャが練りこまれていることに気付く。
パンをちぎって見れば、やはり黄色っぽく色づいていた。
菓子パンとまでは言わないが、少し甘みが強いパンで、これはおやつになるとマイは思う。
そしてスープも一口すすってみれば、こちらおやっぱりカボチャであり、突然にカボチャ尽くしというか、カボチャのブームが来たようであった。
こちらの世界にはミキサーのように簡単に摩り潰す道具は無いため、スープにはまだ小さめではあるが実が残っている。それでも丁寧に潰したのが分かるほどスープは滑らかで、カボチャの甘みとスープの塩毛が調和している。
豊穣祭はやはり美味しい物をいっぱい食べることが出来る祭りで、マイはこの祭りが大好きだった。
こういうお祭りがいっぱい出来ればいいのに、と思わずにはいられなかった。
マイにとって、この世界に来て何より一番楽しみな時期と言える。
屋台や出店が数多く出されているのだが、マイたちの世界に比べればそこまで料理の種類が多いものではないし、味にしてもまだまだ及ばない。
それでも、娯楽が少ないこの世界では何よりの娯楽だし、あちこち行くにも楽ではない世界だから、この王都に居ながらあちこちの街や村の料理が食べられると言うのは盛り上がるのも当然だった。
ほとんどの人たちがこの日のために、コツコツとお金を貯めて備えていて、それはマイたちもまったく同様である。
なかなかに重いお金が入った袋を握り締め、マイは何から食べようかと店を見て回る。
その傍らにはリベルテも居り、二人で真剣な目つきで厳選していた。
先の森の調査から、まだ王都にキスト聖国の手の者たちが潜んでいる可能性が考えられたため、マイを一人にさせないようにした結果であるのだが、この祭りでは必ず買いたい食べ物が一致している二人であるため、ただ楽しんで見て回っているだけにしか見えない。
「マッフルは、最後に必ず行きましょうね」
「今年は去年より人が多いですから、気をつけないと売り切れ、なんて言うこともあるかもしれません。人の流れには注意しましょう」
マイとリベルテは手を握り合って、腕に力瘤を作り出す。
マッフルの新作は必ず買う、と言う意気込みがはっきりと現れていた。
マイたちの今年の豊穣祭の動きであるが、レッドがいつもの酒場での席取り担当となり、マイたちが買出し担当となっている。
例年、誰が何を買うか決めることは無く、それぞれが目を惹かれた食べ物を買って来て、皆でワイワイと食べるのだ。
祭りであるのだから、一人でぽつんと食べるのではなく、皆で騒ぎながら食べるのが楽しく、そして美味しく感じられるものになる。
マイがこの祭りが楽しみである理由には、そういった気持ちも含まれていた。
「マイさんは、一人でどこか行ったりしたらダメですよ」
リベルテがマイがはぐれたり、勝手に動き回らないようにと釘を刺すが、どうにも子どもが迷子にならないようにと注意しているようにしか見えない。
あの騒乱が起きる前から度々言われていたし、言われない時でも必ずタカヒロが側につくようにしてくれていることはマイもわかっている。
それに、一人で動いたことで襲われたこともあったので、マイも嫌がったり不満を言うことは無かった。
今のようにあれこれ話をしながら買い物をするのが楽しいもので、この世界ではまだ一人で出歩きたいと思えるものも感じられていないことも不満を口にさせない。
しかし、言わないだけで不満が無いわけでもない。
いつまでも心配される子どものように思えてしまうし、自分のために付いてくれているとも思うと申し訳なさも感じてしまうのだ。
「あ! リベルテさん、あれ! あれは外せないよね!?」
マイが匂いに引き寄せられてるように、リベルテの手を引っ張りながら向かったのは、ボアの串焼きの店だった。
焼いてる最中であり、ジュウジュウと良い音が美味しさを誘っていた。
祭りだけの料理ではなく、王都であれば大抵の酒場で食べられる物であったが、マイはこの定番の料理を外す気は一切無いようだった。
脂の焼ける匂いも相まって美味しさを誘い、リベルテも引き止めず注文し始める。
その間に、マイは次の店を狙うように目を向け、狙いを定めた。
パンの間にそぎ落とした羊肉とキャベツがたっぷりと入った料理。
あちらの世界ではケバブと呼ばれる料理であった。
ただ、これも焼いている肉に惹かれて買ったものであり、こちらの世界でのこの料理には少し物足りなさを覚えている。
何かはわからないのだが、あちらの世界の祭りで食べたケバブは、こちらの料理より美味しかったと記憶しているためだ。だが、それでも買っている辺り、生粋のお肉好きである。
ただ、マイも肉料理ばかりになってしまうのは、少し良くないのではないかと考えるようになっていた。
「マッフルを買って戻りましょうか」
お肉以外の料理も、と悩んで動かなくなっていたマイにリベルテが酒場に戻ろう、と声を掛ける。
マイが顔を上げると、リベルテはキャベツなどの漬物の盛り合わせみたいな物を持っていた。
マイが肉ばかり買うことを予想していたリベルテが、ササッと動いて買っていたらしい。
リベルテの動きに感嘆の声をあげて、マイはすぐマッフルへと頭を切り替える。
「今年の新作はなんでしょうね~」
マッフルというお菓子は、あちらの世界でのワッフルに近いのだが、単純なワッフルとも違い、ワッフルより手軽に食べられるサイズの、こちらの世界にしかないお菓子。
お菓子の種類もあちらの世界に比べるには全く足りないため、マイはマッフルを大々的に買える時は絶対に買って食べると決めている。
何より、マッフルは誰が考案しているのか知らないが新しい味への研究意欲がすごいらしく、毎年新しい味が出されている。
と言っても、あちらの世界では馴染みがある味のため、マイにとっては新作と思いにくい。
それでも、お菓子の種類が少ない世界で新作だと言われたら飛びつかずにはいられないものなのだ。
マイたちがマッフルの店を見つけた時には早くも列が伸びていて、マイたちは慌てて並ぶ。
結構な人数にマイは買えるか不安になってくる。
「すごい列ですね~」
「今年もまた人が多くなっていますからね。これまでより並ぶ人が多くなっているんでしょう」
並んでいる列に目を向けながら、気を紛らわすように話をする二人。黙って待つには長い列だったのだ。
リベルテが言ったように、アクネシアが滅んだことでオルグラントに流れてきた人たちが多く、騒乱で亡くなった人たちも居るが、オルグラントは人口が増えることとなっていた。
ただ、以前に敵対していた国の人たちということもあり、単純な人口増加と喜ぶには問題が潜在している。
マイはその潜在的な問題についてはまったく理解していなく、単純に人が増えるのは良いことで、マッフルの美味しさについて共有できる人が増えることを歓迎していた。
もっとも、自分が食べる分は確保できていることが前提であるものだが……。
数を一気に作れるお菓子であるためか、期待を膨らませながら待っているマイとリベルテはそんなに長い時間を待ったようには感じられなく、気付けば自分たちの番になっていた。
今年の新作は、と目を向けていたリベルテが驚きを含んだ声をあげた。
「今年の新味は……、キュルビス?」
あちらの世界と全く同じ呼び方ではないため、何のことか分からなくてマイが首をかしげていた。
マイがこちらの世界に着てからずっと思っているのは、普通に会話が出来るのに、ちょこちょこと物の呼び名が違い、突然分からなくなることへの単純な疑問だった。
だが、すり合わせるにも実物が無いとリベルテたちと言葉のすり合わせも出来ないのだ。
「あぁ。もうマッフルに改良したのですか……。マッフルを作ってる方々の熱心さには感心しますね……」
リベルテがパンと手を打って感動を口にする。リベルテの情報の速さにマイは素直に感心していた。
マイにとって、リベルテはいろいろと知っている頼りになる女性なのだ。
「じゃあ、この新味と定番のをいくつか買っていきましょうか」
「うん!」
マッフルの店は新作を作ることに情熱を向けているが、多くの人に買ってもらうと言う考えを持っているらしく、一人当たりに買える数に決まりがあった。
マイとしては少し残念であるが、この決まりがあることで自分たちも買えたのだから、納得していた。
買い占めるような人がいたら、マイたちがマッフルを口に出来なくなってしまう可能性の方が高いのだ。
当然のようにその上限である分まで買ったマイたちは、手にいくつ物料理を抱えて、ご満悦な表情でいつもの酒場に向かってレッドを探す。
先にタカヒロは戻っていたらしく、タカヒロが並べていた料理に目を向けたマイは目新しさがないことに少しむくれて不満を見せた。
タカヒロが買ってきたのはクレープだった。
それも果実などが入っているお菓子に分類されるものではなく、ご飯になる具材のものだ。
お菓子類はマイたちが買うと考えての判断で、レッドにすれば良い判断と言えるのだが、マイたちにとっては甘味が多いことを望んでいたらしい。
マイたちの不満にタカヒロは軽く謝罪を見せ、レッドに目を向けると、すでにお酒を飲んでいた。
「おう、遅かったな。先に飲んでるぞ」
レッドがコップを掲げると、リベルテは席につくなり酒を注文する。
タカヒロも一緒に酒を頼んだので、慌ててマイは果実水をお願いした。
マイたちが買ってきた料理をテーブルに並べると、テーブルは一気に埋まり、食べきれるのか考えてしまうほどになっていた。
しかし、レッドは男性で体を良く動かす冒険者である。
マイは自分だけが大食いに見えるようなことにはならないだろうと考えて、早速、冷めないうちにと串焼きに手を伸ばしたす。
まだ温かい肉は柔らかく、脂が甘く美味しい。
濃い目のタレがまた次の一口を誘ってくる。
パクリパクリと食べ終わって、次はリベルテが買ってきた漬物を一口食べる。
漬物の酸味で口の中がさっぱりし、次はケバブに手を伸ばした。
口を大きく開けて頬張る。塩の味付けと簡単なものだが、肉の味がかえってしっかり感じられ、あっさりとした味付けに、これまたすぐに食べ終わる。
そして次に手を伸ばしたのはクレープ。
手を伸ばそうとした所で、舞いは皆の視線に周囲を見渡す。
マイ一人でかなりのペースで食べていたことに気付いたらしい。
皆が感心するような、呆れるような目で見ていたことに、マイは恥ずかしさを覚えて手を引っ込めてしまった。
「何時見ても、いい食べっぷりだよな。美味そうに見えてきて、俺もついつい食べ過ぎちまいそうだ」
レッドが笑って、がぶりとケバブを口にする。
レッドもとても美味しそうに食べるので、リベルテも串焼きを口にして美味しそうに微笑んだ。
マイはレッドたちの気遣いがとても嬉しかった。
レッドたちはマイたちをはっきりと否定することはしない。注意をしたりはするけど、マイたちが何かをしようとしたらそれを後押ししようとすることの方が多いのだ。
マイはレッドたちに感謝の気持ちを向けながら、タカヒロに同じくらいの懐の広さを持って欲しいなと目を向ける。
「まぁ、でも、食べすぎな気も……。いいんだけどさ」
いいと言いながら口にするタカヒロに、マイははぁっ~っとため息をついて、クレープを手に取る。
気分が沈んだときは美味しい物を食べるのが良いのだ。
クレープは生地をパン代わりにして、ソーセージとキャベツをトマトのソースをつけて包んだものだった。
食べ方次第というのもあるのだが、手を汚さずに食べられると言うので、王都では人気の料理になっている。
美味しいのだけど、タカヒロが関わって作られた料理であることに、マイはちょっと複雑な気持ちになる。
何より、この料理を作った時にいた女性は綺麗な人で、タカヒロは小さな子どもとも仲良くしていたのだ。
タカヒロが小さな子が好きなのか、とタカヒロが聞けば全力で否定することを考えるが、父性に目覚めて子どもが欲しいのかとも考えて、マイは顔を赤くしてしまう。
「どうした? 辛いやつだったのか?」
一人赤くなったマイに、レッドが心配そうな顔を向ける。勝手な想像が原因のため、マイは答えに困って、なんでもない、と一言声にするのが精一杯だった。
レッドの気遣いの目から逃げるように、マイはマッフルに手を伸ばす。
新作の味がなんなのかわからないマイは、そのままパクリと食べる。
割って中を見ないのは楽しみがなくなってしまうという、マイのこだわりだった。
甘いには甘いのだが、これまで食べた物と違う甘さにマイはゆっくりと味わう。
そして齧った一口を飲み込んだ後、断面の黄色っぽい色をみて何かわかったようだった。
そう、あちらの世界で言うカボチャであった。
丁寧に潰して、砂糖と煮込んで餡のようにしたものである。
前は林檎の餡であり、今回はカボチャ。マイは今回もまたマッフルの新作に二重丸の評価を下す。
一通り食べ終わったマイが、果実水を飲んで一息つく。
まだ食べられるマイは、他の面々はどうなのかと顔をのぞき見ていると、大きい男性がテーブルに料理を並べていく。ここの店主である。
レッドたちが常連であり仲が良いためか、こうして試作らしい料理を食べさせてくれるので、マイはこの店がとても好きになっている。何より試作と言えども、とっても美味しいのだ。
マイは並べられた調理に嬉々として目を向けるが、出てきたのはスープとパンだけだった。
これまでの試作として出された料理に比べると、あまりにもこだわっていなさそうな料理に、膨らんでいた期待がしぼんでいく。
それでも出てきた料理であるから、マイはまずパンに手を伸ばす。
一口齧って咀嚼してみると、ほんのりと甘く、このパンにもカボチャが練りこまれていることに気付く。
パンをちぎって見れば、やはり黄色っぽく色づいていた。
菓子パンとまでは言わないが、少し甘みが強いパンで、これはおやつになるとマイは思う。
そしてスープも一口すすってみれば、こちらおやっぱりカボチャであり、突然にカボチャ尽くしというか、カボチャのブームが来たようであった。
こちらの世界にはミキサーのように簡単に摩り潰す道具は無いため、スープにはまだ小さめではあるが実が残っている。それでも丁寧に潰したのが分かるほどスープは滑らかで、カボチャの甘みとスープの塩毛が調和している。
豊穣祭はやはり美味しい物をいっぱい食べることが出来る祭りで、マイはこの祭りが大好きだった。
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