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「ん~、久々に森に入りたいな」
レッドたちがここ最近受けた依頼は、配送か畑仕事ばかりであった。
貼り出される数が一番多い依頼であり、王都から大きく離れることのない仕事で、危険も少ない貯め報酬はどうしても高いものにはならない。
ギルドで今一番熱い依頼は、薬師ギルドからの薬草採取の依頼であるが、近場で採れる物はほとんど取ってしまっているため、あちらこちらから情報を集めて遠くまで採取しに行かないといけない仕事である。
ただ、薬師ギルドも早くに集めたい状況で、城も後押しをしていることから報酬は高く、冒険者の多くが奪い合う勢いで依頼を取っている。
リベルテたちはそれを避けて、他の冒険者たちが見向きしなくなってきてしまっている依頼を受けるようにしていたのである。
それなにの森に行きたいと言い出したのはレッドが畑仕事や配送に飽きはじめてきたと言うことでしかなかった。
生活のために仕事をしているのだから、仕事の無いように不平を言うのは贅沢なものと言われてしまいそうであるが、同じことばかり続けるのは辛くなってきてしまうもので、リベルテもレッドの気持ちは理解できた。
「今の森がどのようになっているのか、見ておいた方が良い、と言うのはありますね」
採取の依頼のため、多くの冒険者たちが森になだれ込み、取れる薬草を取り尽す勢いで取ってしまっているらしい。
実際に採り尽してしまっていたら、その薬草はもう同じ場所で採取できなくなってしまう。
そうなっては薬師ギルドの未来は無くなってしまうことに等しく、薬草が無くなってしまえば怪我をすることが多い冒険者や王都などで暮らしている人々が手に入れられる薬が無くなってしまうことになるので、薬師ギルドだけでなく冒険者ギルドでも、採り過ぎないように採取数であったり、採って良い状態の取り決めなど制約をかけている。
その制約のおかげで、根こそぎ採り尽される、と言う事態は避けられていそうであるが、多くの人が出入りしていればそれだけで影響と言うのは出てしまうものである。
例えば、今までモンスターに襲われることが無かった辺りで襲われるようになったとか、今まで取れていたはずの場所に生育しなくなって、代わりに違う草が多い茂るようになっていたり、影響が出始めている。
これは人が多く動き回ることでモンスターがその活動場所を変えたり、踏みつけられたり、靴についていた種子が落ちて育ち始めたりと言う、多くの人が動き回った影響であった。
そのため、実際の森の状況を見ておかないと、他から聞いて回った情報とはまた違う状態になっていたりする可能性があったのだ。
「あ~、私もついて行っていいかな? フクフクも森の中で飛ばせてあげたいし」
マイがフクフクを胸に抱きしめながら、身を乗り出してくる。
マイもただ家に居るのに飽きてきているようだった。
早く終わると思っていた城の監視であるが、あれから三日も継続されていた。
監視のせいがあって王都から遠く離れるような依頼は受けることが出来なく、畑仕事や王都内の配送の依頼だけをこなすことになっていたのだ。
常に兵の目が向けられていて、市場に買い物に行くにもついてくるものだから、周囲の目も気になってろくに買い物もできなく、残っていた材料であり合わせの料理が続くことにもなっていたので、フクフクだけでなくマイも外で羽を伸ばしたいのだとレッドたちもわかっていた。
監視ではあったが、どちらかと言えば、アンリに接触するような関係ではないことを証明するために見張っていたようにリベルテは感じていた。
しかし、それでもずっと見張られていて、行動に自由さが奪われる時間があれ以上続いたとしたら耐えられなかったのではないかと、リベルテはレッドに目を向ける。
あのままの状況が長く続けば、レッドあたりが暴れだしそうであったし、なんだかんだでマイも黙って居なさそうだな、と思い浮かんだ所でリベルテはため息を漏らしてしまった。
リベルテが顔を上げると、森へ行くことを決めたレッドが身支度を始めていた。
マイも同じように準備をし始めたようで、マイたちの行動から外に出れることを理解したらしいフクフクが、なんだか嬉しそうに羽を広げている。
こうなっては止めようが無いとリベルテはまたため息をつくが、その顔は笑顔であった。
リベルテもまた、気晴らしをしたかったのである。
「森に入る依頼があれば良いのですけどね」
ただ森に入るのでは遊びに行くだけであり、切羽詰ってはいないがそこまで余裕があるわけでもない。
ただ働きで困るのは、そのお金で生活をする自分たちである。
何より、ここしばらく満足に買い物もできなかったため、もらった報酬で買い物をしてこないと何も無かったのだ。
リベルテは食材の在庫をひとしきり確認した後、急いで身支度を整えに部屋に戻るのだった。
レッドたちが冒険者ギルドに入ると、今日も変わらず多くの冒険者たちが出入りしている。
そんな冒険者たちの姿をリベルテは複雑そうな表情で眺めていた。
冒険者ギルドが閑散としている雰囲気は寂しくて嫌いであるのだが、冒険者が多くいて忙しなく動いていると言うのは、本来の仕事としてはどうなのだろうかと思ってしまうのだ。
リベルテたちも冒険者と言う職に就いているが、本来は職にあぶれてしまった人たちが就く職である。
冒険者が多いと言うことは、それだけ人の数と国に存在する他の仕事と職人の数が存在しないと言うことになるのだ。
それと共に、騒乱で怪我をしてそれまでの仕事を続けられなくなってしまったと言う人の表れともいえそうである。
冒険者から他の職へ就く人も存在するが、募集している仕事はまだ若い者たちを募集する。
これは改めてその仕事について意欲的に覚えていけるし、教え込む時間を持てる相手だからと言うことになり、年齢がそれなりに上になってきている人たちは冒険者として残るしかないと言うこともある。
リベルテは思わず城の方角に目を向けてしまう。
オルグラント王国の中枢である城が、まだ安定していないことが原因にあるようにも思えたからである。
城はアンリが行方をくらませたことが後を引いていた。
老宰相は前宰相が騒乱の手引きをし、養女にしたアンリは国を捨てて逃げ出したと言うことで、批判を受け、前回と違ってかなり寂しい隠居をさせられてしまったらしい。
この老宰相は前オルグラント国王の片腕として長く国を支えてきた人物なのだが、高齢になった言うことで前国王と合わせて隠居していた。
しかし、後任に指名した前宰相、国を立て直すために復帰して向かえた養女と、国に騒動を引き起こす人物ばかりを選んでしまったと言うことで、多くの貴族、そして平民区域でも老宰相を揶揄する言葉が耳にされるようになってきており、老宰相の今を思うとリベルテはやりきれなさを覚えていた。
何より、老宰相の側近であったミルドレイも影響を受けていた。
ミルドレイはあくまで老宰相とともに在り、老宰相が去るなら自分も、と考えていたのであるが、老宰相と言う後ろ盾を失ったボードウィン現宰相を支える人間が必要だと、老宰相から懇願されて城に残ることになったのである。
尊敬していた上司がこの晩節にその名誉を落とし、力ない姿で自分に頼み込んでくる姿を見ることになるのは、心苦しかったとだろうと思うのだ。
リベルテはちらっとレッドの顔を見る。
レッドと自分がそのような状況になったら、自分はどう思うのだろうと思ってしまい、リベルテは軽く頭を振る。
そんな城であるが、新しく上に立つ人たちが自分たちの立場を強めようと必死になっているそうであるが、現騎士団長がこの国から逃げ出した女性に熱を上げていたと言うことでその地位にふさわしくないと言う者たちが声を強めていて、副団長が祭り上げられているらしい。
これまで専守することを国是としてきているオルグラントであるが、守るだけことしかしてこなかったため、戦う力を失い、他国との戦争に遅れを採ったり、騒乱への対処に遅れることになったのだと言う主張が日に日に強くなっている、と城で働いているタカヒロが愚痴っていた。
その者たちの主張では、自ら敵を排除していかないと何時まで経っても平和にならないと言うもので、帝国のように他国へ侵略していくことを推奨するものなのだが、その支持者が増えてきていると言うことだった。
他国を侵略し、その土地を治めると言うことは簡単なことではない。
そう言った発言をする者たちが、どこまでこの国のことを見ているのか、疑問でならなかった。
リベルたが少し考えに耽っていた間に、レッドが採取の依頼の手続きを始めていた。
そのすぐ後に採取の依頼がなくなってしまった依頼板を見て肩を落とし、配送の依頼の手続きを始めた冒険者の姿が見えたため、レッドはかなり運が良かったと言えた。
受付を済ませて戻ってきたレッドから依頼票を確認したリベルテは、その眉を斜めに上げていく。
採取する薬草がキンセリ花となっていて、それ自体は問題なかったが、その採取数が少なすぎた。
そしてこの依頼の本題が、森の調査になっていたことに眉を上げたのである。
範囲について記載はあるものの、森の調査と言うのがとても面倒すぎる依頼だったのだ。
「あ~、言いたいことはわかるが、それしか依頼が無かったんだ。予定通り森に入れるんだから良いだろ」
レッドの言い分も理解できるものの、リベルテは上がった眉を下げられない。
調査と言うことは、あちこちを注意深く見て回らなければいけないもので、どこに何の薬草が生えていたか、何処にあるとされていたのが無くなっているのか、モンスターが縄張りとしている形跡があるのか、無くなっているのか。
状況によってはモンスターの討伐も必要であるし、モンスターによっては逃げなければ危険なこともあるのである。
そして調査であるのだから、自分たちが動き回ることで森の環境を変えてしまうわけにはいかなく、今回の依頼に関係しないものは採ってはいけないし、荒らさないように移動する際も気をつけなければいけない。
過去に、調査するのが面倒すぎたらしい冒険者が手を抜いて、ちゃんと見て回らずに変化無し、問題ないと報告をしてしばらく後に、突然モンスターに襲われたであるとか、そこで採れるはずの薬草がまったく見られなくなったと言う問題があったそうであり、ギルドも報告内容の確認に手厳しくなっている。
あまりに面倒な依頼でリベルテはまたまたため息を漏らしてしまうのだが、森に入れるとわかったマイとフクフクがとてもやる気を見せていて、リベルテがもらしたため息は深くなっていた。
調査と言うのは時間が掛かる仕事になるのだが、丁度良くタカヒロが城で泊り込みの仕事になると言っていたので家を空ける事に問題はなかった。
レッドもちゃんとそこは分かっていたらしいが、それを忘れてこの依頼を取ってきていたのであれば、リベルテは問答無用で手を出していたと自分でも理解している。
レッドはリベルテの雰囲気に気付いたのか、少し首を竦めて馬車を進めていた。
馬車は森の入り口前に止め、マイに馬車の所に残ってもらうことにする。
マイは冒険者ではないため、徒に森に入らせるわけには行かなかったのである。
マイ一人残すことに心配はあるが、フクフクが一緒であることからレッドが決断したもので、マイ自体もここに残ると言うことに気にはしていなかった。
「それでは行ってきますね。夜には戻りますから、それまでは、何かあったら大声で叫ぶなりして、助けを呼んでくださいね」
「フクフクがいるから大丈夫ですよ。それに私だって簡単にやられたりはしません」
マイが力瘤を見せる仕草をするが、なんだかそれが余計に心配になってくるリベルテ。
レッドに苦笑されながら、軽く背中を押されて森へと入っていった。
森に入ってすぐに気付くのは、やはり多くの人が出入りしていると言うこと。
近い期間で多くの人が何度も行き来したため、踏み固められて道になっていたのである。
歩きやすくなったとは言えるが、踏み固められてしまったところには、もう薬草だけでなく普通の草も生えてこなくなる。
人がこれほど動き回った後が残れば、モンスターも警戒してその行動範囲を変えてしまうことにも繋がってしまう。
「無秩序に踏み込みすぎですね」
リベルテの声に苛立ちが篭ってしまうが、レッドもそうだな、と同じ思いを口にする。
リベルテが先々と歩いていき、今日の時点で回れる範囲を回ったところで、その目線は鋭くなっていた。
しばらく森に入っていないうちに、かなり様相を変えていたからだ。
以前に森に入った時は、そこで薬草が採れたはずの場所であったのだが、今ではその陰も無くなっており、報酬に目のくらんだ冒険者が根こそぎ取ってしまったのだと思われた。
採れる場所を探すと言うのは大変なことである。
事前の情報集めを惜しんだり、遠くまで行くことに難色を示したりした結果、他の場所で見つけられないからと採ったのだと思うのだが、だからと言って許される行為ではない。
「これはひどいな……」
採取できるはずだった場所は、その薬草が採られた以外にも、気付かずに踏んで歩いたようでもあり、これではまた育っていくことは無理だろうと思われるほどで、場所によってはぽっかりと草も生えていないところが出来てしまっていた。
レッドは『神の玩具』たちのことを警戒し、この世界について何も考えていないように思ってきたが、自分たちもまたこの世界についてちゃんと考えて行動しているのか考えさせられるものだった。
レッドたちはその後もしばらく歩き続け、人が踏み固めていたと思われる道が途切れる所まで来ていた。
入り口からそれなりに奥に入っていて、この辺りまで大勢の人が動いてきていたことがわかる。
この辺りまで出入りがあったと言うことに、ギルドへの報告の大変さに、レッドたちは気が重くなる。
もっともここまで薬草の生育の様相が変わってしまったことを薬師ギルドと話をしなければいけないギルマスに比べればまだ気が楽だ、とリベルテは自分に言い聞かせるていると、レッドが手で合図してきた。
「なぁ、リベルテ。これ、どう思う?」
レッドが木の小さな傷と遠くの方で見える、途中で折れている枝を指差す。
小さな傷は何かこすったような跡であり、遠くに見えるのは、高さから人が折った枝と推測される。
「誰がここを通って、さらに奥へ……?」
リベルテは口にしながらハッとし、レッドの顔を見た。レッドも同じ考えになったようだった。
足跡はもう分からなくなっているが、踏まれたであろう草の様子から少なくとも数人が通ったもので、それも少し前くらいだと考えられた。
もう少し森に詳しい人物であれば、もっと割り出せたかもしれないが、今ここでそれを考えるのは意味が無い。
ただ、ここ最近でこの森をわざわざ抜けるように奥へ向かう用事がありそうな人物は、一人しか浮かばない。
この森を抜けていった先は、元アクネシア。つまりキスト聖国へ続いてく。
また国を巻き込んだ大きなことが起きるかもしれない。
そしてそれは間違いではないと、リベルテの勘は囁いていた。
レッドたちがここ最近受けた依頼は、配送か畑仕事ばかりであった。
貼り出される数が一番多い依頼であり、王都から大きく離れることのない仕事で、危険も少ない貯め報酬はどうしても高いものにはならない。
ギルドで今一番熱い依頼は、薬師ギルドからの薬草採取の依頼であるが、近場で採れる物はほとんど取ってしまっているため、あちらこちらから情報を集めて遠くまで採取しに行かないといけない仕事である。
ただ、薬師ギルドも早くに集めたい状況で、城も後押しをしていることから報酬は高く、冒険者の多くが奪い合う勢いで依頼を取っている。
リベルテたちはそれを避けて、他の冒険者たちが見向きしなくなってきてしまっている依頼を受けるようにしていたのである。
それなにの森に行きたいと言い出したのはレッドが畑仕事や配送に飽きはじめてきたと言うことでしかなかった。
生活のために仕事をしているのだから、仕事の無いように不平を言うのは贅沢なものと言われてしまいそうであるが、同じことばかり続けるのは辛くなってきてしまうもので、リベルテもレッドの気持ちは理解できた。
「今の森がどのようになっているのか、見ておいた方が良い、と言うのはありますね」
採取の依頼のため、多くの冒険者たちが森になだれ込み、取れる薬草を取り尽す勢いで取ってしまっているらしい。
実際に採り尽してしまっていたら、その薬草はもう同じ場所で採取できなくなってしまう。
そうなっては薬師ギルドの未来は無くなってしまうことに等しく、薬草が無くなってしまえば怪我をすることが多い冒険者や王都などで暮らしている人々が手に入れられる薬が無くなってしまうことになるので、薬師ギルドだけでなく冒険者ギルドでも、採り過ぎないように採取数であったり、採って良い状態の取り決めなど制約をかけている。
その制約のおかげで、根こそぎ採り尽される、と言う事態は避けられていそうであるが、多くの人が出入りしていればそれだけで影響と言うのは出てしまうものである。
例えば、今までモンスターに襲われることが無かった辺りで襲われるようになったとか、今まで取れていたはずの場所に生育しなくなって、代わりに違う草が多い茂るようになっていたり、影響が出始めている。
これは人が多く動き回ることでモンスターがその活動場所を変えたり、踏みつけられたり、靴についていた種子が落ちて育ち始めたりと言う、多くの人が動き回った影響であった。
そのため、実際の森の状況を見ておかないと、他から聞いて回った情報とはまた違う状態になっていたりする可能性があったのだ。
「あ~、私もついて行っていいかな? フクフクも森の中で飛ばせてあげたいし」
マイがフクフクを胸に抱きしめながら、身を乗り出してくる。
マイもただ家に居るのに飽きてきているようだった。
早く終わると思っていた城の監視であるが、あれから三日も継続されていた。
監視のせいがあって王都から遠く離れるような依頼は受けることが出来なく、畑仕事や王都内の配送の依頼だけをこなすことになっていたのだ。
常に兵の目が向けられていて、市場に買い物に行くにもついてくるものだから、周囲の目も気になってろくに買い物もできなく、残っていた材料であり合わせの料理が続くことにもなっていたので、フクフクだけでなくマイも外で羽を伸ばしたいのだとレッドたちもわかっていた。
監視ではあったが、どちらかと言えば、アンリに接触するような関係ではないことを証明するために見張っていたようにリベルテは感じていた。
しかし、それでもずっと見張られていて、行動に自由さが奪われる時間があれ以上続いたとしたら耐えられなかったのではないかと、リベルテはレッドに目を向ける。
あのままの状況が長く続けば、レッドあたりが暴れだしそうであったし、なんだかんだでマイも黙って居なさそうだな、と思い浮かんだ所でリベルテはため息を漏らしてしまった。
リベルテが顔を上げると、森へ行くことを決めたレッドが身支度を始めていた。
マイも同じように準備をし始めたようで、マイたちの行動から外に出れることを理解したらしいフクフクが、なんだか嬉しそうに羽を広げている。
こうなっては止めようが無いとリベルテはまたため息をつくが、その顔は笑顔であった。
リベルテもまた、気晴らしをしたかったのである。
「森に入る依頼があれば良いのですけどね」
ただ森に入るのでは遊びに行くだけであり、切羽詰ってはいないがそこまで余裕があるわけでもない。
ただ働きで困るのは、そのお金で生活をする自分たちである。
何より、ここしばらく満足に買い物もできなかったため、もらった報酬で買い物をしてこないと何も無かったのだ。
リベルテは食材の在庫をひとしきり確認した後、急いで身支度を整えに部屋に戻るのだった。
レッドたちが冒険者ギルドに入ると、今日も変わらず多くの冒険者たちが出入りしている。
そんな冒険者たちの姿をリベルテは複雑そうな表情で眺めていた。
冒険者ギルドが閑散としている雰囲気は寂しくて嫌いであるのだが、冒険者が多くいて忙しなく動いていると言うのは、本来の仕事としてはどうなのだろうかと思ってしまうのだ。
リベルテたちも冒険者と言う職に就いているが、本来は職にあぶれてしまった人たちが就く職である。
冒険者が多いと言うことは、それだけ人の数と国に存在する他の仕事と職人の数が存在しないと言うことになるのだ。
それと共に、騒乱で怪我をしてそれまでの仕事を続けられなくなってしまったと言う人の表れともいえそうである。
冒険者から他の職へ就く人も存在するが、募集している仕事はまだ若い者たちを募集する。
これは改めてその仕事について意欲的に覚えていけるし、教え込む時間を持てる相手だからと言うことになり、年齢がそれなりに上になってきている人たちは冒険者として残るしかないと言うこともある。
リベルテは思わず城の方角に目を向けてしまう。
オルグラント王国の中枢である城が、まだ安定していないことが原因にあるようにも思えたからである。
城はアンリが行方をくらませたことが後を引いていた。
老宰相は前宰相が騒乱の手引きをし、養女にしたアンリは国を捨てて逃げ出したと言うことで、批判を受け、前回と違ってかなり寂しい隠居をさせられてしまったらしい。
この老宰相は前オルグラント国王の片腕として長く国を支えてきた人物なのだが、高齢になった言うことで前国王と合わせて隠居していた。
しかし、後任に指名した前宰相、国を立て直すために復帰して向かえた養女と、国に騒動を引き起こす人物ばかりを選んでしまったと言うことで、多くの貴族、そして平民区域でも老宰相を揶揄する言葉が耳にされるようになってきており、老宰相の今を思うとリベルテはやりきれなさを覚えていた。
何より、老宰相の側近であったミルドレイも影響を受けていた。
ミルドレイはあくまで老宰相とともに在り、老宰相が去るなら自分も、と考えていたのであるが、老宰相と言う後ろ盾を失ったボードウィン現宰相を支える人間が必要だと、老宰相から懇願されて城に残ることになったのである。
尊敬していた上司がこの晩節にその名誉を落とし、力ない姿で自分に頼み込んでくる姿を見ることになるのは、心苦しかったとだろうと思うのだ。
リベルテはちらっとレッドの顔を見る。
レッドと自分がそのような状況になったら、自分はどう思うのだろうと思ってしまい、リベルテは軽く頭を振る。
そんな城であるが、新しく上に立つ人たちが自分たちの立場を強めようと必死になっているそうであるが、現騎士団長がこの国から逃げ出した女性に熱を上げていたと言うことでその地位にふさわしくないと言う者たちが声を強めていて、副団長が祭り上げられているらしい。
これまで専守することを国是としてきているオルグラントであるが、守るだけことしかしてこなかったため、戦う力を失い、他国との戦争に遅れを採ったり、騒乱への対処に遅れることになったのだと言う主張が日に日に強くなっている、と城で働いているタカヒロが愚痴っていた。
その者たちの主張では、自ら敵を排除していかないと何時まで経っても平和にならないと言うもので、帝国のように他国へ侵略していくことを推奨するものなのだが、その支持者が増えてきていると言うことだった。
他国を侵略し、その土地を治めると言うことは簡単なことではない。
そう言った発言をする者たちが、どこまでこの国のことを見ているのか、疑問でならなかった。
リベルたが少し考えに耽っていた間に、レッドが採取の依頼の手続きを始めていた。
そのすぐ後に採取の依頼がなくなってしまった依頼板を見て肩を落とし、配送の依頼の手続きを始めた冒険者の姿が見えたため、レッドはかなり運が良かったと言えた。
受付を済ませて戻ってきたレッドから依頼票を確認したリベルテは、その眉を斜めに上げていく。
採取する薬草がキンセリ花となっていて、それ自体は問題なかったが、その採取数が少なすぎた。
そしてこの依頼の本題が、森の調査になっていたことに眉を上げたのである。
範囲について記載はあるものの、森の調査と言うのがとても面倒すぎる依頼だったのだ。
「あ~、言いたいことはわかるが、それしか依頼が無かったんだ。予定通り森に入れるんだから良いだろ」
レッドの言い分も理解できるものの、リベルテは上がった眉を下げられない。
調査と言うことは、あちこちを注意深く見て回らなければいけないもので、どこに何の薬草が生えていたか、何処にあるとされていたのが無くなっているのか、モンスターが縄張りとしている形跡があるのか、無くなっているのか。
状況によってはモンスターの討伐も必要であるし、モンスターによっては逃げなければ危険なこともあるのである。
そして調査であるのだから、自分たちが動き回ることで森の環境を変えてしまうわけにはいかなく、今回の依頼に関係しないものは採ってはいけないし、荒らさないように移動する際も気をつけなければいけない。
過去に、調査するのが面倒すぎたらしい冒険者が手を抜いて、ちゃんと見て回らずに変化無し、問題ないと報告をしてしばらく後に、突然モンスターに襲われたであるとか、そこで採れるはずの薬草がまったく見られなくなったと言う問題があったそうであり、ギルドも報告内容の確認に手厳しくなっている。
あまりに面倒な依頼でリベルテはまたまたため息を漏らしてしまうのだが、森に入れるとわかったマイとフクフクがとてもやる気を見せていて、リベルテがもらしたため息は深くなっていた。
調査と言うのは時間が掛かる仕事になるのだが、丁度良くタカヒロが城で泊り込みの仕事になると言っていたので家を空ける事に問題はなかった。
レッドもちゃんとそこは分かっていたらしいが、それを忘れてこの依頼を取ってきていたのであれば、リベルテは問答無用で手を出していたと自分でも理解している。
レッドはリベルテの雰囲気に気付いたのか、少し首を竦めて馬車を進めていた。
馬車は森の入り口前に止め、マイに馬車の所に残ってもらうことにする。
マイは冒険者ではないため、徒に森に入らせるわけには行かなかったのである。
マイ一人残すことに心配はあるが、フクフクが一緒であることからレッドが決断したもので、マイ自体もここに残ると言うことに気にはしていなかった。
「それでは行ってきますね。夜には戻りますから、それまでは、何かあったら大声で叫ぶなりして、助けを呼んでくださいね」
「フクフクがいるから大丈夫ですよ。それに私だって簡単にやられたりはしません」
マイが力瘤を見せる仕草をするが、なんだかそれが余計に心配になってくるリベルテ。
レッドに苦笑されながら、軽く背中を押されて森へと入っていった。
森に入ってすぐに気付くのは、やはり多くの人が出入りしていると言うこと。
近い期間で多くの人が何度も行き来したため、踏み固められて道になっていたのである。
歩きやすくなったとは言えるが、踏み固められてしまったところには、もう薬草だけでなく普通の草も生えてこなくなる。
人がこれほど動き回った後が残れば、モンスターも警戒してその行動範囲を変えてしまうことにも繋がってしまう。
「無秩序に踏み込みすぎですね」
リベルテの声に苛立ちが篭ってしまうが、レッドもそうだな、と同じ思いを口にする。
リベルテが先々と歩いていき、今日の時点で回れる範囲を回ったところで、その目線は鋭くなっていた。
しばらく森に入っていないうちに、かなり様相を変えていたからだ。
以前に森に入った時は、そこで薬草が採れたはずの場所であったのだが、今ではその陰も無くなっており、報酬に目のくらんだ冒険者が根こそぎ取ってしまったのだと思われた。
採れる場所を探すと言うのは大変なことである。
事前の情報集めを惜しんだり、遠くまで行くことに難色を示したりした結果、他の場所で見つけられないからと採ったのだと思うのだが、だからと言って許される行為ではない。
「これはひどいな……」
採取できるはずだった場所は、その薬草が採られた以外にも、気付かずに踏んで歩いたようでもあり、これではまた育っていくことは無理だろうと思われるほどで、場所によってはぽっかりと草も生えていないところが出来てしまっていた。
レッドは『神の玩具』たちのことを警戒し、この世界について何も考えていないように思ってきたが、自分たちもまたこの世界についてちゃんと考えて行動しているのか考えさせられるものだった。
レッドたちはその後もしばらく歩き続け、人が踏み固めていたと思われる道が途切れる所まで来ていた。
入り口からそれなりに奥に入っていて、この辺りまで大勢の人が動いてきていたことがわかる。
この辺りまで出入りがあったと言うことに、ギルドへの報告の大変さに、レッドたちは気が重くなる。
もっともここまで薬草の生育の様相が変わってしまったことを薬師ギルドと話をしなければいけないギルマスに比べればまだ気が楽だ、とリベルテは自分に言い聞かせるていると、レッドが手で合図してきた。
「なぁ、リベルテ。これ、どう思う?」
レッドが木の小さな傷と遠くの方で見える、途中で折れている枝を指差す。
小さな傷は何かこすったような跡であり、遠くに見えるのは、高さから人が折った枝と推測される。
「誰がここを通って、さらに奥へ……?」
リベルテは口にしながらハッとし、レッドの顔を見た。レッドも同じ考えになったようだった。
足跡はもう分からなくなっているが、踏まれたであろう草の様子から少なくとも数人が通ったもので、それも少し前くらいだと考えられた。
もう少し森に詳しい人物であれば、もっと割り出せたかもしれないが、今ここでそれを考えるのは意味が無い。
ただ、ここ最近でこの森をわざわざ抜けるように奥へ向かう用事がありそうな人物は、一人しか浮かばない。
この森を抜けていった先は、元アクネシア。つまりキスト聖国へ続いてく。
また国を巻き込んだ大きなことが起きるかもしれない。
そしてそれは間違いではないと、リベルテの勘は囁いていた。
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ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。
「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。
現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。
ゆっくり更新です。はじめての投稿です。
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