上 下
177 / 214

177

しおりを挟む
モレクの町にたどり着いたレッドたちは、倒れこむようにして宿に一泊した。
レッドたちはハーバランドを離れきった頃に賊から襲撃を受けた。
相手があの人数だけである保証は無いし、なによりハーバランドを離れきったところから狙ってきたのだ、この先の道中も安全とは言い切れなかった。
そのため、途中の野営時間を可能な限り減らして行軍し、その短い野営時間にも警戒を怠ることなく続ける行程となったのだ。
モレクまでそこまで遠くなかったことから緊迫した時間は一日だけで済んだのだが、精神的にかなり疲れさせていて、その疲れっぷりを示すように、マイにしては珍しく味わうでもなく、ただお腹を満たすだけのように手早く食事を取ってベッドに倒れこむほどであった。

「寝すぎたよなぁ」
モレクには明け方に着いたこともあって、レッドたちが目を覚ましたのは、すっかりと陽の暮れた夜になっていた。
疲れていたから休みたいと言う事はあったのだが、手持ちのお金にそこまで余裕が無いことと、またここモレクで王都に帰るまでの準備をしたいこともあって、あくまで昼過ぎくらいまでの仮眠のつもりだったのだ。
起きたレッドたちは急いで酒場に向かう。
宿の食事処はすでに火を落としてしまっているらしく、食事を取るには酒場にいくしかなくなっていたためだ。

「うあ~……、なんかまだ眠いです……」
「本当ならいろいろと準備して、王都に向かう予定だったんですよねぇ。もう今日はこのまま一泊しませんか?」
タカヒロが目をしぱしぱさせながら椅子にもたれかかり、マイは口元を手で画していた。
人の体はある程度の無茶が効き易い。
そして、その無茶から起きる問題があっても、顕著に問題が起きるまでわかりにくいことものである。
短時間だけとは言え、疲労した上で昼夜を逆転させたので普段より頭がしっかりと働かなくなっていたり、体も体も食欲を落としてしまい、十分な食事を必要であるのに欲すれなくなったりしてしまい、いざ仕事を始めた時、判断が遅れたり、体が普段どおりに動かなかった、と言うことがありえてしまうのだ。
さすがに大げさに言ったもので、通常であれば目に見えて大きく不調さを表すものではないのだが、小さなことでも危険がある仕事であれば致命的な事柄に繋がりかねないのである。

「動くにしても、お店はほとんどしまっていますからねぇ。今日のところは割り切るしかありませんね」
リベルテはタカヒロたちに比べると普段と変わらないように見えるが、レッドはタカヒロたちと変わらない様子で、少し眠そうにしていた。
「しばらく、こういうのやってなかったから、体が追いつかなくなってるな……」
毒を受けてしばらく、寝たきりの生活を送っていたため、ある意味、規則正しいと言えば正しい生活だったのである。
それから強行軍に近い行程をいきなりやったものだから、体が不規則な寝起きに追いつかなくなっていたらしく、レッドは眠気を払うように肩を動かしたり、首を動かしたりし始める。
「軽く食べて、もう一眠りしましょうか。起きたら最低限揃えて、すぐ移動しましょう」

先ほどまで寝ていたのに、またすぐ寝るのは難しいだろうと、レッドはお酒も注文する。
賊から逃げている時に言っていたことは冗談ではなかったらしく、タカヒロの奢りとして注文され、タカヒロも自分も飲んでやる、と自棄のように飲み始めていた。
「それにしても、あそこで賊に襲われるだなんて思いませんでしたねぇ」
マイがゆっくりとパンをかじりつつ、昨日のことを振り返るのだが、レッドとリベルテは少し眉を寄せていた。
「ハーバランドから離れて、人通りが少なくなってから仕掛けてきたってのは、狙ってるよな?」
「ええ……。おそらくは……なんでしょうね」
リベルテが相手を伏せるように言い、レッドは理解しているように頷く。
二人の話についていけていないマイは、それを隠すようにサラダをしゃぐしゃぐと音を立てて咀嚼する。

「え? それって、相手は伯しゃ」
タカヒロが口にしようとして、リベルテに止められる。
「確証はありませんから、ただの推測でしかありません。あの場所で襲ってきたと言うことから考えられる、と言うだけです。迂闊に口にすると、それでこちらが罪に問われてしまうかもしれません」
タカヒロがコクコクと首を振って押し黙る。
相手が本当にそうだとしても、確証がなければ誹謗や中傷となる。
相手が名誉を重んじる貴族であれば、侮辱されたとして、その権力によってこちらが処罰されてもおかしくないと言うことを説明され、タカヒロは顔色を悪くしていた。
「一人逃したのはダメだったかもしれないな」
「ですが、逃がさないように戦える状況ではありませんでしたし、本当にあれしかいなかったのかもわかりません。逃げ延びられただけで、良かったとするべきでしょう」
「まぁ、捕まえられたかどうかも怪しいな」
ファルケン伯の手の者とすれば、タカヒロは魔法研究所の所属であることを伝えて面会していたはずなので、それでも襲ってきたと言うことは、魔法を使われても勝てると考えていた手錬と言うことになる。
あそこで止まって迎撃に出た方が危なかったかもしれないのだ。

「今後も襲われるか?」
「相手の目的がどこまでかわからないと、なんとも……。さすがに王都まで襲ってくることはないと思いますが……」
レッドの酒を飲むペースが落ちる。
深酒をして動けなくなってしまうことを警戒しはじめたのである。

「それにしても、あの賊の狙いってなんだったんでしょうね? 私たちの馬車って荷物をそんなに積んで無かったですし、お金も持ってそうな感じではなかったですよね?」
サラダを食べ終わったマイが会話に参加しなおしてくる。
それでも手は次の料理、スープに手を伸ばしている。
「考えた通りの相手なら……、一番の狙いはタカヒロさん、なんでしょうね」
タカヒロがなんで? という顔になる。
喋らないようにしている分、表情で表しているようだった。
「わざわざ魔法研究所の人間が確認に来た、と言うことが邪魔だったのかもしれません。知られては困ることなどあったのかもしれませんし」
「いやいやいや。普通に話をして問題なく終わりましたって。相手もちゃんと話をしてくれましたし」
さすがにタカヒロ自身が何かやらかしたのではないかと言う雰囲気に黙っていられなくなったようで、タカヒロは自己弁護を始める。
タカヒロがまずい質問をしただとか、見てはいけないものを見てきたということは無いはずだったのだ。
しかし、リベルテの反応は冷たいものだった。
「どうでしょうねぇ? 邪魔に思ったからと言うだけで十分なところかもしれません」
「それだけで!?」
権力を持っている人ほど、自身の邪魔になる相手を排除することに躊躇いを覚えない。
排除できるだけの力を持っているのだから、自分の地位や名声などを守ることに固執する。
貴族のように名誉を重んじる人たちであればなおのことだと言うリベルテに、タカヒロはまた押し黙るしかなかった。
位を持つ人間関係の面倒さと厄介さと危うさに、今更ながらに打ちのめされたのだ。

「道中でやってしまえば、魔物にやられただとか、今ならキストの残党や侵入者にやられただとか、隠すことが出来てしまいますからね。王都に戻るまで危険かもしれません」
ハーバランドから離れきってからだったのは、少しでもハーバランドよりだと、その領地を預かる貴族としての統治力を疑われるかもしれなくなることを恐れたのかもしれなかった。
「だが、道は一本だぞ? 迂回する道ってほどの道はない。先回りされてたら難しいな」
「封鎖となると、それこそ他の目撃者が出てきてしまうはずですから、奇襲、でしょうか?」
レッドたちがこの後の道程について話をし始める。
襲われるのが一回きりとは言い切れない。
ただの賊だったのなら、襲撃された場所から離れてしまえば、逃げ切れたと考えてよいが、レッドたちを襲ってきたのはただの賊ではないと考えられるのだ。
ただの賊であったのなら、あの人数で仕掛けてきたのは少なすぎだし、獲物を襲ってその財を奪うことを目的とするのだから、先に行く手を遮るように動いてくるはずである。
先日の相手は、こちらを殺すことを重視していたもので、まだ危険があると考えなければいけないのだ。

ここまで聞いて、タカヒロが大きくため息をこぼす。
「人の良さそうなおじさんだったんだけどなぁ」
レッドがフッと皮肉そうに笑う。
「そういうやつの方が、何を考えているかわからないもんだ。一番怖い生き物ってのは人間だと俺は思うぞ」
人間ほど悪意を持ち、そのために罠を仕掛けたり、相手を蹴落とすことを考え、実行する生き物は存在しない。
笑ったまま平気で相手を傷つけることが出来るのも人間だけなのである。

「ごちそうさま」
軽く食事を終えて、レッドたちはまた寝に戻る。
酒は飲みつつ、軽くお腹に入れた程度で、それなりに食べたのはマイだけだった。
しかし、そのマイにしては珍しく、食事を残していることにレッドたちは気付いていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】結婚してから三年…私は使用人扱いされました。

仰木 あん
恋愛
子爵令嬢のジュリエッタ。 彼女には兄弟がおらず、伯爵家の次男、アルフレッドと結婚して幸せに暮らしていた。 しかし、結婚から二年して、ジュリエッタの父、オリビエが亡くなると、アルフレッドは段々と本性を表して、浮気を繰り返すようになる…… そんなところから始まるお話。 フィクションです。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

処理中です...