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いつまでも続く冬は無いもので、降り積もった雪は徐々に解け始め、外の気温もうっすらと寒さが和らいできているようだった。
体を拭いてすっかりと冷え切った元お湯を裏手に撒き捨て、急いで家の中に入る。
「……っはぁ~。やっぱりまだまだ寒いな」
レッドは暖炉の側にしゃがみこみ、腕の辺りをさすりながら体を温めていく。
そっと顔の横に湯気の昇るコップが差し出される。
「はい、どうぞ」
リベルテが手渡してくれた白湯が入ったコップをレッドはありがたく受け取り、縁に口をつけて、思いのほかの熱さに慌てて口元から放した。
「熱いですから、ゆっくりと冷まして飲んでくださいね」
「……言うのが遅いのは、わざとか?」
レッドが苦笑するように言えば、リベルテも笑顔で、お互いに小さく笑った。

レッドの体もだいぶ改善されてきている。
まだ以前ほどの働きはできないが、冒険者としてまた仕事を始めたことで、生活にも余裕を持てるようになってきたことも大きかった。
いままでの、ただ世話になっている、迷惑をかけている、と言う状況から抜け出せたことで、気が楽になったのもあるし、レッドの稼ぎも入るため、生活に使えるお金が増えて、よりゆっくりと出来る時間が出来てきたのだ。
今のように、穏やかな時間を過ごせる日が増えてきていたのである。

「春は、そう遠くありませんね」
リベルテが花を散らし、すべての蕾が無くなった雪前花を目にしてつぶやく。
レッドは何度も息を吹きかけながら、火傷しない程度まで冷ました白湯を口にして、ほぅっと息を吐いて、窓の外に目を向ける。
「いろいろと、どうなるかねぇ……」
「マイさんは、またここを離れてしまうのでしょうか?」
「仕事だからな。こっから通ってくれるなら別だが、それも難しいだろうな。……なんかこう、もうあいつらが仲間と言うか、なんと言うか……。居なくなると、寂しい気がするな」
「……えぇ、そうですねぇ……」

「なぁ、そう言えば外が騒がしいのは、なんでか知ってるか?」
しんみりとした空気を換えるようにレッドが、話題を振る。
「え? あぁ。お城からまた発表があったそうですよ」
「何かあったのか?」
レッドが立ち上がって、リベルテに詰め寄る。
「大丈夫ですよ。悪い話ではありませんから」
リベルテがレッドの焦りようを見て、小さく笑う。
「むしろ、おめでたい話を一気にと言う話ですよ」
少し前に新しい宰相と騎士団長、そして宰相の養女を披露した後で、また発表があったと言うことで、何か良くない動きがあったのかと、レッドは考えてしまったのだ。
リベルテの言葉にばつが悪そうにするレッド。
椅子に座りなおしてコップをお湯を呷って、勢いをつけ過ぎて咽てしまった。
リベルテはそんなレッドを見ながら、近くの椅子に腰を下ろすのだった。

「三名の方の婚約が発表されたのですよ。王と新しい騎士団長と、新しい宰相です」
「王が婚約って!? ……それは大きな話じゃないか。相手は?」
リベルテがお湯を一口飲んで、コップをコトリとテーブルに置く。
「グーリンデ王国のお姫様だそうです。はっきりと帝国と敵対する事態になり、オルグラント王国と同盟を結ぶに至りましたから。グーリンデも、オルグラントとの険悪さを少しでも払拭して、帝国に備えたいと言う考えから進められた話でしょうね。ここ数年の間で、オルグラントもいろいろと被害を受けましたから、城も喜んでそのお話を受けられたそうですよ」

グーリンデ王国とアクネシア王国とは、長いこと争いを続けてきていた。
帝国が軍を動かすにあたって、オルグラント、グーリンデ、アクネシアの三国は手を結んで対抗しようとしたのだが、アクネシアの思惑からオルグラント、グーリンデ、帝国はともに大きな被害を受けることとなったのである。
今となっては、アクネシアがどのような思惑からだったのかはわからないが、三国に被害を出せるほどの強力な力をアクネシアも持ったと言う事であり、グーリンデは長年の敵であったオルグラントと手を結ぶことになったのだ。
今では、商会の馬車が行き来するようになっており、お互いの国の品や文化などが入ってくるようになっていて、少しずつお互いの国に対しての険悪さは薄れてきているようで、ずっと敵国としての話を根深く刷り込まれている人たちを除いて、友好的な関係に改善されてきていた。

そして、アクネシアが滅んでキスト聖国と国境を隣接することになり、オルグラント王国は、キストの手引きで起こされた騒乱でキスト聖国と敵対することになった。
国を守っていくためには敵は少ない方が良いのは当然で、帝国もまだ軍事行動を諦めたわけではないため、グーリンデとの関係強化は強く望まれていたのだ。
だからこそ、この婚約はオルグラント、グーリンデ双方の人々からも歓迎され、大いに賑わいを見せていた。

「……そうか。これで戦う相手が一国でも減ったと言えるな。ありがたいことだ」
「国同士ですから、結婚されたからと油断できる話ではないのですすけど……、信じたいですね」
まだ婚約が発表されただけであり、婚姻したわけでは無い。
今ならいつでも、撤回して敵対されないとも言えないのだ。
だが、戦争が続き、多くの人を失ってきた人々は、これ以上の戦禍は望んでいない。
結婚したわけではないのでまだ気の早い話なのだが、オルグラントの王都では、グーリンデの品があちこちで取引され、酒を飲んで騒いでいる人たちが大勢いるようだった。

「そういや、他の方々の話は?」
「お披露目された新しい騎士団長が、先任の騎士団長のご息女と婚約されました。これは立場の強化、そして騎士団長と言う立ち位置を、はっきりとさせる狙いでしょうね」
レッドと近いかそれより若いくらいの男性が騎士団長に就任すると言うことで、その年齢から甘く見られやすいのだ。
上に立つ者の立場が強くなければ、いざと言うときに命令を聞かないとか、勝手な行動に走るなど問題が起きる可能性があるのだ。
そうさせないためにも、強力な後ろ盾が必要となる。
同じ軍の中に身を置いていれば、軍の中で強い影響力を持つ人を後ろにつければ良いのであり、新しい騎士団長にとって、その後ろ盾が先任の騎士団長の身内となることであったのだ。
だからこそ、騎士団長の婚約については、誰しもが納得して当然だと受け止めていた。

「そこは順当な話だな。後の宰相も同じ話だろ? となると、またここしばらく、タカヒロが雑用で忙しいって、愚痴って回る日々になりそうだな」
「愚痴を言えるだけ安心しますけどね。何も言えなくなって、寝て起きて仕事に行くだけ。そんな心を無くしてしまったかのような人の話を、聞いたことがありますし……」
「それは……、怖いと言うか、ふと消えてしまいそうで、心配になるな」
だいぶ温くなった白湯をグイッと一気に流し込み、テーブルにコンッと置く。

「あ! タカヒロさんは、もっと大変かもしれません」
「なんだよ? 急に……」
突然上げたリベルテの声に、レッドはピクッと動いてリベルテの顔を見た。
「あぁ、新しい宰相のお相手が……、アンリさんのようなんです」
レッドは少し固まった後、内容を理解して頭を抱え込む。
アンリが老宰相の養女になったのはこのためであったと、理解したからである。

彼女は自由に未来が分かると言う力ではないが、それでも未来が分かる力を持っているらしいのだ。
これから帝国やキストと戦うことになるのだから、国は傷ついた内政に力を注ぎ、国力を上げなければいけない。
この状況下であれば、アンリのある程度の未来が分かると言う力は強力な力となる。
相手が何を仕掛けてくるか、何時ごろ動いてくるのかが分かれば、それに備えることが出来るのだ。
また、アンリはその力だけではなく、ファルケン伯爵領の野菜の改良であったり、農作について意見を述べたりしていた実績があり、内政への手腕も期待出来る。
国にとって、新しい宰相にとって、これほど手元に確保しておきたい人材は無いだろう。

しかし、いくら強い力を持っているからと言っても、突然現れた人間を重要な役職に就けられるものではない。
城のそう言った役職に就くには多くの根回しなど必要なものが多いのだ。
それに、先ほどの騎士団長と同じで、新しい宰相も他から誹られないために、強力な後ろ盾が必要な年齢であり、アンリの確保と新しい宰相の立場の強化のために、アンリを老宰相の身内として新しい宰相と婚約させるのが、妥当な動きだと理解は出来るのだ。

だが、アンリは『神の玩具』なのだ。
過ぎた力を持っている存在で、人は強すぎる力を持っていると、それに溺れてしまいやすいものである。
それは先の騒乱で力を振るっていたソータたちがそうであったし、それ以前から王都に姿を現した者たちも、この国の過去に居たであろう者たちも同じだった。
力に溺れて、その力を当然なものと振る舞い、自分自身の欲のために動き、そして力を失って消えていった。
国のために、より良い未来のためにと動いてくれるようには思えなかったのだ。

「……タカヒロが戻ってきたら、城の様子聞いてみたいな」
「伺っても、私たちに出来ることなんて、もう無いのですけどねぇ」
ただの冒険者であれば、城に入れるわけが無い。
それに城に対してまだ伝手は残ってはいるが、その人も本来ならもう引退されていて、伝手は無くなっているはずだった。
ただ、城の人手不足のため、一時的に城に戻られているだけに過ぎない。
簡単に何かを依頼出来るつながりは無くなっていた。

「春はまだ先だな……」
「……春に婚姻されるんですけどね」
お互いに無言となって、窓の外を見る。
待ち遠しくも、心が乗らない春を見ていた。
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