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久方ぶりに、王都に雪が降り積もる日となった。
数日前から雪前花が咲いていたことで、雪が降るくらい寒くなるだろうことはわかっていたが、それでも寒いものは寒く、リベルテは幾重にも毛布に包まり部屋から出てこなかった。
最近まで、寒い季節であるにもかかわらず、早くから起きて活動していたリベルテを見てこなかったため、これまで通りリベルテらしさに、レッドは微笑ましく思えてしまう。
「家が暖まるまでは、しばらくかかるな……。やってもらってばかりだったから、久しぶりに俺が作るか」
いつもリベルテが楽しそうにご飯を作ってくれるため、任せてしまうことが多いが、レッドも料理が出来ないわけではない。
料理が出来ないと、数日遠出する依頼があった場合、道中の食事は干し肉などをかじるしか無くなってしまう。
数日間、ずっと保存食を食べ続けるのは、お腹が満たされるとしても、気分が滅入ってきてしまうもので、そうならないためには自分で料理できるようにならないといけないのだ。
そのため、数日も遠出する依頼は人気が無かったのだが、状態を保てる魔道具が普及することで旅の食事事情も変わるかもしれなく、多くの人たちから一日も早く、そして可能な限りの安さでの普及が望まれている。
「干し肉もまずくはないんだが、道中ずっとはなぁ……。さすがに飽きる」
昔を思い返しながら、レッドは竈の火を熾し、水を張った鍋をかざす。
「さすがに、リベルテほどの技量はないからな……。簡単なもので許してもらおう。起きてすぐ食えるものが出来てるだけありがたく思え、ってな」
カロタの皮を剥き、トン、トンと切っていく。
多少大きさがまばらであるのは、元々の技量が高くないと言うのもあるが、頭で思い描いている通りに手がまだ動ききっていないことが理由である。
レッドの体は、騒乱前に比べれば、訓練を続けてきているとは言え、まだまだ戻りきっていないのだ。
ディアの干し肉を、先ほどのカロタと同じくらいの大きさに切っていき、少しだけ余った端を口に含む。
つまみ食いは料理している者の特権である。
「お、これはなかなか塩気が強めだな」
ついでだとパタタの皮を剥いて切っていくと、お湯が沸いてくる。
カロタを先に投入して、塩と香草を用意して、ナイフを片付ける。
パタタも入れて煮立てている間に、パンの入ったバスケットをテーブルに置きに行く。
多少無駄に動き回るようにしているのは、訓練を兼ねてである。
竈に戻ってきたら干し肉を入れて、塩と香草で味を調えていく。
かなり大雑把に作っているのもあって、リベルテが作るご飯に比べれば深みは無いし、少し塩気が強目のスープとなった。
暖炉の熱がゆっくりと家中に回り始めてきたからか、動き出し始める人の音が聞こえてくる。
「……おはよう、ございます」
最初にやってきたのはタカヒロで、リベルテではなくレッドが居たことに驚いた様子をみせる。
しかし、雪が降っていることを理解して、すぐにレッドに手伝いを申し出てた。
タカヒロの方が料理が出来ることを知っているので、レッドはスープの仕上げを任せることにする。
「あ~、これはこれでいいんじゃないですか? こっから変えるって言うのも」
味身をして、考える素振りを見せたタカヒロが感想を口にしながらも、トートを取り出して、潰し始める。
何個か潰した後、それに塩と香草で味を調えて、それをスープに混ぜ合わせた。
「おぁようございますぅ~」
まだ眠そうにしながら起きてきたマイが、意識がはっきりとしていなさそうにも関わらず、流れるような動きで席につく。
何度か見たことはあるが、それでもマイの無駄のない動きを見てしまう度に、目を見張ってしまう。
普段のマイからすれば結びつかない動きで、しかもこの動作を見せるのが食事のときだけなのだ。
レッドがついタカヒロに目を向けてしまえば、タカヒロも同じような反応をしていて、レッドの方を向いていた。
二人で見合った後、苦笑を漏らしかなかった。
「んじゃ、リベルテを起こしてくる。準備頼むわ」
「はいはい。もうよそっておきますよ」
レッドは壁に手をつかずともすんなりと歩けるようになっている。
それでも、以前に比べればだいぶゆっくりとした足運びでしかなかった。
ほんの少しだけ時間がかかってリベルテの部屋の前に着くと、リベルテがちょうど戸を開けて出てくる。
若干慌てているようで、髪の毛が少し跳ねていた。
「あ、レッド。すみません。早くに起きれなくて。すぐに準備します」
レッドの横を急いで通り過ぎようとするリベルテの腕を、レッドは引き止める。
「もう準備出来ている。いつも世話になってるからな。たまにはリベルテがゆっくりする日があっていいだろ」
「……ありがとうございます」
リベルテは立ち止まってゆっくりと髪を整える。
急いでいたために整え切れなかった髪に気づいて、落ち着いたら、それが恥ずかしかったらしい。
レッドはリベルテの肩に掛かった髪を掬うようにして払う。
「行こうか」
レッドは向きを変えて、リビングへと足を進めていく。
その後をリベルテは機嫌よくついていくのだった。
二人がリビングへ入ると、すでにマイが待ちきれない様子で待っていた。
「早く席についてください。アレが待ちきれないようなので……」
タカヒロも配膳が終わっていたようで、席について申し訳無さそうにレッドたちを促す。
「待たせてしまって、ごめんなさいね」
リベルテが遅くなったことを詫びて席につくと、マイが手を合わせてすぐパンに手を伸ばした。
パンを一口かじった後、すぐにスープを一口飲んでからパンを浸す。
そして、汁を吸って柔らかくなったパンを、大きく口を開けて放り込んだ。
「んん~。トートの酸味と塩気で、朝から元気になれそうだよ」
「……何を食べても、朝ならそんな感じだよ。おまえさんは」
「でも、美味しいですよ、これ。タカヒロさんが作ったんですか?」
「いや? ほとんどレッドさんが作ってて、最後にちょっとだけ手を加えさせてもらっただけですよ」
リベルテとマイの目がレッドに向く。
旅の時にレッドが料理をしたことがあったのだが、王都に居る限りではほとんどリベルテが作っていたため、マイは信じられないとでもいう様な目を向けていた。
「たまたま俺が早かっただけだ。タカヒロが早かったら、タカヒロが作っただろうさ」
珍しいものを見た、という目を向けられるのは、そんなに気分の良いものではないし、そんな褒められるほどの料理をしたわけではないので、気恥ずかしさが勝る。
レッドは皆からの視線から逃げるように、横を向いてパンをかじりだす。
皆の顔は見えなくなったが、なんとなくリベルテたちが微笑ましそうにしているだろうことは、見ていなくても感じられた。
「しっかし、外は結構な雪だねぇ」
タカヒロの言葉に皆の目が外へ向く。
場の雰囲気に耐え切れなくなってきていたレッドは、助かったと思いながら外に目を向ける。
ここしばらく降っていなかった雪は、どんどんと降り続け、道が埋まりつつあるようだった。
「この中、城に行かなきゃいけないのがなぁ……。休みの無い仕事ってこれだから……」
タカヒロは城勤めになったことから、自由に休みを取れなくなっていた。
交代で休みを取る決まりとなっているため、外が雨だろうと雪だろうと、出仕する日なら城に行かなくてはいけないのだ。
天気が悪いからと城勤めの者が休めることは無い。
文官でも、兵士でも、庭師でも同じことである。
「こういう天気だと、城での住み込みが羨ましくなるよ」
「……タカヒロ君が帰ってくるのは、ここだからね」
「ええ。勝手に他の所へ行ってはダメですよ」
タカヒロが外の雪を見ながら憂鬱そうに漏らした言葉に、マイが睨みつけるように、リベルテが小さい子を嗜めるように口にする。
二人の言葉に、タカヒロは目を大きく開いた後、なんとも言え無さそうに笑う。
やはりもう、この四人であることにしっくりくるようになったのだな、とレッドはまだ何か言い続けている皆を見て思えていた。
なんと言う事も無い日を、改めて過ごせていることがありがたく、そして誇らしく思えた。
そしてそれを、あの子どもだった青年にもわかってほしかったと、思えてしまう。
どこの世界だろうと、苦しくない日など無いのだ。
そこでどう生きようとするか。どれだけ輪を作ろうとするのか。
それによって、楽しさや嬉しさを分かち合える日が来たとき、生きていることをありがたいと、そして良かったと思えるのではないかと思うのだ。
そしてなにより、これからも『神の玩具』と呼ばれる者たちが現れるのであれば、この日々を壊そうと考えない者であってほしいと、願わずにはいられなかった。
数日前から雪前花が咲いていたことで、雪が降るくらい寒くなるだろうことはわかっていたが、それでも寒いものは寒く、リベルテは幾重にも毛布に包まり部屋から出てこなかった。
最近まで、寒い季節であるにもかかわらず、早くから起きて活動していたリベルテを見てこなかったため、これまで通りリベルテらしさに、レッドは微笑ましく思えてしまう。
「家が暖まるまでは、しばらくかかるな……。やってもらってばかりだったから、久しぶりに俺が作るか」
いつもリベルテが楽しそうにご飯を作ってくれるため、任せてしまうことが多いが、レッドも料理が出来ないわけではない。
料理が出来ないと、数日遠出する依頼があった場合、道中の食事は干し肉などをかじるしか無くなってしまう。
数日間、ずっと保存食を食べ続けるのは、お腹が満たされるとしても、気分が滅入ってきてしまうもので、そうならないためには自分で料理できるようにならないといけないのだ。
そのため、数日も遠出する依頼は人気が無かったのだが、状態を保てる魔道具が普及することで旅の食事事情も変わるかもしれなく、多くの人たちから一日も早く、そして可能な限りの安さでの普及が望まれている。
「干し肉もまずくはないんだが、道中ずっとはなぁ……。さすがに飽きる」
昔を思い返しながら、レッドは竈の火を熾し、水を張った鍋をかざす。
「さすがに、リベルテほどの技量はないからな……。簡単なもので許してもらおう。起きてすぐ食えるものが出来てるだけありがたく思え、ってな」
カロタの皮を剥き、トン、トンと切っていく。
多少大きさがまばらであるのは、元々の技量が高くないと言うのもあるが、頭で思い描いている通りに手がまだ動ききっていないことが理由である。
レッドの体は、騒乱前に比べれば、訓練を続けてきているとは言え、まだまだ戻りきっていないのだ。
ディアの干し肉を、先ほどのカロタと同じくらいの大きさに切っていき、少しだけ余った端を口に含む。
つまみ食いは料理している者の特権である。
「お、これはなかなか塩気が強めだな」
ついでだとパタタの皮を剥いて切っていくと、お湯が沸いてくる。
カロタを先に投入して、塩と香草を用意して、ナイフを片付ける。
パタタも入れて煮立てている間に、パンの入ったバスケットをテーブルに置きに行く。
多少無駄に動き回るようにしているのは、訓練を兼ねてである。
竈に戻ってきたら干し肉を入れて、塩と香草で味を調えていく。
かなり大雑把に作っているのもあって、リベルテが作るご飯に比べれば深みは無いし、少し塩気が強目のスープとなった。
暖炉の熱がゆっくりと家中に回り始めてきたからか、動き出し始める人の音が聞こえてくる。
「……おはよう、ございます」
最初にやってきたのはタカヒロで、リベルテではなくレッドが居たことに驚いた様子をみせる。
しかし、雪が降っていることを理解して、すぐにレッドに手伝いを申し出てた。
タカヒロの方が料理が出来ることを知っているので、レッドはスープの仕上げを任せることにする。
「あ~、これはこれでいいんじゃないですか? こっから変えるって言うのも」
味身をして、考える素振りを見せたタカヒロが感想を口にしながらも、トートを取り出して、潰し始める。
何個か潰した後、それに塩と香草で味を調えて、それをスープに混ぜ合わせた。
「おぁようございますぅ~」
まだ眠そうにしながら起きてきたマイが、意識がはっきりとしていなさそうにも関わらず、流れるような動きで席につく。
何度か見たことはあるが、それでもマイの無駄のない動きを見てしまう度に、目を見張ってしまう。
普段のマイからすれば結びつかない動きで、しかもこの動作を見せるのが食事のときだけなのだ。
レッドがついタカヒロに目を向けてしまえば、タカヒロも同じような反応をしていて、レッドの方を向いていた。
二人で見合った後、苦笑を漏らしかなかった。
「んじゃ、リベルテを起こしてくる。準備頼むわ」
「はいはい。もうよそっておきますよ」
レッドは壁に手をつかずともすんなりと歩けるようになっている。
それでも、以前に比べればだいぶゆっくりとした足運びでしかなかった。
ほんの少しだけ時間がかかってリベルテの部屋の前に着くと、リベルテがちょうど戸を開けて出てくる。
若干慌てているようで、髪の毛が少し跳ねていた。
「あ、レッド。すみません。早くに起きれなくて。すぐに準備します」
レッドの横を急いで通り過ぎようとするリベルテの腕を、レッドは引き止める。
「もう準備出来ている。いつも世話になってるからな。たまにはリベルテがゆっくりする日があっていいだろ」
「……ありがとうございます」
リベルテは立ち止まってゆっくりと髪を整える。
急いでいたために整え切れなかった髪に気づいて、落ち着いたら、それが恥ずかしかったらしい。
レッドはリベルテの肩に掛かった髪を掬うようにして払う。
「行こうか」
レッドは向きを変えて、リビングへと足を進めていく。
その後をリベルテは機嫌よくついていくのだった。
二人がリビングへ入ると、すでにマイが待ちきれない様子で待っていた。
「早く席についてください。アレが待ちきれないようなので……」
タカヒロも配膳が終わっていたようで、席について申し訳無さそうにレッドたちを促す。
「待たせてしまって、ごめんなさいね」
リベルテが遅くなったことを詫びて席につくと、マイが手を合わせてすぐパンに手を伸ばした。
パンを一口かじった後、すぐにスープを一口飲んでからパンを浸す。
そして、汁を吸って柔らかくなったパンを、大きく口を開けて放り込んだ。
「んん~。トートの酸味と塩気で、朝から元気になれそうだよ」
「……何を食べても、朝ならそんな感じだよ。おまえさんは」
「でも、美味しいですよ、これ。タカヒロさんが作ったんですか?」
「いや? ほとんどレッドさんが作ってて、最後にちょっとだけ手を加えさせてもらっただけですよ」
リベルテとマイの目がレッドに向く。
旅の時にレッドが料理をしたことがあったのだが、王都に居る限りではほとんどリベルテが作っていたため、マイは信じられないとでもいう様な目を向けていた。
「たまたま俺が早かっただけだ。タカヒロが早かったら、タカヒロが作っただろうさ」
珍しいものを見た、という目を向けられるのは、そんなに気分の良いものではないし、そんな褒められるほどの料理をしたわけではないので、気恥ずかしさが勝る。
レッドは皆からの視線から逃げるように、横を向いてパンをかじりだす。
皆の顔は見えなくなったが、なんとなくリベルテたちが微笑ましそうにしているだろうことは、見ていなくても感じられた。
「しっかし、外は結構な雪だねぇ」
タカヒロの言葉に皆の目が外へ向く。
場の雰囲気に耐え切れなくなってきていたレッドは、助かったと思いながら外に目を向ける。
ここしばらく降っていなかった雪は、どんどんと降り続け、道が埋まりつつあるようだった。
「この中、城に行かなきゃいけないのがなぁ……。休みの無い仕事ってこれだから……」
タカヒロは城勤めになったことから、自由に休みを取れなくなっていた。
交代で休みを取る決まりとなっているため、外が雨だろうと雪だろうと、出仕する日なら城に行かなくてはいけないのだ。
天気が悪いからと城勤めの者が休めることは無い。
文官でも、兵士でも、庭師でも同じことである。
「こういう天気だと、城での住み込みが羨ましくなるよ」
「……タカヒロ君が帰ってくるのは、ここだからね」
「ええ。勝手に他の所へ行ってはダメですよ」
タカヒロが外の雪を見ながら憂鬱そうに漏らした言葉に、マイが睨みつけるように、リベルテが小さい子を嗜めるように口にする。
二人の言葉に、タカヒロは目を大きく開いた後、なんとも言え無さそうに笑う。
やはりもう、この四人であることにしっくりくるようになったのだな、とレッドはまだ何か言い続けている皆を見て思えていた。
なんと言う事も無い日を、改めて過ごせていることがありがたく、そして誇らしく思えた。
そしてそれを、あの子どもだった青年にもわかってほしかったと、思えてしまう。
どこの世界だろうと、苦しくない日など無いのだ。
そこでどう生きようとするか。どれだけ輪を作ろうとするのか。
それによって、楽しさや嬉しさを分かち合える日が来たとき、生きていることをありがたいと、そして良かったと思えるのではないかと思うのだ。
そしてなにより、これからも『神の玩具』と呼ばれる者たちが現れるのであれば、この日々を壊そうと考えない者であってほしいと、願わずにはいられなかった。
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