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タカヒロが教えてくれたアンリと言う女性について、リベルテは情報を集めることにした。
レッドが少しずつ自分で動けるようになり、介助の必要が徐々に減って時間が取れるようになってきたためである。
ただ、それが少し寂しいと思ってしまうのは、心の奥に仕舞い込んでいる。
久々の顔出しも兼ねて冒険者ギルドに寄ってみると、すぐさま、受付職員のエレーナに捕まった。
「あっ! リベルテさん!! しばらくぶりです。お元気そうで良かったです……」
「ご無沙汰してすみません。手を離せない日々が続いたものですから」
リベルテの姿を見て喜びを露にするエレーナであったが、リベルテの言葉と側にレッドの姿が無いことから、大よそを察して表情が沈む。
「少しずつ良くなってきてますから、大丈夫ですよ」
自分に言い聞かせている部分がまったくないとは言えないが、レッドが訓練に精を出して、一人で動けるようになってきていることを伝えると、エレーナはホッと息をついた。
「本当に良かったです……。怪我をした方が多いですし、その……、亡くなってしまった方もいましたから」
王都で損壊した建物は、あちこちから集まってきた大工たちの奮闘により、建て直されている。
傷跡が完全に消えたとは言えないが、これまでどおりの日常に戻りつつあると言えた。
しかし、人についてはそうは言えない。
怪我人の全てが完治した人ばかりではないのだ。
後遺症が残ってしまった人もいるし、マイが言っていたように薬草はすべての在庫を使い切って治療に当たったため、これからしばらく、新たな怪我人の治療は難しい状況となっている。
無くなった薬草の採取の依頼を出してもいるが、時期的に採れる量は減っているし、需要から値上がった報酬に粗方、採れる物を採ってしまい、なおのこと、しばらくの採取が厳しくなってしまっていた。
そのため、ほとんどの薬師たちは、仕事がしたくても出来ない、と言う状況になっている。
冒険者ギルドも、騒乱と薬師ギルドの影響を受けていた。
冒険者たちにも怪我人や亡くなってしまった人が多く、仕事をこなせる人が減っている上に、薬草の採取依頼が無い分、依頼も減っているのだ。
だが、動ける人は稼がないと生活できないため、配送などの依頼を、少し不満そうにしながらも受けていく冒険者の姿が見受けられていた。
「依頼、溜まってますね……」
動ける冒険者が依頼票を取ってはいるが、時間が掛かりそうもの、幾分か技量を必要とするものは、貼り出されたままになっている。
短時間で済むものや簡単そうな内容の依頼ばかりが掃けているようで、怪我を負った人や亡くなった人のことが偲ばれていた。
「久々ですし、時間が掛かりそうな依頼は出来ませんが、何か受けていきますね」
「ありがとうございます!」
リベルテ自身、タカヒロからのお金に頼らずに生活をしなければと考えていたことと、冒険者ギルドの状況を見て仕事を受けていくことにした。
ただ、レッドが一人で動けるようになってきたとは言え、今のレッドから目を離せるわけもなく、数日空けるような依頼は受けられない。
依頼板を眺めていくと、手早く済みそうな配送の依頼があり、いくつか見繕う。
配送は比較的簡単な依頼であるのだが、報酬が安いことと、配送先によっては面倒な場合があるため、人気は無い。
そのせいか、貼り出されてからそれなりの日数が経ってしまっているもの、急ぎで、と書かれている内容のものも残っていた。
リベルテは、依頼主や届け先を見て、苦情を言われずに済みそうなものを選別していく。
貼り出されてから全く誰も受けずに過ぎた日が長い依頼は、ギルドマスターから依頼主へ差し戻しの連絡が送られ、条件を改めて再度依頼を出すか、取りやめるかとなる。
依頼の内容によっては、ギルド職員が代って行うこともあり、依頼が残り続けるのは職員たちにとって困るものとなっている。
「あ、この依頼、早くお願いしたかったのですが、受けれる人皆さん忙しくて……。助かります」
エレーナの言葉には、ほっとした思いが込められていた。
さすがに討伐の依頼を職員がやらされることはないのだが、ギルドの仕事もして依頼の仕事もしてとなると、費やす労力が大きすぎるのだ。
エレーナの感謝の言葉には、他の職員たちの思いも込められているのがわかるほどであった。
「出来る仕事が残ってるのは、こちらも助かりますよ。……あ、そうだ。ハーバランドで未来が分かる女性が居ると聞いたのですが、何かご存じないですか?」
手続き中の雑談として、リベルテは例の女性について聞いてみる。
情報と言うのは、人が多く集まりやすい各ギルドに集まりやすいのだ。
だから、仕事ついでにときたのだが、エレーナは首をかしげるだけだった。
「そんな凄い血からを持っている方であれば、話題になってそうなものそうですが、聞きませんね。ハーバランドでしたら、ギルマスからあちらの職員に連絡を取ってもらえれば、詳しい話が入るかもしれませんね」
「そうですねぇ……。これまでどのような実績を残されてきたのか、どうしてそのような力があると言われだしたのか、そういったことを知りたいのです。ギルマスにお願いしていただいても
良いですか?」
「はい。お任せください」
いつごろその情報が届くのかはわからないが、『神の玩具』と推測出来そうな話があれば、ギルマスも警戒するはずだ、との考えから頼むことにした。
相手はすでに城に出入りしている人間なのだ。
こちらもある程度、権力を持っている人間を入れないと、打てる手がなくなってしまいかねない。
「……それにしても、王都に情報が無いって言うのは、どうなんですかねぇ?」
溜まっていた荷物を馬車の荷台に積んで、リベルテは王都の中を進み始める。
独り言に答えてくれる人はいないが、気楽に道を進ませていく。
届け先の場所はちゃんと分かっているため、迷うことは無い。
配送の依頼が人気の無い理由の一つとして、配送先の場所がわからない、と言うことがある。
王都で暮らしていても、人が行動する範囲なんて決まっているものだ。
リベルテのように、王都の地理を把握していたり、チームメンバーでそれぞれ若手いる範囲を補えるものでなければ、面倒なのである。
今回、リベルテが見繕った配送は、届け先の場所も分かるし、届けるまで遅くなった荷物であるが、事情を説明すればわかってもらえる相手を厳選しているので、焦りも無い。
家の建て直しは済んでいるが、家以外ではまだ傷跡が残っている所も目についてくる。
それでも住む家があることに、人々の顔に幾分か笑顔が戻ってきているようで、騒乱から王都は立ち直ってきていることを実感できて、リベルテにはそれが嬉しく感じられた。
自分たちの頑張りが、レッドの行動が、無駄ではなかったと思えるからだ。
配送先を次々と順調に回っていく。
側にレッドが居ないけれど、これまでどおりの生活を送れると言うのは、やはりありがたいものである。
ついつい楽しくなってきて、リベルテは鼻歌を交えて荷物を届けていく。
リベルテの楽しそうな鼻歌に惹かれてか、あちこちから人々がリベルテに目を向けてくる。
決して敵意などの黒い感情は無く、王都の人々も暗いことがあった後だから、明るいものを求めていただけであった。
それで芸をしているものであれば望ましいことかもしれないが、リベルテはそんな目立つことをしたがる性格ではない。
人々の視線に気まずくなって、慌てて口を噤んで荷物を届けに走ってしまった。
リベルテに視線を向けていた人たちが、残念そうに苦笑を漏らしていたが、リベルテには関係のないことだった。
リベルテに集まっていた視線が散ったことを確認して、リベルテはほぅっと長く息を吐く。
吐いた息が白く棚引いて、寒くなっていることを思い出してしまい、首もとの隙間をつめるようにマフラーを巻きなおし、次の配送へと回り続けるのだった。
久しぶりの仕事を終えて、手に入れた報酬に思わず、リベルテは笑みをこぼしてしまう。
生活に窮しなかったとは言え、仕事に行けず、貯めていた所からお金を出していく日々が、レッドのことだけではなく、気持ちをさらに後ろ向きにさせていた。
今は良くても、この先に不安を覚えてしまうのだ。
タカヒロが居なければ、もっと減っていくしかなかったので、タカヒロにはとても感謝していた。
「久しぶりですし、お酒でも買ってみましょうか。あ、今のレッドは飲んでも大丈夫なんでしょうか? ん~、ずっと頑張らせてもらったわけですし、私たちだけで飲ませてもらいましょう」
いきつけの酒場の前で足を止めて考えこんだリベルテであったが、考え込むのも束の間、店の中へと入り、お気に入りのお酒の瓶を抱えて出てきた。
久々の来店と言うこともあってか、店主がおまけだ、と少し量を増やしてくれて、リベルテはご機嫌でお酒の瓶を抱えていた。
「本当に、こうしてもらえると、レッドの思い、私たちの頑張りは生きてるって思えますね」
困った時に手を差し伸べてくれる人。心から心配してくれる人。ぶっきらぼうでありながら差し入れをくれる人。
すべて、レッドとリベルテが繋がりを作ってきた人たちである。
それ以外の人たちも決して冷たいと言うわけでは無い。
それぞれに出来ることをして、王都の日常を取り戻そうと奮起しているのだ。
それが感じられる一日だった。
リベルテが気分良く家に戻ってくると、家の近くに馬車が止まった。
馬車から降りてきたのはタカヒロだったため、今回もまた早く帰ってこれたのだな、と考えていたら、更にもう一人、馬車から人が降りてくる。女性であった。
タカヒロの、如何にもな作り笑顔に気づいて、リベルテはその女性が誰なのか検討がついた。
相手もこちらを見ているため、ここからどうした物かと考えていると、タカヒロが駆け寄ってくる。
「あ、リベルテさん……。本当にごめんなさい。なんでか住んでる所を見たいって……。城からの命令で、本当は王都の復興状況の確認に来てるんですけど、その途中でどうしてもって聞かなくて……」
タカヒロがちらちらとアンリを見ながら、ここに来た事情を説明する。
家主はリベルテであるため、タカヒロが無理強い出来る話ではない。
こちらも生活があし、アンリもタカヒロも貴族と言うわけではないから、拒否することも簡単であった。
しかし、事前にタカヒロから聞かされた限りでは、こちらの言葉を素直に聞いてくれるとも思えない相手であり、拒否する方が面倒なことがわかりきっていた。リベルテは仕方無しに、許可するしかなかった。
「ふ~ん、結構ボロイのね。私なら住めないわ。やっぱりお城の方がマシよね~」
嫌味を言っているつもりは無く、ただ感想を口にしたのだろうと思える。
だが、そう思えたとしても気分が良い言葉ではない。
リベルテにすれば手に入れた立派な家であるうえに、託された家なのだ。アンリの言葉に眉が寄ってしまう。
それに気づいたタカヒロが、アンリの言葉に申し訳なさそうに頭を下げつつ、お腹辺りを痛そうに手を当てていた。
家の戸を開けて中へ促すと、リベルテが帰ってきたのだろうと思ったレッドが、ゆっくりと迎えに来る。
「おう、仕事してきたわりに早かったな。ん? ……タカヒロも戻りか?」
タカヒロはまた同じ説明をしたくないなと、リベルテに視線を向けるが、リベルテは肩を竦めて、荷物を置きにリビングへと向かってしまう。
タカヒロがげんなりとしながら、自身のお腹辺りを擦る。
苦手な相手のことを説明すると言うのは嫌なものであるし、何より先ほどからタカヒロが世話になっている人たちを見下してくる相手を紹介したいとは思わないものである。
かと言って、こっちの言葉を聞いてくれない相手に、控えて欲しいと言っても、言うだけ面倒なだけである。
面倒ごとの板ばさみに、タカヒロは胃が痛くなっていた。
「ん? そっちの人は……。タカヒロ?」
さすがに、目の前にいる人物を放置できるはずが無く、レッドから口を開く。
例の人物か、と言葉に出さずに確認すれば、タカヒロはコクリと首を動かして答えるしかない。
家の外観を見て、ボロイと口にしたアンリは中に入ることを躊躇っていたようだが、さすがに自分のことが話されているとわかって、家の中に入る。
そして、レッドの姿を見て、動きを止めた。
レッドはしばらく寝込んでいたが、外傷が酷いわけでも無いし、筋力を落としているとは言え、病気を患っているように見えるわけでもない。
動きを止めたアンリに、タカヒロが何事かと様子を窺うが、アンリはタカヒロに一顧だにしなく、ただレッドを見て驚いた様子で、しばらくして腑に落ちなさそうな顔になった。
「……なんで、レドニスがこんな所にいるの? そんなイベントあったっけ?」
一人悩むアンリが誰に聞くでもない言葉を溢す。
アンリの言葉にタカヒロは首をかしげるが、レッドはピクリと顔を動かしていた。
「誰のことか知らないが、似ている顔の人でもいるのか?」
レッドはそんな名前の人は知らないが似た顔のヤツが居るんだな、と言ってリビングへと足を向けていく。
「ほら、仕事! 仕事に行かないと」
なんとなく、これ以上はまずい気がして、タカヒロはアンリを引きづって馬車に戻る。
タカヒロに抵抗することなく、馬車に乗せられるアンリは、ずっと何かを思い出すように考え込んでいた。
数日かけて王都の様子を見て回る仕事らしく、普段の仕事よりタカヒロは早い時間に帰ってくる。
だが、誰もタカヒロを出迎えに出てきてくれなかった。
アンリのことがあって気まずい思いをしながらリビングに入れば、いつもと違って雰囲気が漂っている感じがした。
「え、と……。何かありました?」
タカヒロがマイに目を向けるが、マイもわかっていない様子で、レッドはじっと黙ったままだった。
「さて、タカヒロさんも帰ってきましたし、ご飯にしましょうか。今日はお酒もありますよ~」
「やった!」
リベルテが努めて明るく振舞えば、お酒と聞いてタカヒロが反応する。
「それ、私も飲めるやつですか?」
マイもこんな雰囲気の中で食事はしたくないようで、苦手なお酒の話に入っていく。
「もちろん。私も飲みやすいのが好きなので」
リベルテが笑顔で太鼓判を押すお酒だと口にし、嬉しそうにする面々。
さすがにレッドも黙ったままでは居られず、中に加わろうと口を開く。
「俺も飲んで良いのか?」
レッドも久しぶりに酒を飲みたいと口にすると、マイがちょっと意地悪そうな顔になる。
「あ~、どうだろ? 毒は抜けてるから、飲んじゃダメってことは無いですよ。あ、でも少しにしておいた方が良いです。筋力戻ってないですし」
「酒と筋力関係あるのか!?」
「レッドに回すと私たちの分が減るので、本当に少しにしてくださいね」
リベルテのレッドより自分たちが飲める量を心配する声に、レッドは肩を落とす。
今の状態になって、散々と世話になっているため、文句も言えない。
「くっそ~。動けるようになったら、おもいっきり飲んでやる」
少しだけ普段のレッドらしさが戻り、皆がほっと息をつく。
ずっとレッドが不機嫌そうなのがわかっていたが、触れられなかったのだ。
タカヒロはなんとなく、アンリが口にした名前から不機嫌そうになってたことに気づいていた。
しかし、あれがどんな意味を持っていたのか、触れてはいけないことも感じていたのだ。
ただ、アンリが他にも口にした言葉で、なんとなく、アンリの未来が分かると言うことが、どういうことだったのか、わかったような気がしていた。
レッドが少しずつ自分で動けるようになり、介助の必要が徐々に減って時間が取れるようになってきたためである。
ただ、それが少し寂しいと思ってしまうのは、心の奥に仕舞い込んでいる。
久々の顔出しも兼ねて冒険者ギルドに寄ってみると、すぐさま、受付職員のエレーナに捕まった。
「あっ! リベルテさん!! しばらくぶりです。お元気そうで良かったです……」
「ご無沙汰してすみません。手を離せない日々が続いたものですから」
リベルテの姿を見て喜びを露にするエレーナであったが、リベルテの言葉と側にレッドの姿が無いことから、大よそを察して表情が沈む。
「少しずつ良くなってきてますから、大丈夫ですよ」
自分に言い聞かせている部分がまったくないとは言えないが、レッドが訓練に精を出して、一人で動けるようになってきていることを伝えると、エレーナはホッと息をついた。
「本当に良かったです……。怪我をした方が多いですし、その……、亡くなってしまった方もいましたから」
王都で損壊した建物は、あちこちから集まってきた大工たちの奮闘により、建て直されている。
傷跡が完全に消えたとは言えないが、これまでどおりの日常に戻りつつあると言えた。
しかし、人についてはそうは言えない。
怪我人の全てが完治した人ばかりではないのだ。
後遺症が残ってしまった人もいるし、マイが言っていたように薬草はすべての在庫を使い切って治療に当たったため、これからしばらく、新たな怪我人の治療は難しい状況となっている。
無くなった薬草の採取の依頼を出してもいるが、時期的に採れる量は減っているし、需要から値上がった報酬に粗方、採れる物を採ってしまい、なおのこと、しばらくの採取が厳しくなってしまっていた。
そのため、ほとんどの薬師たちは、仕事がしたくても出来ない、と言う状況になっている。
冒険者ギルドも、騒乱と薬師ギルドの影響を受けていた。
冒険者たちにも怪我人や亡くなってしまった人が多く、仕事をこなせる人が減っている上に、薬草の採取依頼が無い分、依頼も減っているのだ。
だが、動ける人は稼がないと生活できないため、配送などの依頼を、少し不満そうにしながらも受けていく冒険者の姿が見受けられていた。
「依頼、溜まってますね……」
動ける冒険者が依頼票を取ってはいるが、時間が掛かりそうもの、幾分か技量を必要とするものは、貼り出されたままになっている。
短時間で済むものや簡単そうな内容の依頼ばかりが掃けているようで、怪我を負った人や亡くなった人のことが偲ばれていた。
「久々ですし、時間が掛かりそうな依頼は出来ませんが、何か受けていきますね」
「ありがとうございます!」
リベルテ自身、タカヒロからのお金に頼らずに生活をしなければと考えていたことと、冒険者ギルドの状況を見て仕事を受けていくことにした。
ただ、レッドが一人で動けるようになってきたとは言え、今のレッドから目を離せるわけもなく、数日空けるような依頼は受けられない。
依頼板を眺めていくと、手早く済みそうな配送の依頼があり、いくつか見繕う。
配送は比較的簡単な依頼であるのだが、報酬が安いことと、配送先によっては面倒な場合があるため、人気は無い。
そのせいか、貼り出されてからそれなりの日数が経ってしまっているもの、急ぎで、と書かれている内容のものも残っていた。
リベルテは、依頼主や届け先を見て、苦情を言われずに済みそうなものを選別していく。
貼り出されてから全く誰も受けずに過ぎた日が長い依頼は、ギルドマスターから依頼主へ差し戻しの連絡が送られ、条件を改めて再度依頼を出すか、取りやめるかとなる。
依頼の内容によっては、ギルド職員が代って行うこともあり、依頼が残り続けるのは職員たちにとって困るものとなっている。
「あ、この依頼、早くお願いしたかったのですが、受けれる人皆さん忙しくて……。助かります」
エレーナの言葉には、ほっとした思いが込められていた。
さすがに討伐の依頼を職員がやらされることはないのだが、ギルドの仕事もして依頼の仕事もしてとなると、費やす労力が大きすぎるのだ。
エレーナの感謝の言葉には、他の職員たちの思いも込められているのがわかるほどであった。
「出来る仕事が残ってるのは、こちらも助かりますよ。……あ、そうだ。ハーバランドで未来が分かる女性が居ると聞いたのですが、何かご存じないですか?」
手続き中の雑談として、リベルテは例の女性について聞いてみる。
情報と言うのは、人が多く集まりやすい各ギルドに集まりやすいのだ。
だから、仕事ついでにときたのだが、エレーナは首をかしげるだけだった。
「そんな凄い血からを持っている方であれば、話題になってそうなものそうですが、聞きませんね。ハーバランドでしたら、ギルマスからあちらの職員に連絡を取ってもらえれば、詳しい話が入るかもしれませんね」
「そうですねぇ……。これまでどのような実績を残されてきたのか、どうしてそのような力があると言われだしたのか、そういったことを知りたいのです。ギルマスにお願いしていただいても
良いですか?」
「はい。お任せください」
いつごろその情報が届くのかはわからないが、『神の玩具』と推測出来そうな話があれば、ギルマスも警戒するはずだ、との考えから頼むことにした。
相手はすでに城に出入りしている人間なのだ。
こちらもある程度、権力を持っている人間を入れないと、打てる手がなくなってしまいかねない。
「……それにしても、王都に情報が無いって言うのは、どうなんですかねぇ?」
溜まっていた荷物を馬車の荷台に積んで、リベルテは王都の中を進み始める。
独り言に答えてくれる人はいないが、気楽に道を進ませていく。
届け先の場所はちゃんと分かっているため、迷うことは無い。
配送の依頼が人気の無い理由の一つとして、配送先の場所がわからない、と言うことがある。
王都で暮らしていても、人が行動する範囲なんて決まっているものだ。
リベルテのように、王都の地理を把握していたり、チームメンバーでそれぞれ若手いる範囲を補えるものでなければ、面倒なのである。
今回、リベルテが見繕った配送は、届け先の場所も分かるし、届けるまで遅くなった荷物であるが、事情を説明すればわかってもらえる相手を厳選しているので、焦りも無い。
家の建て直しは済んでいるが、家以外ではまだ傷跡が残っている所も目についてくる。
それでも住む家があることに、人々の顔に幾分か笑顔が戻ってきているようで、騒乱から王都は立ち直ってきていることを実感できて、リベルテにはそれが嬉しく感じられた。
自分たちの頑張りが、レッドの行動が、無駄ではなかったと思えるからだ。
配送先を次々と順調に回っていく。
側にレッドが居ないけれど、これまでどおりの生活を送れると言うのは、やはりありがたいものである。
ついつい楽しくなってきて、リベルテは鼻歌を交えて荷物を届けていく。
リベルテの楽しそうな鼻歌に惹かれてか、あちこちから人々がリベルテに目を向けてくる。
決して敵意などの黒い感情は無く、王都の人々も暗いことがあった後だから、明るいものを求めていただけであった。
それで芸をしているものであれば望ましいことかもしれないが、リベルテはそんな目立つことをしたがる性格ではない。
人々の視線に気まずくなって、慌てて口を噤んで荷物を届けに走ってしまった。
リベルテに視線を向けていた人たちが、残念そうに苦笑を漏らしていたが、リベルテには関係のないことだった。
リベルテに集まっていた視線が散ったことを確認して、リベルテはほぅっと長く息を吐く。
吐いた息が白く棚引いて、寒くなっていることを思い出してしまい、首もとの隙間をつめるようにマフラーを巻きなおし、次の配送へと回り続けるのだった。
久しぶりの仕事を終えて、手に入れた報酬に思わず、リベルテは笑みをこぼしてしまう。
生活に窮しなかったとは言え、仕事に行けず、貯めていた所からお金を出していく日々が、レッドのことだけではなく、気持ちをさらに後ろ向きにさせていた。
今は良くても、この先に不安を覚えてしまうのだ。
タカヒロが居なければ、もっと減っていくしかなかったので、タカヒロにはとても感謝していた。
「久しぶりですし、お酒でも買ってみましょうか。あ、今のレッドは飲んでも大丈夫なんでしょうか? ん~、ずっと頑張らせてもらったわけですし、私たちだけで飲ませてもらいましょう」
いきつけの酒場の前で足を止めて考えこんだリベルテであったが、考え込むのも束の間、店の中へと入り、お気に入りのお酒の瓶を抱えて出てきた。
久々の来店と言うこともあってか、店主がおまけだ、と少し量を増やしてくれて、リベルテはご機嫌でお酒の瓶を抱えていた。
「本当に、こうしてもらえると、レッドの思い、私たちの頑張りは生きてるって思えますね」
困った時に手を差し伸べてくれる人。心から心配してくれる人。ぶっきらぼうでありながら差し入れをくれる人。
すべて、レッドとリベルテが繋がりを作ってきた人たちである。
それ以外の人たちも決して冷たいと言うわけでは無い。
それぞれに出来ることをして、王都の日常を取り戻そうと奮起しているのだ。
それが感じられる一日だった。
リベルテが気分良く家に戻ってくると、家の近くに馬車が止まった。
馬車から降りてきたのはタカヒロだったため、今回もまた早く帰ってこれたのだな、と考えていたら、更にもう一人、馬車から人が降りてくる。女性であった。
タカヒロの、如何にもな作り笑顔に気づいて、リベルテはその女性が誰なのか検討がついた。
相手もこちらを見ているため、ここからどうした物かと考えていると、タカヒロが駆け寄ってくる。
「あ、リベルテさん……。本当にごめんなさい。なんでか住んでる所を見たいって……。城からの命令で、本当は王都の復興状況の確認に来てるんですけど、その途中でどうしてもって聞かなくて……」
タカヒロがちらちらとアンリを見ながら、ここに来た事情を説明する。
家主はリベルテであるため、タカヒロが無理強い出来る話ではない。
こちらも生活があし、アンリもタカヒロも貴族と言うわけではないから、拒否することも簡単であった。
しかし、事前にタカヒロから聞かされた限りでは、こちらの言葉を素直に聞いてくれるとも思えない相手であり、拒否する方が面倒なことがわかりきっていた。リベルテは仕方無しに、許可するしかなかった。
「ふ~ん、結構ボロイのね。私なら住めないわ。やっぱりお城の方がマシよね~」
嫌味を言っているつもりは無く、ただ感想を口にしたのだろうと思える。
だが、そう思えたとしても気分が良い言葉ではない。
リベルテにすれば手に入れた立派な家であるうえに、託された家なのだ。アンリの言葉に眉が寄ってしまう。
それに気づいたタカヒロが、アンリの言葉に申し訳なさそうに頭を下げつつ、お腹辺りを痛そうに手を当てていた。
家の戸を開けて中へ促すと、リベルテが帰ってきたのだろうと思ったレッドが、ゆっくりと迎えに来る。
「おう、仕事してきたわりに早かったな。ん? ……タカヒロも戻りか?」
タカヒロはまた同じ説明をしたくないなと、リベルテに視線を向けるが、リベルテは肩を竦めて、荷物を置きにリビングへと向かってしまう。
タカヒロがげんなりとしながら、自身のお腹辺りを擦る。
苦手な相手のことを説明すると言うのは嫌なものであるし、何より先ほどからタカヒロが世話になっている人たちを見下してくる相手を紹介したいとは思わないものである。
かと言って、こっちの言葉を聞いてくれない相手に、控えて欲しいと言っても、言うだけ面倒なだけである。
面倒ごとの板ばさみに、タカヒロは胃が痛くなっていた。
「ん? そっちの人は……。タカヒロ?」
さすがに、目の前にいる人物を放置できるはずが無く、レッドから口を開く。
例の人物か、と言葉に出さずに確認すれば、タカヒロはコクリと首を動かして答えるしかない。
家の外観を見て、ボロイと口にしたアンリは中に入ることを躊躇っていたようだが、さすがに自分のことが話されているとわかって、家の中に入る。
そして、レッドの姿を見て、動きを止めた。
レッドはしばらく寝込んでいたが、外傷が酷いわけでも無いし、筋力を落としているとは言え、病気を患っているように見えるわけでもない。
動きを止めたアンリに、タカヒロが何事かと様子を窺うが、アンリはタカヒロに一顧だにしなく、ただレッドを見て驚いた様子で、しばらくして腑に落ちなさそうな顔になった。
「……なんで、レドニスがこんな所にいるの? そんなイベントあったっけ?」
一人悩むアンリが誰に聞くでもない言葉を溢す。
アンリの言葉にタカヒロは首をかしげるが、レッドはピクリと顔を動かしていた。
「誰のことか知らないが、似ている顔の人でもいるのか?」
レッドはそんな名前の人は知らないが似た顔のヤツが居るんだな、と言ってリビングへと足を向けていく。
「ほら、仕事! 仕事に行かないと」
なんとなく、これ以上はまずい気がして、タカヒロはアンリを引きづって馬車に戻る。
タカヒロに抵抗することなく、馬車に乗せられるアンリは、ずっと何かを思い出すように考え込んでいた。
数日かけて王都の様子を見て回る仕事らしく、普段の仕事よりタカヒロは早い時間に帰ってくる。
だが、誰もタカヒロを出迎えに出てきてくれなかった。
アンリのことがあって気まずい思いをしながらリビングに入れば、いつもと違って雰囲気が漂っている感じがした。
「え、と……。何かありました?」
タカヒロがマイに目を向けるが、マイもわかっていない様子で、レッドはじっと黙ったままだった。
「さて、タカヒロさんも帰ってきましたし、ご飯にしましょうか。今日はお酒もありますよ~」
「やった!」
リベルテが努めて明るく振舞えば、お酒と聞いてタカヒロが反応する。
「それ、私も飲めるやつですか?」
マイもこんな雰囲気の中で食事はしたくないようで、苦手なお酒の話に入っていく。
「もちろん。私も飲みやすいのが好きなので」
リベルテが笑顔で太鼓判を押すお酒だと口にし、嬉しそうにする面々。
さすがにレッドも黙ったままでは居られず、中に加わろうと口を開く。
「俺も飲んで良いのか?」
レッドも久しぶりに酒を飲みたいと口にすると、マイがちょっと意地悪そうな顔になる。
「あ~、どうだろ? 毒は抜けてるから、飲んじゃダメってことは無いですよ。あ、でも少しにしておいた方が良いです。筋力戻ってないですし」
「酒と筋力関係あるのか!?」
「レッドに回すと私たちの分が減るので、本当に少しにしてくださいね」
リベルテのレッドより自分たちが飲める量を心配する声に、レッドは肩を落とす。
今の状態になって、散々と世話になっているため、文句も言えない。
「くっそ~。動けるようになったら、おもいっきり飲んでやる」
少しだけ普段のレッドらしさが戻り、皆がほっと息をつく。
ずっとレッドが不機嫌そうなのがわかっていたが、触れられなかったのだ。
タカヒロはなんとなく、アンリが口にした名前から不機嫌そうになってたことに気づいていた。
しかし、あれがどんな意味を持っていたのか、触れてはいけないことも感じていたのだ。
ただ、アンリが他にも口にした言葉で、なんとなく、アンリの未来が分かると言うことが、どういうことだったのか、わかったような気がしていた。
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最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
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