145 / 214
145
しおりを挟む
マイが調合した薬をレッドに飲ませること数日。
少しずつレッドの容体は快方に向かっていた。
これまでは、ベッドの上で目を開けていても、気だるげで体を満足に動かせないこともあってか、またすぐにまた眠りにつくことが多かったのだが、起きている時間が長くなり始め、いくらか腕を持ち上げたり出来るようになってきていた。
「ん~、そろそろ薬は止め時なんだよねぇ。これ以上は効き目が無くなってきてるし、むしろこれ以上続けるのは、身体に悪いかもしれなくて」
マイが日々つけていた、レッドの容体の観察記録を睨むように見続けていた。
「……まぁ、もう毒の影響はなくなってるんでしょ? なら良いんじゃないかな? 元々、解毒の薬なんだし」
魔法では無いのだから劇的に改善、回復はしない。
マイたちが居た世界のように、精密検査出来る機材も無いから、日々の経過を見て、経験から判断するしかない。
怪我であれば、治ったかどうか傷の治り具合を見て分かるけれど、毒によって体の内側から弱っていたのでは、改善されたかは、外から見ただけではわからないのだ。
そのため、レッドの容体を逐次観察したい気持ちもあるのだが、伏せっている人の部屋に、世話をするでもないのに頻繁に出入りするのは、なんとなく気が引ける。
タカヒロは、マイのように容体を診るでも、リベルテのように世話をするわけでもないため、最近のレッドの様子は確認できていなかった。
「そう、ですね。元々は解毒の薬なのですから。最近は、顔色もかなり良くなりましたし。……マイさん、タカヒロさん。ありがとうございました」
リベルテがレッドが快方に向かっていることに心から安堵し、マイとタカヒロに深く頭を下げた。
「いえ! 薬を作るのに頑張ったのは、マイだし。僕は何も……」
リベルテの突然の礼に、何を言えば良いのかタカヒロは困りきってしまい、ぱっと浮かんだ、自分は感謝されることなどしていない、と言い募る。
「なんとかなって良かったよ~。あ、でも。まだしばらくは様子見ないとだから、まだしばらく厄介になりますね」
「ええ。こちらこそ」
わたわたとするタカヒロを横目に、マイがにこやかに、この先について話をする。
終わったからさようなら、とならず、和やかに手を取り合うまいとリベルテに、タカヒロは少しだけ除け者感が覚えたが、ほっと息をついた。
実際に役に立てたかと言えば、稼いだお金のいくらかをリベルテに手渡してただけで、住む場所も食事もリベルテの世話になっていた。
薬師では無いので薬の知識が無く、マイの手伝いは出来なかったし、レッドの世話をするにしても、リベルテのような献身は絶対に出来ない、と一度、様子を伺った時にわかってしまい、それからリベルテの手伝いを申し出る勇気を持てないでいた。
マイの護衛と言う名目で、リベルテの家にまたお世話になっているタカヒロであるが、マイの護衛はもう必要無いだろうと考えられている。
一人自由に動けるタカヒロは、これまでのように稼いでくることしか、自分に出来ることが浮かばなく、仕事に精を出してきた。
しかし、そんな消極的な行動だったから、いまいち皆の力になっているように感じられなかったのだ。
だからこそ、リベルテからのお礼がズシッと重かったのだ。
マイの護衛はもう不要だろうと考えている理由としては、先の騒乱である。
キスト聖国の人たちがマイを狙っていたのだと騒乱の最中知らされたが、あの騒乱で、オルグラント王国に存在していたキストの人たちは、すべて除かれれることになった。
そのため、もうマイが襲われる心配は無いと考えているのだ。
今、このオルグラント王国では、王都では特にキストに対しての敵意が強まっている。
聖職者たちは騒乱の最中で殺された人が多いのだが、生きていた聖職者たちも全員、城に連行されている。
そのために、人々は怒りを直接ぶつけられる先を求めて、キストへの戦争の機運を強めてしまっていた。
ただ、王都は騒乱の被害でボロボロになっていたし、亡くなった兵士や冒険者も多い。
そのため、キストに攻め込まないことを、騒乱が静まった日に城から宣告されている。
国としては、怒りに任せてさらに無くなってしまう人を出さないようにとの判断であったのだが、人々にとってみれば、大切な人を失ったり、住むところを奪われた碇と憎しみをぶつける先を取り上げられたことになった。
くすぶり続ける怒りと憎しみは、キストの教えを信仰していたと言うだけの人たちにも向けられるようになってしまっている問題が起きている。
先の騒乱が、キストのせいであったことは間違いがなく、キストの教えを信仰していた人たちの多くはすぐに信仰を辞めているが、すべての人がすぐに信仰を捨てられるほど強くないし、淡白でもなかった。
他に縋れるものが無いから縋った人、大きな怪我や病気を患ったが、聖職者に治癒してもらい助かった人は、その恩から信仰を捨てられない人も居るのだ。
タカヒロからすれば、双方の思いは分かるのだが、今の王都では、未だにキストの教えを信仰し続けている人たちの思いは理解されない。
騒乱の後も憚らず信仰していた人たちには、王都の人たちによって裏切り者やキストの手先として襲われ、すでに何人か亡くなっている。
王都の人々の目を恐れて、隠れて信仰することで続けている人たちも居るらしいのだが、他の人たちからの密告で襲われ続けているようでもあった。
マイの護衛として側に居るのは、名目もあって、とても気が楽だった。
マイと一緒に生きると決めたし、その思いはマイに伝えている。
それでも、今まであった護衛と言う名目が無くなってしまうと、薬師として頑張り続けているマイの側に居続けることに、肩身の狭さを感じてしまうのだ。
レッドの回復を喜びあっている二人を横目に、タカヒロは今度はそっとため息を漏らす。
「……置いてかれてる気がしちゃってるんだよなぁ」
ぽつりと零れた言葉は、ここしばらくタカヒロの心を占めている思いだ。
マイの護衛としてであれば、騒乱の最中でマイに言ったように、彼女を守りたいという気持ちに嘘はないから、頑張れた。
レッドの解毒薬を作るために、一生懸命な姿を見て、少しでも力になれるようにと城勤めを選んだし、その甲斐あって、薬草を手に入れる手助けも出来た。
でも、薬が出来てレッドの容体が回復したら、この後、マイの側に居るために、何をしたら良いのかわからなくなっていたのだ。
レッドが復活したら、もうリベルテの家に留まる理由が無くなってしまう。
マイだって、ソレの家兼治療院に戻ることになるはずだ。
城勤めを選んだタカヒロは、このまま城で働き続けることになる。
今はまだ見習い感じであるが、仕事が本格的に進められるようになれば、マイの仕事場に近い宿を借りるより、城か城の近くに住まわせてもらった方が断然楽になる。
何より、おそらくそうしないとタカヒロの体が持たないだろうことが考えられる。
マイは今回の調合を見ても、これからも一生懸命に薬師の仕事を邁進していくのだろうが、タカヒロにとって、城の仕事はそこまでやる気になっていない。
「お金のためだったし……。やりたかったかと言われると、そうでもないんだよなぁ」
明るさを振りまいてレッドの快方に喜ぶ二人の側で、タカヒロは一人、その明るさの中に加われないでいた。
翌日、休暇をもらっていたタカヒロは、気持ちの整理をしようとベッドに寝転がっていた。
これからどうしようか、どうしたいかを考えていると、戸を叩く音が聞こえた。
「はい? どうぞ~」
ベッドに横になったまま、鍵は掛けてないことを伝えると、リベルテが遠慮がちに入ってくる。
「ゆっくりされているところ、すみません。レッドが皆さんにお礼を言いたい、と。レッドの部屋に来ていただけませんか?」
「あ、レッドさん、大丈夫なんですか? 久々に僕も会いたいので、行きます」
避けていたわけではなく、邪魔にならないようにと思って寄らなかっただけなのだが、レッドの顔を見るのは久々だった。
リベルテの後をついて階下に降りると、人が倒れるような大きめの音と、マイの悲鳴のような声が聞こえた。
リベルテが戸惑うこと無く、レッドの部屋に走り出す。
リベルテの速さに置いていかれたタカヒロは、慌ててその後を追う。
レッドの部屋に入ると、レッドが床に倒れていて、マイがレッドをなんとか起こそうと一人奮闘していた。
体格差もあって、マイ一人ではレッドを持ち上げられないでいた。
「レッド! 何があったんですか!?」
「あ~、いや……。すまん。座らせてくれるか?」
リベルテがマイを手伝ってレッドの体を持ち上げ、ベッドに座らせる。
「リベルテさん、聞いてくださいよ! しばらく寝たきりだったから、まだ無理です! って言ったのに、レッドさん歩こうとするんですよ!」
マイの言葉に、タカヒロは目を見開く。
当たり前のことをしようとして、それが出来なくなっているのだ。
立てない。歩けない。
なばら、剣を持って振るうことも出来なくなっているはずだった。
「……腕が持ち上がるようになってきたばかりだって、言ってたじゃないか……」
経過を聞いていたはずだったのに、見るまで軽く捉えていたのだ。
「あ~、体が動くようになってきたんでな。行けるかと思ったんだが……。いつまでも手を借り続けるわけには、いかないだろ?」
失敗したと明るく言うレッドであるが、そのまま受け取れる人はここにはいない。
「ほら、横になっててください」
「少し、お腹すいていませんか? 何か持ってきますね」
レッドをベッドに寝かせ、リベルテが軽く食べれるものをと、リビングへと向かう。
マイもリベルテの手伝いと取ってくるものがある、と部屋を出て行いってしまった。
「また後で、来ます」
「あぁ……。すまないな」
一人残るのも気まずくて、タカヒロもそっと部屋を出る。
その後ろで、直視してしまった現実とその悔しさに、泣き声を押し殺したような声が聞こえた気がした。
結局あの後、レッドの顔を見る気になれなくて、タカヒロは部屋に篭って一日を過ごしてしまった。
「もう、朝なのか……」
気が乗らないまま、仕事のため、城に行かなくてはならなく、足取り重く階段を降りていく。
リビングに入ろうとした所で、壁に手を付きながらゆっくりと、ゆっくりと歩くレッドの姿が目に飛び込んでくる。
「レッドさん!?」
「おう。タカヒロ。おはよう」
驚くタカヒロに、肩で息をし、汗を流しているレッドが明るい声で挨拶をしてくる。
「何……してるんですか?」
体が弱っていて、歩くのも辛いはずなのに、と言う思いから出た言葉であった。
「そりゃあ、歩いてるんだよ。いや、歩く訓練か? 少しでも早く、取り戻さないとだからな」
またゆっくりと、今度は自室に向かって歩き始める。もう何度か往復しているらしい。
「どうしてそこまで……」
ぴたりと足を止めて、レッドが振り向く。
「出来ることがあるなら、やるだけだろ? 終わってないからな」
再びレッドが足を動かし始める。
もどかしそうに、辛そうにしながらも、投げ出さずに続ける姿に、タカヒロは、自分こそ何をしているんだろうと思った。
リビングに入ると、リベルテが朝食を用意してくれている。
「無理ばかり……する人ですから」
タカヒロの反応に、レッドを見たのだろうと気づき、リベルテはとても困ったようには見えない笑顔で困って見せていた。
タカヒロは、パンを口に入れてスープで流し込むようにして、急いで食べていく。
タカヒロらしからぬ食べ方に、リベルテがビックリとしているのがわかるが、タカヒロはそのまま食べきる。
「ごちそうさまでした。行ってきます!」
タカヒロは家を飛び出して、馬車に乗る。
迎えに来ていた御者は、そんなに早く出てくると思っていなかったようで、飛び出してきたタカヒロに驚いてはいたが、奇人には慣れているのかすぐさま馬車を走らせる。
あやふやな未来に思い悩むより、今出来ることをする。
魔法について理解を進めていくことが、きっと先に繋がる。
それが今、自分に出来ることだと思い決めたタカヒロの目は、しっかりと前を向いていた。
少しずつレッドの容体は快方に向かっていた。
これまでは、ベッドの上で目を開けていても、気だるげで体を満足に動かせないこともあってか、またすぐにまた眠りにつくことが多かったのだが、起きている時間が長くなり始め、いくらか腕を持ち上げたり出来るようになってきていた。
「ん~、そろそろ薬は止め時なんだよねぇ。これ以上は効き目が無くなってきてるし、むしろこれ以上続けるのは、身体に悪いかもしれなくて」
マイが日々つけていた、レッドの容体の観察記録を睨むように見続けていた。
「……まぁ、もう毒の影響はなくなってるんでしょ? なら良いんじゃないかな? 元々、解毒の薬なんだし」
魔法では無いのだから劇的に改善、回復はしない。
マイたちが居た世界のように、精密検査出来る機材も無いから、日々の経過を見て、経験から判断するしかない。
怪我であれば、治ったかどうか傷の治り具合を見て分かるけれど、毒によって体の内側から弱っていたのでは、改善されたかは、外から見ただけではわからないのだ。
そのため、レッドの容体を逐次観察したい気持ちもあるのだが、伏せっている人の部屋に、世話をするでもないのに頻繁に出入りするのは、なんとなく気が引ける。
タカヒロは、マイのように容体を診るでも、リベルテのように世話をするわけでもないため、最近のレッドの様子は確認できていなかった。
「そう、ですね。元々は解毒の薬なのですから。最近は、顔色もかなり良くなりましたし。……マイさん、タカヒロさん。ありがとうございました」
リベルテがレッドが快方に向かっていることに心から安堵し、マイとタカヒロに深く頭を下げた。
「いえ! 薬を作るのに頑張ったのは、マイだし。僕は何も……」
リベルテの突然の礼に、何を言えば良いのかタカヒロは困りきってしまい、ぱっと浮かんだ、自分は感謝されることなどしていない、と言い募る。
「なんとかなって良かったよ~。あ、でも。まだしばらくは様子見ないとだから、まだしばらく厄介になりますね」
「ええ。こちらこそ」
わたわたとするタカヒロを横目に、マイがにこやかに、この先について話をする。
終わったからさようなら、とならず、和やかに手を取り合うまいとリベルテに、タカヒロは少しだけ除け者感が覚えたが、ほっと息をついた。
実際に役に立てたかと言えば、稼いだお金のいくらかをリベルテに手渡してただけで、住む場所も食事もリベルテの世話になっていた。
薬師では無いので薬の知識が無く、マイの手伝いは出来なかったし、レッドの世話をするにしても、リベルテのような献身は絶対に出来ない、と一度、様子を伺った時にわかってしまい、それからリベルテの手伝いを申し出る勇気を持てないでいた。
マイの護衛と言う名目で、リベルテの家にまたお世話になっているタカヒロであるが、マイの護衛はもう必要無いだろうと考えられている。
一人自由に動けるタカヒロは、これまでのように稼いでくることしか、自分に出来ることが浮かばなく、仕事に精を出してきた。
しかし、そんな消極的な行動だったから、いまいち皆の力になっているように感じられなかったのだ。
だからこそ、リベルテからのお礼がズシッと重かったのだ。
マイの護衛はもう不要だろうと考えている理由としては、先の騒乱である。
キスト聖国の人たちがマイを狙っていたのだと騒乱の最中知らされたが、あの騒乱で、オルグラント王国に存在していたキストの人たちは、すべて除かれれることになった。
そのため、もうマイが襲われる心配は無いと考えているのだ。
今、このオルグラント王国では、王都では特にキストに対しての敵意が強まっている。
聖職者たちは騒乱の最中で殺された人が多いのだが、生きていた聖職者たちも全員、城に連行されている。
そのために、人々は怒りを直接ぶつけられる先を求めて、キストへの戦争の機運を強めてしまっていた。
ただ、王都は騒乱の被害でボロボロになっていたし、亡くなった兵士や冒険者も多い。
そのため、キストに攻め込まないことを、騒乱が静まった日に城から宣告されている。
国としては、怒りに任せてさらに無くなってしまう人を出さないようにとの判断であったのだが、人々にとってみれば、大切な人を失ったり、住むところを奪われた碇と憎しみをぶつける先を取り上げられたことになった。
くすぶり続ける怒りと憎しみは、キストの教えを信仰していたと言うだけの人たちにも向けられるようになってしまっている問題が起きている。
先の騒乱が、キストのせいであったことは間違いがなく、キストの教えを信仰していた人たちの多くはすぐに信仰を辞めているが、すべての人がすぐに信仰を捨てられるほど強くないし、淡白でもなかった。
他に縋れるものが無いから縋った人、大きな怪我や病気を患ったが、聖職者に治癒してもらい助かった人は、その恩から信仰を捨てられない人も居るのだ。
タカヒロからすれば、双方の思いは分かるのだが、今の王都では、未だにキストの教えを信仰し続けている人たちの思いは理解されない。
騒乱の後も憚らず信仰していた人たちには、王都の人たちによって裏切り者やキストの手先として襲われ、すでに何人か亡くなっている。
王都の人々の目を恐れて、隠れて信仰することで続けている人たちも居るらしいのだが、他の人たちからの密告で襲われ続けているようでもあった。
マイの護衛として側に居るのは、名目もあって、とても気が楽だった。
マイと一緒に生きると決めたし、その思いはマイに伝えている。
それでも、今まであった護衛と言う名目が無くなってしまうと、薬師として頑張り続けているマイの側に居続けることに、肩身の狭さを感じてしまうのだ。
レッドの回復を喜びあっている二人を横目に、タカヒロは今度はそっとため息を漏らす。
「……置いてかれてる気がしちゃってるんだよなぁ」
ぽつりと零れた言葉は、ここしばらくタカヒロの心を占めている思いだ。
マイの護衛としてであれば、騒乱の最中でマイに言ったように、彼女を守りたいという気持ちに嘘はないから、頑張れた。
レッドの解毒薬を作るために、一生懸命な姿を見て、少しでも力になれるようにと城勤めを選んだし、その甲斐あって、薬草を手に入れる手助けも出来た。
でも、薬が出来てレッドの容体が回復したら、この後、マイの側に居るために、何をしたら良いのかわからなくなっていたのだ。
レッドが復活したら、もうリベルテの家に留まる理由が無くなってしまう。
マイだって、ソレの家兼治療院に戻ることになるはずだ。
城勤めを選んだタカヒロは、このまま城で働き続けることになる。
今はまだ見習い感じであるが、仕事が本格的に進められるようになれば、マイの仕事場に近い宿を借りるより、城か城の近くに住まわせてもらった方が断然楽になる。
何より、おそらくそうしないとタカヒロの体が持たないだろうことが考えられる。
マイは今回の調合を見ても、これからも一生懸命に薬師の仕事を邁進していくのだろうが、タカヒロにとって、城の仕事はそこまでやる気になっていない。
「お金のためだったし……。やりたかったかと言われると、そうでもないんだよなぁ」
明るさを振りまいてレッドの快方に喜ぶ二人の側で、タカヒロは一人、その明るさの中に加われないでいた。
翌日、休暇をもらっていたタカヒロは、気持ちの整理をしようとベッドに寝転がっていた。
これからどうしようか、どうしたいかを考えていると、戸を叩く音が聞こえた。
「はい? どうぞ~」
ベッドに横になったまま、鍵は掛けてないことを伝えると、リベルテが遠慮がちに入ってくる。
「ゆっくりされているところ、すみません。レッドが皆さんにお礼を言いたい、と。レッドの部屋に来ていただけませんか?」
「あ、レッドさん、大丈夫なんですか? 久々に僕も会いたいので、行きます」
避けていたわけではなく、邪魔にならないようにと思って寄らなかっただけなのだが、レッドの顔を見るのは久々だった。
リベルテの後をついて階下に降りると、人が倒れるような大きめの音と、マイの悲鳴のような声が聞こえた。
リベルテが戸惑うこと無く、レッドの部屋に走り出す。
リベルテの速さに置いていかれたタカヒロは、慌ててその後を追う。
レッドの部屋に入ると、レッドが床に倒れていて、マイがレッドをなんとか起こそうと一人奮闘していた。
体格差もあって、マイ一人ではレッドを持ち上げられないでいた。
「レッド! 何があったんですか!?」
「あ~、いや……。すまん。座らせてくれるか?」
リベルテがマイを手伝ってレッドの体を持ち上げ、ベッドに座らせる。
「リベルテさん、聞いてくださいよ! しばらく寝たきりだったから、まだ無理です! って言ったのに、レッドさん歩こうとするんですよ!」
マイの言葉に、タカヒロは目を見開く。
当たり前のことをしようとして、それが出来なくなっているのだ。
立てない。歩けない。
なばら、剣を持って振るうことも出来なくなっているはずだった。
「……腕が持ち上がるようになってきたばかりだって、言ってたじゃないか……」
経過を聞いていたはずだったのに、見るまで軽く捉えていたのだ。
「あ~、体が動くようになってきたんでな。行けるかと思ったんだが……。いつまでも手を借り続けるわけには、いかないだろ?」
失敗したと明るく言うレッドであるが、そのまま受け取れる人はここにはいない。
「ほら、横になっててください」
「少し、お腹すいていませんか? 何か持ってきますね」
レッドをベッドに寝かせ、リベルテが軽く食べれるものをと、リビングへと向かう。
マイもリベルテの手伝いと取ってくるものがある、と部屋を出て行いってしまった。
「また後で、来ます」
「あぁ……。すまないな」
一人残るのも気まずくて、タカヒロもそっと部屋を出る。
その後ろで、直視してしまった現実とその悔しさに、泣き声を押し殺したような声が聞こえた気がした。
結局あの後、レッドの顔を見る気になれなくて、タカヒロは部屋に篭って一日を過ごしてしまった。
「もう、朝なのか……」
気が乗らないまま、仕事のため、城に行かなくてはならなく、足取り重く階段を降りていく。
リビングに入ろうとした所で、壁に手を付きながらゆっくりと、ゆっくりと歩くレッドの姿が目に飛び込んでくる。
「レッドさん!?」
「おう。タカヒロ。おはよう」
驚くタカヒロに、肩で息をし、汗を流しているレッドが明るい声で挨拶をしてくる。
「何……してるんですか?」
体が弱っていて、歩くのも辛いはずなのに、と言う思いから出た言葉であった。
「そりゃあ、歩いてるんだよ。いや、歩く訓練か? 少しでも早く、取り戻さないとだからな」
またゆっくりと、今度は自室に向かって歩き始める。もう何度か往復しているらしい。
「どうしてそこまで……」
ぴたりと足を止めて、レッドが振り向く。
「出来ることがあるなら、やるだけだろ? 終わってないからな」
再びレッドが足を動かし始める。
もどかしそうに、辛そうにしながらも、投げ出さずに続ける姿に、タカヒロは、自分こそ何をしているんだろうと思った。
リビングに入ると、リベルテが朝食を用意してくれている。
「無理ばかり……する人ですから」
タカヒロの反応に、レッドを見たのだろうと気づき、リベルテはとても困ったようには見えない笑顔で困って見せていた。
タカヒロは、パンを口に入れてスープで流し込むようにして、急いで食べていく。
タカヒロらしからぬ食べ方に、リベルテがビックリとしているのがわかるが、タカヒロはそのまま食べきる。
「ごちそうさまでした。行ってきます!」
タカヒロは家を飛び出して、馬車に乗る。
迎えに来ていた御者は、そんなに早く出てくると思っていなかったようで、飛び出してきたタカヒロに驚いてはいたが、奇人には慣れているのかすぐさま馬車を走らせる。
あやふやな未来に思い悩むより、今出来ることをする。
魔法について理解を進めていくことが、きっと先に繋がる。
それが今、自分に出来ることだと思い決めたタカヒロの目は、しっかりと前を向いていた。
0
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
異世界へ行って帰って来た
バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
どこかで見たような異世界物語
PIAS
ファンタジー
現代日本で暮らす特に共通点を持たない者達が、突如として異世界「ティルリンティ」へと飛ばされてしまう。
飛ばされた先はダンジョン内と思しき部屋の一室。
互いの思惑も分からぬまま協力体制を取ることになった彼らは、一先ずダンジョンからの脱出を目指す。
これは、右も左も分からない異世界に飛ばされ「異邦人」となってしまった彼らの織り成す物語。
異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
異世界の片隅で引き篭りたい少女。
月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる