144 / 214
144
しおりを挟む
相変わらずの徹夜明けで、疲労と眠気に耐えながら、なんとか家路につくタカヒロ。
一度眠ってしまうと、なかなか起きられないだろう疲れっぷりである。
馬車がガタガタと揺れなければ、あっさりと眠りに落ちていたことだろう。
そのため、この馬車の大きな揺れは有りだなぁと思ってしまう部分はあるが、今回は荷物を抱えているので、大きすぎる揺れは勘弁して欲しい。
もらってきたエルダーフラワーコーディアルは瓶に入っている。
この世界の瓶は、タカヒロが知っている世界に比べるとそんなに質が良くないようで、衝撃には弱そうに感じられるのだ。
眠く注意力が散漫になってしまいそうな意識をなんとかかき集めて瓶を抱えて馬車に揺られている時間がとても長く、家に着いた時には、この世界に来て一番疲れきっていた。
「やっとついた……。なんかもう、あっちに住まわせてもらった方が楽そうだなぁ。でも、そういうわけにもいかないだろうしなぁ……」
抱えている瓶に目をやりながら、よろよろと馬車を降りて、戸を開ける。
「ただいま~……」
手早くこの瓶を渡してしまって、早く寝たいと家に入ると、マイが仁王立ちしていた。
何か悪いことをしたわけではないのだが、眠さで頭が上手く働かない状態では言葉が出てこなく、タカヒロは反応できなく立ち尽くすしかなかった。
「どうだった? もらえた? ダメだった? その抱えてる瓶って何? エルダーフラワーじゃないよね? 何? 違う物もらってきたの? ほら、早くどうなったか教えてよ!」
さすがに前回と違って睡眠時間を削っての鬼気迫るような顔ではなかったが、気が気でなかったようで、口早に問い詰めてくる。
あまりの押しの強さに、これまたタカヒロは何から言ったものかすら分からなくなってしまう。
エルダーフラワーはこの時期に手に入れるのは難しいとあちこちで聞いているだけに、エルダーフラワーの代わりにできる物がないか、マイは探し続けていた。
しかし、リベルテが持っていた伝手で、エルダーフラワーが手に入るかもしれないと考えてしまっては、代用の薬草を探すのも。マイの気は漫ろだったらしい。
タカヒロが帰ってくるのが待ちきれなく、マイはこうして待ち構えていたのだ。
マイは帰ってきたばかりのタカヒロを無理やり引っ張りながら、リビングに入ってタカヒロを椅子に座らせる。
その間、タカヒロは何かを言うことも無く、マイの雰囲気に気圧されるように小さく構えているだけだった。
「それで? どうだった?」
椅子に座っても落ち着きの無いマイは結局タカヒロに詰め寄る。
疲弊していた身体に加え、精神的にも疲れているところに、マイのこの押しである。
タカヒロはもう何でもいいから、早く寝てしまいたい誘惑に駆られていた。
そんな二人の前に、リベルテがそっと飲み物を差し出す。
タカヒロは心が疲れていたこともあって、差し出されたコップに手を伸ばす。
湯気の昇るコップに息を吹きかけながら冷まして口に含む。
スーッと鼻を抜けていく香りに、少しだけ頭も気持ちもすっきりとする。
「ミントだねぇ」
「ええ、ペパーミントです。気持ちをすっきりとさせてくれますから。今日はこちらの方が良いと思いまして」
前のカモミーユではすぐにでも寝てしまったことだろう。
ちゃんと場を読んで適した飲み物を出してくれるリベルテの気配りはありがたいものだった。
「最近、私もこれが好きでして。マイさんが薬草を下さるので、助かります」
「ただのお湯だけだと味気ないですからね~。こうしてリベルテさんとお茶するの、大好きだし」
お互い笑顔で香りを楽しみつつハーブティーを飲むマイたちであったが、タカヒロは若干、眉をしかめる。
気持ちをすっきりとさせる効能のあるハーブティーを好むと言うのは、それだけ溜め込んでいるものがあるからではないか、と思ったのだ。
それを口にしてくれれば、タカヒロだって親身になって聞くつもりはある。
だけど、言ってくれない相手に、こちらから穿り返そうと効いてしまえば、さらに頑なにさせてしまうこともあり得る。
それなりに頼りにはされているし、仲良くさせてもらっていると思っているけれど、大丈夫かと聞かれて大丈夫じゃないと返す人は、そう多くないし、居ても軽いジョークのように言うものである。
だからタカヒロは、どこまで効き目があるのかはわからないけれど、ハーブティーで落ち着けるならそれでいいのだ、と自分を納得させながらコップを空にするだけだった。
皆が一息ついたところで、タカヒロは用件を早く済ませてしまおうと動き出す。
少しだけ意識がすっきりしているが、体が睡眠を欲していることには変わり無いのだ。
近くに降ろしていた瓶をマイに差し出す。
「これ、城からもらってきたやつ。エルダーフラワーのコーディアルだって」
「エルダーフラワーだったんだ!?」
マイが瓶を手にとって、食い入るように眺める。
「コーディアルってことは……、シロップにしてるんだね。ただ乾燥させたものより使い道が広がるからかな? 効き目は変わらないと思うし……。うん! タカヒロ君、ありがとう!」
マイがタカヒロの手を両手で掴んで、ぶんぶんと振る。
力と勢いが入り過ぎていて、若干、腕が痛かった。
「あ~、リベルテさんからもらった手紙を出したら、しばらく経って、上の人がこれを持ってきてくれたんだよねぇ。だから、お礼を言うなら、リベルテさんでしょ」
「そうだね! タカヒロ君の力でもらえたわけじゃなかったね!」
タカヒロの手をぽいっと投げるようにして離して、マイはリベルテに抱きつきにいく。
たしかに、リベルテの手紙があったからもらえたのだが、自分が城勤めになったからこそ、城に居る人に頼めたのだ。
まったく貢献していないように言われては、タカヒロだって面白くはない。
それでも、カーマインの言葉から自分だけだったら、何も手に入らなかったことを思い起こせば、不平を言うことも出来なかった。
「タカヒロさんがお城で働くようになったからですよ。タカヒロさん、ありがとうございました」
ちょっと不満を持ってしまっていたタカヒロに気づいてか、リベルテはタカヒロに礼を述べる。
タカヒロはリベルテの気配りに感心してしまうものであったが、ずっと一緒にやってきたレッドの現状に一番心を痛めているはずの人に、余計な気を遣わせてしまったことに、自分が情けなく感じていた。
「……それじゃあ、すいませんが、僕は寝ます」
リベルテに気にしないで欲しいと首を振って応えてから、タカヒロは自室へ戻る。
材料が揃ったのなら、後はマイが薬を調合するだけである。
レッドが元気になってくれれば、きっとまたこれまでと同じ雰囲気に戻れるはずだと、タカヒロはベッドに倒れこむ。
知らずにタカヒロもリベルテたちに気を揉んでいたため、先の展望に安堵して、ゆっくりと意識を閉じていった。
「これで材料は手に入ったから、早速、調合してきますね!」
マイはそう言うや、すぐに自室へと走って戻ってしまう。
あまりの速さに、特に言葉を掛ける暇も無く、一人リビングに残されたリベルテはそっと息を吐いた。
そして、城の方角を向いて、頭を下げる。
エルダーフラワーは、万能薬として重宝されている代物である。
それが瓶いっぱいに入っていたのだ。
マイたちはその価値を知らなかったのか、手に入ったことだけに喜んでいたが、リベルテは表情に出さないように気を遣っていた。
伝えなかったのは、それで手を付けることに躊躇ってしまわれては、折角の好意を無駄にしかねないと考えたためである。
リベルテの手紙を読んで、これだけ手配してくれたとあれば、あの人が骨を折ってくれた事が窺い知れる。
「……お忙しいのに、ありがとうございます」
相手の忙しさを思えば、感謝の言葉しか浮かんでこない。
ただ、城ではリベルテが思い浮かべた人だけでなく、もう一人が手配させたことであれだけの量が手に入ったことを、リベルテたちは知らない。
夕方になって、多少の寒さで目を覚ましたタカヒロが、身を震わせながらリビングへ降りてくる。
リビングに近づくにつれ、またテンションの高い声が聞こえてきた。
リビングに入ると、マイがまたもリベルテに抱きつきながら、一人ずっと話していた。
笑顔でマイにされるままにされているリベルテの姿が、本当に大人の女性の姿に見える。
「なにやってんの?」
寝起きであったこともあり、タカヒロはマイを反目で睨みつつ、暖炉の側に寄る。
ただ、マイのテンションは高くて、タカヒロの目つきにも動じなかった。
「タカヒロ君! 出来たんだよ! すごいでしょ! 私、すごいでしょ!?」
短い言葉で叫び続けるマイをスルーして、チラッと目をリベルテに向けると、リベルテはマイに困ったような目をしつつも、その顔に喜びを溢れさせていた。
その顔を見てやっと寝起きの頭が動き始めて、理解する。
「……あぁ。レッドさんの薬が出来たんだ?」
「そう! さっきから言ってるじゃない! ほら、褒めて、褒めて」
「あー、すごいな。天才だな」
元々そのためにここに戻ってきたのだから、薬が出来たと言うのは喜ばしいことである。
本当なら、みんなで手を取り合って、喜びを分かち合っても良いくらいである。
だけど、なんとなく今のマイを素直に褒めたく思えなくて、タカヒロは心の篭らない賛辞を送ってしまう。
当然、そんな言葉は相手にも伝わってしまうもので、マイがタカヒロに絡んでくる。
「ちょっと! それ酷くない? やり直し! やり直しをよーきゅーするー!!」
「はいはい、どうどう。それより、出来たなら早くレッドさんに飲ませてきたら?」
暴れる動物なんかを大人しくさせるように、両手を向けて牽制しつつ、タカヒロは、ここで騒いでいるより早くすることをしてくるようにと誘導する。
「むぅ~。そうだけどぉ……。後で覚えてなさいよ」
タカヒロにむくれつつ、リベルテを伴ってマイがレッドの部屋へと向かっていく。
タカヒロもついて行こうかと考えたが、ぞろぞろと皆で向かうのもおかしい気がして、一人リビングで待つことにする。
体を温めるように、暖炉の近くに寄って、パチパチと爆ぜる暖炉の火をじっと眺めていた。
何も考えず、揺れ動く火を見続けていると、なぜだか心が安らぐのだ。
タカヒロの最近の時間の潰し方であった。
タカヒロにとってそんなに時間が経たないうちに、マイとリベルテが戻ってくる。
「早いね。どうだった?」
特に感動した様子も無く、ササッと戻ってきた二人に話しを振ってみただけなのだが、マイから冷めた目を向けられる。
「薬を飲んでもらってきただけだよ? 薬を飲んですぐ効果が現れるって、それってどんなの? 怖くない?」
言われて見れば、すぐに効果が発揮されるのは魔法だけである。
薬でも同様に効果が現れるのであれば、今も怪我をしたままの人など居ない事になる。
「そうだね……。早く良くなると良いね」
マイとリベルテがゆっくりと頷く。
ひとまず、レッドの毒はこれでなんとかなったのだろうことは素直に喜ばしい。
けれど、これまで寝たきりな日々だったのだ。
これからがまた、レッドにとって大変な日々になることを、マイもタカヒロも気づいていなかった。
この世界は、二人が知る世界ほどに恵まれても、整ってもいないことを。
季節は冬になり、リビングに飾られていた雪前花がその蕾を膨らませ始めていた。
一度眠ってしまうと、なかなか起きられないだろう疲れっぷりである。
馬車がガタガタと揺れなければ、あっさりと眠りに落ちていたことだろう。
そのため、この馬車の大きな揺れは有りだなぁと思ってしまう部分はあるが、今回は荷物を抱えているので、大きすぎる揺れは勘弁して欲しい。
もらってきたエルダーフラワーコーディアルは瓶に入っている。
この世界の瓶は、タカヒロが知っている世界に比べるとそんなに質が良くないようで、衝撃には弱そうに感じられるのだ。
眠く注意力が散漫になってしまいそうな意識をなんとかかき集めて瓶を抱えて馬車に揺られている時間がとても長く、家に着いた時には、この世界に来て一番疲れきっていた。
「やっとついた……。なんかもう、あっちに住まわせてもらった方が楽そうだなぁ。でも、そういうわけにもいかないだろうしなぁ……」
抱えている瓶に目をやりながら、よろよろと馬車を降りて、戸を開ける。
「ただいま~……」
手早くこの瓶を渡してしまって、早く寝たいと家に入ると、マイが仁王立ちしていた。
何か悪いことをしたわけではないのだが、眠さで頭が上手く働かない状態では言葉が出てこなく、タカヒロは反応できなく立ち尽くすしかなかった。
「どうだった? もらえた? ダメだった? その抱えてる瓶って何? エルダーフラワーじゃないよね? 何? 違う物もらってきたの? ほら、早くどうなったか教えてよ!」
さすがに前回と違って睡眠時間を削っての鬼気迫るような顔ではなかったが、気が気でなかったようで、口早に問い詰めてくる。
あまりの押しの強さに、これまたタカヒロは何から言ったものかすら分からなくなってしまう。
エルダーフラワーはこの時期に手に入れるのは難しいとあちこちで聞いているだけに、エルダーフラワーの代わりにできる物がないか、マイは探し続けていた。
しかし、リベルテが持っていた伝手で、エルダーフラワーが手に入るかもしれないと考えてしまっては、代用の薬草を探すのも。マイの気は漫ろだったらしい。
タカヒロが帰ってくるのが待ちきれなく、マイはこうして待ち構えていたのだ。
マイは帰ってきたばかりのタカヒロを無理やり引っ張りながら、リビングに入ってタカヒロを椅子に座らせる。
その間、タカヒロは何かを言うことも無く、マイの雰囲気に気圧されるように小さく構えているだけだった。
「それで? どうだった?」
椅子に座っても落ち着きの無いマイは結局タカヒロに詰め寄る。
疲弊していた身体に加え、精神的にも疲れているところに、マイのこの押しである。
タカヒロはもう何でもいいから、早く寝てしまいたい誘惑に駆られていた。
そんな二人の前に、リベルテがそっと飲み物を差し出す。
タカヒロは心が疲れていたこともあって、差し出されたコップに手を伸ばす。
湯気の昇るコップに息を吹きかけながら冷まして口に含む。
スーッと鼻を抜けていく香りに、少しだけ頭も気持ちもすっきりとする。
「ミントだねぇ」
「ええ、ペパーミントです。気持ちをすっきりとさせてくれますから。今日はこちらの方が良いと思いまして」
前のカモミーユではすぐにでも寝てしまったことだろう。
ちゃんと場を読んで適した飲み物を出してくれるリベルテの気配りはありがたいものだった。
「最近、私もこれが好きでして。マイさんが薬草を下さるので、助かります」
「ただのお湯だけだと味気ないですからね~。こうしてリベルテさんとお茶するの、大好きだし」
お互い笑顔で香りを楽しみつつハーブティーを飲むマイたちであったが、タカヒロは若干、眉をしかめる。
気持ちをすっきりとさせる効能のあるハーブティーを好むと言うのは、それだけ溜め込んでいるものがあるからではないか、と思ったのだ。
それを口にしてくれれば、タカヒロだって親身になって聞くつもりはある。
だけど、言ってくれない相手に、こちらから穿り返そうと効いてしまえば、さらに頑なにさせてしまうこともあり得る。
それなりに頼りにはされているし、仲良くさせてもらっていると思っているけれど、大丈夫かと聞かれて大丈夫じゃないと返す人は、そう多くないし、居ても軽いジョークのように言うものである。
だからタカヒロは、どこまで効き目があるのかはわからないけれど、ハーブティーで落ち着けるならそれでいいのだ、と自分を納得させながらコップを空にするだけだった。
皆が一息ついたところで、タカヒロは用件を早く済ませてしまおうと動き出す。
少しだけ意識がすっきりしているが、体が睡眠を欲していることには変わり無いのだ。
近くに降ろしていた瓶をマイに差し出す。
「これ、城からもらってきたやつ。エルダーフラワーのコーディアルだって」
「エルダーフラワーだったんだ!?」
マイが瓶を手にとって、食い入るように眺める。
「コーディアルってことは……、シロップにしてるんだね。ただ乾燥させたものより使い道が広がるからかな? 効き目は変わらないと思うし……。うん! タカヒロ君、ありがとう!」
マイがタカヒロの手を両手で掴んで、ぶんぶんと振る。
力と勢いが入り過ぎていて、若干、腕が痛かった。
「あ~、リベルテさんからもらった手紙を出したら、しばらく経って、上の人がこれを持ってきてくれたんだよねぇ。だから、お礼を言うなら、リベルテさんでしょ」
「そうだね! タカヒロ君の力でもらえたわけじゃなかったね!」
タカヒロの手をぽいっと投げるようにして離して、マイはリベルテに抱きつきにいく。
たしかに、リベルテの手紙があったからもらえたのだが、自分が城勤めになったからこそ、城に居る人に頼めたのだ。
まったく貢献していないように言われては、タカヒロだって面白くはない。
それでも、カーマインの言葉から自分だけだったら、何も手に入らなかったことを思い起こせば、不平を言うことも出来なかった。
「タカヒロさんがお城で働くようになったからですよ。タカヒロさん、ありがとうございました」
ちょっと不満を持ってしまっていたタカヒロに気づいてか、リベルテはタカヒロに礼を述べる。
タカヒロはリベルテの気配りに感心してしまうものであったが、ずっと一緒にやってきたレッドの現状に一番心を痛めているはずの人に、余計な気を遣わせてしまったことに、自分が情けなく感じていた。
「……それじゃあ、すいませんが、僕は寝ます」
リベルテに気にしないで欲しいと首を振って応えてから、タカヒロは自室へ戻る。
材料が揃ったのなら、後はマイが薬を調合するだけである。
レッドが元気になってくれれば、きっとまたこれまでと同じ雰囲気に戻れるはずだと、タカヒロはベッドに倒れこむ。
知らずにタカヒロもリベルテたちに気を揉んでいたため、先の展望に安堵して、ゆっくりと意識を閉じていった。
「これで材料は手に入ったから、早速、調合してきますね!」
マイはそう言うや、すぐに自室へと走って戻ってしまう。
あまりの速さに、特に言葉を掛ける暇も無く、一人リビングに残されたリベルテはそっと息を吐いた。
そして、城の方角を向いて、頭を下げる。
エルダーフラワーは、万能薬として重宝されている代物である。
それが瓶いっぱいに入っていたのだ。
マイたちはその価値を知らなかったのか、手に入ったことだけに喜んでいたが、リベルテは表情に出さないように気を遣っていた。
伝えなかったのは、それで手を付けることに躊躇ってしまわれては、折角の好意を無駄にしかねないと考えたためである。
リベルテの手紙を読んで、これだけ手配してくれたとあれば、あの人が骨を折ってくれた事が窺い知れる。
「……お忙しいのに、ありがとうございます」
相手の忙しさを思えば、感謝の言葉しか浮かんでこない。
ただ、城ではリベルテが思い浮かべた人だけでなく、もう一人が手配させたことであれだけの量が手に入ったことを、リベルテたちは知らない。
夕方になって、多少の寒さで目を覚ましたタカヒロが、身を震わせながらリビングへ降りてくる。
リビングに近づくにつれ、またテンションの高い声が聞こえてきた。
リビングに入ると、マイがまたもリベルテに抱きつきながら、一人ずっと話していた。
笑顔でマイにされるままにされているリベルテの姿が、本当に大人の女性の姿に見える。
「なにやってんの?」
寝起きであったこともあり、タカヒロはマイを反目で睨みつつ、暖炉の側に寄る。
ただ、マイのテンションは高くて、タカヒロの目つきにも動じなかった。
「タカヒロ君! 出来たんだよ! すごいでしょ! 私、すごいでしょ!?」
短い言葉で叫び続けるマイをスルーして、チラッと目をリベルテに向けると、リベルテはマイに困ったような目をしつつも、その顔に喜びを溢れさせていた。
その顔を見てやっと寝起きの頭が動き始めて、理解する。
「……あぁ。レッドさんの薬が出来たんだ?」
「そう! さっきから言ってるじゃない! ほら、褒めて、褒めて」
「あー、すごいな。天才だな」
元々そのためにここに戻ってきたのだから、薬が出来たと言うのは喜ばしいことである。
本当なら、みんなで手を取り合って、喜びを分かち合っても良いくらいである。
だけど、なんとなく今のマイを素直に褒めたく思えなくて、タカヒロは心の篭らない賛辞を送ってしまう。
当然、そんな言葉は相手にも伝わってしまうもので、マイがタカヒロに絡んでくる。
「ちょっと! それ酷くない? やり直し! やり直しをよーきゅーするー!!」
「はいはい、どうどう。それより、出来たなら早くレッドさんに飲ませてきたら?」
暴れる動物なんかを大人しくさせるように、両手を向けて牽制しつつ、タカヒロは、ここで騒いでいるより早くすることをしてくるようにと誘導する。
「むぅ~。そうだけどぉ……。後で覚えてなさいよ」
タカヒロにむくれつつ、リベルテを伴ってマイがレッドの部屋へと向かっていく。
タカヒロもついて行こうかと考えたが、ぞろぞろと皆で向かうのもおかしい気がして、一人リビングで待つことにする。
体を温めるように、暖炉の近くに寄って、パチパチと爆ぜる暖炉の火をじっと眺めていた。
何も考えず、揺れ動く火を見続けていると、なぜだか心が安らぐのだ。
タカヒロの最近の時間の潰し方であった。
タカヒロにとってそんなに時間が経たないうちに、マイとリベルテが戻ってくる。
「早いね。どうだった?」
特に感動した様子も無く、ササッと戻ってきた二人に話しを振ってみただけなのだが、マイから冷めた目を向けられる。
「薬を飲んでもらってきただけだよ? 薬を飲んですぐ効果が現れるって、それってどんなの? 怖くない?」
言われて見れば、すぐに効果が発揮されるのは魔法だけである。
薬でも同様に効果が現れるのであれば、今も怪我をしたままの人など居ない事になる。
「そうだね……。早く良くなると良いね」
マイとリベルテがゆっくりと頷く。
ひとまず、レッドの毒はこれでなんとかなったのだろうことは素直に喜ばしい。
けれど、これまで寝たきりな日々だったのだ。
これからがまた、レッドにとって大変な日々になることを、マイもタカヒロも気づいていなかった。
この世界は、二人が知る世界ほどに恵まれても、整ってもいないことを。
季節は冬になり、リビングに飾られていた雪前花がその蕾を膨らませ始めていた。
0
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
異世界へ行って帰って来た
バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
どこかで見たような異世界物語
PIAS
ファンタジー
現代日本で暮らす特に共通点を持たない者達が、突如として異世界「ティルリンティ」へと飛ばされてしまう。
飛ばされた先はダンジョン内と思しき部屋の一室。
互いの思惑も分からぬまま協力体制を取ることになった彼らは、一先ずダンジョンからの脱出を目指す。
これは、右も左も分からない異世界に飛ばされ「異邦人」となってしまった彼らの織り成す物語。
異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる