王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

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タカヒロは早速と城へ向かうことにした。
先方が待ってくれているとは言え、何時まで待っていてくれるかわからない。
こういう時は、決めたらすぐ動いた方が良いのだ。
そこまで考えたのは良いのだが、城に行くためには貴族地区を通る必要があった。

最初は特に気にもせず貴族地区に足を踏み入れたのだが、少し進む毎に建物の雰囲気が見慣れたものと変わり、通りを歩いている人はほとんど見かけられなくなる。
見える建物は一つ一つが大きく、庭園が広がっているようであり、庭師がこれから迎える冬に備えて作業を続けていた。
庭師にしても、タカヒロたちが生活して居る周辺で見かける服より上等そうで、あまりにも違いすぎる雰囲気に、どんどんと、歩いているタカヒロの場違い感が酷くなってくる。
よく知らない場所を一人歩いて、このまま城に向かって良いのか不安が込み上げる。
「……これ、緊張感半端ないんですけど……」
あまりにも不安が強くなりすぎて、タカヒロは立ち止まって引き返そうとする。
「……うん。僕には無理。こんな場違い感が酷い所なんて通える気がしない! 縁が無かったってことで帰ろう……」
タカヒロが向きを変えたところで、兵士たちがタカヒロに向かって走ってきた。

何か遭ったのかと他人事のように考えていたが、周囲を取り囲むように動かれたことで、自分が原因とわかって、タカヒロは顔が引きつる。
「え……。何か、ありましたか?」
答えながら、タカヒロはサッと両手を肩くらいまで挙げて、敵意も害意も無いことを示す。
精力的に協力しないと危ういと感じたのだ。
隊長と思われる人が、明確に敵意を込めた声を響かせる。
「貴様! ここで何をしている! ここに何の用だ」
その声色に、ものすごく怪しまれていることにため息をつきたくなる。
もちろん、ため息をついたらそれはそれで相手の機嫌を損ねることがわかるので、ぐっと堪える。

彼らの仕事からすれば、高圧的に出て、隙を作らないように鋭く目を向けるのは仕方が無い。
第一、先の騒乱からまだ季節も変わっていないのだ。
貴族区域でも被害が遭ったと言う話はタカヒロも耳にしている。
そんな後で、挙動不審というか、周りをきょろきょろとしながら、立ち止まって引き返すだなんて、不審な行動以外の何ものでもない。
「あ~、すみません。僕はタカヒロと言います。冒険者ですね。……はい、これです。それで、城に勤めている方に呼ばれて向かっていたのですが、あまりにも場違いな様子に気後れしちゃいまして……」
身分を証明しないとまずは危ないだろうと、冒険者の証を手早く提示して名乗る。
そして、ざっくりとここに来ていた用件を口にしてみるものの、自分で言ってて胡散臭くて仕方が無かった。
自分自身でもそう思えるのだから、取り囲む兵とその隊長の顔は険しいままに決まっている。

「お前が何故、城に呼ばれる? 誰からの命令だ?」
「カーマイン、と名乗っておられました」
一応、職務上、確認はしてくれるらしく、タカヒロはカーマインの名を口にする。
隊長は幾分か驚きの様子を見せた後、兵の一人に指示を出し、兵一人が走り去っていく。

一向に包囲と敵意は溶けないままである。
先ほどの兵士が戻ってくるまでどうすることも出来ず、気まずい時間がただ流れる。
いい加減、どうしたものかなと思い始めた頃、先ほど去って行った兵が馬車とともに、ゆっくりとこちらに向かってきているのが見えてきた。
タカヒロたちの近くで馬車が止まり、中からローブの男性が下りてくる。

「遅いぞ! 昨日の時点で来ると思っていたのだがな」
開口一番、怒られたことにタカヒロは目が点になる。
「……いや、会って即断出来る話じゃないから、考えさせてくださいって言いました、よね……?」
カーマインは、タカヒロが思っていた以上にせっかちらしいことに、タカヒロは思わず額に手を当ててしまう。
「こいつは、間違いなく私の客だ。ほら、さっさと行きなさい」
カーマインが追い払うような仕草を兵たちに向ければ、兵たちはサッとタカヒロの包囲を解いて、巡回に戻る。
「切り替え早いなぁ~。さすが、兵士さんだわぁ」
不審な人物を囲み、身元の確認を取るのが仕事とは言え、権力を持っている相手から仕事は終わったと追い払われても文句の一つも言わない。
その仕事っぷりに感心していると、少しイラついているのがわかる声がかかる。
「おまえも早く乗れ。時間がもったいない」
戸惑いながらも、ここで問答しても機嫌を損ねるだけだろう、とタカヒロは馬車に乗る。
タカヒロが乗り込んだのを確認するや、馬車は城に向かって走り出した。

「あの~……、僕は城で何をすれば良いのですか?」
これから自分は何をすることになるのか確認する。
城に来い、とだけ言われて向かっていたが、不安になっていた原因の一つに、何をするのか分からなかったことがある。
自分がこれからしていかなくてはいけない仕事なのだから、タカヒロの表情は真剣である。
「今、国には魔法を使える者が足りない。お前は何が出来る? 威力を高めて戦線に立つか? 魔法について探求し他の者たちに教えていくか? それ以外にも必要なことは数多くある」
「……自分で選んで良いんでしょうか?」
カーマインが魔法を使えるものにやって欲しいことを次々と挙げていく。
隆弘に尋ねるように言っているので、自分で選んで良いのか言質を確認したのだが、カーマインから頭の悪い相手を見るかのような目を向けられる。

「何を言っている? 今上げたのが私たちの仕事だが?」
「ちょ!?」
タカヒロに聞いているような言い方だったが、それら全てが仕事だと言われ、思わず多すぎると反応してしまう。
反応した後で、そんなに多すぎると言うほどの仕事の量でもないように思えた。
自身が使える魔法について探求し、他に魔法が使える人を増やすために教えていき、戦争があった際にはその力を発揮するだけである。
言うならば、休みらしい休みが無いことくらいだろう。
もう城に向かっているだけに、今から拒否するの相手との身分や権力を考えれば無理であり、魔法はそんなに使えないなんて言ったところで、魔法を使っていることはすでにばれている。
タカヒロは遠い目になりながら、迫り来る城を見続けるしかなかったのだった。

「よしっ! きっとこれで解毒の薬になるよ!」
マイが両手を上げて喜びを表す。
リベルテの家に戻ってから、解毒に使われる薬草を色々と煎じてきたが、レッドの症状に改善はあまり見られなかった。
毒煙の成分がわかれば、もう少し対応する薬について検討出来るのだが、毒煙を今から採取することは出来ないし、成分を調べるにも煙相手では調べる道具も無い。
それに薬を試していくと言うのは、試される方にとって気持ちの良いものではない。
治るかどうかわからない薬を、あれもこれもと試し続け、下手をすると悪化したり、違った症状が引き起こされたりする可能性もあるのだ。
薬だからと言って、好んで口にしたいとは思わないだろう。
今回はマイのことを信用し、レッド自身も以前のように動けるようになりたい、と言う強い意志を持っていたことが大きかった。

色々と試してきても、あまり改善が見られなかったが、まったく何も無かったわけでもない。
レッドの所感でしかないが、少しは効き目があったように感じると言ってくれた薬に、量や素材の組み合わせを試し続けてきたのだ。
色々と試し続けてはいるが、薬だからとあまりに与えすぎては効き目が無くなってしまう、と薬師ギルドで教えられてきている。
マイ自身も、以前の世界で薬を常飲し続けた結果、まったく薬が効かなくなった覚えがあったので、しっかりと守るようにしているため、試した薬の結果は思うように進んでいない。
なので、師であるソレに調合した薬とその結果をすり合わせながら相談して、今やっと薬草の種類を選別しきれたのだ。

「ダンデライオンとキンセリ花、オレガノ、そしてエルダーフラワーかぁ」
しげしげと書き上げた調合資料を、改めて眺めるマイ。
「ダンデライオンってタンポポだよね? あ、セイヨウタンポポか。キンセリ花は知ってるし、オレガノも手に入りやすいよねぇ。でもエルダーフラワーかぁ……。これ難題だよ……」
ダンデライオンは多年草であり、探せば今の時期でも見つかるはずの薬草である。
キンセリ花もオレガノも、まだ採取は出来るはずであった。
ただ、エルダーフラワーは春から夏に向かう時期に花を咲かせる。
これから冬に向かおうとしている今の時期には、手に入るはずも無いものだったのだ。
選別できて喜んだのも束の間、マイは長くため息を吐いてベッドに身を投げ出す。

「どうしよう……。このままじゃ年明けてもまだ先になっちゃうよ……。それまで今の状況って、絶対、レッドさんに良くないし。リベルテさんもだよねぇ……」
ベッドの上でごろんごろんと身を左右に転がしながら、どうにか出来ないか頭を悩ませ続け、そして、勢いをつけて立ち上がる。
「うん、考えてても無理! 先生に聞いてこよう!!」
バタバタと身支度を整えて、階下へ向かう。
「ソレさんのところに行ってきます!!」
声を上げて出かけることだけ伝えて、リベルテが見送りに出てくるのも待たずに飛び出す。
道行く人たちの合間を駆け抜けて、ソレの店に飛び込んだ。

「な、なんだい?! 急患かい!?」
久方ぶりに怪我人の列が無くなり、ゆっくりしてきたところに飛び込んできた人影に、ソレは慌てて部屋から飛び出してくる。
が、飛び込んで来たのがマイだとわかって、盛大にため息を盛らす。
「なんだい……。マイじゃないか。そんなに急いでどうしたんだい? と言うか、病人や大怪我を負ってる人が居るんだから、そんなバタバタして入ってくるんじゃないよ。まったく……」
気だけ急いて自分の体力をちゃんと考えていなかったマイは、息が戻るまでソレの小言を聞き続けるしかなかった。
息が整うにつれて、ソレの正論に段々とげんなりとしてくる。
「あぅ。……すみませんでしたぁ……」
頭も冷えてきて謝罪を口にすると、ソレはサッサと本題をと顎をしゃくる。
「え~っと……。レッドさんの解毒に必要そうな薬草が選別でき」
言いながら書き上げた調合資料を取り出すと、マイが言い切る前にソレに紙を奪い取られる。

「ふ~ん。いろいろと試させてもらって、これ結果なんだね。あの毒がどんなもんだったかわかれば、もっと早くにわかっただろうし、これで大丈夫だって言ってやれたかもしれないが……。わかって無いものを大丈夫とは言ってやれないね。でも、悪い組み合わせじゃあないよ。……問題は、時期的なこいつかい」
「はい。先生ならなんとか出来ないかな~って……」
マイは、チラッと上目でソレを見るが、ソレは険しい表情のまま動かない。
「時期的なもんだからねぇ。それにこいつは万能薬としてよく使われるんだ。これだけの量を使うってなると、出せないよ。無くなっちまうし、無くなったら年が開けて春先ならないと、手に入らなくなっちまう。何か遭った時にこっちが、対応出来なくなるってもんさ。ギルドも……無理だね。あっちは城に勤めている方々への備えに持ってなきゃいけないからねぇ」

薬師ギルドでは、通年で対応出来るようにと、様々な薬草を保管している。
そのため、時期的に手に入らないが何かの事情で必要になった場合、各薬師の店に在庫が無くなった
場合にギルドから融通出来る様にしているのだが、城に居る方々のために残しておかなければいけない分が存在する。
先の騒乱でかなりの在庫を放出したこともあり、これ以上、ギルドから融通できる余裕は無くなっていた。
「城に居る方に伝手でもあれば、交渉次第で出来ないことは無いのかもしれないけどねぇ……」
平民が貴族相手に伝手を持っていることなど、ほとんど無いと言って良い。
あっても大手の商会やギルドマスターといった肩書きを持つ者達くらいであり、ソレの言葉は気休めに口にしたに過ぎ無かった。
だから、諦めて時期を待つしかないという意味で口にしたのだが、マイには違って聞こえていた。

「あーーーっ!!」
叫び声を上げたマイの頭をソレは反射的に叩いて咎めるのだが、マイはそれに構わず、礼だけ言ってまた飛び出していく。
「なんだったんだい……。でもまぁ、あの子らしいっちゃ、らしいのかねぇ」
去っていくマイの姿を見送り、ソレは部屋に戻り、グイッと背伸びをする。
「さて、妙な元気をもらった気がするよ。もうひと仕事するかねぇ」

元気な姿とは、見ている人にも元気を分け与えてくれるものである。
それが、真っ直ぐで真剣なものであるほどに、影響を与えてくれるものだ。
肌寒くなってきている季節の中、精力的に働く人の姿があちこちで見受けられた。
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