上 下
103 / 214

103

しおりを挟む
子どもたちの賑やかな声が聞こえる。
孤児院は明るい印象を持たれないものであるのだが、この孤児院に引き取られている子どもたちは、悲観に負けず、明るく生きようとしていることが、ここに近づけば分かるだろう。
「ええ。先の戦争でまた増えた子もいるのですが、ああして笑ってくれているのはありがたいことです。あぁ、リベルテさん方には感謝しています」
リベルテたちに頭を下げるのは、この孤児院の管理人をしているヨルゲンという中年と呼べてしまうくらいの男性である。

「いえ、私たちも縁が出来た結果ですから」
以前にお金を盗まれたことから繋がった縁であるが、その結果、孤児院のお金を不正に得ていた者達を捕まえることが出来、この孤児院が取り潰しになるのを止められることが出来たのである。
あの縁が無ければ、この孤児院は潰れ、放り出された子どもたちは行き場を失くしてしまう。そうなってしまえば、何も出来ず亡くなってしまうか、盗みや人を殺して物を奪っていくしか生きていくことが出来なくなっていただろう。
この件から、日々の生活に少し余裕を持ててはいるレッドたちは、孤児院に少しでもと援助を始めていたのである。
そして、今日、この孤児院に来たのは、その援助を持ってきたからだった。

「それじゃあ、この野菜をよく洗って、なるべく同じ厚さになるように切ってもらえるかな? ただし、手元には気をつけましょうね。無理はしなくていいから」
リベルテが子どもたちの中で、一番年上の少女を筆頭に料理を教えている。
「…っと。どうでしょうか? リベルテさん。ああっ! ちょっとリリー。そんな持ち方危ないでしょ!」
真剣にリベルテの言うことを聞いて実践しているのはエルナであり、この孤児院では一番リベルテたちと縁が深い。
一番の年上と言うこともあるのだが、エルナより年下の少女たちに気を配りながら作業しなければいけなくて、とても大変そうであった。

「もう! これが今日の私たちのご飯になるんだから、ちゃんとしなきゃおいしいもの食べられないわよ! ……はぁ。リベルテさん、ごめんなさい」
「いいのよ。それにしても、本当にしっかりしてるわね。これだったら大丈夫そうね」
「リベルテさんたちには本当にお世話になりました。私、頑張りますね」
この孤児院で一番年上となっているエルナであるが、このまま孤児院に居残ることが出来ない年齢へとなっている。
お手伝いではなく、雇ってもらって働ける年齢になったら、孤児院を出て生活しなければならないのだ。
それはいつまでも居続けさせられるほど建物が大きくなく、孤児院で引き取らなければいけない子どもたちが毎年入ってくるからである。
そのため、リベルテが積極的に動いて「どんぐり亭」の店主に売り込んだ結果、エルナは年が開けたら「どんぐり亭」で働かせてもらうことに決まっていた。
食事も出す酒場であるため、エルナはこうしてリベルテからの教えを、他の誰より真剣に学んでいるのだ。

「そういえば、アルト君でしたっけ? 彼はどうなんですか?」
以前にリベルテからお金を盗んだ強者であり、ある意味では期待が持てる少年である。
「アルトは今、冒険者になるんだ~って、レッドさんに教えてもらっていますけど……」
アルトはレッドたちによって孤児院の危機を救ってもらい、またこうして時折ではあるが、支援もしてもらっていることで、冒険者という職に憧れを持ってしまったようだった。
「あまり希望を持つ仕事では無いのですが……。それと、そう言う話の予定ではなかったんですけどね」
リベルテが、レッドたちが居る方角を遣る瀬無さそうに目を送る。
その様子にエルナは首を傾げた。
あの少年がエルナに想いを寄せているのは、リベルテからすれば分かり安すぎるもので、どうなんだろうかと、ちょっとワクワクして質問したのだが……。
日々の生活が大変であると言うのもあって、まったく娯楽が無いわけではないのだが、全く足りないのだ。
王都に居る女性たちにとって、他人の恋愛話ほど興味を引き、楽しいものは無い。
が、今の感じでは、エルナからはそのような楽しそうな話にはならなそうであった。

「はい。それじゃあ、まずはカロタをちょっと焼きますよ。皮に焼き目を付けるとおいしくなりますから」
子供たちが、大量のカロタを大鍋にわぁ~と入れる。
勢いよく入れたせいで油が跳ねてしまい、興味津々に近づいてきてしまっていた子に少し掛かってしまい、熱さに泣き出してしまう。
「あ~、もう!! ヨルゲンさんを呼んできて! 手当てお願いしないと!」
エルナが管理人を呼びに行くよう近くの子に指示を出し、ヨルゲンが来るまでの間、泣いている子をあやし続ける。
リベルテは上手だなぁと感心し、その手管を横目で学ぶ。正面から見ないのは、鍋の側から離れるわけには行かなかったからである。

「すみません。え~っと、次はパタタを入れればいいですか?」
少し急いで来たのだろう。エルナの息が少しだけ荒い。
「まだゆっくりで大丈夫だから、落ち着いてね。次はお肉をいれますよ~」
リベルテがそう声をかけると、近くにいる子どもたちから歓声が上がる。
やはり、子どもはお肉が大好きなのだ。ただ、それが聞こえていたレッドもリベルテに大きく手を振っていて……、大人もお肉が好きだと言うことだ。
「それじゃあ、このままパタタも入れちゃいましょう」
お肉を入れて少し色が変わり始めてきたのを見て、次の指示を出す。
エルナを筆頭にして、少し重そうにパタタの皿を持って、ゆっくりと鍋に入れていく。
「はい。それではしばらく混ぜながら全体に火を通していきますよ。ゆっくりとね」
お肉の焼ける匂いとともに野菜から少し甘い匂いが漂い始め、近くに居る子どもたちの目が鍋に注がれていく。
鍋から離れた所で、レッドから冒険者に必要な知識とちょっとした軽い訓練を受けているはずの子どもたちの動きも緩慢になってきていた。

「それでは、ここでワインを入れるともう少し香りが良いのだけど、小さい子が居るので、このまま味付けしますよ。塩を振って混ぜたら、同じように小麦粉も軽く振り入れてください」
小さい子と一緒になって、木ベラを持って混ぜるエルナ。
たまに危なっかしく、手を出したくなるが、リベルテはなんとか我慢する。
自分で全部やってはためにならないのだ。子どもたちが自分たちでやることに意味があるのだから。
「はい。それではこのお水とミルクを入れてください。溢さないようにね」
ふらふらとした手つきで、鍋に流し込んでいく。
リベルテは討伐の依頼でモンスターと対峙するより、ハラハラしてしょうがない。

「では、あとはゆっくりと混ぜて煮込んでいくだけですよ」
子どもたちが待ちきれないとばかりに、鍋を見続ける。
それを制しながらゆっくりと混ぜ続けるエルナは、焦げないように焦げないように、と呪文のように呟き続けている。暗めの部屋でローブを羽織ながらだったら、怪しい物を作っているようにも見えそうだ。
だけど、エルナはなかなか可愛い子であるし、ローブで顔を隠してもいないのだから、もしそんな風に見える人が居たのなら、余程に目が悪いか、世の中全てを疑ってかかる考え方をしている人くらいだろう。

後片付けくらいならいいかな、とリベルテが片付けを始めていたのだが、鍋の周りに人が増えていることに気づいた。
レッドが申し訳なさそうな、少し呆れたような顔で立っていた。
「いい匂いに釣られてな。全然、集中しそうに無いんで戻ってきた。こう言うもんだったかなぁ」
自分の小さかった時を思い返して、そう言うもんだったな、と頷くレッド。
レッドも子どもの頃は、学ばなくてはいけないことがあっても、食事の匂いに釣られて集中できなくなっていたらしい。
リベルテも、そう言うものですよね、と笑うのだった。

先の戦争で亡くなった兵は多い。
その家族であった者達には、国からいくらかの手当てが渡されたが、それでずっと生活して行けるものでは無い。
伝手がある人はその先で働けたり、親族の世話になったりもできたようであるが、中には立ち行かなくなって子どもと離れた人たちもいた。
自分ひとりであれば、なんとか生きていけるという悲しい現実が多いのだ。
そのため、孤児院で引き取られた子も多い。それでも、オルグラントではまだまだ全てを受け入れられるには孤児院が足りないし、以前から孤児院に入れず、それでもなんとか生きている子どもたちがハヤトの居たあの地区で生活していたりもしている。
孤児院側だって、全てを受け入れることは出来ないのだ。
国からの給付だけで賄っていかなくてはいけないのだから、どうしようもない。
また、お金もなければ、孤児院で子どもたちの世話をしてくれる人も他に居ないと言う事も影響がある。誰だって、自分たちの生活に余裕がなければ、他の人の世話に力なんて貸し続けられないのだ。
だから、孤児院に入れた子でも明るい顔になる子は少ない。
それでも、ここの孤児院で笑っている子が多いのは、管理人の手腕とエルナのような孤児院の中でも年上となる子どもたちが協力しあってくれているからだろう。

孤児院も、王家が動いて正しく給付金が渡されるようになったが、それだけで十分な運営をしていけるものではない。
十分な食事を用意できなかったり、着ている服だって大きい子の古着を継ぎ接ぎして使っている。
それでも屋根がある場所で暮らせて、それなりに食べ物があることは十分な救いではあるが、身寄りが居ないこと、捨てられたことを思えば笑顔になんてなれない。
今こうして笑っている子が多いことが、ただの一冒険者である二人にはとても嬉しいことであった。

「あ~、もう。勝手に食べちゃだめだって! ほら、リベルテさんたちにお礼と感謝を言ってから。お願いだから」
酒場で働くことになっているエルナであるが、このまま孤児院の運営に携わった方が向いているような気さえしてくる。
子どもたちがすでにあちこちで食べ始めているが、ありがとうございます、と唱和する声に、リベルテは自然と笑みがこぼれる。
「子どもってかわいいですよね」
深い意味はないのだろうが、その言葉に、レッドはどう返したら良いのか言葉に詰まり、なんとも答えることができなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

一人暮らしのおばさん薬師を黒髪の青年は崇めたてる

朝山みどり
ファンタジー
冤罪で辺境に追放された元聖女。のんびりまったり平和に暮らしていたが、過去が彼女の生活を壊そうとしてきた。 彼女を慕う青年はこっそり彼女を守り続ける。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

【完結】神スキル拡大解釈で底辺パーティから成り上がります!

まにゅまにゅ
ファンタジー
平均レベルの低い底辺パーティ『龍炎光牙《りゅうえんこうが》』はオーク一匹倒すのにも命懸けで注目もされていないどこにでもでもいる冒険者たちのチームだった。 そんなある日ようやく資金も貯まり、神殿でお金を払って恩恵《ギフト》を授かるとその恩恵《ギフト》スキルは『拡大解釈』というもの。 その効果は魔法やスキルの内容を拡大解釈し、別の効果を引き起こせる、という神スキルだった。その拡大解釈により色んなものを回復《ヒール》で治したり強化《ブースト》で獲得経験値を増やしたりととんでもない効果を発揮する! 底辺パーティ『龍炎光牙』の大躍進が始まる! 第16回ファンタジー大賞奨励賞受賞作です。

処理中です...