王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

文字の大きさ
上 下
87 / 214

87

しおりを挟む
「……ねぇ」
忙しなく準備をしている人たちの気配を背にしながら声をかける。
「……ねぇ、レッドさん」
「ん? なんだ? おっし! 準備できたか? 持ち場に着くぞ!」
レッドに呼びかけていたのはタカヒロで、その顔から表情は抜けているようであり、目も半目で遠くを見ている。
たいしてレッドはリベルテたちとともに荷物を馬車から降ろし、ほかの冒険者たちに渡したり、場所の指示を出していた。
「帝国に負けたって話聞いてましたよね?」
「……あぁ、そうだな」
タカヒロはだレッドの方も見ずに話し、レッドは少し顔を暗くさせたもののすぐ顔を上げてタカヒロと同じ方角に目を向ける。
「結構、大騒ぎになる話だと思うんですよ」
「そうだな。酒場とか女性の集う場所とか大騒ぎだな。たぶん、今じゃ城の方もそうなってると思うがな」
レッドたちがギルドで聞いた敗戦の話は、その後、王都内に広まり大騒ぎとなっている。
だが、グーリンデ、アクネシアそれぞれに箇所に建てられている砦からその後の情報は来ていなく、連合として出陣していった兵がどうなっているのかわかっていない。
敗戦したのであれば敗走してくる兵があっていいはずなのであるが、来ていないし、その陰もないらしい。
「それとレッドさんたちが捕まえるのに手伝ったっていう、またヤバイ薬作ってる人、逃げたんですよね?」
「あの警ら隊の隊長、本当に使えないやつだよな……。また被害者が増えちまう」
また王都で少しずつ出回り始めている人をおかしくする薬に関わっているだろう相手を捕まえたはずであったが、その当日に逃げられてしまったらしい。
どのようにして逃げたのかなどレッドたちに聞かされてはいなく、不審な点しかないものだった。
あの警ら隊の隊長と働きたくは無いのだが、かといって個人で探したりすると掛かる費用は全て実費であり、収入や蓄えが潤沢といえないレッドたちには厳しいものになる。
また、何か問題が起きたとき、警ら隊とともに動いていないため、レッドたちが牢に送られてしまうことになるので、今すぐには動けずにいる。
「それでなんでここにいるんですかねぇ……」
「いや、まぁ、時期だからとしかな……。兵も減ってるし、着いていった冒険者もいるから人手が心配されてるんだよ。ギルマス権限を使われるかと思ったんだが、参加する奴らが多くて助かったな。まぁ稼ぎ時だしな!」
ここまでリベルテとマイが参加してこないのは、感情を殺しているためだろう。
二人の表情もだいぶなくなってきており、ただ事務的に処理しようという心構えが見える。
そう、あの時期なのである。
多くの虫が地面より這い出して向かってくる光景。
ディグアーマイゼ、センテピードの繁殖、移動時期である。
稼ぎ時と剣や槍を奮う者たちと、及び腰で槍で突く者たちの姿が見える。
タカヒロはやりたくなかったと思うが、もう目の前に迫っている虫たちに、口を閉じて槍で突き続けるのだった。

それは春の日差しが感じられる様になってきた朝。
起きて来たタカヒロは外の天気のよさに背伸びをする。
「おはようございます。タカヒロさん。」
リビングにはすでにリベルテが居たが、レッドの姿は見えなかった。
「レッドさんは? もうすぐ起きて来るのかな?」
いつもであれば、リベルテ、タカヒロ、レッドの順で起きて来る。
そこからしばらく経ってから起きてくるマイを待って、朝食を取るのである。
「あ~、レッドなら冒険者ギルドに行ってますよ。なので、朝ごはんはもう少し遅くなりますね。ごめんなさい」
レッドたちの依頼を手伝ったり、タカヒロたちで稼いだものから食費や家賃としていくらか払い、まれにタカヒロが朝ごはんを作ったりすることはあるものの、ほとんどリベルテの世話になっている身としては、いえいえ、としか返す言葉は無い。
それからしばらく経って、マイが起きて来るのだが、レッドはまだ戻ってきていない。
「あれぇ~? レッドさんは? 私より寝坊だなんて……私が勝ったってすごくない!?」
いつも皆より遅く起きて来ていることを気にしていたのか、ここに姿の見えないレッドに自分の方が早く起きられたと喜ぶ。
もちろん、リベルテとタカヒロは生暖かい目でマイの姿を見ていた。
「朝からうるさいぞ」
そんなマイの頭に後ろからペシッと叩くのは、ギルドから戻ってきたレッドである。
「あ、レッドさん! いくら私より起きるのが遅れて悔しいからって叩いくのは酷いですよ!」
マイはむくれているのだが、だれも取り合わない。
レッドは席に着き、リベルテは朝ごはんの配膳に動き出す。
チラッとタカヒロに目を向けるが、タカヒロは何も言わず、可哀そうな子を見る目を返すだけだった。
そこでレッドが起きてこなかったのではなく、早くに起きて出かけていたらしいことを察し、恥ずかしさのあまりタカヒロを数回叩いてから椅子に座る。
「ですよねぇ……。やっぱりこういう扱い……」
こちらもまた誰も取り合わない、哀愁を感じさせるものだった。
「それで、レッドさん。どこに行ってたんですか?」
マイが固いパンをスープに浸しては口に放り込んでいく。
柔らかいパンも買うことはできるのだが、慣れすぎると遠出に差し障るし、食費も上がってしまうと固いパンの日の方が多い。
「冒険者ギルドだよ。あ~、メシ食ったら依頼こなしに行くぞ。悪いが今回は全員で参加だ。もうその手続きもさせてきてもらった」
「は~い」
マイたちにも差し支えはない。
自分たちでやりたい依頼というのも持っていないし、レッドたちと一緒に受けることも多いので、普段どおりとも言うものだ。
「それで、どんな依頼内容なんですか? 畑仕事とか採取のですか?」
タカヒロが面倒なのじゃなきゃいいなぁと思いながら、依頼について確認する。
「いや? 喜べ、討伐依頼だ。まぁ、ほかの冒険者もいるから、そこは覚えといてくれ」
冒険者の依頼は個人であったり、チームだけで受けるものが多い。
しかし、強力なモンスターが出ただとか、数が多く間引く必要がある被害が出ているだとかそういった場合には、複数の冒険者が受けるものとなる。
「へぇ~、そういうの滅多にないですよね。兵士さんも減ってる時だから頑張らないとですよね」
「そうだな」
マイとレッドが朗らかに食べつつ話を続ける。
「でもなんかこういうのあったような……。なんだっけなぁ」
なんとなく引っかかるものを覚えて思い出そうとするが、タカヒロは思い出せずにいた。
そして、リベルテの目から徐々に光りが消えていっていることに気づかなかった。

「うわぁぁぁぁ!」
「ふぇぇぇぇぇ」
あちらこちらから悲鳴が聞こえてきて、そうだよな~という同意の感情に、懐かしいなともよっし、とも思ってしまうものがあった。
やはり、自分が以前にした、感じた体験は他の人にも味合わせたくなることがある。
言ってしまえば、同じ犠牲者を、仲間を増やしたいという思いである。


そういうタカヒロたちは叫びたくはなるものの、叫ぶことは無くただ淡々と突いて処理していく。
マイでさえ、叫ぶことなく槍で突い……たり叩いたりしている。
リベルテが正確に淡々と処理している見本であり、マイは暴れまわっている見本である。
どちらも近くに大量の死骸を積んでいるが、マイの方は凄惨である。
それでもなおほかの死骸を乗り越えて向かってくるカサカサ音にタカヒロも槍を奮うしかない。
だがこれらは守勢の形。
カサカサと動き回るやつらを相手に動き回りたくない人、確実に距離をとって戦いたい人たちがこのように戦っている。
だが、そうではない人たちというのはどこにでもいるものだ。
この虫相手に切り込み暴れまわる人たちもいるということ。
この虫の大群の中を動き回って蹴散らしている冒険者たちというのは腕に自信があり、この虫相手に遅れや不覚を取ることがない人たちである。
もちろん、レッドはここに入っている。
数人で固まって武器を奮いながら近くにいた虫を蹴散らし、止まることなく葬っていく。
止まったらそこで終了とも言える突撃であり、それは彼らもわかっているため、周囲への目が広い人がリーダーとして進撃方向を指示している。
「あそこだけ違うゲームだなぁ……」
縦横無尽とも言える暴れっぷりは憧れ、そこに自分も居てみたいと思ってしまうところはあるが、相手が相手だけにタカヒロは絶対に参加したくないとも思った。
暴れまわるというのは動き続けるということ。
さすがに疲労してきたのか、疲労しきる前にこちらへ戻ってくる一団。
それを追うように動いてくる虫にまだ控えていた冒険者が弓を射掛け始める。
それでも近くにいるものは、守勢にいる人たちがやりで突き殺す。
「あ~、暴れた暴れた」
「だがまだ居やがるし、向かってくる気だな。少し休んだらまた行って減らさないとだな」
レッドたち突撃組が腰を下ろして休む間、タカヒロたちは先ほど以上に向かってくる虫を相手にし続けなければいけない。
最初に悲鳴をあげたり泣き言を言っていた人たちもただひたすらに槍を突き動かしていく。
もう腕が上がらなくなってきている人たちも出てき始め、少しずつ怪我人が増えていく。
「おっし! 行くぞ!!」
また突撃組が切り込んでいく。
肩で息をし、腕も震えてきて当てれなくなってきたり、深く突けなくなり始め、焦りがでてきて、余計に手間取り始める。
「ヤバイ!」
早く終われと念じるがそれで事態が変わるなら、皆が願い続ける。
センテピードの口がガチッと脛当に当たる音がして、タカヒロは怖気が走る。
「このっ!」
ほとん反射だった。
冒険者になってから怪我をすることは少なくない。治して貰えるという考えもあるが、怪我をするにも、何より虫にやられるのが嫌だった。
ほかのモンスターよりも、賊にやられるよりも恐怖だった。
だから奮った力はそこまで抑えようと考えていないものだった。
だが、近くにいたセンテピードを切り刻み、後ろにいたアーマイゼを切ったところでほかに影響はでていなかった。
「え?」
思わず呆けてしまうタカヒロ。
だが、突撃組が暴れまわった成果がでたのか、虫たちがタカヒロたちとは逆側に進み始める。
撃退できたのだ。
槍を奮っていた人たちは皆、疲れ果てたように座り込む。
これだけ見れば、負けたのはこちらのようである。
「おわったぁ~……」
マイが困憊して横になる。
リベルテも明らかにホッとしていて、レッドは突撃組の面々と感想を言い合っている。
タカヒロも寝転がっているが、その目はずっと上を向いていた。

帰りの馬車は乗っている面子によって違っている。
疲れ果てて誰も話たりもせず静かな馬車と終わったことやりきったことに興奮している声が聞こえる馬車。
タカヒロたちは静かな馬車の方にいて、マイとリベルテはお互いに肩を寄せ合って寝ていた。
「はぁ……疲れたぁ……」
タカヒロが幌に背を預けながらぼやく。
「お疲れさん。だが本当に前より強くなってきたんじゃないか? 今年のは多かったが、最後まで奮ってたじゃないか」
レッドが褒めてくれるのだが、タカヒロの顔は晴れない。
「僕は強くなってるって言えるんだろうか……」
こぼした言葉は誰にも聞こえないものだった。
ギルドに完了の報告をしにきた面々に、ギルド内で騒いでいる声が響く。
連合軍が帝国の兵を追い散らしたというものだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...