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目を覚ました女性が宿の窓を大きく開く。
外は雲ひとつ無く青空が見え、涼しいとは言えないが気持ちのよい風が吹き込んでくる。
「んんん~っ!」
大きく伸びをして、手早く着替えて階下に下りる。
「おっはよ~」
「はい。おはようございます。今日は朝から元気ですね」
元気よく挨拶をする女性に一人の女性が微笑みながら挨拶を返す。
その女性は手に水入れを持っていて、食事の席へ向かっているところだった。
その席の方へ目を向けると、こちらに気づいた男性がパンを頬張りながら、その女性に向かって手を軽く上げる。
もう一人男性が居たが、眠そうにパンをもそもそと食べている。
「うそ!? 私が一番最後だったの? 先にご飯食べてるなんてひどいです!」
「遅いやつが悪い。時間は待ってくれないからな」
今先ほど起きてきたのはマイで、レッドたち3人はすでに食事を取ってきたのだ。
「これから食べるんですから、置いていかないでくださいよ!」
リベルテが先に頼んでいてくれたのだろう朝ごはんに手を合わせてから食べ始める。
急いで食べているようなのだが、もきゅもきゅと食べる姿が可愛らしく、リベルテはついつい眺めてしまっていた。
肥沃な農作地帯を管轄しているファルケン伯爵の領地ハーバランドとあって、朝ごはんは王都に引けを取らず、贅沢なものだった。
柔らかいパンにランスコーンのスープ、カボシェとグルケを切って盛り付けた上にトートが2種類大量に載っている。
ディアの肉から作ったベーコンもついていて、ボリュームも満点である。
マイは目を輝かせながらもきゅもきゅと頬張っていくが、一方のタカヒロはサラダにフォークを伸ばして、手が止まっていた。
タカヒロにとっては朝からボリュームがあったらしく、お腹がいっぱいという様相だったのだが、レッドにせっつかれて、口に詰め込んでいく。

「今日は伯爵様のところに行くんですか?」
パンをちぎってコーンスープを掬うようにして食べているマイが、今日の予定を確認する。
「ん? 貴族様にそうそう会うことなんかないぞ。って。あぁ。なるほど。これまで村長、町長とその場所の偉い人に届けてきたからな。最後の配送先は、メルルーサ商会の支店だ。王都の本店から支店への配送だ」
「そうなんですねぇ。わかりましたぁ」
そう言いながら、サラダを手に取り、シャクシャクと小気味のよい音をたてていく。
「その後は冒険者ギルド、ですね?」
マイのコップに水を注ぎながら、リベルテが予定を補足する。
「昨日のあれには会いたくないんだが、会っちまうんだろうなぁ」
食べ終わったレッドが、水を飲んでため息を吐く。
「昨日の態度を見る限り、何事も無く済むということはなさそうですね」
リベルテも表情重くため息を吐いてしまう。
人々が活動始めたようで賑やかになっていく中、レッドたちの席は静かに時間が過ぎていく。
「ご馳走様でした。それじゃあ、行きましょうか」
食べ終わって満足したマイが声をかけ、レッドとリベルテも席を立つ。
3人が席を立ったそのとき、タカヒロだけは食べすぎで突っ伏していた。

「ここがこの場所の冒険者ギルドなんですね……」
冒険者ギルドの建物を見て感慨深げとは違い、戸惑いに近い感想を漏らす。
それというのもギルドの中が活気が無かったのだ。
王都でも出来てしまっているスラムのように、建物の中で座り込んでいる人があちらこちらに見受けられていた。
「雑用でももらえるはずだから、仕事が無いわけは無いんだが……。活気が無いという話じゃすまない感じだな」
雰囲気の悪さにレッドは警戒を強めながら、中に入っていく。
依頼板を見ると依頼票は1つもなく、全て捌けているようで、座り込んでいる人たちは依頼を取れなく、追加で入ってくるかもしれない仕事待ちだと思われた。

「いらっしゃい。でもごめんなさいね。今は受けられる仕事は全部無くなってるの」
ギルドの受付をしている女性がレッドたちを目にし、申し訳なさそうに声をかけてくる。
「あ~、俺達は王都で冒険者をしてるんだ。依頼でこっちまできたから顔出しでな。依頼は無くてもかまわないさ」
さすがに仕事待ちで座り込んでいる人たちを目にしているため、依頼が無いだろうことはわかっていたし、受ける気もなかったので問題ないと手を振る。
「モレクの町長さんが見てきて欲しいって言ってたの、これですかね?」
「ただ依頼が減っているですとか、仕事にあぶれている人がいるというだけなら、町長さんが心配するような話でもないと思いますが……」
むしろ依頼を受けたい人がいるのだから、町の仕事をお金に余裕が付く限り、ギルドに依頼を出せばいい話であり、モレクの町として困る話ではないように思われた。

「ん? お前さんたちモレクの町長の依頼で来たのか?」
マイたちの会話を耳ざとく聞いていたのか、白髪の目立つ男性がレッドたちの方にやってくる。
服装と雰囲気から誰か当たりをつけたリベルテが前に出る。
「ハーバランドの冒険者ギルドのマスター、サバランさんですね?」
「おお~、私のことを知っているのか。王都でも知ってくれている人がいるとは、うれしいもんだ」
王都のギルマス、ギルザークに比べるとちょっと頼りなく見えるギルマスに、マイは内心の疑問を隠すようにレッドの服を引く。
だが、レッドは知らなかったようで、おもいっきり首をかしげていた。
タカヒロについては、ギルドに入ってから終始辺りを見回して落ち着きが無い様子で、ギルマスのことは特に気にしていないようだった。
それらを視界に入れてしまったサバランは俯いてしまう。
「そうだよね。今だってギルドがこんなになってるくらいだし。こんな無能、知ってるわけないよね。ギルドマスターって言われても信じられないよね……」
いじけだしたギルマスの様子に、本当にこの人で大丈夫なのかとリベルテですら、疑問に思えてきてしまった。
「ほらほら、そんな風にいじけたりするから、ただでさえ無さそうな威厳が全く無くなるんですよ」
サバランの様子を目にしたギルドの女性が、サバランの背中を思いっきり平手で叩き、気合を入れさせる。
「この人、前はこんなんじゃなかったんですよ。王都のギルマス、ギルザークさんの右腕だった人なんで、もっとこうビシッとしてたんですけどね……」
女性も言いながらどんどん言葉が弱くなっていく。
「ああ! 闇夜の雷鳴!」
「え? なんですかそれ?」
突如、大声を上げたレッドの言葉に、タカヒロがものすごい速さで聞き返す。
「あぁ……、ギルザークさんが昔に組んでたチーム名だ。ギルザークさんの腕前で有名だったんだが、それだけじゃなく、情報収集が上手く、正確で早い情報を持って支えていたっていうのが、サバランって名前だったはずだ」
「チーム名、すっごく中二くさい……」
タカヒロがとても痛ましそうな目をサバランに向ける。
「ギルザークさん、そういう話まったくしなかったですし、周りからも聞いたことなかったんですけど、どうしてですか?」
「チーム名が今となっては恥ずかしいらしくてな。過去のしてきたことは誇ってるし、話したりしてくれるんだけど、チーム名だけは言わないようにしてるんだ。うかつにギルザークの前でチーム名言ったやつは、3日間筋肉痛で寝込まされたらしくて、それ以来、王都で口に出すヤツはいないんだよ」
それを聞いたマイもタカヒロと同じような目になり、サバランを見ていた。
さすがにそういった目で見られるのはいじけてる場合じゃなく感じられたようで、周囲を気にしだした。
「こ、ここで立ち話っていうのも、なんだね。ちょっと話をしたいこともあるから、私の執務室へ行こうか。いや、行きませんか?」
モレク町長からの話もあり、ハーバランドのギルドの様子もおかしかったため、レッドは頷いて、後を付いていく。
このまま放置するのは、サバランがかわいそうだと思ったのもあった。
タカヒロはその様子を見れなかったのが残念だったのか不満げにしてしまい、マイに横腹をチョップされていた。

「まぁ、座って座って。たいしたおもてなしは出来ないけどね」
レッドたちに座るよう手を向けて、サバランは飲み物を準備し始める。
タカヒロとマイは物珍しげに部屋のあちこちに目をやり、レッドとリベルテはこれからどんな話になるのかと身構えていた。
「どうぞ。オーランの果汁水だ。この時期、私はこれが好きでね」
自分の分をグイッとおいしそうに飲むのを見て、マイとタカヒロも口をつける。
「おいしい!」
「あ~、これ、オレンジジュースか。水で割ってるから薄いけど」
嬉々として飲み始めるマイたちに呆れながら、レッドたちも口をつける。
せっかく用意してもらったものに全く手をつけないというのは、用意してくれた相手に失礼になるからだ。
ただ、王都より少し涼しいとは言え、暑い時期のため、すっきりとした甘さの果実水がとてもおいしかった。
「ギルザークさんは元気にしてるかい? やはり王都だけあって、忙しそうにしてるんだろうなぁ」
茶飲み話をするように、昔のチーム仲間であったギルザークの様子を聞いてくるサバランにレッドは怪しむ……だけで止まらず、口にする。さきほどまでの姿を見て、遠慮してるほうが進まないように思えたためだった。
「あんたの情報収集力なら聞かなくてもわかってることだろ? それに喧嘩別れしたわけでもないし、王都とものすごく離れてるってわけでもないんだ。本題に入ろうぜ?」
あまりにもぞんざいな口調にマイはギョッとし、タカヒロは今更ながら、レッドと関係ないですよとでも言うようにちょっとだけ席を離す。
「ハハハ……。手厳しいですね。でもそう強引にでも進めるくらいできないとダメなんでしょうねぇ……」
頭に手をやり、大きくため息をつくサバラン。

「昨日、ブルートルグリズリー出たの知ってますよね? アレを倒した方、どう思われました?」
「どうって言われても……、まぁ、剣の腕がすごいなと」
リベルテたちを見やった後、一番に浮かんだ感想を述べていく。
「尊大な性格の方、でしょうか。あまり先を考えてはいないと思います」
「ん~、あんまり好きになれそうにない人かな」
「ハーレム野郎。もげろ」
一人私怨が入った感想に思わず、そっちに目を向ける。
「あれ、うらやましいのか?」
「いや、まったく。ただ言わなきゃいけない気がしたんで……」
「そ、そうか……」
「ハハハ。まったくもって良くない感想ばかりですね」
このギルドで一番腕が立つ冒険者というのに、褒められる内容ではないのに、気分を害した様子は一向になかった。
「今のギルドの状況、あの人が影響してるんですか?」
真っ先に思い当たったリベルテが、サバランに切り込むと、サバランの乾いた笑いが止まった。

「彼は腕がものすごく立つんです。おそらく王都でも彼に太刀打ちできるものはいないかもしれません。ギルザークさんでも難しいでしょう。それだけの腕があればあのような振る舞いになるのも、わからなくはないんですがね。いろいろと加減を知らないんですよ、彼は」
溜まった鬱憤があふれ出すのを抑えるように、握り締めた手をもう一方の手で握っていた。
「規則にしていなかったということもありますが、彼は討伐の依頼をすべて受けていくんです。それ以外の依頼は依頼じゃないとまで言って。これまで討伐の依頼を1つ受けて日々の生活に充てているようなチームなども居たのですが、それが丸っきりできなくなりまして。そうなれば他の雑用仕事に回るんですけど、稼ぎは討伐に比べれば落ちてしまいます。これまでモンスターを討伐することに時間を過ごされてきた人たちにとって、ほかの雑用はたまにやるから良いもので、ずっとやるには腐ってしまいます。それにそういった人たちが雑用の依頼を受けていけば、元々そのような依頼を受けていた人たちの仕事がなくなってしまうのです」
オーランの果実水が入ったコップを手にグッと喉に流し込む。
その姿は酒をあおっているように見える。
「連鎖だねぇ。注意したりはしなかったんですか?」
タカヒロが半分目が閉じたような、呆れた感じで質問を投げる。
「そりゃ言いましたよ。だが聞きはしませんでした。これくらいの討伐に仲間が必要な連中がやるより、俺がサッとやったほうが被害が少なくすむ。そいつらは雑用やってるほうがマシだろ、と。それを聞いて怒った冒険者たちが掴みかかりに行って皆返り討ちに会う始末で。彼、見た目そんなに強く見えないでしょう? それもあって、彼に負けたことで自信をなくしてしまった人たちもいまして……」
「なんですかそれ! すっごい上から目線じゃないですか。あの人だって周りにいっぱい女性の仲間連れてたのに!」
マイが憤慨するが、サバランはそう思いますよねぇと相槌をこぼす。
「でも、あの女性たちは戦えるようには思えませんでした。おそらく、マイさんより弱いと思いますよ?」
「え? そうなんですか? 私より弱いってどれくらい?」
「兵士にあっさり捕縛されるくらい。おまえはちょっと抵抗できるくらいだ」
それって全然じゃないですかとポカポカとタカヒロを叩く。
「言ったの僕じゃないのに、理不尽だ」
頭をかばいながら、マイに叩かれ続けるタカヒロ。
マイとしては強そうであり、なにかあったら自分が困りそうな相手は叩けないのだ。

「それと……、実は彼、あれだけ周りに女性がいるので散財してると思えそうですが、ほとんど貯めこんでるんですよ」
またコップを口に当ててグッと飲もうとするが、もう中は空であり、乾いた笑いをこぼすサバラン。
「貯めこんでることの何が問題なんですか?」
タカヒロを叩く手を止めてサバランの方を向くマイ。
「王国で取れる金や銀、銅を貨幣にしてるのはわかるか? 金銀銅は無限に採れるようなもんじゃなくてな。王国内での物の売り買いに使われているが、その流れが止まるってことは、過ぎれば俺達の手元に貨幣がこなくなるかもしれないってことになりかねないんだ。まぁ、普通の人が貯めこんでも問題になることはないはずなんだがな……」
「討伐の依頼の報酬は高めだと言っても、それだけでそこまでにはなりませんね。なので今くらいなら問題はありません。ですが、彼は討伐、いえ狩猟と言った方がいいのかも知れません。モンスターを大量に狩ってきていて、その売り上げも使わないんですよね。貯めておくことが悪いわけじゃないんですが、このままの勢いで貯めこまれると……。
 そういえば昨日のグリズリーですが、実は飢餓状態にありました。毛もだいぶ抜けて弱っていて、肉も細かったんですよ。気づいてました?」
すごい速さで駆け寄ってきていたが、あれで飢えていたために全力ではなかったという言葉に、言葉が出ないレッド。
あれ以上だとするなら、どうやっても時間稼ぎにもならなさそうだった。
「それって……。この近くの環境に影響出てるんじゃ?」
「おそらく。上位のモンスターが居なくなれば、それらに捕食される側だったモンスターが増えるでしょう。私達がお肉として狩ったモンスターであれば、そのモンスターに捕食されるはずだったものたち、小型のモンスターか、虫が溢れてくることになるでしょうね」
以前に虫の大軍と戦ったことを思い出したマイがヒッという細い声とともに身を縮める。
何も考えず好き勝手に生きるということの弊害が、目の前に、そして後に大きなものとして起きようとしていることに、タカヒロは天井を仰ぎ見るのだった。
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