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「ん……。さすがに起きないとダメですよね……」
モゾモゾとベッドの上で身動ぎし、手近においていた服を手繰り寄せて毛布の中で着替えていく。
着替え終わってベッドから降りたリベルテは、固まった体をほぐすように大きく伸びをして、ガクッと肩を落とした。
「間違えましたね……。昼くらいが一番寒いのでした……。はぁ……」
寒いのを嫌がり、レッドが出かけていってからしばらくしてから起きたのだが、陽は差しているものの朝より寒さが増していた。
雲ひとつ無い快晴のため、より熱が留まらないのだ。
「こう寒いと建物の中の作業がいいですかね」
独り言を呟いてからリベルテは気持ち足を速めて冒険者ギルドに向かった。
もちろん、寒いから早く動いただけである。

当然のことながらレッドの姿はすでに無く、ギルドにいる冒険者の数も少なくなっていた。
残った依頼板を見ながら、なるべく寒くないところの依頼を探していると、後ろから大きな声が掛かる。
「リベルテさん! やっときた~」
後ろを振り返るとマイが飛びついてきているのが目に入ってくる。
ギルド内であり、相手が知り合いと言うことで受け入れ態勢を取り、マイにギュッと抱きしめられる。
これが王都のどこかの通り、外であれば迎撃していたかもしれない。

「タカヒロさんは? ……レッドと一緒なんですね。わかりました」
「何も言ってないのにわかるんですか!?」
「ここ最近の貴方達の力関係見てれば……」
タカヒロ本人の性格もあるのだろうが、基本的にマイが何かをお願い(指示)して、それにしたがって動いているのが王都でしばしば見受けられる。
中には理不尽なお願いもあったのだが、不満を言いつつ従っているタカヒロを見ていれば、今ここに居ないということで想像つきやすかったのだ。

「リベルテさんはこれからどうするんですか?」
「……寒いので屋内で行える仕事があれば、と」
「じゃあ、これですね!」
マイがパッと取ったのは食事処の給仕であった。
いつも働いている女性に久々の休暇を、としていたのは良かったのだが、代わりの人がこの寒さで体調を崩したらしく、食事するところである以上、具合の悪そうな人を働かせるわけにもいかず、休業日にしようかとしたところ、常連以下多数の人に猛抗議を受けて休めなかったという理由からの依頼だった。
王都は人が多いため、あちこちに食事できるところがありはするが、味と値段と量と見ていくとこの依頼の店はかなりの人気店らしい。
「取ってしまった以上、それに決まりですね……。まぁいいのですけど。店はどちらなんですか?」
「え~と、お店は……」

「おう! 今日はよろしく頼むぜ。嬢ちゃんたち!」
「たしかに人気のお店ですよねぇ……。私達の行きつけじゃないですか」
レッドとリベルテが依頼をこなした夜によく来るいつもの酒場だった。
酒場であるが、たしかに食事がとても美味しい店である。
食事目当てで来る人だけでなく、お酒を飲みに来る冒険者等々も多く来る店であれば、休業しようものなら店を取り囲んでもおかしくなかった。

「お~い、こっちにエールくれ!」
「ディアのトート煮込み1つ!」
「ソーセージとカボシェのパンはさみっての3つ」
「ワインお願いします~」
食事時、しかも夜となれば酒場でもある食事処というのは戦場である。
客は次々と押し寄せて、あれもこれもとあっちからこっちから注文が飛び交う。
紙が広まったため書き残すことができるのが、リベルテとマイの二人にはとてもありがたかった。
それでも必死に聞き間違え、聞き漏らしが無いように必死に覚えてメモに書き、あっちこっちに回って注文の品を運んだり片付けたり、時には酔っ払いが伸ばしてきた手を払うつもりで投げ飛ばし、喧騒も一段と賑やかに時間が過ぎていく。
果てしない時間が過ぎたように感じられたが、人波がゆっくりと去っていく。

「やっと一息つけますね……」
「このお店ってすごいんですね。こんなにお客さんが多く来るなんて」
「このお店ですからね。いつもの店員の方すごい人だったんですね。次からはもっと敬意を持って接します」
給仕の仕事なんて、早々経験したことの無いリベルテはだいぶ疲れていたが、マイの方はそこまで疲れているようには見えない。
「このような仕事、したことあるんですか?」
「昔に少し……、全然お客さんが入らないようなところとお客さんのクレームがひどいところと……」
「ご、ごめんなさい」
少しずつ目が死んでいく様子に慌てて謝るリベルテ。
なんとかマイを正気に戻そうと揺すったり何なりしていると、新たに客が入ってくる。

マイがまだ復活しないので、リベルテがすぐさま客の方に寄る。
「いらっしゃいませ」
「あ~、エールもらえるかな? ってあれ? サティスちゃん、だっけ?」
「え?」
その名前で会っているのは、あの娘夫婦を亡くしたおばあさんの前だけ。それも年に一度だけなのだ。
それを知っている人がいたことにリベルテは反応に止まってしまった。
冷静に否定すればそこまでで済んだかもしれないが、止まってしまったらもう否定しようがない。
「あ、いや。そうだったわね。事情はあのおばあさんから聞いてるわ。でも、ちょうど良かった。あなたに渡す物があったのよ」
そういっておばさんは、リベルテの手を取って、ペンダントと手紙を受け取らせる。
「今日ね、あのおばあさんのお葬式だったのよ。新しい年は越せたんだけど、すぐに体調を崩したみたいでね、そのまま……」
今来たお客さんたちは葬儀の後の人たちだったらしい。
葬儀の後、故人の思い出を偲びながら、お酒を飲みにきたらしい。

おばあさんが残した手紙には、リベルテへのお礼と残った家を好きに使って欲しいと言うものだった。
手紙に数滴の水がつく。
リベルテの目から零れたものだった。
「リベルテさん?」
その様子にいつもの感じに戻ったマイが近寄って声をかける。
「いえ、なんでもありません。あと少しですから、仕事に戻りましょう」
リベルテは手紙とペンダントをポケットに仕舞って店主の下へ向かう。
「ちょ、リベルテさん。待ってください~」

「お? 今日はここで給仕か。その格好もなかなか似合ってるな」
もうじき終わりかと思った頃に、レッドとタカヒロが店にやってきた。
彼らも一仕事を終えた後でかなり疲れているようだった。
「この時間に来ることもないでしょうに。そろそろ店仕舞いですよ?」
褒められてまんざらでもないのか、リベルテの表情は明るく見える。
「私は? 私には無いんですか?」
リベルテの方を見てリベルテは褒めるのに、同じ服を着て近くにいるマイにはなかったためズズイっとレッドの前に迫ってくる。
「それはタカヒロに頼めよ。何で俺?」
「そこの人はそういうことを言ってくれないってわかってるので!」
本当に疲れているのか、メニュー選びに迷っているのか、何時にもまして関わってこないタカヒロ。メニューを決めたのかシレッとリベルテに注文していたりもする。
「まったく賑やかだな、おまえらは」
ドンッとテーブルにエールとワイン、いくらかのメニューが置かれる。
「おっちゃん、まだ頼んでないんだけど……」
「もうすぐ店仕舞いなんだ、店の残りで我慢しろ。嬢ちゃんたちはこれで上がりだ。お疲れさん。ワインと食い物は賄いだ。レッドとそっちのは金払え」
「何も間違っちゃいないんだが、そこはかとなく納得いかねぇな……」
「お腹すいたんでさっさと食べましょうよ……。肉体労働した後なんで、早く食べて寝たい」
「タカヒロ君は本当にひ弱だよね。そこで寝られても邪魔なんで早く食べましょうか」

ここ最近のいつもの光景。
マイとタカヒロを近くに仕事をするようにしてからは、依頼の後はこうして4人で食事をする機会が増えていた。
少し静かな時間もいいけど、このように和気藹々とする時間も好きになっていた。
何より今はありがたいとも思える。
そして宿への帰り。
「今日、なんかあったのか?」
いつもと少しだけ様子が違って見えたレッドがリベルテに声をかける。
ほんの少し。小さなことに気づいてくれる人が側にいてくれることも何よりうれしかった。
「大丈夫ですよ。住むところ移りませんか? って話を明日しましょうか」
「ん? 何があったんだ? ちょっと教えろよ」
「明日です。明日」
足早に宿に進んでいくリベルテを追いかけるレッド。
空気は静かに澄んでいて星が良く見えた。
リベルテが星を見上げながらひっそりと呟いた声は、後ろにいるレッドには聞こえない。
「本当に、わかってたんですね。おばあちゃん……」
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