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「こっちの道か」
分かれ道を地図を確認しながら進むレッドとリベルテ。
今回は怪我で動けなくなった人の代わりに、王都イーシュテルンから西に離れたメレーナ村に荷物を届けるという依頼を受けたためである。

「遠くに見える山は上の方が白くなってますね」
比較的温暖な気候の地域であるが、豊穣祭をすぎれば気温が低い時期が続く。
温泉のある東の地域は、山が近いために他の地域より気温が低くなりやすく、雪が降り積もる日もある。
ただ人はたくましいもので、それはそれで人を呼ぶ目玉にしようと、雪が積もった時期に祭りや大会を開いている。

ゆっくりと荷馬車を揺らしながら進む時間に、景色を楽しみながら進む二人。
冒険者は、モンスターと戦うことを望む者と、モンスターと戦わなくてもお金を稼げればそれがいいと考える者の二通りに大分される。
レッドたちはモンスター討伐の依頼を受けることもある冒険者であるが、稼げるのであれば戦わなくて良いという考え寄りで、二人は今のようにのんびりできる時間が好きだった。
もっと林や森側に近い場所であればモンスターが出る可能性はあるが、王都より西は農作地帯であり、拓けた場所が多いため、モンスターもそうそう遭いそうもない平和な道のりだった。

「こうやって報酬貰えるなら、こういう仕事だけでもいいんだがなぁ」
「配送を請け負う仕事はありますが、時期が厳しく定められているものや壊れやすい物の配達があったりしますからねぇ。受けたら最後、確実にこちらが悪となって文句を言われるしかないものになりますから。代わりに怒られる仕事ですよ。報酬がもっと高くないとやってられません」
リベルテがやってられないとばかりに頭を振る。

「そうだな。確実に相手から文句が言われるものをギルドに依頼してやがるよな。あれを受けるんだったら、商隊護衛の方が断然いいのかもしれん。護衛も楽じゃないけどな」
「護衛も気を使いますからね。油断できませんし、商人と荷物を守らなくてはいけないわけですから」
護衛の依頼は相応に人数が多いチームでなければ受けることも厳しいが、その分、報酬額がかなり高いものが多い。
しかし、護衛する商人の安全に気を使い、商品に損害を可能な限り出さないように注意も払わなくてはならない。
商品に損害を出してしまうとその分を報酬から減額されてしまうのだ。損害が多くなればなるほど減額されるため、依頼が終わってみれば赤字だったというのも護衛を受けた者達からよく聞く話である。
配送の依頼であるが、リベルテが不満を零した様に、配送先への期日にほとんど間に合わないものであったり、すでに破損していたり、道中でほぼ破損が出るだろうものを配送させられていたり、ということもそれなりに存在する。
当然、依頼人側はしらばくれ、配送を請け負った冒険者の過失とされ、配送先からとことん怒られ、商品の弁償もさせられる。
報酬はその分も含んでいるだろう額のため、赤字ではないが、怒られる仕事と考えればとても割りに合わないものである。
二人が受けている配送については、依頼者のことを顔見知りであり、壊れるような荷物でもないことを確認できている。
依頼人の人となりを知っていると言うのは大事なもので、日ごろの二人の交流の賜物と言えた。

何事もなくメレーナ村に着き、村長宅に荷物を搬送して配送の証の割符と代金を受け取る。
「ここで泊まれるところってありますか?」
「こちらで泊まられるのですか? それでしたら是非、『黄金の麦亭』という村唯一の宿がありますので、そちらを!」
後は王都に戻るだけであるが、それでは王都から出たのに味気ないということで、この村で一泊する予定だった二人。
メレーナ村は大きな村ではないが、王都とさらに西に向かった先にあるファルケン伯爵領の中継に近い位置であることから宿を建てている。
残念ながら多くの商人や旅する者は、もう少し西に行けばモレクという町があり、人が多く村より物が揃うため、メレーナ村に泊まるものは少なかったりする。
そんな状況なため、二人がここに泊まると言うや否や、村長が張り切って宿を薦めるのも当然なのである。

このメレーナ村は小麦の栽培をしており、収穫時期になると辺り一面が黄金色に輝く景色が見られることから宿の名前を取っているのだが、宿の見た目からすればかなり仰々しく感じられる。
「さすがにでかいとこじゃないから、宿がわかりやすいな」
「王都との中間にあることを活かして人を呼ぼうとする、村の意思が感じられますね」
この宿屋は宿代がそこそこ安い上に、村で取れるものを活かし手の込んだ料理を提供してくれるため、とても良い宿ではあるのだが、王都の新進気鋭とされる建築家に依頼したのか真新しく造りが違いすぎて、村の家々に比べると浮いていた。

「すいません。宿泊したいのですが」
「はいはいはいはい。宿泊ですね! 食事も出せますよ? 食事つきで1泊 銅貨18枚になります!」
普段あまり客が来ないため、二人が泊まることを告げると食い気味で話をしてくる女主人。
あまりの勢いに押されるように食事つきの宿泊費を払う二人。
「まぁ、良心的な料金だし、ゆっくりしようぜ」
「それでもまだご飯には早いですよね。散策してみます? 時期が過ぎてしまってるので、ここの名前のような景色は見れませんけど」
夕焼け時ではあるが、小麦はすでに刈り取られ、春に向けて新たに種が植えられている畑は、見るものに寒々とした印象を与えていた。

そんな村の景色を見ながら散策している二人であったが、ふと小さな女の子が籠を片手にどこかに行こうとしているのが目に入った。
「暗くなってくるのに出かけるのは危ないですよ」
声をかけるリベルテ。こういう場合は自分から声をかけないようにしているレッドである。
「だいじょーぶです。魔女さんのところにご飯を届けに行くだけだから。あ!」
『魔女』ということを言ってしまったこと気づいてに言葉を詰まらせる少女。
視線をかわして二人は頷く。
「大丈夫ですよ。その人には何もしませんから。暗くて危ないですから一緒に行きましょう」
二人が村に配送で来ていたことは、滅多に来ない外部からの人だったために目立っており、
村に泊まると言った後に村長が全村人に客人であることが広められていた。
まったく知らない相手ではないため、ご飯は届けに行かなきゃいけないという意気込みがある少女は、ゆっくりと頷いてリベルテの手を握ってくれた。
少女の先導で林に入って行くが、夕陽もあまり差し込まないところもあり、ついてきてよかったと思う二人。
林の中を今しばらく進むと少し視界が拓けた場所に出る。
そこには、ぽつんと一軒だけ建っていた。

少女が駆け出して一軒家の扉を叩く。
「おねーさーん。ごはんもってきたよー」
少しばたついた音が聞こえた後、扉が開いてリベルテとそう変わらない年に見える女性が出てくる。
「いつもありがと~。これお母さんに渡してね」
そういって少女の籠から料理を取り出し、空の食器と何かを籠に入れて少女に返す女性。
少女とその女性は笑顔でやりとりしていたが、レッドとリベルテに気付いた女性が笑顔を消して、身体を硬直させた。

「フィリスちゃん、こちらの二人は?」
「えと……今日、村に配送に来てくれた人で村の宿に泊まってるの。おねえさんのところにご飯もって行く途中で、暗いから危ないってついてきてくれて……」
言ってるうちに、悪いことをしてしまったんじゃないかと声が小さくなっていくフィリス。

「ごめんなさい。さすがに暗くなってきた中、どこかへ行こうとしていたから心配でついてきてしまいました。私はリベルテといいます。そしてこっちはレッドです」
フィリスをかばうように自己紹介するリベルテ。レッドの紹介はぞんざいだ。
「ご丁寧にどうも。私はマイと言います。」
警戒をしつつ、名を名乗って挨拶してくれる女性。

「夜のご飯届けて貰ってるから、暗い中来てもらうことになっちゃうんですよね。ごめんねフィリスちゃん。いつも暗い中、届けにきてくれてありがとう」
「んふふ~、これくらいできるもん。それにおねえちゃんには助けてもらってるし」
とても仲が良いフィリスとマイ。
決して無理強いしている様子はなく、フィリスの親が作ったものと思われるご飯を届けていることから、この少女が他の人に隠れて会っているという風でもなかった。
「どうしてこちらに住まわれているのですか? 村の中に住まわれたらフィリスちゃんがここまで一人で来なくて済みますし」
フィリスと仲良く話をしている相手であるからこそ、ふと疑問を持ったリベルテ。
「この場所がいいんです。この場所も村長さんに許可いただいていますし」
フィリスとは和やかに話をしている雰囲気であったから聞いてみたリベルテであったが、マイはリベルテたちを警戒してか、話があまり続けられないような受け答えをする。

「もう戻ろう。そろそろこっちも腹が減ってきたよ」
場の空気を緩めるようにお腹をさすりながら情け無い声を出すレッド。
本気かどうか定かではないが、ちょうどお腹の音もなり、場の雰囲気が軽くなる。
「そろそろ戻りましょうか。フィリスちゃんもいいですか?」
「もう戻らなきゃ! お母さん心配しちゃうかも。おねえちゃん、またね」
その挨拶で別れ、村の中へ戻る3人。
マイはこちらの姿が見えなくなるまでじっと見ている気配であったため、レッドとリベルテは、振り返らず急がないように意識しながら道を戻る。

宿の部屋に入り、二人はふぅっと息を吐く。
「なんというか、空気を重く感じさせる相手だな。そんな風には見えないのに」
「警戒心が強いですね。おそらくあそこに居るのもあまり目立たないように、でしょうか?」
早速、先ほどの女性の感想を言う二人。

「ひとまずこっちも飯にしようぜ。なんか疲れた」
「そうですね。ご飯食べてもう寝ましょう」
食堂に向かい、温かい食事をとって早々に寝る二人。
村自体も夜遅くまで開くような店は無く、宿の食堂も王都に比べればだいぶ早くに明かりが落とされ、村の夜は静かに過ぎていく。

朝、十分に睡眠を取れたレッドとリベルテは、村長に挨拶をして王都への帰路に着く。
村長たちが見送りをしてくれるが、その中に当然、マイの姿は無かった。
だが、どこからか二人がどう村を去っていくのか見ている気はしていた。

村が見えなくなってから二人は話し始める。もちろんマイという女性についてである。
「昨日横になりながら考えていたのですが、もしかしたら彼女は『神の玩具』なのかもしれません」
「『神の玩具』ってなんだ? それは後で聞くとして。あの場所で静かに過ごしているなら、こちらも何かをすべきでは無いだろうよ。彼女から感じた空気の重さは、下手に突っつくと王都っていうか王国自体が危ないことになりそうな気がするぞ」
昨日の帰り間際に感じたマイの得体の知れなさを思い出し、身震いするレッド。
「たしかに彼女に下手に手を出してしまうと、何が起きるのかわからないものがありましたね……」
リベルテもそのレッドが感じたことに同意する。

「彼女が最初からあの村にいたのならいいのですが……、他の国から流れてきていた場合が怖いですね。『神の玩具』であるなら危険です。
 他でどのような扱いを受けてきたのかわかりませんが、国や人に憎しみを持っていないことを願うだけですね」
「一応、こっちの国と他の国の情報集めてみるか?」
「他の国は難しいですが、何か知っている人は居るかもしれませんね。
 はぁ……豊穣祭中であれば、多くの人が集まるので調べやすかったのですがね。終わった後なんですよね」
「何事も上手いようにはいかねぇな」
苦笑いではあるが、少し気が晴れてくる二人。王都の城門はもうすぐであった。
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