SONIC BLUE!〜極彩のロックンロール〜

ユララ

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如月瑠璃は錆びた弦を掻き鳴らす

一人になった世界

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Epilogue
 
 
 誰もいない部屋の中。PCの淡い青白い光に照らされながら、私はいつものようにギターを構える。
 いつもの動き。いつもの声。いつもの叱咤に、いつもの優しい微笑みを浮かべたその人の、ふざけた題名のスパルタな特訓動画も、今の私にはただの時間潰し。
 なんとなく、指が鈍らないようにした方がいいと思ってやっている。つまりはウォーミングアップだ。
 私は動画を止めて、いつものように背後を振り返る。

「今日は——」
 
 口を開けたまま止まる。
 つい癖で、体が動いてしまった。
 もう誰もいない、後ろのスペースに背を向けて、私はギターを弾く。……が、そのギターの音が異様にズレていて、私は不快になってギターを確認する。
 
「……馬鹿か、私」
 
 最近新調したギターではない、これまでの私が使ってきたソニックブルーのストラトを、私は抱えていた。
 まるで体がこのギターを求めているように思えて、それが不快で、私はそのギターをソファーに放り投げる。
 
「——あぁもう、ギターを放り投げたりしたらダメでしょ~」
 
 扉が開くとすぐにそんな間延びした声がして、そちらを振り向く。
 見られたくないところを見られたのはいいが、勝手に人の家に入り込みやがったのはよくない。

「帰れ」
「嫌だよーだ」 
「何しにきたの」
「用がないと来ちゃいけないのかなぁ?」

 そのセリフに軽く舌打ちし、私は壁に吊るしていた紫色のストラトを手に取って、彼女に構うことなく弾き始める。
 
「本当に一人になっちゃったね」
「……だから?」
「別に。いいと思うよ? 本当にそうしたくて選んだ道なんだったら」
 
 けど。
 と彼女は続けて、私の前まで来る。以前の狂ったような目ではない目が、私を覗く。
 
「んー、本当にそうしたかったのか、見極めようと思ったんだけど……もうわかんないや。前の私よりずっと——」
 
 ——狂っちゃてるもん。
 
 その一言に私は当たり前だと素直に思う。
 もう私の色は真っ黒だ。そんなこと、自分が一番よく分かってる。
 
「自分でももう、どうしようもないところまで行っちゃったんだね。分かるよ。私もそうだったもんね。きっとそうなったら自分じゃどうしようもない……そだね。私のこと、好きじゃないだろうけど、借りは返さないといけないよねぇ」
「なにをブツブツと——」
「私はさぁ?」
 
 ギシッと、私の座るチェアが軋む。
 私の太腿に無遠慮に乗ってきて、抱き合うように密着してきた彼女は、私の頬を両手で包み込む。
 
「ずっと貴女が妬ましくて、ずっとあなたが欲しかった。そんな貴女が、こうなってしまって放っておけるわけないでしょう? この気持ちはね、間違いなくあの子達も同じ。きっと、どうにかしようとする。だから私は少しだけ……手助けすることにするよ」
「……意味が分からない」
「そう? とても簡単なことだよ」
 
 息が止まる。
 それが彼女のせいだと気づいた時には、私の呼吸は強制的に止められて、目の前には彼女の顔しか見えなくなっていた。
 
「——みんな、貴女のことが大好き。当然、私もね」
 
 リップ音を鳴らして私から離れた彼女の行動に、私は相変わらず突拍子なく、意味の分からない行動に溜め息を吐きながら、再びギターに指を這わせる。
 
「あんたはそういうんじゃない」
「知ってる~、私もそう思うし」
「口にするなんてどうかしてる」
「え、それ言う?」
 
 まるで私には反論する資格がないみたいな顔で言われるが、当然思い当たる節はない。
 
「ままっ、いいじゃん。ほら、姉妹の戯れ的な?」
「姉妹はこんなことしない」
「するって。外国とかだと普通……あれ、口にするんじゃなかったっけ? まあ、ほら、姉妹みたいなもんでしょ? 私達」
「安直だし、外国基準でも普通じゃないから」

 と、どうも彼女のペースに乗せられている気がして、私はギターに意識を向け直す。
 ……みんながいくら私のことが好きであろうと、もう遅い。突き放し、拒絶した私を、四人は快く思ってなどいない。もう元に戻ることなどできないのだ。
 
「っ」
 
 自分の思考に気づいて手を止める。
 
 ……今、私はなにを考えていた?
 
 まるで、元に戻ることを期待するかのような。まるで、みんなに嫌われていないことをどこかで期待しているような。
 そんな思考を無意識のうちにしていたことに気づいて、私は手を止めて目の前に居た彼女に言った。
 
「出ていって」
 
 八つ当たりだ。分かっている。
 でも今の私にはこの関係ですらやかましく、鬱陶しい。そう思えて私は語気を強める。
 
「出ていって!」
「もう、はいはい。分かりましたよ~」
 
 呆れたような表情で、部屋を出て行こうとする彼女。
 
「また来るから、ご飯はちゃんと食べるようにねぇ」
 
 暗い部屋から出ていく直前に見えた彼女の色は前のような濁ったものではなく、とても綺麗な……緑色に染まっていた。
 私はそれを見なかったことにして、ギターを弾こうと手を動かす、のだが……手が重い。思うように動かせない。体に異常はないのに、鉛のように重い手が、音を鳴らすのを拒んでいるみたいだ。
 
「……調子を狂わされた」
 
 ギターを弾くのを諦めて、壁掛けのフックにギターを吊し、私は部屋を出て行こうと——
 
「あぁ、これも吊るさないと」
 
 ソファーに投げ捨てていた愛用していたギターを手に取って、そのまま——
 
 
 ——私はなぜか、このギターを構えた。
 
 肩に馴染むストラップ。
 掴み慣れたネック。
 全てがとても懐かしいものに思えて、そして、私は耳で簡単にチューニングする。
 しかし音は狂っていて、とてもズレたもの。
 当然だ。弦は錆び切っている。
 きっとこんな状態の弦に触れ、あまつさえチョーキングやスライドなんてしようものなら、指の腹が大変なことになるだろう。
 だというのに。
 
 なぜ私は、痛みを構うことなく弦を掻き鳴らしているんだ。
 
 いつ切れてしまうかも分からない脆い弦。
 錆切って正しい音を出せなくなった弦。
 鳴らすほどに傷つく指先。
 その何もかもが、ここまで来た自分と重なる。
 
「——ふっ」
 
 まるで聞こえてくるよう。
 ギターの音。
 ベースの音。
 ドラムの音。
 そして、あの子の歌声が。
 
 私を昂らせ、もっともっとと、その先に行けそうな気持ちにさせてくれる。
 まだまだ先にあるその光景を、私は——。
 そう思って幻視した一つになった世界の光景に、幻の中の私が手を伸ばしたところで、
 
 ——バツンッ
 
 錆た弦が音を立てて切れた。
 
 手を止め、現実に戻ってきた私は、その現実に膝を折る。
 まるで自分の望む光景には届かないと言われているようで、たまらなく悔しい気持ちになっていく。
 そしてまた……まただ。また私は無意識のうちに求めていた。捨てたはずのモノを。
 私はそれが本当に気に入らなくて、強く軋むほど歯噛みする。
 違う。
 私は一人でいい。一人で行けるんだ。絶対に私はそこに辿り着く。
 
 そう、約束したんだから。
 
「絶対、絶対絶対絶対絶対絶対——っ!」
 
 絶対に、その光景を見ないといけないんだ。
 私が望んだんだ。一人になった世界を。
 仲間がいないとできないなんて、そんなはずない。私ならできる。そのための時間も、自由も、私にはあるんだ。
 でも……それでも時間は有限だ。死んでしまえば何もできない。だから、こんな風に立ち止まってなんていられないんだ。
 
「——っ」
 
 私は小さな嗚咽を漏らす。
 そんな状態でも、誰もいない暗い部屋の中で、切れた弦に構うことなく、グチャグチャになった感情をぶつけるように、私は、
 
 
 錆びた弦を、掻き鳴らす。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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青春ガールズバンドストーリー!
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