SONIC BLUE!〜極彩のロックンロール〜

ユララ

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如月瑠璃は錆びた弦を掻き鳴らす

今は私がいる

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第四十一話
 
 
 私の言葉が響いて、他の観客の視線が渚に集中する。
 スポットライトに照らされた渚は、動かない。ただそこで棒立ちになって一歩を踏み出せずにいた。
 
「双葉、芽衣。音ちょうだい」
 
 私の言葉に静かなイントロを演奏し始める二人を残して、私はステージから飛び降りた。向かう先は決まっている。
 観客の人達が道を開けてくれて、私はすぐに彼女の前に辿り着く。
 
「びっくりした?」
 
 そう問いかける。
 でも渚は、目の前までやってきた私と目を合わせてはくれず、俯いてしまっていた。
 今の彼女の浮かべる色は……橙色と青色。つまり怒りと拒絶の感情を抱いている。その感情の行く先は当然、私だろう。
 けど私はこの気持ちと向き合わないといけない。怖くても、受け止めないといけないんだ。
 これは私がそうしたいと、望んだことなんだから。
 
「渚、ごめん。こんな風に無理矢理」
「……本当だよ。ほんと、無理矢理……アタシにはもう無理なのに。なんでこんなこと……」
「それでも私は、渚と——」
「だから、迷惑だって言ってんの‼︎」
 
 鳴り響くイントロを掻き消してしまうほどの怒声。
 私はそれでも怯まず、彼女と向き合うことをやめない。やめてはいけない。
 
「アタシだって……三人とやりたい。一緒にできたらなって、ずっと近くで見てて思ってた……けど、もう嫌なんだ。音楽も歌も、全部が嫌になって、アタシは捨てた! 思い出すから、嫌なことを、辛かったことを、惨めだったことを! アタシは歌が……大好きだったのにっ、これしかなかったのにっ……!」
 
 渚の悲痛な叫びを黙って受け止める。
 これまでの彼女の気持ちが、怒りの感情によって吐露される。
 堰き止めていたものが濁流となり、濁り切った想いを吐き出していく。
 
「楽しんでる三人の邪魔になるんだ、アタシは……一緒にやっても、過去に囚われて、抜け出せないから……だから……歌えない」
 
 言い切った彼女は私に背を向けた。
 そしてそのまま扉の方に歩き出そうとしたところで、私は——
 
「渚はバカでアホで鈍感だよね」
 
 思っていたことを実直に告げた。
 
「……は?」
「そうでしょ? だって、過去に何があっても、今はもうそうじゃない」
「何を言って——」
「今は私がいる」

 自信を持って、ただ、事実を告げる。
 
「双葉も芽衣もいる。今、渚の目の前にいる。あなたを大好きな、あなたの友達がいる。一緒にバンドを組んで楽しめたら、過去の嫌な思い出なんて——簡単に上塗りできる、そうでしょ?」

 なんでそんな簡単なことが分からないの?
 
 そんな風に首を傾げて渚の返答を待つ。
 ……だが、一向に返事はなく。私は更に首を傾げる。
 
「言ったよね、私のにするって。私はあなたの意見なんて正直どうでもいいんだ。ただ、私が貴女を欲しいの。だからさ、私のになってよ。絶対楽しいし、満足させてあげるから」
「そんな無茶苦茶な……」
「うるさい、いいから歌え」
「————っく」
 
 目の前の渚が肩をいからせて、小刻みに震え初め、そして、
 
「くっ——あはっ、ははっ! そっちの方がバカじゃん!」
 
 纏っていた感情が一瞬のうちに霧散し……楽観的な感情を纏った渚は、私を馬鹿にしてきた。
 
 なので私は渚の頬を軽く叩く。
 
「いたっ⁉︎ えっ、なんで⁉︎」
「気づかせてあげたのに、私を侮辱してきたのがイラッとして」
「理不尽か! だからって叩くことないだろ!」
「知らない」
「知らないってなんだ、このエゴイスト!」
 
 私達がそんなやりとりをしていると、ギターの音が私達を呼ぶように急に激しく鳴り響いた。
 
「……双葉が呼んでる」
「あぁ……てか、もう会場の雰囲気的に逃げられなさそうだし」
「意外。空気読むタイプだったっけ」
「瑠璃よりはな」
「気合いは十分?」
「……久しぶりのステージに昂ってるよ」
「踊らなくていいからね」
「歌って踊れるアイドルだったのは確かだけど……今はバンドマンだし、可愛さなんて売らなくいいんだ。元々、ダンスは得意じゃない。踊るんじゃなく、踊らせてやろう」
「いいね、ロックだよ。そう来なくっちゃ」
 
 私と渚は並んでステージに向かう。
 ステージに着くと手を止めた二人が私達に手を差し出してくれたので手を取り、ステージへ上がる。
 
「双葉、芽衣……その」
「話は後で。今は、早くやりたくてしょうがないからさ!」
「待ってましたよ、渚さん!」
「ごめん。一緒にやらせて、アタシも」
「うん!」
「もちろんです!」
 
 私達全員の気分は最高潮。
 私は渚と視線だけ交わして、中央のマイクスタンドの位置を彼女に譲る。
 
「ここが渚の場所」
 
 それだけ言って、私は右のスタンドの位置に立ち、観客に断りを入れる。
 
「すみません、お騒がせして……これから最後の演奏をします。また同じ曲ですが、全く違う演奏になると思います。でも、これが私達です……聴いてください」
 
 私が視線を向ければ、一曲目が始まる前と同様に、双葉と芽衣が頷きを返してくれる。
 そしてさっきまでいなかった渚。彼女も同じように、私と目が合うと、深く、頷いてくれた。
 私はマイクに向かって呟くように声を通す。
 
 ……ここからだ。
 ここから私達の本当の音楽が始まる。
 私はそんな想いを込め、ふざけた仮の名前じゃない、本当の私達の名前をここに告げる。
 
 
「SONIC BLUEで——全身全霊」
 
 
 
 
 
 
 
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青春ガールズバンドストーリー!
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