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如月瑠璃は錆びた弦を掻き鳴らす
ネタバレはしない主義
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第三十六話
「渡して来た」
私はセレナーデで晩御飯を食べようとやって来たところ、双葉がお手伝いとしてウェイトレスをしていたので、昼間の報告をしておく。
それにしても渚といい双葉といい、エプロン姿がよく似合う。
どうせならメイド服を着て接客して欲しいけど……将来はメイド喫茶でも開業して、そこで二人を雇うのもありか?
「渚はなんだって?」
珍しく忙しそうな店内。
少し余裕ができたタイミングで、双葉が一葉さんの目を盗み、私の横の椅子に座ってそう訊いてきた。
「ひゃいって言ってた」
「はい?」
「ひゃい」
「ちょっと意味が分からないんだけど……えーっと、来てくれるってことでいいの?」
「あの反応ならくる。絶対に来てって言っといたし」
「なら大丈夫か!」
私は手元の湯気を放つソーセージとステーキのプレートを見て、気になっていたことを訊く。
「そういえばさ」
「なに?」
「なんでセレナーデって、ドイツ料理なの」
「ああ、うちのお父さんの趣味」
「趣味?」
「お父さん、肉料理が好きでさ。なんか、ドイツ料理はお肉ばかりだから俺にピッタリだーとか、そんな理由だったはず」
「私も肉好きだから気が合いそう」
「あ~……気が合ったらなんか大変そうだから、会わせないようにするね」
そう言われると気になるから。
余計会ってみたくなる。
「昔はお父さんもバンド組んでたんだけど、バンドメンバーもみんなお肉好きで、筋肉凄い人たちばかりでさ」
「肉好きって筋肉凄いものなのかな」
「え? そうじゃない? お父さん結構凄いよ」
「そうなんだ。うちのお父さんも肉好きだったけど、確かに細マッチョだったかも」
やっぱりプロテインを摂取すると体が逞しくなるのか……筋トレしようかな。
「ま、肉好きはマッチョっていうのは偏見かもだけど」
「うちのバンドにも入れようか」
「え?」
「ドラムは筋骨粒々のキング・オブ・マッチョにする」
「後ろでそんな世紀末覇者的な人がいたら絶対に集中できないよ⁉︎ 私の音がかき消されそうだし!」
「見た目のインパクトが大事」
「全部持ってかれるよ⁉︎ ライブ後の感想が全部『筋肉凄かった』しかないよ!」
まあ、確かに。
イメージしてみるとかなりシュールで面白いけど、筋肉凄かったですなんて言われるバンドには、ちょっとなりたくない。
「なに筋肉の話してんだ?」
普段の声よりさらに低音の、威圧感を感じさせる声が双葉の背後から発せられ、私達は振り向く。
そこには案の定、イラついた様子の一葉さんが居た。
「筋肉フェチにでもなったのかお前は」
「違うよ! キングオブマッチョがインパクトで筋肉凄かったですって言われたら嫌なんだよ!」
「なに言ってんだお前は」
テンパってしまい支離滅裂な説明をする双葉。当然それではなにも伝わらない。
ここは私が助け舟を……出す必要はないか。料理が冷めてしまう。
「いただきます、一葉さん」
「おう。で、双葉、お前は手が空いたなら掃除だ」
「えぇえ……」
「文句あるか?」
「ありませぇん!」
「よし、休憩終わり。さっさとやってこい」
とぼとぼと、店の奥に姿を消した彼女を見送った私は、入れ替わるように私の横に腰を下ろした一葉さんと目を合わせる。自分はいいんだろうか。いいんだろうな。
「上手くいったみたいだな」
「聞いてたんですか」
「聴こえてたんだよ。で、明日はどうするんだ?」
「ネタバレはしない主義です」
「いいだろ別に。ネタバレは率先して見る主義だぞ私は」
「……それ、面白いですか?」
「安心して先を見れるだろ」
「そういうものですか」
「私はな」
「はあ」
価値観の相違だ。
一葉さんとは漫画や映画の話はしないようにしよう。
こういうタイプは無意識に言って欲しくないネタバレをする。意図せずされるネタバレほど、最悪なものはないのだ。
「まあいいさ。私も明日はライブ見にいくしな」
「日曜ですからね」
「そうだ。全人類の休息日だからな。楽しませてくれよ」
ニヒルな笑みで私を挑発するような表情を見せた一葉さん。
私はそんな彼女に、好戦的な言葉を返す。
「盛り上がりすぎて休んだ気にならないですよ」
「言うねぇ」
不安も緊張も感じさせない声ではっきり言ってみれば、一葉さんは感心したような顔で話す。
「瑠璃ちゃんは大丈夫だな。緊張とかしたことあるか?」
「ありますよ。どう見えてるんですか私」
「他人に流されない芯のある子、って感じ?」
「……褒めてるんですか」
「好きに受け取ってくれていいよ」
じゃあ、褒められたということで。
「……今回のライブでの一番の問題は、分かってるだろ?」
「もちろん」
「どうするんだ。あいつは、確かに解消しつつあるが、まだまだ——」
「一葉さんの心配は分かります。せっかく自信をつけて来たところで、また笑われて、また傷つくかもしれない。分かってます、ちゃんと」
「……過保護になり過ぎてんのかな」
「そうですね」
「直球だな」
「事実です。でも、そうだとしても、双葉もそれを分かった上で挑戦しようとしてる。言葉では弱音を吐いても、それでも頑張って立ち向かってる。それは、自分自身のためじゃない」
「……ああ、そうか」
そう。
これまでは自分自身のために緊張しないようにと頑張っていた。
でも今は違う。
「渚に伝えたいことがあるから。渚と本気でぶつかりたいから、双葉は今、頑張ってるんです」
私の言葉に一葉さんは目を伏せて、静かに呟いた。
「羨ましいな」
その言葉の真意は分からない。
けど、その表情は確かに、双葉のお姉さんとしての、とても優しいもので……普段のガサツで男っぽい彼女からは感じられない。女性的な印象を強く受けた。
本来の彼女はとても可愛い、素朴な女の人なのかもしれないと、私は思った。
「渡して来た」
私はセレナーデで晩御飯を食べようとやって来たところ、双葉がお手伝いとしてウェイトレスをしていたので、昼間の報告をしておく。
それにしても渚といい双葉といい、エプロン姿がよく似合う。
どうせならメイド服を着て接客して欲しいけど……将来はメイド喫茶でも開業して、そこで二人を雇うのもありか?
「渚はなんだって?」
珍しく忙しそうな店内。
少し余裕ができたタイミングで、双葉が一葉さんの目を盗み、私の横の椅子に座ってそう訊いてきた。
「ひゃいって言ってた」
「はい?」
「ひゃい」
「ちょっと意味が分からないんだけど……えーっと、来てくれるってことでいいの?」
「あの反応ならくる。絶対に来てって言っといたし」
「なら大丈夫か!」
私は手元の湯気を放つソーセージとステーキのプレートを見て、気になっていたことを訊く。
「そういえばさ」
「なに?」
「なんでセレナーデって、ドイツ料理なの」
「ああ、うちのお父さんの趣味」
「趣味?」
「お父さん、肉料理が好きでさ。なんか、ドイツ料理はお肉ばかりだから俺にピッタリだーとか、そんな理由だったはず」
「私も肉好きだから気が合いそう」
「あ~……気が合ったらなんか大変そうだから、会わせないようにするね」
そう言われると気になるから。
余計会ってみたくなる。
「昔はお父さんもバンド組んでたんだけど、バンドメンバーもみんなお肉好きで、筋肉凄い人たちばかりでさ」
「肉好きって筋肉凄いものなのかな」
「え? そうじゃない? お父さん結構凄いよ」
「そうなんだ。うちのお父さんも肉好きだったけど、確かに細マッチョだったかも」
やっぱりプロテインを摂取すると体が逞しくなるのか……筋トレしようかな。
「ま、肉好きはマッチョっていうのは偏見かもだけど」
「うちのバンドにも入れようか」
「え?」
「ドラムは筋骨粒々のキング・オブ・マッチョにする」
「後ろでそんな世紀末覇者的な人がいたら絶対に集中できないよ⁉︎ 私の音がかき消されそうだし!」
「見た目のインパクトが大事」
「全部持ってかれるよ⁉︎ ライブ後の感想が全部『筋肉凄かった』しかないよ!」
まあ、確かに。
イメージしてみるとかなりシュールで面白いけど、筋肉凄かったですなんて言われるバンドには、ちょっとなりたくない。
「なに筋肉の話してんだ?」
普段の声よりさらに低音の、威圧感を感じさせる声が双葉の背後から発せられ、私達は振り向く。
そこには案の定、イラついた様子の一葉さんが居た。
「筋肉フェチにでもなったのかお前は」
「違うよ! キングオブマッチョがインパクトで筋肉凄かったですって言われたら嫌なんだよ!」
「なに言ってんだお前は」
テンパってしまい支離滅裂な説明をする双葉。当然それではなにも伝わらない。
ここは私が助け舟を……出す必要はないか。料理が冷めてしまう。
「いただきます、一葉さん」
「おう。で、双葉、お前は手が空いたなら掃除だ」
「えぇえ……」
「文句あるか?」
「ありませぇん!」
「よし、休憩終わり。さっさとやってこい」
とぼとぼと、店の奥に姿を消した彼女を見送った私は、入れ替わるように私の横に腰を下ろした一葉さんと目を合わせる。自分はいいんだろうか。いいんだろうな。
「上手くいったみたいだな」
「聞いてたんですか」
「聴こえてたんだよ。で、明日はどうするんだ?」
「ネタバレはしない主義です」
「いいだろ別に。ネタバレは率先して見る主義だぞ私は」
「……それ、面白いですか?」
「安心して先を見れるだろ」
「そういうものですか」
「私はな」
「はあ」
価値観の相違だ。
一葉さんとは漫画や映画の話はしないようにしよう。
こういうタイプは無意識に言って欲しくないネタバレをする。意図せずされるネタバレほど、最悪なものはないのだ。
「まあいいさ。私も明日はライブ見にいくしな」
「日曜ですからね」
「そうだ。全人類の休息日だからな。楽しませてくれよ」
ニヒルな笑みで私を挑発するような表情を見せた一葉さん。
私はそんな彼女に、好戦的な言葉を返す。
「盛り上がりすぎて休んだ気にならないですよ」
「言うねぇ」
不安も緊張も感じさせない声ではっきり言ってみれば、一葉さんは感心したような顔で話す。
「瑠璃ちゃんは大丈夫だな。緊張とかしたことあるか?」
「ありますよ。どう見えてるんですか私」
「他人に流されない芯のある子、って感じ?」
「……褒めてるんですか」
「好きに受け取ってくれていいよ」
じゃあ、褒められたということで。
「……今回のライブでの一番の問題は、分かってるだろ?」
「もちろん」
「どうするんだ。あいつは、確かに解消しつつあるが、まだまだ——」
「一葉さんの心配は分かります。せっかく自信をつけて来たところで、また笑われて、また傷つくかもしれない。分かってます、ちゃんと」
「……過保護になり過ぎてんのかな」
「そうですね」
「直球だな」
「事実です。でも、そうだとしても、双葉もそれを分かった上で挑戦しようとしてる。言葉では弱音を吐いても、それでも頑張って立ち向かってる。それは、自分自身のためじゃない」
「……ああ、そうか」
そう。
これまでは自分自身のために緊張しないようにと頑張っていた。
でも今は違う。
「渚に伝えたいことがあるから。渚と本気でぶつかりたいから、双葉は今、頑張ってるんです」
私の言葉に一葉さんは目を伏せて、静かに呟いた。
「羨ましいな」
その言葉の真意は分からない。
けど、その表情は確かに、双葉のお姉さんとしての、とても優しいもので……普段のガサツで男っぽい彼女からは感じられない。女性的な印象を強く受けた。
本来の彼女はとても可愛い、素朴な女の人なのかもしれないと、私は思った。
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青春ガールズバンドストーリー!
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