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如月瑠璃は錆びた弦を掻き鳴らす
渚を一人
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第三十四話
「いらっしゃいませー」
家から少し離れたところにあるファミレスのチェーン店に私は足を運んでいた。
土曜日の昼間。
学校が休みであるからか、少し同世代くらいの人が目立つ店内に、おひとり様で訪れた。
よく一人でファミレスに行くのは抵抗があるとか、勇気がいるとか、寂しいやつだとか言う人が居る。あれはただ、自分より可哀想な人だと勝手に決めつけて優位に立った気になっているのだ。
自分の地位を擬似的に高め、自尊心を満たそうとする可哀想な奴か、それに準ずる哀れな思考の持ち主に他ならないと、私は常々思っている。
「おひとり様ですか?」
「おひとり様です」
「お好きな席へどうぞ」
好きな席に座っていいのなら、わざわざ確認をしなくてもいいのではないだろうかと、そんなやさぐれた考えはそこそこに二人がけの席に座る。
カウンター席があればなんの違和感もなく溶け込めるのだろう。それがないとなれば確かに、二人がけ、あるいは四人がけの席で一人ポツンと座っていると、やや寂しいものに見えるかもしれないが……人目を気にしない私にとっては全くの杞憂である。他人の目を気にしてどう思われているのかまで気にするのは、ウチのギタリストくらいのものだ。
お昼時を少し過ぎた時間帯。
ちらほらと客の出入りも落ち着き、少しずつ人が少なくなっていく頃合いだから、注文した料理はあまり待たなくても運ばれてくるはず。
お腹も空いているので、私はメニューから適当に目についたものを注文することにした。
——ピンポーン
手元の呼び出しの機械……名前はなんて言うんだろう。
チャイム? 呼び出しボタン? よく知ってはいるけど、正確な名前が分からないし、そもそも名称があるのかも分からないそれで店員を呼びつける。
「お呼びでしょうか」
「タラコのスパゲッティーと、鳥の胸肉のトマト煮を」
「はい」
「あとは……ドリクバーで」
「はい、以上でよろしいですか?」
「あ、あと——」
私は目ぶかに被っていた帽子と、縛っていたブロンドの髪を解きながら、作っていた声色を元に戻し、続けて言う。
「渚を一人」
「はい、渚を一人。以上でよろしいで——んなっ⁉︎ る、瑠璃⁉︎」
「いえあ」
ピースをして私の存在に気づくと、さっきまで淡々と接客をしていた渚は、恥ずかしそうに顔を赤くしてそっぽを向いた。
制服姿を見られて恥ずかしいのか、働いている姿を見られてなのか。そんな反応をされると加虐心のような悪趣味な気持ちが芽生えてくる。
イタズラをしてやりたい。揶揄いたい。そんな欲望に苛まれるが、ここはグッと堪えて我慢する。
今日は目的があってきたのだ。とても大事な役目だからこそ、ここで彼女を怒らせて目的を果たせなくなるのは非常にまずい。ので、私は当たり障りないことを言うように気をつける。
「可愛いね、渚」
「っ、お、お前はまたそうやって、恥ずかしげもなく恥ずかしいことをさらっと……」
「似合ってる。でも、きっとメイド服の方が似合ってる」
「……まだ諦めてなかったのか?」
「もちろん」
弟の私物のメイド服もしっかり保管している。
「はぁ……で、態々、家から離れたウチの店に来るなんて、こっちに何か用事でも——」
——ピンポーン
店内に呼び出し音が鳴る。
他のウェイトレスの方は別の席に料理を運んでいるので、手が離せないようだ。
私は軽く手を振って『いってらっしゃい』と意味を込めてジャスチャーを送れば、渚は『行ってくる』と、軽く手をあげて私の元を去って行った。
ああ……お腹すいた。
ドリンクバーをつけていたので、何か適当な飲み物でも取ってこよう。
私は席を立ち、ドリンクバーコーナーへ歩いていく。
「んー、あれぇ? 水しか出てこないんだけど~」
グラスを手に取った私の横で、ドリンクバーの機械のボタンを押しながら、何やら困った声をあげている女性がいた。
私と同じ明るい色の髪を、毛先だけピンク色に染めたその女性は、何度かウーロン茶のボタンを押している。だが、出てくるのは水だけ。きっと原液の方が切れているんだろう。偶にある。
私も一度経験したことがあるから、店員さんに言えばすぐ対応してくれるし、それまではとりあえず、別の飲料を飲めばいいと思うんだけど……女性は諦めず、何度もウーロン茶のボタンを連打。
そんなに飲みたいのかウーロン茶。頑なだ。執念すら感じる。
……ちょっと変な人だな。
そんな風に私が思った瞬間。
「お?」
「あ」
こっちを見たその女性と目が合ってしまった。
不意のことでつい、声を漏らし反応してしまう。
仕方ない、ここは私が教えて——
「おや——おやおや?」
わざとらしい、芝居がかった様子で私へと一気に距離を詰めてきた女性は、ひどく目を見開き、不気味な形相で私の顔を凝視してきた。
なんだこの人。
「いらっしゃいませー」
家から少し離れたところにあるファミレスのチェーン店に私は足を運んでいた。
土曜日の昼間。
学校が休みであるからか、少し同世代くらいの人が目立つ店内に、おひとり様で訪れた。
よく一人でファミレスに行くのは抵抗があるとか、勇気がいるとか、寂しいやつだとか言う人が居る。あれはただ、自分より可哀想な人だと勝手に決めつけて優位に立った気になっているのだ。
自分の地位を擬似的に高め、自尊心を満たそうとする可哀想な奴か、それに準ずる哀れな思考の持ち主に他ならないと、私は常々思っている。
「おひとり様ですか?」
「おひとり様です」
「お好きな席へどうぞ」
好きな席に座っていいのなら、わざわざ確認をしなくてもいいのではないだろうかと、そんなやさぐれた考えはそこそこに二人がけの席に座る。
カウンター席があればなんの違和感もなく溶け込めるのだろう。それがないとなれば確かに、二人がけ、あるいは四人がけの席で一人ポツンと座っていると、やや寂しいものに見えるかもしれないが……人目を気にしない私にとっては全くの杞憂である。他人の目を気にしてどう思われているのかまで気にするのは、ウチのギタリストくらいのものだ。
お昼時を少し過ぎた時間帯。
ちらほらと客の出入りも落ち着き、少しずつ人が少なくなっていく頃合いだから、注文した料理はあまり待たなくても運ばれてくるはず。
お腹も空いているので、私はメニューから適当に目についたものを注文することにした。
——ピンポーン
手元の呼び出しの機械……名前はなんて言うんだろう。
チャイム? 呼び出しボタン? よく知ってはいるけど、正確な名前が分からないし、そもそも名称があるのかも分からないそれで店員を呼びつける。
「お呼びでしょうか」
「タラコのスパゲッティーと、鳥の胸肉のトマト煮を」
「はい」
「あとは……ドリクバーで」
「はい、以上でよろしいですか?」
「あ、あと——」
私は目ぶかに被っていた帽子と、縛っていたブロンドの髪を解きながら、作っていた声色を元に戻し、続けて言う。
「渚を一人」
「はい、渚を一人。以上でよろしいで——んなっ⁉︎ る、瑠璃⁉︎」
「いえあ」
ピースをして私の存在に気づくと、さっきまで淡々と接客をしていた渚は、恥ずかしそうに顔を赤くしてそっぽを向いた。
制服姿を見られて恥ずかしいのか、働いている姿を見られてなのか。そんな反応をされると加虐心のような悪趣味な気持ちが芽生えてくる。
イタズラをしてやりたい。揶揄いたい。そんな欲望に苛まれるが、ここはグッと堪えて我慢する。
今日は目的があってきたのだ。とても大事な役目だからこそ、ここで彼女を怒らせて目的を果たせなくなるのは非常にまずい。ので、私は当たり障りないことを言うように気をつける。
「可愛いね、渚」
「っ、お、お前はまたそうやって、恥ずかしげもなく恥ずかしいことをさらっと……」
「似合ってる。でも、きっとメイド服の方が似合ってる」
「……まだ諦めてなかったのか?」
「もちろん」
弟の私物のメイド服もしっかり保管している。
「はぁ……で、態々、家から離れたウチの店に来るなんて、こっちに何か用事でも——」
——ピンポーン
店内に呼び出し音が鳴る。
他のウェイトレスの方は別の席に料理を運んでいるので、手が離せないようだ。
私は軽く手を振って『いってらっしゃい』と意味を込めてジャスチャーを送れば、渚は『行ってくる』と、軽く手をあげて私の元を去って行った。
ああ……お腹すいた。
ドリンクバーをつけていたので、何か適当な飲み物でも取ってこよう。
私は席を立ち、ドリンクバーコーナーへ歩いていく。
「んー、あれぇ? 水しか出てこないんだけど~」
グラスを手に取った私の横で、ドリンクバーの機械のボタンを押しながら、何やら困った声をあげている女性がいた。
私と同じ明るい色の髪を、毛先だけピンク色に染めたその女性は、何度かウーロン茶のボタンを押している。だが、出てくるのは水だけ。きっと原液の方が切れているんだろう。偶にある。
私も一度経験したことがあるから、店員さんに言えばすぐ対応してくれるし、それまではとりあえず、別の飲料を飲めばいいと思うんだけど……女性は諦めず、何度もウーロン茶のボタンを連打。
そんなに飲みたいのかウーロン茶。頑なだ。執念すら感じる。
……ちょっと変な人だな。
そんな風に私が思った瞬間。
「お?」
「あ」
こっちを見たその女性と目が合ってしまった。
不意のことでつい、声を漏らし反応してしまう。
仕方ない、ここは私が教えて——
「おや——おやおや?」
わざとらしい、芝居がかった様子で私へと一気に距離を詰めてきた女性は、ひどく目を見開き、不気味な形相で私の顔を凝視してきた。
なんだこの人。
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青春ガールズバンドストーリー!
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