SONIC BLUE!〜極彩のロックンロール〜

ユララ

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如月瑠璃は錆びた弦を掻き鳴らす

和製ジミヘン!

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第二十六話
 
 
 駅の前の広場に片隅に着く。
 芽衣の言ったセリフが妙に頭から離れず、一人悶々とした考えをしていると、機材の準備をしていた二人がなにやら騒がしい。
 
「速水さん、落ち着いて!」
「わた、私が人で、人だけど人を飲み込んで落ち着いきます」
「如月さん! 速水さんが壊れました!」
「ああ、うん」
 
 手に人という字を書いて飲み込む双葉はひたすらその動きを繰り返し、いつまでも消えない緊張から更に狂ったように人の字を飲み込む。言ってることも支離滅裂。
 介抱するように芽衣が寄り添っていたけど私にヘルプを求めてきたので、とりあえず私は双葉に近づく。
 
「ほら、ストラップ首にかけて」
「……あい」
「アンプは?」
「準備は大丈夫です!」
「よし。じゃあ、双葉はギターを構えて」
「あい」
「よし、弾け」
「いいいやああっ! 鬼なの⁉︎ まだまだ心の準備が——」
「芽衣、曲流して」
「了解です!」
「聞いてっ、私のっ、言葉をっ!」
 
 聞いてあげよう。
 でもそれは言葉じゃない。
 
「双葉の心で奏る熱い音を聴かせて」
「いい感じに言ってもダメだからね⁉︎」
 
 ピッ、と。
 芽衣の操作していたスマホの画面をタッチして、流れ始めていた曲を止める双葉。必死だ。
 何かやるのかと、こちらを見ていた何人かの視線が散っていくのが傍目に見えて、私は溜め息をこぼす。
 
「人が多いとか気にしない。もうここは双葉のステージ。店の前だろうと、駅前だろうと、武道館だろうと、双葉が弾く場所はどこだってステージなんだよ」
「瑠璃……そ、そう、だね。場所は関係ない、か」
「だからつべこべ言わず弾け」
「私、瑠璃のそういう強引なとこ嫌い」
 
 頬を膨らませてそっぽを向いてしまった双葉は、やはり頑なに弾こうとはしない。
 どうしたものか。
 
「どうしましょう、如月さん」
 
 芽衣がコソコソと私に話しかけてくる。
 私達は双葉に聞こえないよう後ろを向いて小声で話す。
 
「んー……双葉は押しに弱い」
「そうなんですか?」
「それは明らか。後は……そう、おだてられると調子に乗る」
「おだてる……」
「めっちゃすごい勢いで褒めちぎってやれば……多分イケる」
「速水さんってバカなんですか?」
「言うね芽衣」
「あっ、また私っ、ごめんなさい!」
「事実。双葉はバカだ。そしてアホだ」
「同じ意味では?」
「だね。でも、それと同じくらい可愛くてかっこいい。だから、そこを褒めちぎるんだ」
「なるほど……やりましょう!」
「よし。とにかく攻めるんだ」
「はいっ!」
 
 私達は未だむくれっ面の双葉に勢いよく振り返る。
 
「双葉」
「速水さん」
「な、なに?」
「——双葉は本当に可愛い」
「へぇあ?」
「速水さんは小柄ですけどスタイルがいいです!」
「う、うん」
「まつ毛長い、綺麗な目」
「透き通った綺麗な肌!」
「笑った顔が可愛い」
「風に靡いた髪がステキ!」
「ギターの腕前世界一」
「和製ジミヘン!」
「日本のエリック・クラプトン」
「双葉さんサイコー! かっこいいー!」
「ステキー、抱いてー」
 
 和達は思い付く限りの賞賛を送り、双葉の様子を伺う。
 ギターを方から下げたまま、俯いて動かない彼女は——フッ、と不敵に笑った。
 
「——聴きなさい、私の、音を」
 
 そのセリフに吹き出しそうになるのを必死に堪え、私はスマホの画面をタッチし、曲を流す。
 
 音が辺りに鳴り響くと、周囲を歩いていた人の視線がちらほらとこちらに向く。
 しかし双葉は気づかない。すでに自分の世界にトリップしているのだ。ノリノリだ。私達は静かに見守り観客に徹する。
 ギターだけの演奏。
 けどそれだけであろうと、こうなった双葉の音は人を魅了するには十分な迫力を持っていた。
 
 静かな激情を音で表現する実力には私も芽衣も舌を巻く。
 特に私は何度もこの状態の双葉の演奏を聴いているのに、今もこうして聴き入ってしまう。
 引き込まれて、夢中になって————気付けば一曲の演奏は終わってしまっているのだ。
 
「——フゥ。センキュー」
 
 ジャーンっと鳴らしたのと同時にそう言った双葉。
 いい気分で酔いしれているところ悪いけど、そろそろ現実に戻ってきて貰おう。
 
「双葉」
「私のステージ——ノッてるかい二階席!」
「どうどう。落ち着いて。芽衣、ちょっと猫騙しして。多分正気に戻るから」
「速水さんってちょっとアレですね……」
「私もそう思う」
 
 表現をマイルドにしてはいるけど十分意味は伝わる。
 普段とのギャップがあるから余計思うよね……本当残念だわ、この子。
 
「正気に戻ってください!」
 
 ——パンッ!

「——はえ?」
「双葉、おかえり」
「お帰りなさい」
「え、あ、うん……ただいま? アレ、私は一体なにを?」
「この状況見て分からない?」

 私がそう言って周りを見渡せば、それに倣って彼女も同じように首を動かして辺りに目を向ける。
 
 ——たくさんの観客の姿を見て、双葉はその場で立ったまま、石のように硬直した。
 
「速水さん?」
「……ダメだね、気絶してる」
「演奏中はあんなにかっこいいのに……」
「本人には言わないように。流石に泣くから」
「はい……」
「起きるまで待とう」
「ですね」
 
 何はともあれ、大通りでの初の特訓は成功。
 やり方は何にしろ、今日の経験がさらに双葉の自信になってくれることは間違いない。次はちゃんと、周囲の状況に目を向けながら慣れていくようにしないとだけど、今日のところは最高の演奏を聴かせてくれたので許してあげるとしよう。
 
「おつかれ、双葉」
 
 新しいメンバーの芽衣も入って、双葉も着実にあがり症を克服し始めている。
 
 ……私も、頑張らないといけないな。
 
 拳を握り締め、仲間に負けていられないと、私は気を引き締める。
 今日も帰って練習だ。
 

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