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如月瑠璃は錆びた弦を掻き鳴らす
他意とは
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第二十二話
可愛さのあまり、注文していたパンケーキを全て目の前の子にあげて、美味しそうに頬張る姿に心癒される。
渚は溜め息を吐いてから、笑顔でハムスターのように頬を膨らませた彼女にデコピンをした。
「なに全部もらって食べてんだよ。ちゃんとお礼を言え芽衣」
「あ、忘れてました! ありがとうございます、とても美味しいです!」
「いいよいいよ、食べな。どんどん食べな」
「はいっ、頂きます!」
「瑠璃が田舎のお婆ちゃんみたいになってる……」
パクパク食べる姿を微笑ましく眺めつつ、私は渚に視線で説明を促す。
「こいつはアタシの後輩の西条芽衣。中学も同じで、まあ、なんかよくアタシに絡んできてた物好きな奴。歳は二つ下で、今は中二。よろしくしてやって」
「よろしくお願いします!」
口の中の物を嚥下してから元気よく挨拶してくれた彼女に、私達も簡単に自己紹介を返す。
「うん、よろしく。私は如月瑠璃」
「私は速水双葉だよ、よろしくね~」
渚が言っていたように、少し口が達者なところはあるかもしれないが、とても良い子そうだ。
これからしっかりコミュニケーションを取って、お互いの理解を深めていこう。
「あ、気にせず食べな?」
「はい!」
私に促された芽衣は再びパンケーキを食べようとして、何か言いたそうに私を見てくる。
なんだろう?
「なに?」
「如月さんって、なんかお姉ちゃんって感じですね!」
「そう?」
「はい、優しくて、パンケーキもくれて……こんなお姉ちゃんが欲しかったなって思いました!」
「今日からこの子は如月芽衣です。何か異論のある人はいる?」
「ちょろい奴だな……落ち着け瑠璃」
「そうだよ、この子は速水芽衣になるんだよ」
「お前もか……」
額に手を当てて今日一番の深い溜め息を吐いた渚。
そんな渚に、芽衣はフォークに刺したパンケーキを差し出す。
「渚先輩、食べますか?」
「ああ……一口だけ」
その時、私は気づく。
それまで特に渚の色を気にしていなかったが、いつからか薄いオレンジ色に染まっていたらしい。
これは……警戒の色だ。なにを警戒しているんだろう?
「どうぞ!」
「ああ——あむ」
「美味しいですか?」
「ああ、甘くて美味いな」
「はい!」
……とりあえず、色のことは置いておいて。
なんだろう、私の妹を取らないで頂きたい。
「ところで芽衣ちゃんはさ、ベースを弾けるって渚に聞いたんだけど」
「はい、弾けます! 誰かと合わせたりとかはしたことないんですけど、一人でならそこそこ」
芽衣は恥ずかしそうに言った。
「大丈夫、私達も合わせた事ないし」
「そうそう、うちら二人とも初心者だからさ」
「そうなんですね! それなら安心です!」
この口ぶりからして芽衣もバンドの件は乗り気のようだ。
私と双葉は頷き合い、本格的な勧誘を持ちかける。
「芽衣がよければ、私達と一緒にバンドをやらない?」
「まだ出来立てほやほやだけど、もし良かったら入ってくれると嬉しいな!」
「はいっ、もちろんです! むしろこちらからも是非お願いしたいです!」
「おお……」
「やった……やったよ瑠璃!」
「ベーシスト獲得」
「これからよろしくね、芽衣ちゃん!」
「よろしく芽衣」
「よろしくお願いします!」
意外な程すんなりと、芽衣のバンド加入が決まって、私と双葉は手を握り合い喜びを露にする。
私達の様子を見ていた渚はふぅと、一仕事終えたサラリーマンみたいな雰囲気で席を立つ。その背には変わらず、警戒の色が漂っていた。
「じゃ、これで役目は果たしたから、そろそろバイトに行くわ」
「ありがとう渚」
「後でなんか奢るから!」
「あいあい、んじゃまたな。芽衣も二人にあんまり迷惑かけるなよ」
「はい、分かりました」
敬礼をして見せた芽衣へと妙に不安そうな表情を向けて、渚はセレナーデを後にする。
彼女が店から出る前、その背が今度は不安の色に移り変わったのを私は見逃さなかった。
ずっと警戒していて、店から出てから不安に思う……ってことは、何かが芽衣にはあるってこと?
私は目の前に座る芽衣を見る。
しかし可愛いだけだ。当然だ。私の妹なんだから。
「なんか馬鹿なこと考えてない?」
「いいえ別に」
変に勘のいい双葉の言葉をスルー。
ニコニコした芽衣と目が合い他愛のないことを少し話してみるが、可愛く礼儀正しいだけ。やっぱり警戒するような子じゃない。
一体なにが彼女にはあるんだろう。
「あ、如月さん、パンケーキ美味しかったです! でも、本当に全部食べちゃって良かったんですか?」
「美味しかったんでしょ? だったらいいんだよ。芽衣のその笑顔が見れただけで私は幸せ」
「そうですか? うーん……如月さんは良い人ですけど、少しだけ気持ち悪いですね!」
「えっ⁉︎」
「は?」
私と双葉は聴き間違いかと、お互いに顔を見合わせて確認し合う。
しかしお互いが困惑している以上、先ほどの発言が事実であることは明白。
私は今の発言について芽衣に言及する。
「今、キモいって言った?」
「はい——あっ、ご、ごめんなさい! わたしっ、またっ」
酷く焦ったように弁解しようとするがもう遅い。
これが渚が言っていた『性格がアレ』ということなんだろうか。
確かに、心の中で思ったことがスパッと出てくるようなこの有様は問題かもしれない。渚が警戒していたのも頷ける。
「ごめんなさいっ! わたし、思っていることがすぐ口に出ちゃう性格で!」
「だってさ瑠璃」
「私、気持ち悪い?」
「そうじゃないです! ごめんなさいっ。その、キザな発言とか、会ったばかりの相手に優しすぎるのって、何か裏があるんじゃとか色々考えちゃって……なんか、女性に対して悪意のある男の人みたいだなって思ってしまって、気持ち悪いなと……それだけなんです! 他意はありません!」
「他意とは」
けどまあ……言ってる通りなら私が気持ち悪いということじゃなくて、彼女の妄想上の男性像が気持ち悪いだけであり、私が気持ち悪いというわけじゃない。私が気持ち悪い訳じゃないのだ。
……うん、問題ないな。
でもこれからは簡単に可愛いとか言わないようにしよう。軽い女だって思われたくないし。平均体重くらいの対応を心がけようと、私は心の中でひっそりと思うのだった。
可愛さのあまり、注文していたパンケーキを全て目の前の子にあげて、美味しそうに頬張る姿に心癒される。
渚は溜め息を吐いてから、笑顔でハムスターのように頬を膨らませた彼女にデコピンをした。
「なに全部もらって食べてんだよ。ちゃんとお礼を言え芽衣」
「あ、忘れてました! ありがとうございます、とても美味しいです!」
「いいよいいよ、食べな。どんどん食べな」
「はいっ、頂きます!」
「瑠璃が田舎のお婆ちゃんみたいになってる……」
パクパク食べる姿を微笑ましく眺めつつ、私は渚に視線で説明を促す。
「こいつはアタシの後輩の西条芽衣。中学も同じで、まあ、なんかよくアタシに絡んできてた物好きな奴。歳は二つ下で、今は中二。よろしくしてやって」
「よろしくお願いします!」
口の中の物を嚥下してから元気よく挨拶してくれた彼女に、私達も簡単に自己紹介を返す。
「うん、よろしく。私は如月瑠璃」
「私は速水双葉だよ、よろしくね~」
渚が言っていたように、少し口が達者なところはあるかもしれないが、とても良い子そうだ。
これからしっかりコミュニケーションを取って、お互いの理解を深めていこう。
「あ、気にせず食べな?」
「はい!」
私に促された芽衣は再びパンケーキを食べようとして、何か言いたそうに私を見てくる。
なんだろう?
「なに?」
「如月さんって、なんかお姉ちゃんって感じですね!」
「そう?」
「はい、優しくて、パンケーキもくれて……こんなお姉ちゃんが欲しかったなって思いました!」
「今日からこの子は如月芽衣です。何か異論のある人はいる?」
「ちょろい奴だな……落ち着け瑠璃」
「そうだよ、この子は速水芽衣になるんだよ」
「お前もか……」
額に手を当てて今日一番の深い溜め息を吐いた渚。
そんな渚に、芽衣はフォークに刺したパンケーキを差し出す。
「渚先輩、食べますか?」
「ああ……一口だけ」
その時、私は気づく。
それまで特に渚の色を気にしていなかったが、いつからか薄いオレンジ色に染まっていたらしい。
これは……警戒の色だ。なにを警戒しているんだろう?
「どうぞ!」
「ああ——あむ」
「美味しいですか?」
「ああ、甘くて美味いな」
「はい!」
……とりあえず、色のことは置いておいて。
なんだろう、私の妹を取らないで頂きたい。
「ところで芽衣ちゃんはさ、ベースを弾けるって渚に聞いたんだけど」
「はい、弾けます! 誰かと合わせたりとかはしたことないんですけど、一人でならそこそこ」
芽衣は恥ずかしそうに言った。
「大丈夫、私達も合わせた事ないし」
「そうそう、うちら二人とも初心者だからさ」
「そうなんですね! それなら安心です!」
この口ぶりからして芽衣もバンドの件は乗り気のようだ。
私と双葉は頷き合い、本格的な勧誘を持ちかける。
「芽衣がよければ、私達と一緒にバンドをやらない?」
「まだ出来立てほやほやだけど、もし良かったら入ってくれると嬉しいな!」
「はいっ、もちろんです! むしろこちらからも是非お願いしたいです!」
「おお……」
「やった……やったよ瑠璃!」
「ベーシスト獲得」
「これからよろしくね、芽衣ちゃん!」
「よろしく芽衣」
「よろしくお願いします!」
意外な程すんなりと、芽衣のバンド加入が決まって、私と双葉は手を握り合い喜びを露にする。
私達の様子を見ていた渚はふぅと、一仕事終えたサラリーマンみたいな雰囲気で席を立つ。その背には変わらず、警戒の色が漂っていた。
「じゃ、これで役目は果たしたから、そろそろバイトに行くわ」
「ありがとう渚」
「後でなんか奢るから!」
「あいあい、んじゃまたな。芽衣も二人にあんまり迷惑かけるなよ」
「はい、分かりました」
敬礼をして見せた芽衣へと妙に不安そうな表情を向けて、渚はセレナーデを後にする。
彼女が店から出る前、その背が今度は不安の色に移り変わったのを私は見逃さなかった。
ずっと警戒していて、店から出てから不安に思う……ってことは、何かが芽衣にはあるってこと?
私は目の前に座る芽衣を見る。
しかし可愛いだけだ。当然だ。私の妹なんだから。
「なんか馬鹿なこと考えてない?」
「いいえ別に」
変に勘のいい双葉の言葉をスルー。
ニコニコした芽衣と目が合い他愛のないことを少し話してみるが、可愛く礼儀正しいだけ。やっぱり警戒するような子じゃない。
一体なにが彼女にはあるんだろう。
「あ、如月さん、パンケーキ美味しかったです! でも、本当に全部食べちゃって良かったんですか?」
「美味しかったんでしょ? だったらいいんだよ。芽衣のその笑顔が見れただけで私は幸せ」
「そうですか? うーん……如月さんは良い人ですけど、少しだけ気持ち悪いですね!」
「えっ⁉︎」
「は?」
私と双葉は聴き間違いかと、お互いに顔を見合わせて確認し合う。
しかしお互いが困惑している以上、先ほどの発言が事実であることは明白。
私は今の発言について芽衣に言及する。
「今、キモいって言った?」
「はい——あっ、ご、ごめんなさい! わたしっ、またっ」
酷く焦ったように弁解しようとするがもう遅い。
これが渚が言っていた『性格がアレ』ということなんだろうか。
確かに、心の中で思ったことがスパッと出てくるようなこの有様は問題かもしれない。渚が警戒していたのも頷ける。
「ごめんなさいっ! わたし、思っていることがすぐ口に出ちゃう性格で!」
「だってさ瑠璃」
「私、気持ち悪い?」
「そうじゃないです! ごめんなさいっ。その、キザな発言とか、会ったばかりの相手に優しすぎるのって、何か裏があるんじゃとか色々考えちゃって……なんか、女性に対して悪意のある男の人みたいだなって思ってしまって、気持ち悪いなと……それだけなんです! 他意はありません!」
「他意とは」
けどまあ……言ってる通りなら私が気持ち悪いということじゃなくて、彼女の妄想上の男性像が気持ち悪いだけであり、私が気持ち悪いというわけじゃない。私が気持ち悪い訳じゃないのだ。
……うん、問題ないな。
でもこれからは簡単に可愛いとか言わないようにしよう。軽い女だって思われたくないし。平均体重くらいの対応を心がけようと、私は心の中でひっそりと思うのだった。
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