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如月瑠璃は錆びた弦を掻き鳴らす
出来るまでやるんだよ
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第十二話
黒いギターを掻き鳴らす双葉には例の緊張は一切感じられない。
正確無比なリズムにキレのあるストロークは、ゆらゆらと揺れる焚き火のように、いつまでも見ていたいと私を魅了する。
口元の笑みが、今の彼女の心情を如実に現している。充実と高揚感に満ちている姿に、私は更に吸い込まれてしまう。
足元にあるエフェクターで音色を変化させ、その度に音色を味わうように、彼女の体がリズムに合わせて揺れ動く。
——羨ましいと思った。
父がギターを弾く姿を見ている時、いつも思っていたことだ。
どうせ出来ないと、私にはこんな凄いことは無理だと、やる前から諦めていた。
あまりにも凄くて、圧倒されて、とても同じ人間のしていることには思えなくって……ただ、聴くだけで幸せにされてしまうのが私の父の演奏だった。
でも、双葉の演奏はそんな私に、まるで、
『一緒にやろうよ』
と、言ってくれているような、思わず一緒にやりたくなってしまう、そんな楽しさで一杯だ。
こんな風に弾けたらどんなに楽しいんだろうと、前のめりになって見入る。憧れと嫉妬の感情が芽生えるのと同時に、そこに飛び込んでいくことが出来ないもどかしさに襲われる。
あぁ、なんで私は、ギターをやってこなかったんだろう。
弾けたら今ごろ、あそこに飛び込んで——一緒に楽しめたのに。
「……すご」
隣の渚の呟きに私は頷く。
動画で見ただけじゃ伝わらない。これが双葉の本来の演奏なんだ。
……圧巻だ。
人の感情を動かす音。
双葉の今の感情の色が、まるで太陽の下に咲く向日葵のような色が、彼女を中心に放たれて——
「————って、あっ」
双葉の我に返ったような声と同時に、急に音が乱れる。
そして、その異常が起きたあとすぐに、双葉と目が合う。
私と渚の顔を見た彼女は顔を赤くすると、先ほどまでの素晴らしい演奏はなりを潜め、歪んだ張りのない音を鳴らしたのを最後に、
「調子乗ってごめんなさい……」
そう言って、その場にへたり込んでしまったのだった。
「いやいや、差が凄い」
自信のないギターの辿々しい音が部屋に響く。
先ほどまでの凄い演奏をしていた、同一人物の出す音とは思えない有様に、渚のツッコミが入る。
私はすでに昨日、幾度となく見てきた光景なので多少は慣れているけど、流石に本来の実力であろう先ほどの演奏の後にこうなってしまうと、確かにこの落差に驚くのは当然だと思う。
「いやぁ……なんかテンション上がっちゃって、周りが見えてなかったんだよね」
「見られてるって意識するとコレかよ。才能が死んでるじゃんか」
「面目ない……」
「まあまあ、これから私との特訓で解消されるはずだから」
「瑠璃と特訓して直るレベルなのかこれは」
「違うよ渚」
「あん?」
「出来るまでやるんだよ」
「頑張れ双葉。瑠璃は本気だ」
「ひえぇ……」
「実際、あんな演奏見せられたら、どうにかしないとって思う。双葉の演奏はもっと沢山の人に聴いて貰うべき」
「確かに」
「ぴえぇ……」
変な悲鳴をあげる双葉から視線を外す。
ノートパソコンの置かれたテーブルに頬杖をつきながら、私は自分の目の前の壁に吊るされているギターを見た。
父が気に入っていた水色のギターが、少し埃を被った状態で寂しく鎮座している。
今、私が座っているこの椅子に座りながら、あのギターを弾いていた父の姿を思い出して……私はなんとなく、そのギターを手に取ろうと席を立つ。
そしてギターに手が触れようとしたところで、
「あ、それ凄い錆びてるね」
双葉がそう言ってきた。
「錆びてる?」
「うん。ほら、弦がさ、茶色くなってるから替えないと危ないよ。そのまま触ったら指が切れちゃう」
「そうなの?」
私は触れようとしていた手を引っ込めて……どうしようかと悩む。
そもそも今日は、私のギター練習を双葉に見てもらうつもりだったのだ。
それなのに替えの弦はどこにあるかも分からないし、他に弾けるギターもないとなれば、練習ができないということ。
どうしたら……。
「とりあえず私のギター貸すよ!」
「いいの?」
「うん、瑠璃だからいいよ」
その言葉に私は感謝の気持ちを抱きつつ、双葉に向けてサムズアップする。
「今日の晩御飯は期待してて。双葉の好物にする」
「えっ、いいの⁉︎」
「もちろん」
「じゃあ折角だから、アタシはデザートを作っちゃおうかな。いい演奏を聴かせてくれたお礼に」
「渚ぁ~」
渚に抱きついた双葉は頭をヨシヨシと撫でられていたが、すぐに私に向き直る。
「晩御飯までみっちり行くよ瑠璃!」
「押忍」
そして、私のギター練習が始まった。
黒いギターを掻き鳴らす双葉には例の緊張は一切感じられない。
正確無比なリズムにキレのあるストロークは、ゆらゆらと揺れる焚き火のように、いつまでも見ていたいと私を魅了する。
口元の笑みが、今の彼女の心情を如実に現している。充実と高揚感に満ちている姿に、私は更に吸い込まれてしまう。
足元にあるエフェクターで音色を変化させ、その度に音色を味わうように、彼女の体がリズムに合わせて揺れ動く。
——羨ましいと思った。
父がギターを弾く姿を見ている時、いつも思っていたことだ。
どうせ出来ないと、私にはこんな凄いことは無理だと、やる前から諦めていた。
あまりにも凄くて、圧倒されて、とても同じ人間のしていることには思えなくって……ただ、聴くだけで幸せにされてしまうのが私の父の演奏だった。
でも、双葉の演奏はそんな私に、まるで、
『一緒にやろうよ』
と、言ってくれているような、思わず一緒にやりたくなってしまう、そんな楽しさで一杯だ。
こんな風に弾けたらどんなに楽しいんだろうと、前のめりになって見入る。憧れと嫉妬の感情が芽生えるのと同時に、そこに飛び込んでいくことが出来ないもどかしさに襲われる。
あぁ、なんで私は、ギターをやってこなかったんだろう。
弾けたら今ごろ、あそこに飛び込んで——一緒に楽しめたのに。
「……すご」
隣の渚の呟きに私は頷く。
動画で見ただけじゃ伝わらない。これが双葉の本来の演奏なんだ。
……圧巻だ。
人の感情を動かす音。
双葉の今の感情の色が、まるで太陽の下に咲く向日葵のような色が、彼女を中心に放たれて——
「————って、あっ」
双葉の我に返ったような声と同時に、急に音が乱れる。
そして、その異常が起きたあとすぐに、双葉と目が合う。
私と渚の顔を見た彼女は顔を赤くすると、先ほどまでの素晴らしい演奏はなりを潜め、歪んだ張りのない音を鳴らしたのを最後に、
「調子乗ってごめんなさい……」
そう言って、その場にへたり込んでしまったのだった。
「いやいや、差が凄い」
自信のないギターの辿々しい音が部屋に響く。
先ほどまでの凄い演奏をしていた、同一人物の出す音とは思えない有様に、渚のツッコミが入る。
私はすでに昨日、幾度となく見てきた光景なので多少は慣れているけど、流石に本来の実力であろう先ほどの演奏の後にこうなってしまうと、確かにこの落差に驚くのは当然だと思う。
「いやぁ……なんかテンション上がっちゃって、周りが見えてなかったんだよね」
「見られてるって意識するとコレかよ。才能が死んでるじゃんか」
「面目ない……」
「まあまあ、これから私との特訓で解消されるはずだから」
「瑠璃と特訓して直るレベルなのかこれは」
「違うよ渚」
「あん?」
「出来るまでやるんだよ」
「頑張れ双葉。瑠璃は本気だ」
「ひえぇ……」
「実際、あんな演奏見せられたら、どうにかしないとって思う。双葉の演奏はもっと沢山の人に聴いて貰うべき」
「確かに」
「ぴえぇ……」
変な悲鳴をあげる双葉から視線を外す。
ノートパソコンの置かれたテーブルに頬杖をつきながら、私は自分の目の前の壁に吊るされているギターを見た。
父が気に入っていた水色のギターが、少し埃を被った状態で寂しく鎮座している。
今、私が座っているこの椅子に座りながら、あのギターを弾いていた父の姿を思い出して……私はなんとなく、そのギターを手に取ろうと席を立つ。
そしてギターに手が触れようとしたところで、
「あ、それ凄い錆びてるね」
双葉がそう言ってきた。
「錆びてる?」
「うん。ほら、弦がさ、茶色くなってるから替えないと危ないよ。そのまま触ったら指が切れちゃう」
「そうなの?」
私は触れようとしていた手を引っ込めて……どうしようかと悩む。
そもそも今日は、私のギター練習を双葉に見てもらうつもりだったのだ。
それなのに替えの弦はどこにあるかも分からないし、他に弾けるギターもないとなれば、練習ができないということ。
どうしたら……。
「とりあえず私のギター貸すよ!」
「いいの?」
「うん、瑠璃だからいいよ」
その言葉に私は感謝の気持ちを抱きつつ、双葉に向けてサムズアップする。
「今日の晩御飯は期待してて。双葉の好物にする」
「えっ、いいの⁉︎」
「もちろん」
「じゃあ折角だから、アタシはデザートを作っちゃおうかな。いい演奏を聴かせてくれたお礼に」
「渚ぁ~」
渚に抱きついた双葉は頭をヨシヨシと撫でられていたが、すぐに私に向き直る。
「晩御飯までみっちり行くよ瑠璃!」
「押忍」
そして、私のギター練習が始まった。
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青春ガールズバンドストーリー!
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