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きっかけ

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「ちょうど他に客もいねぇから、今日は早じまいだ」
「あら、玉子焼きの持ち帰りのお客が来るんじゃないの?」


 いつもなら昼食を食べ終わり次第、夕方の持ち帰り用の玉子焼きの仕込みを開始する時間帯のはずだ。
にも関わらず、今日は持ち帰り用の小窓こまども閉めており。
珍しいこともあるものだと、照葉は不思議そうに首をかしげた。


「それがなぁ、今日はことのほか玉子焼きが売れて卵がもう無いんだ。店に買いに行ったんだが、全部売り切れだと」
「珍しい。確かに卵はまだまだ貴重だけど、こんなに早くなくなるなんてなかったじゃない」
「なんでも買い占めされたらしい。ほら、首都で一番大きな店があるだろ?なんて言ったか……」
九嶺堂くれいどうだろ?金持ちしか行けない高級品専門店の」


 雛斗は田沼のご隠居に様々なことを教わっているだけあって、子供ながらに内情ないじょうと店構えが首都で最も大きい店のことを知っていた。

 九嶺堂とは、外国の品々の中で良質かつ高価な品のみを扱っている店のことである。
高貴な身分の方の為に、礼服やドレスを仕立てたりもしていた。

 百年以上続いている老舗中の老舗であり。
当代の店主といえば、十年前の日明国開国の際には外国との橋渡しもかって出たほどの凄い人物だった。


「あそこの店主が玉子料理が大の好物で、毎食欠かさず食べてるんだって」
「よく知ってるわね」
「九嶺堂のことは別だよ。あそこはとにかく有名だから、すぐに噂が広まるんだ」
「どっかの誰かと同じ、有名人だからなぁ?」


 鶏一郎がニヤニヤ笑いながら見つめるのは照葉の顔だ。
美人すぎて有名になり、かつ厄介なことになっている照葉を揶揄からかっているのである。

 憎たらしいと思いながら、鶏一郎が厨房ちゅうぼうに入るがてら黄美子に渡した小袋に目がいった。
開けなくともただよう香りで中身の見当がついた照葉は、嬉しそうに袋を開ける黄美子を見ている。
見ている方まで嬉しくなるような笑顔だったからだ。
特殊な包装紙から出てきたのは、日明国の名物のみつの揚げ饅頭まんじゅうだった。

 あんこたっぷりの揚げ饅頭は、特に寒い時期や春先には行列が出来るほどよく売れる。
夏などの暑い季節には揚げ饅頭ではなく、やはりあんこたっぷりの水饅頭を売り出す。
透明感のある生地があんこを包みこんでいる姿は、清涼感せいりょうかんがあり夏にピッタリの甘味かんみだ。

 何より暑さでバテても、これなら栄養があって食べやすい。
これまた夏の暑さをものともせず行列が出来る人気ぶりだった。


「お兄ちゃんありがとう!私揚げ饅頭大好き」
「食べ過ぎて動けなくなったことがあるくらいだもんなー?」
「もうっ、それは小さい時の話でしょ!雛斗だって揚げ饅頭は好きじゃない」
「俺は自分の腹具合はわきまえてるからね」


 じゃれあっているようにしか見えない双子の喧嘩けんかも、照葉にとってはいやしでしかない。
一通り言いあった後で、ちゃんと自ら兄の手伝いをするところも素晴らしい。
三兄妹のみで連携れんけいは取れているので。
仮にも客である照葉は、先程からちぢこまっている桜姫に視線を向けた。


「これは興味本意で尋ねるのですが……」
「…………」
「あの男、千樹大和に一目惚れしたというのは本当ですか?一目見ただけで、ここまでしてしまうほど好きになってしまったんですか」


 裏も何もない、本当に興味本意だったのだ。
年頃の少女が見目麗しい男性に一目惚れすることはよくあること。
好きだと自覚することも、それによって暴走することもままあることだろう。

 しかし、高貴な女性は自分自身で行動するよりも人を使うことが主だ。
人を使って調べさせ、接点を持ち親密になってーーーーと。
人を使うことに慣れきっている生き物と言える。

 逆に庶民は自分一人しかいない。
人に頼ることはあっても使うことはないのだ。
だから自分自身で行動し知恵を巡らせ、恋を成就じょうじゅさせる為に努力する。

 桜姫は、高貴な女性らしからぬ行動を取った。
それが照葉は信じられないのだ。
転婆てんば破天荒はてんこうという風にも見えない、少しばかり気が強いというだけの普通の娘。
何かしらキッカケがあったに違いない。
でなければ今回のことは説明がつかなかった。


「・・・新しく付き人になった者が、大和様には恋人がいると言ったのです」
「その時点ですでに嘘ですね」
「二人は相思相愛の仲で、・・・私の初恋は実らないのだとっ・・・そう、言われて・・・」
「その言葉を真に受けて、暴走してしまったと言うのですね」


 桜姫は無言でうなずいた。
悲しげにまゆを寄せ、目尻めじりに涙を浮かべてさえいる。
いたたまれないこの状況を打ち破ったのは、間延まのびした声で話す鶏一郎だった。


「その付き人は出しゃばり過ぎてるんじゃねぇか?」


 広すぎず狭すぎない店内だ、他に客もいないので桜姫の声もよく通ったのだろう。
食事の支度をしていた鶏一郎の耳にも、話の全てが届いていた。

 そしてするりと話の輪に入ってくるのも、気さくな性格ゆえにだろう。
恋敵である照葉だけの意見より、他者の意見の方が受け入れやすいと思いこのまま話を続けた。

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