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誘拐事件

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 この戦いも、はや3ヶ月近くになる。
照葉にとっては不毛でしかないこの争いを、一刻も早く終わらせたいのだが。
もはや執念深いの一言では片付かないほどの執着心を持って大和が会いに来るから、一向に終わりが見えない。
しかし店じまい後まで居座るほど図々しくはないようで。
照葉もそれはわかっているのだが、ついつい冷たく接してしまう。


 「こんなところで油を売ってる暇なんてないでしょう」


 塩を投げつけても帰る素振りすら見せない大和に呆れつつも、照葉は店じまいの作業を始めた。
本日も完売御礼、一輪すら残っていないことに嬉しく思っていると。
背後で大和がとろけるような笑みを浮かべていたので、照葉の笑顔は一瞬でそげ落ちた。
しかしそんな態度を取られても、嬉しそうに笑っている大和はもはや末期だ。



 手の施しようがありません。



 頭の中で、照葉はそんなセリフが聞こえた気がした。


「ちゃんと休憩時間内だ、問題ない」
「こっちは問題大有りです。帰れ」


 照葉はイライラしながら、ハラリと落ちてしまった髪を綺麗に結い直していく。
するとあろうことか、大和が無遠慮に手を髪に伸ばしてきた。
その魔の手から逃げようとして、持っていた瓶が倒れ中の水が地面流れる。
草履が濡れてしまったが、そんなことを気にするよりも無遠慮に触れようとする大和の手を思いきり叩いた。

 警戒心が強く、気位が高いとでもいうのか。
お前ごときが簡単に触れられるはずがないだろうとでも言いたげな目をした照葉を間近で見て。
ここでさらに押せば取り返しがつかないことは目に見えていたので、大和は恐る恐る距離を取った。
ほんのわずかな距離ではあったが。

 そんな野生動物のように絶対に気を許さない照葉を毎日見ていながら。
町の人たちは、それでも二人の恋愛成就を願っていた。

 それというのも、大和は一日も欠かさず時間も惜しまず距離としては決して近くはない首都から愛しい人の元に健気に通いつめるのだ。
恋愛好きの女性陣は元より。
一途で一本気な大和の心意気が、男らしいと町民たちからの好感度が暴上がりらしい。

 しかし照葉が大和を毎回追い払っていることについては、どう思っているのか。
民衆はやはり、都合よく解釈していた。

 何度も言うが、照葉は孤児であり身寄りはいない。
従って国の花形とも言える部署に所属している大和とは、身分違いと誰もが思うことだろう。

 照葉にしてみれば、これからもっと昇進して手の届かない存在になるはずなのだから結ばれるはずがない。
だから照葉が泣く泣く大和を追い返していると、町の人々は思いこんでいた。

 しかしよくよく冷静になって観察してみれば、照葉が本気で嫌がっているのがわかるだろうに。
悲恋という名の都合のいいまくが、町の人たちの目に張りついているのだ。

 ここまでくると、もはや大和が周りに全て根回し済みで。
外堀そとぼりはとうの昔に埋められていて、逃げ場が無いのではないかと照葉は考えていた。

 だが、ここで諦めたらそれこそ終わり。
何も全てにおいて大和が優位という訳ではない、照葉にだって強味の一つや二つはある。

 噂を集め、信憑性しんぴょうせいが高いと言える情報を入手し。
さらに裏づけを取って、それが真実だと確信が持てた時。
照葉にとって希望とも言えるその話が、どれほど救いを与えたことか。
笑みを浮かべながら腕を組み、高らかに大和に向かって告げた。


「・・・今連続して起こっている誘拐事件の走査、および警備の強化がなされていると聞きました。加えて!あなたは我が国が誇る美しい姫宮様ひめみやさまの身辺警護を任されたとか。こんな!ところで!!私をからかっている時間はないと思います!!!」


 ここ一ヶ月ほど前から、日明国の首都近辺において十五歳から十八歳までの少女誘拐事件が勃発ぼっぱつしていた。
誘拐事件の捜査とさらわれた少女たちの早期発見、および犯人逮捕を守呉隊が任されているのである。

 隊士の中でも郡を抜いて優秀であり、強者の大和も率先して捜査に加わり事件を解決しなければならないはずなのだ。
照葉と過ごせる時間など無いに等しい、それなのに必ず会いに来る。

 だがやはり以前と違うのは、休憩時間にしかやって来なくなったことだ。
さすがに休日返上で朝晩関係なく働いているようで、決して多くはないだろう貴重な休憩時間を使って照葉に会いに来るのだから。
それだけで本気の度合いが分かりそうなものだ。

 しかしそれでも、照葉は全く心動かされない。
その最たる理由が、近々大和が照葉以外の女と結婚する可能性が高いからだった。

 現帝の妹であり、皇族唯一の姫宮であられる桜姫というお方がいるのだが。
その姫が警護の仕事をしていた大和を見かけ、どうやら一目惚れをしたらしい。

 御年十五歳になる桜姫は適齢期のお年頃ということもあり、すぐにでも嫁ぐ気満々だったそうだが。
ただ優秀なだけの一隊士に、皇族を嫁がせる訳にはいかないので。

 今回の事件で見事姫を守りきり解決すれば、お膳立ては完了。
晴れて国民全てに祝福された、理想の結婚相手の出来上がりである。
(これらは全て皇族並びにそれに列なる者たちの考えであって、大和の気持ちは少しも考慮されてはいない)

 そこまで踏まえた上で、照葉の考えることは一つだ。
『巻き込まれたくない!!』の一点である。
国の頂点に立つ最高権力者の妹が好きな男が、事件の捜査の合間に女に会いに行っているのだしかも好意を隠そうともせず!

 もし万が一、天変地異レベルで照葉に好きな男が出来たとしよう。
その男が毎日欠かさず通っている店があると、照葉の耳に届いたらどうする?


 余すことなく、こと細かに調べるに決まっているだろう!!!
姫宮も間違いなく調べる、照葉のことを全て。


 恋は盲目、他のことなど目に入らない。
特に十代半ばの少女なんて、若さゆえの暴走が起こっても不思議ではないのだ。

 恋敵なんていようものなら、徹底的に調べあげて弱味を握りそれを交渉材料にして身を引かせる。
よくよくある方法ではあるが、よほど性格が過激でない限りいきなり実力行使をすることはないだろう。

 本人の性格がひん曲がっていたり、歪んでいたり苛烈であったりしたら・・・おそらく照葉の命はない。
周りに余計な入れ知恵をする者がいても同じことだ。

 高貴な身分の方の性格など、照葉が知るはずもないので全て一般的な憶測しか出来ないのだが。
とにかく、わざわざ自分から命を縮ませる行為は避けたいと願う。

 大和が店に来るだけで、商売が成り立たなくなる心配だけでなく。
照葉自身の命の心配も、しなければならないのだ。
色々苦労をしてきた十八年間。
やっと落ちついて暮らしていけると思った矢先に、特大の厄が隕石として降ってきたような心持ちになる照葉だった。


「暇だからここに来てる訳じゃないぞ?」
「は?」
「照葉に会えることで、言葉を交わすことで疲れを癒すことが出来ている」
「小指の爪先ほども好意を持っていない事実を突きつけられても?」
「・・・・・・照葉が存在してくれているだけで幸福なんだよ」
「ねぇ、汗がすごいわよ?口元ひくついてるし、改めて私にハッキリ言われて焦ってる?これだけ通えば少しは好きになっているとでも思ってた?ねぇ思ってたんでしょう。カッコつけてないで正直に言ってみなさいよ」
「あぁもう休憩時間が終わってしまう」
「あら帰るのね卑怯者。これにりたら、二度と来ないことね」


 本人の口から、疲れているから癒されに来ていると言われたのにも関わらず。
弱っている精神に、追撃を食らわす照葉は鬼である。

 体力精神力を一気に削られたかのように、ふらふらと足元がおぼつかない様子で去っていく大和を見て。
誰にも聞かれることがないほど小さく『お疲れさま』と呟くのだった。



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