魔王は魔王でも牛魔王です!

桐一葉

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天敵

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 それはもう低い声だった。


 まるで真冬の猛吹雪を体感したような寒々しく低い声を発したのは、極上の美男に告白された絶世の美女・照葉だ。

 照葉を抱きしめた男らしく鍛えぬかれた肉体が、黒の隊服に包みきれずにはだけられた箇所からかすかに見え。
その肉体の上に乗っている顔は、今は甘い微笑みを浮かべた最高の美丈夫の顔だ。

 よく目立つ目元のホクロがあるせいで、艶を帯びた目にどうしても視線を向けてしまう効果があった。

 性格も対外的には優しくて、人当たりも良く。
仲間たちとの付き合いも積極的に行い、職務に忠実であるがゆえに上司の覚えもめでたい男だ。

 どこかで聞いたことがあるような話だったが、それはともかく。
完璧に見える千樹大和の魔の手から、照葉を救おうなどと考える猛者はその場にはいなかった。
だから照葉自身の力のみで、この状況を打破しなければならない。
 
 いきなりのことで驚きはしたが、抱きしめられ告白をされても照葉の女心にかすりもしなかったので。
慎重かつ冷静に、とびきりの笑顔を浮かべて。



 大和の股間に鋭い一撃の蹴りをお見舞いした。



 相手は強者だが、油断していたのだろう当然だ。
でなければ防御なり回避なり出来たはずである。
それが思いきりど真ん中に食らったので、さすがの守呉隊の隊士であろうともその場にうずくまった。

 周囲にいた一般隊士が青ざめながら大和を回収し、事情聴取は後日改めて行うことになったのだが。
痛い目にあったというのに、それでも一向にめげないところがさすがに凄いと言わざるをえない。




 ※ちなみにその数日後に、大和の醜態しゅうたいを聞きつけた凶悪な強盗集団が。
警備隊を名ばかりで弱いと決めつけ、わざわざ大和が出張警護をしていた華族の屋敷に押し入ってきたが。
全て大和一人で、完膚なきまでに叩きのめしたというのも有名な話である。



 衝撃的な出会いを果たした二人は、そこでご縁が無くなった・・・ということにはならず。
それからも大和は、足しげく通いつめたのだ。
某~~少将のごとく、そろそろ百日に届こうとしている。

 そこまで通いつめられて、女なら誰しもほだされそうなものだが。
照葉はほんの少しどころか、一欠片ほども大和に好意を抱かない。興味も持たない。

 その証拠に、百日近く通っている男に対して塩をまき水をまき物を投げ・・・。
最終的には手軽な面から、武器をホウキに変えて追い払う日々が続いている。
会話も辛辣しんらつな言葉ばかりだ。

 打ち込み払い突いて。
・・・全て的確な攻撃だというのに、最初の股間に一発以外に当たった試しがない。

 肉体の疲労のみならず、精神的疲労を労るどころかむしろさらに追いつめていく男、千樹大和。
今日も今日とて無駄に終わるだろうに、懲りずに照葉をデートに誘うのだった。

 しかしそんなに男たちからもてはやされる者がいたなら、町の女たちからやっかみが入りそうなところではある。
だが照葉の男たちをいなした強さと、持ち前の人当たりの良さと話術と努力のおかげもあって大半の女たちはとても好意的だった。

 女の情報網と伝と連係を、侮ってはいけないと心底理解しているおかげで。
照葉は陰口はそこそこに、大半の人からは好印象を保てている。

 頼る者もおらず、金もなく定住できる場所すら無かった照葉は己自身のみで生きていかなければならない。
ゆえに、上手くやっていく為には周りを味方につけることが一番であり。
それは人心掌握であると理解するのが、普通の人よりかなり早かっただけの話なのである。

 おかげで、お金を稼ぐ術と住める場所。
そして何より、人々からの信頼と称賛と好意を得られた今が最高に幸せだと噛みしめることが出来ている。
照葉自身が頑張って努力して、手に入れた『結果』だ。


 だからこそ、全ての努力が泡のように儚く消えてしまわないように。


悪鬼天敵あっきてんてき滅ぶべし!!!」


 清めの塩を投げつけながら、照葉は大和に向かってそう叫ぶのだった。


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