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鈴娘の過去
しおりを挟む九十九神の説明があらかた終わったところで、今度は鈴娘のことについて説明を求めることにした。
ただの物だった頃ならいざ知らず、九十九髪となった今1人の人間の側に居続ける理由がわからない。
考えられるとしたら、人間にとり憑く性質の妖か。
または妖に憑かれやすい人間だからという理由だ。
妖が惹かれやすい類いの人間はいることにはいる。
が、和矢の場合はそういう血筋でもなければ体質という訳でもなさそうだ。
だというのに、幼い頃より側にいると鈴娘は言った。
自由奔放を好む妖が望んで人間の側にいる。
それはよほどの理由が無い限り、神として許してやれる事態ではなかった。
命の危険があるからだ。
「わたくしは、とある神社に御神体として奉られていた鈴でした。ですが…そこはとても居心地が悪いところで、わたくしはいつも鬱々とした毎日を送っておりましたのよ」
なんでも、その神社は永く続いているわりには物を大事にしない一族が管理しているらしく。
鈴娘にしても、先代の鈴の管理が甘く。
眩く輝く金色だったというのに、どす黒くなるほど汚れてしまった為に新しく誂えられた物なのだとか。
新しい御神体として、清々しい気持ちで神社にやって来てみれば。
見たのはごてごてと飾られた、目に痛い本殿の側に打ち捨てられた先代の鈴。
あれは遠からず、自分自身の姿になるのだと思い知らされたそうだ。
「それでもわたくしは、まだ幸運な方でした。次に選ばれた神主が婿養子としてやって来て以来、道具は丁寧に手入れされるようになりましたもの」
しかし、やはりその神社に関わる物は不幸の一途を辿る運命にあったらしい。
神社の後を継いだ娘には妹がいて、常日頃から姉と対立し喧嘩が絶えなかったそうだ。
ついには耐えられなくなった妹は家を飛び出し、その際に鈴娘を持ち出したのである。
すぐに代わりが作られることを知らず、御神体が無くなって姉が困ればいいと思いながら。
「それからの妹君の人生は、悲惨そのものでしたわ。男に騙され借金を背負わされたあげく、肩代わりしてくれた老人の後妻に入り和矢を産みましたの。先妻との間には妹君よりも年上の子供がいて、妹君は和矢と共に執拗な嫌がらせを受けました」
そして、和矢が7歳の時に事件は起こった。
老人の孫娘が、母親などの大人たちから噂話を聞き和矢親子のことを知ったのだ。
今まで甘やかされて育った孫娘は、格好のオモチャを見つけたと言わんばかりに特に和矢を標的にしていじめたらしい。
母親のこともあり、必死に耐えていたがどうしても許せないことを孫娘はやらかした。
母親が大事にしていた鈴娘を、取り上げようとしたのだ。
唯一の心の支えになっていた、大切な鈴。
それをあろうことか、大事に仕舞われていた鈴娘を盗み和矢の目の前で燃やそうとした。
当然和矢は奪い返そうとしたが、ここで悲劇が起こる。
孫娘は古い焼却炉に投げいれようとしていたのだが、中は燃えていなかったので種火を手に持っていた。
しかしもみくちゃになったせいで、火を地面に落としてしまう。
その辺り一帯は何年も放置されていた枯れ草だらけの場所だったので、争う2人は火が勢いよく燃え広がるまで火の存在をすっかり忘れていた。
気づいた時にはもう遅い。
2人はなんとか火の手が回っていない場所まで逃げられたが、老人とその娘は逃げ遅れた。
老人はすっかり体を悪くし、思うように動けなかったから。
先妻の娘は酒を飲みすぎて眠っていたから。
数人いた使用人たちは、ちょうど休みでいなかったのだ。
和矢の母親は、先妻の娘に命令され酒を買いに出かけて運良く留守にしていた。
事実を知っているのは、幼い子供たちだけ。
孫娘は自分のしでかしたことを棚にあげ、和矢が悪いと叫ぼうとしたが……。
幼いながらに、このままでは親子共にのたれ死にする運命が待っていると瞬時に悟った和矢は逆に孫娘を脅した。
火事の興奮で気が大きくなっているのかと思いきや。
実は妖になることが決定した鈴娘が、なけなしの力を貸したのである。
窃盗、放火、殺人。
これらの罪を犯したのは、まぎれもないお前だと力強い言葉で告げたのだ。
そのおかげか、孫娘は和矢に罪をなすりつけることはしなかった。
火事のことを聞いて慌ててやって来た、気の弱そうな父親にすがりついて泣きじゃくるばかりで。
罪をなすりつけるどころか、自らの罪を告げることもしなかった。
結局、不運な事故として処理されたのだ。
ちなみに、孫娘の父親はどうやらかなりの善人らしく老人の残した遺産をきちんと妻である和矢の母親に渡したらしい。
おかげでなんとか高校を卒業するまでは、細々とした生活で暮らしていけた。
「……以上が、和矢とわたくしに起こった過去ですわ」
「…………………………想像以上に、重いっ!そして話が長いっっ!!」
予想を超えたシリアスな話に、先に根をあげたのは疾風だった。
嫌な話を聞いて喉が渇いたのか、冷めた茶を一気飲みしておかわりを催促する。
弥生もすでに顔色が悪く、無意識のうちに愛枝花の着物の裾を握っていた。
「かなりかいつまんで話しましたわ」
「……なるほど。仮にも御神体だったにも関わらず、妖になったのはよほどのことがあったのだと思ってはいたが」
鈴娘は悪くないにしろ、引き金となってしまったことに変わりはない。
人の悪意を引き出し、建物を灰に変え、人まで死んでしまった。
染まるはずのなかった物が染まりきってしまうのも仕方ない。
「それからというもの、心の支えだったわたくしが全焼を免れたとはいえ焦げてしまったことで…母親はすっかり塞ぎ混んでしまいましたの」
「無理もない。まとまった金が入ったとはいえ、頼る者がいない中でたった1つの拠り所だったものが損壊したのだから」
「生気を失ったように、日がなずっとぼんやりするばかりで…。和矢はまだ幼かったというのに、母親の為に近所に住まうご婦人方から家事一切を一生懸命に学んでましたわ」
「苦労したんだな……」
「和矢はとても、とても努力家ですのよ!愛する者の為なら苦労も苦労ではない、たった1人の家族の為にと学生だった頃からあるばいとをして働きづめで…疲れきっていますのよ…」
いまだに深い眠りに落ちている和矢の頭を、優しく撫でる仕草を見せた。
鈴娘は妖としてまだ充分な年数を生きてはいないので、素質のある者以外には見えないし触れられない。
今でさえ、温かな手で頭を撫でてやりたいだろうに無情にも鈴娘の手はすり抜けた。
「だからこそ、あなた様に会いにまいりました」
鈴娘は流れるような仕草で、頭を深々と下げる。
先ほどまでの余裕綽々といった雰囲気は微塵も感じられない追いつめられた様子で、神に対して『願い』を口にした。
「わたくしを和矢から引き離してくださいませ」
ーーーーーーそれは、当然といえば当然であったし。
不思議といえば不思議なことだった。
それこそ、和矢が生まれた時から今の今までずっと側にいたのだから。
これからも側にいたいと思っていても、不思議ではないのが妖の性。
たとえそのせいで対象者が死ぬとしても。
それは寿命だったのだと、無理やりにでもこじつけてしまう自分勝手な生き物なのだ。
だが鈴娘自身の性格を思えば、人間である和矢の側に妖の自分がいるのは良くないと考えている。
先ほどは社畜のせいで疲労困憊なのだと言ってはいたが、おそらくすでに影響が出ていると思い知ったことが起こったのだ。
でなければ、新参の妖にとって鬼門とも言える神社にわざわざ大事に思っている人間共々訪ねてくるわけがなかった。
「妖であるお前が、己の本質を歪めてまでこの人間を手放すのはなぜだ?」
「……すでに3度、わたくしの目の前で和矢が死にかけたからでございます」
唇を思いきり噛みしめて、泣くのをこらえているように見えた。
自身で死にかけた和矢を助けることが出来ず、かといって助けを呼ぶことも出来ない。
とても歯がゆかったことだろう。
ゆるやかに死を迎えると思っていた人間が、目の前でいきなり死にそうになったのを何度も見て。
さすがに妖である自分が、関係していないとは考えられなくなったのだ。
「母親を失って、生きる気力が無くなったせいと思っておりましたの。生きる理由であり全てだったのですから。……ですが、ある時見えてしまったのです。なけなしの和矢の生命力が、わたくしの中に流れこんでくる光景が……っ!!」
和矢の生命力は、光の粒子が帯のようにたなびきながら鈴娘の元に流れこんできたのだという。
その話を聞いて、執着しているのは鈴娘ではなく和矢の方なのだとわかってしまった。
「それが見えてからは、もう…終わりなのだと悟りました」
母親の唯一の『形見』であり、罪を背負ってしまうキッカケになった鈴娘に……和矢は異常なまでの執着心を持ったのだ。
だから他に目を向けることなく、全ての想いを鈴娘に向けた。
そのせいで生命力まで渡してしまうのだから、和矢の異常性がよくわかる。
妖というのは、およそ程度の差はあれど性質は猫に似ていた。
気まぐれで自由を好み、束縛はするが束縛されることはひどく嫌う。
ようするに、鈴娘自身は和矢に生きていてほしいし妖の本能としても束縛されるのはごめん被るという。
どこまでいっても自分勝手な妖の性に、感心すればいいのか呆れればいいのかわからない。
だが九十九神たちは、おおいに呆れているようで。
ずっと黙々と着物を縫っていた美針は手を止めて、投げつけるように言葉を放った。
「お似合いじゃないか。自分勝手で憐れな妖と、己の罪深さに酔いしれている愚かしい人間。他者が踏み込む隙すらないわ」
「そのように意地の悪い仰り方はなさらないで!」
「事実を言ったまでだろう。自分たちで終わらせる勇気も出せない卑怯者に、なぜ愛枝花様が力を貸さなければいけないんだ?理解出来ない」
「え、何?どういうことだ?」
「お前っ…無知にも程があるだろう!なぜそれで今日まで生きてこれたんだ!?」
「なるようにして?」
「……すみません、私もわかりません…」
「お前は仕方がない。まだ生まれて十数年の赤子のようなものなのだから、これから学んでいけばいい」
「美針さん!?俺との反応の差に泣きそうなんですが!!?」
「美針は女子供には基本優しいからね~、例外はあるけど」
そこで、糸織は初めて鈴娘をジッと見つめた。
外の外気温に負けないほどの冷ややかな目で見られ、鈴娘は思わず後ずさると背後には真顔の金花が立っていた。
「ひっ!」
「金花でもわかるわ。お前、愛枝花様にあの人間を押しつけようとしてるでしょ?」
そこでようやく疾風も話の筋が見えたようだ。
一方弥生はいまだにわかっていないようで、おろおろと落ちつきなく視線をさ迷わせていた。
「……形を損なった物は、妖の九十九髪にすらなれない。だというのに、お前はなっている。何を代償にして九十九髪になれたのだろうな?」
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