ちび神様の駆け込み神社

九十九神の買い出し

さて、これから神社に人を呼び込む為に皆一丸いちがんとなって頑張ろう！！と意気込んだところで。
お約束の疾風による盛大な腹の音が鳴った。
それに釣つられ、仔犬たちもお腹が空いたと鳴きはじめる。

仔犬たちの荷物は先ほど届いたので、食事は弥生に任せることにした。
しかし人型ひとがたたる九十九神たちが増えたのだから、有り合わせという訳にはいかない。
だが大食いがいるので、圧倒的に材料が足りなかった。

野菜は畑から取ってくるとしても、明日の材料も足りないので買い出しに行かなければならない。
今夜はお祝いに、豪勢ごうせいな海鮮鍋かいせんなべにしようと思っていたのだ。
それなのに人数が増えたからといって、具が少ないスカスカ鍋を出すなどありえない。

海鮮はもちろんのこと、いっそのこと他の具材を入れた鍋も作ってしまおうと財布を手に取る。
そして疾風に声をかけ出かけようとしたところ、美針から待ったの声がかかった。


「俺が買ってきます！！」
「お前たちは、今の時代に流通している通貨つうかでの買い物の方法を知らぬだろう？」
「今教えていただければすぐに覚えます！」


迫せまる必死な顔、せっぱ詰つまった雰囲気ふんいきと合わさってこれは一歩も引く気はないということがわかる。
これでは買い出しを頼まなかっただけで、すぐに死んでしまいそうだ。

危険な秘境ひきょうの奥深くに眠る宝を取ってくるわけでなし。
近場に出かけるだけなら、大した問題にはならないだろう。
仕方ないと財布を手渡そうとしたところで、珠算からも待ったの声がかかった。


「私にも教えていただけますか？美針だけでは心配はつきませんが、私と一緒ならまだ問題は少ないかと」
「どういう意味だ珠算！？」
「目覚めたばかりの興奮こうふん冷めやらぬ状態じょうたいで、君が外の世界に出たらと考えるだけでだいたい想像がつくよ」



美針は普段なら、本当に冷静沈着れいせいちんちゃくな性格なのだ。
頼りになるし優しいし気づかいも出来る。
だが今は、愛枝花への罪悪感ざいあくかんで押し潰つぶされそうになっているのだ。
それを払拭ふっしょくする為に、少しでも役に立とうとしている。

健気けなげと言えばそうだが、空回ってしまったら迷惑にしかならない。
だがそこはフォローに長けた珠算。
美針が暴走気味なのを見抜き、同行役を買って出たのだ。
荷物持ち兼、通貨を正しく使える疾風をお供にして連れて行けば特に何も起こらないだろう。

３人組の買い出しならばと愛枝花の許可がおり、さっそく九十九神たちに目立たない服装に変化するように命じた。
美針は疾風が着ている服を参考に、着物から黒を基調きちょうとした現代服に姿を変える。
珠算は装飾そうしょくを取り払い、落ちついた色合いの着物のままで出かける準備を整えた。

疾風は愛枝花から財布とメモを預かり、大量のエコバッグを用意する。
そして準備が整った美男３人組は、意気揚々いきようようと商店街に出かけて行った。


「……さて、今ある材料で夕餉ゆうげの支度を進めておこう」
「申し訳ありません～私が手伝えたらいいのですが～」
「よい、糸織は火を扱あつかう場所には近づけぬからな。……それを抜きにしても、食材に触らせられぬ」
「どうして私が料理をしようとすると～竈かまどの火が噴ふいたり包丁が壁に刺さったり食材が木っ端ぱ微塵みじんになるんでしょう～？」
「それは糸織姉様が九十九神の中でも超越ちょうえつした存在だからよ！」



ある意味超越していると言えるだろうが、あえてそのことを口にするほど愛枝花は非道じゃない。
あえてツッコミを入れず、そのまま野菜などを用意していると。
廊下から騒さわがしい足音が聞こえてきた。

どうやら走ってくる仔犬たちを追いかけて、弥生もまた廊下を走っているらしい。
このままでは、飾かざり障子の木の部分を仔犬たちに引っかかれそうだったので。
目で合図を送り、糸織が障子を開けたとたん仔犬たちが文字通り飛び込んできた。


「どうした、食事を与えていたのではないのか？」
「ごめんなさい！この子たち、私の部屋でご飯あげてたんですけど…食べ終わったとたんにこっちに走ってきてっ……」



仔犬を止めようと必死になって追いつこうとしたのだろうが、体力も足の速さも仔犬たちには敵かなわなかった。
一目散いちもくさんに愛枝花にすがりつく姿はとても健気だが。
他の者に目もくれないのは、少しばかり問題だ。
キラキラした目で愛枝花を見つめる仔犬たちを見て、同じくキラキラとした目になった金花が身を乗り出した。


「愛枝花様のお側にいたかったのね！よくわかるわ、金花も珠算の側を離れたくないもの」
「でも～、買い出しについて行こうって言わなかったわよね～？」
「九十九神のほとんどが、愛枝花様のお側を離れたらダメでしょう？目覚めたばかりで、さすがにそれはいけないことだって人間でもわかるわ」


無い胸を張って威張いばる金花に、愛枝花を筆頭ひっとうに全員が無言むごんで頭を撫なでた。弥生も撫でた。
なんとも微笑ましい九十九神最年少に、全員が生暖かい視線を送っていることに気づかない金花は首をかしげるばかりだ。

そんな風に可愛がっていると、仔犬たちが抗議こうぎするように大きく吠ほえる。
おそらく自分たちも構かまってほしい、撫でてほしいと訴うったえているのだろう。

しかし、愛枝花はこれから食事の支度したくを控ひかえている。
動物の毛を引っ付ける真似は出来ない。


「食事の支度が終わるまで、仔犬たちの相手を頼む」
「わかりました！」
「かしこまりましたわ～」
「金花に任せてください！」


一番構ってほしい相手に構ってもらえず、最初こそ悲しそうにしていたが。
三者三様さんしゃさんようの美人に囲まれ、ボールに縄なわにぬいぐるみと。
様々なオモチャをちらつかせられて、とたんに機嫌を直し食らいついていく。

どうやらかなり単純たんじゅんな性格のようだ。
扱いやすいのは助かるが、もう少しかしこくなってもらわないと困るなと思いながら。
数多の野菜を鍋用に切っていくのだった。







あれから数時間は経ち、鍋の準備も終わり仔犬たちも遊び疲れて用意されたベッドの上ですやすやと眠りについてしまった。
やることはもう特に無いので、女性陣の中で唯一まともにお茶を淹れられる愛枝花が人数分の茶を用意する。
コタツに入って暖まりながら、買い出し組の帰宅を待っていると。
気の抜けた声で、愛枝花の名を呼ぶ疾風の声が家中に響ひびいた。


「愛枝花～！大変だ！！」
「今の時点じてんでお前以上に大変な存在はいない」
「いやいやいや、さらに上をいくやつが現れたんだって！」
「自身について自覚じかくがあったのだな、驚いた」
「そんな棒ぼう読みで適当てきとうにあしらうなよ！そうじゃなくて、美針ってやつが行き倒れてる男に取り憑ついた妖あやかしと戦ってる！！」
「それを先に言わぬか馬鹿者！！！」


まだ戻りきっていない神力を使って、瞬時しゅんじに移動することはまだ出来ない。
だからこの中で一番脚あしの速い疾風の背に乗り、急いで美針の元に向かった。

どうやら妖は鳥居の結界に阻はばまれ神社の敷地内しきちないに入れないようだ。
しかしまだ完全な結界とは言えない為、そんなに力を持っていない妖でも結界に影響を与えてしまう。

それを危惧きぐした美針が意識を失った男性を珠算に預け、結界の外で妖を追い払おうと戦っていたのだ。
無限に生み出される鋭するどい銀の針を、宙に浮いている妖に撃ち込むが。
ヒラヒラとした衣の裾すそばかりに当たり、本体を仕留しとめられない。
だがだんだんと追いこんでいるようで、妖の顔に焦あせりが見えはじめた。


「死ねっ！！不浄ふじょうなる物が！！！！」
「やめよ美針！！」


神の声は絶対なる言霊ことだまだ。
特に名を呼ばれたなら、絶大な効果を発揮はっきする。
大きく飛翔ひしょうし、妖に直接針を撃ち込もうとした矢先に愛枝花の制止が入ったので。
美針は攻撃することなく地面に着地すると、うやうやしく頭こうべを垂たれた。


「遅くなりまして申し訳ありません。今しばらくお待ちいただければ、あの不浄の塊かたまりを消します。跡形あとかたもなく」

「だからそれをやめよ。不浄不浄とお前は言うが、あれは瘴気しょうきから生まれ出でた妖ではないことぐらいわかっていよう」

「穢けがれてしまった『物』です。……早く消してやった方が、アレの為です」

「……気持ちはわかるが、しばし待て。どうやらアレは、気絶している男共々私に用があるようだ」


美針からの攻撃を避さける為に、はるか上空に浮いていた妖の女は。
愛枝花の一声で攻撃が止んだことに警戒けいかいを解といたのか、ゆっくりと地上へ降りてきた。

せっかく美しい花の模様もようの入った着物が似合う美人だというのに、着物がボロボロでみすぼらしくなってしまっている。
あまりにも哀れだったので、着替えを貸して美針に着物を繕つくろうように命じた。
愛枝花の神力では、着物を直すどころか消滅しょうめつさせかねないからだ。

美針は妖に情けはいらないと言いたかっただろうが、最高権利者には逆らわない。
大人しく着物を繕うことを了承りょうしょうした。


「さて、立ち話もなんだ。中で詳くわしく話を聞こう。……お前の名は？」

「わたくし、鈴娘と申します。雪津梛愛枝花乃比女様にお目にかかれ光栄の至りにございます」

「私を知っているとは驚きだ。お前、妖になってまだ百年ほどだろう。それほどに若い物が、古い神たる私の名前をよく知ったものだ」

「この周辺の妖たちが噂しておりましたのよ。『古き時代の女神が甦よみがえった』と。有名な方の噂話は、底辺ていへんであるわたくしの耳にも届いてまいりますわ」

「…もうそんなに噂が広まっているのか……」


神社が再建されたので、遅かれ早かれ噂が広まることは予想がついていたのだ。
良いものにも悪いものにも、平等びょうどうに話は広がっていく。

その昔にはかなり名を馳はせた強大な女神だったこともあり、短期間で爆発的に広まった可能性が高い。
これでは基盤きばんを整える前に、厄介な連中が押し寄せてくるのは時間の問題だと考えた。