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始動
しおりを挟むそして、残された九十九神たちと疾風の5人はというと。
緊張感の無い顔の仔犬たちを挟んで、なんとも言えない表情で向かい合っている。
愛枝花という緩衝材がいないだけで、すでに空気が違うのだ。やけにヒリヒリする。
微妙な空気が漂っている中、先に口を開いたのはやはり疾風の方だった。
「……ここを再建した時に、愛枝花がやけに大事そうに抱えてた荷物はあんたらだったんだな」
「愛枝花様が、俺たちを抱えて…?」
「俺が持つって言っても人には頼めない物だって言ってたからな~、あの莫大な金塊は俺任せにしたくせに」
「あのご不自由なお姿で、厄介者でしかなかった俺たちを運んでくださったのか……」
「あんまりにも小っこいのがチマチマ動いて危なっかしかったからさ、愛枝花ごと運ぼうと思ったら案の定蹴り入れられて~」
疾風は場を和ませようとしたのだろう。
一刻も早く打ち解けて、和やかな雰囲気にしたい。
愛枝花にいらぬ心配はかけさせたくないと、だからこそ最初の一歩は疾風の方から踏み出した。
今はどうであれ、間違いなく美針たちの方が先達で自分は後輩。
立てるところは立てなければ、円滑にやってはいけないからだ。
しかし、その配慮は全て逆効果だった。
徐々に下がっていく室内の気温、かすかに蠢く黒い物が漂いはじめたことにより。
五感が鋭い疾風はもとより、原因である者の性質を嫌というほど知っている九十九神たちは地雷を踏み抜いたことに気がついた。
こんな状況に慣れきっていた九十九神たちは、いち早く目で示しあわせて仔犬たちと共に愛枝花たちのいる台所に避難する。
だが話すことに夢中な疾風は、動くのが『一歩』遅かった。
「お前……」
「ん?」
「お前は何をしたのか理解しているのか!?」
「え、何?」
「あの尊きお方が蹴り……暴力を振るう…?ありえないことなんだぞ!?お前はどれだけ許されないことをしたんだ!!」
「普通に過ごしてるだけだが」
「普通に過ごしているだけであの方が、そんな……一体どんな大罪を犯したんだ…?」
「ちっこいって言っただけで大罪人かい!!」
「不敬の極みだぞ神罰が下るわ!!!!」
「それならとっくに神罰が下るはずだっつーの!俺がどれだけ愛枝花に蹴られてると思ってんだ!?」
「威張って言うことじゃない!!」
この会話で全てを理解した。
疾風と美針の2人は、絶望的に相性が悪い。
お互い共に譲れないものが一緒なので、絶対に引かないから喧嘩が激しくなり収拾がつかなくなるタイプなのである。
これは困ったと言わんばかりに、愛枝花は分かりやすいため息をこぼす。
弥生はわかりやすくあたふたと慌て、九十九神たちは笑いをこらえている。
仔犬たちは飲み水をがぶ飲みするのに忙しい。
いい加減、収拾をつけなければならないのだが。
原因とも言える愛枝花が間に入ったところで、余計にこじれるだけだろう。
ならどうしたらいいのか。
美針が攻撃用の針を取り出す前に、早急に拘束するしかない。
「糸織、頼めるか?」
「おまかせください~」
糸織は手を美針と疾風の方へとかざす。
そして、それは一瞬のことだった。
女の柔らかな白い手から、その肌の色に負けないくらい白い糸束が噴き出したのだ。
それは急流のごとく現れ出でて、言い争っていた男たちに襲いかかる。
不意をつかれた2人は抵抗する間もなく、糸織の糸束に拘束されたのだった。
「せっかく解放されたのにまた拘束されるなんて~、美針ったら学習しないおバカさん~」
「なんで俺まで!?」
「喧嘩両成敗って言うでしょう~?」
仲良く並んで拘束され、それでもまだ叫び続ける美針に今度は糸織が説得し始めた。
「まだ愛枝花様のお手を煩わせる気~?」
「そんなつもりはっ…!!」
「作りたての道具じゃあるまいし~新参物と仲良くするという度量を年長者であるあなたが見せないでどうするの~?」
「お前の方が歳上だろうが!」
「……女に歳のこと言っちゃうんだ~?愛枝花様~!美針は駄々をこねて迷惑をかけるしか能がない愚か者に成り下がってしまったのでお役には立てないかと~!!」
「やめろ!!!!」
まるで生きのいい芋虫のごとく跳ね上がっては落ちてを繰り返し、必死に愛枝花に弁解しようとするが口まで糸束で塞がれてしまった。
疾風は早々に大人しくしていたので、簡単に拘束をとかれる。
体をほぐしながら、未だに暴れる美針に視線を投げると。
殺しかねない眼光を投げられた。
「落ちつくまではこのままでいさせよう。拘束されていても、私の話は聞ける」
「かしこまりましたわ~」
女は強い。
出会って間もない糸織に、そんな風に思わざるをえない疾風なのだった。
それから、美針は拘束されたまま全員がテーブルで向かい合って話をすることになった。
茶を淹れるのが上手い珠算が全員分の茶を淹れ、行き渡ったところで1人1人が自己紹介する。
正体、名前、特に疾風と弥生はなぜこの神社にいるのか。
簡単な説明を愛枝花がしたことで、特に疑問を感じるような九十九神たちではないので互いの紹介はすぐに済んだ。
そして肝心要、これからの神社についての話をした。
「みての通り、廃墟であった我が社は再建された。人の行き来がしやすくなり、工事に携わった者たちの噂でいずれは人も来はじめる。……だが、我が神社は何かしらの名物や名所が無い。これでは人が訪れることはない」
「今から春になるし、稼ぎ時の三箇日は来年まで待たないとだしな」
「夏祭りもまだまだ先だし~お宮参りも知名度が低い神社には来てもらいにくいだろうしね~」
「愛枝花様がいるんだから人がたくさん来るわよ!」
「その愛枝花様の存在が認知されていないから、何かしらの名物か名所を作ることを考えようと言っているんだよ。昔から人間は、花見や祭りにかこつけて神社に訪れていたからね」
「……神の存在を重要視しない罰当たりな人間共め」
人外たちがそれぞれ痛い事実を述べていく。
真新しい神社が出現したと言っても、場所が場所だけに移動はかなり厳しいものであり。
よほどの目的がない限りは、人々は訪れはしないだろう。
苦労して行くだけの価値が、愛枝花の神社には無いのだ。
だからこそ、苦労してでも来た甲斐があったと思わせる何かがないといけない。
この場所にあるもの、と考えてすぐには思い当たらなかったが。
そこで初めて、人類代表である弥生が恐る恐る手を上げた。
「ちょっと、思ったんですが……」
「どうした?」
「ここの温泉って、人の悪いところを治す効能があるんですよね?温泉水を使った飲み物や食べ物を摂取しても同じ効能を得られるんですか?」
「そうだ。浸かっても摂取しても同じ効能を発揮する。それがどうした?」
「それなら、日帰り温泉と簡単な軽食を提供出来るってのはどうですか?……私がこんなにまともな見た目になれたのは、全部愛枝花さんが用意してくださった温泉や食事のおかげです。心身共に健康になれたんです、大げさなんかじゃなく!絶対、絶対!こういうのを望んでいる人はたくさんいます!!」
ずっと自信無さげで、オドオドしていた人間の子供が。
人の顔をまっすぐに見て、堂々とした姿で話していることに愛枝花は不覚にも感動した。
人の子の成長は早いと知ってはいたが、こんなにたくましくなるとは予想すらしておらず。
自然と笑顔がこぼれた。
「それに、あの……貰った化粧品なんですが、」
「ん?」
「あれも人を呼び込められると思うんです!だって、たった一晩でシミが!ほうれい線が!消えたんですよ!?乾燥肌も治ったし、指のささくれもあかぎれも治って……」
「化粧品にも温泉水を使っているからな」
「これに食いつかない女性はいません!!」
「遥か昔から~女の美に対する執着は凄いものね~」
「一度売れれば一生売れます!!」
思えば、愛枝花たちは人間を呼び込む為に色々考えていたのだから最初から弥生に意見を聞いてみるべきだったのだ。
一度口に出せば話す話す。
今のところ数多の人々に提供しても枯渇する心配はなく、品質にも問題無くて人手も増えた。
この計画が今のところ、一番集客を見込めそうなので。
愛枝花は全員に賛成か否かを問うた。
「他にいい案はないな」
「同じ人間の考えだから当たりだと思いますわ~」
「ははっ、欲望に忠実ですからね」
「愛枝花様がお望みなら金花は従います!」
「むしろ従わぬ輩は俺が従わせます」
「では、弥生の案でこの神社に人を呼び込むことにしよう。皆、これからたくさん働いてもらうぞ!」
「「「「「「はい!!!!」」」」」」
こうして、愛枝花たちの神社を軌道に乗せる計画は開始されたのだった。
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