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チビ神様は頑張り屋
しおりを挟む「神ですら理不尽な目にあっているのだから、人間がさらに理不尽で不条理で悲劇的な目にあうのは道理に叶っている。だからこそ、救いの手というものが存在するのだ」
筆 雪津梛愛枝花乃比女
事の始まりは、わざわざ数えるのも面倒に思える遠い遠い遥かな昔。
神代の頃より生きてきた美しい女神、雪津梛愛枝花乃比女が荘厳で清麗な社に鎮座していた頃のことだ。
天候すら自由に操れるほどの強い神力が備わっている女神は、多くの人間からの信仰を集め崇め奉られていただけでなく。
有能で優秀な神使が側に控え仕えていたことから、神々からも一目置かれ信望を一心に集めていた。
人々は飢饉に見舞われれば雨を降らせてほしいと願い、豊作になれば恵みを与えてくださった女神に感謝を捧げる。
優しさと慈愛に満ちた女神を心から慕い、尊敬の念を抱くのだ。
ゆえに多くの人間からの信仰は増すばかりだった。
だが、人々の願いを叶え続けさらに力が強まり当代随一の女神とさえうたわれるようになったある日。
信じられない悲劇が起きた。
女神が住まう栄えた社を狙って、生まれて百年ほどしか経っていない若い男神がいきなり単身で乗り込んできたのだ。
女神を守る神使を力ずくで消し去り、主たる女神を追い出し美しい社を乗っ取った。
突然の出来事に、女神は悲しむ時間すらなく社から逃げることしかできなかった。
そもそも女神は戦いに特化した神ではない。
癒しを与え願いを叶えることに特化した女神なのだ。
ましてや家族とも呼べる神使を失ったせいで深い悲しみを味わい、戦って追い返そうなどできるはずもなかった。
遠くへ逃げることしかできなかったのだ。
社を手に入れたことにより、逃げた女神など追うこともないと思ったのか。
後々においても女神に追手がかかることはなかった。
なので女神は逃げのびた先で残った力を使い、山の中に小さな社を建てる。
そこで細々ではあるが、穏やかな暮らしを望んだのだ。
しかし仕えてくれる者もいなければ、女神を信仰する人間も山の中の社に参拝しに来るはずもなく。
神の力はだんだんと削がれ、女神は日に日に衰え弱くなっていった。
だが信仰されぬ代わりに人間のように食事をとり、エネルギーを溜めることでなんとか神としての形を保っていた。
その代わり、奇跡とも呼べる神の強大な力は操れない。
あくまで、神としての器が保たれている状態だ。
そんな当代随一のか弱き女神は、こんな状況を変えるべく常々こう思っていた。
「せめて何人かでも、氏子が欲しい」
そう、曲がりなりにも神として生きているのだから信仰心を持った参拝客や自分を氏神とする氏子が欲しいと女神は願ったのだ。
それこそ昔は数えきれないほどの人間やそうでない者たちが、積極的に社に参拝しにやってきたものだったが。
過去の栄光にすがってばかりでは、いずれ自分という神が消えてしまう。
人間のように食事をとって、エネルギーを溜めるのもやがて限界が来るだろう。
その前になんとしても、自分という神をたてまつる氏子を手に入れなければ。
そうと決めてからの、女神の行動は早かった。
大半の力を失ってからというもの、二十代前半の外見だった自身の姿が十かそこらの少女の姿になってしばらく。
その姿で人がたくさん出歩く夕方から夜にかけて出歩けば、決まって大人や警察に呼び止められ早く家に帰るように説得される。
子供の姿なのだから仕方ないことではあるが、話すら聞いてもらえないという現実が女神にとてつもない絶望を与えた。
だが、行動しなければ何も変わらない。
夕方以降がダメなら早朝はどうか?と考えた。まだ日も昇らないうちの早朝なら、朝の散歩で説明がつくと考えたのだ。
それなら昼間に出かければいい話だが。なにぶん世間の十代の少女たちは、平日には『学校』に通っている。
以前も平日の昼間に出かけ、補導されかけたのは記憶に新しい。
土日は人が多すぎて、人酔いする上に幼い少女の話に耳を傾けるはずがなく。
結果は惨敗で終わってきた。
だが、今度こそは!と意気込んで。
自ら仕立てた着物の内、冬の季節にピッタリな雪兎の柄の着物に着替えて気合いを入れて。
まだ暗い早朝の街中を、女神は1人歩くのだった。
◆◆◆◆
ーーーーーー冬の朝は寒い。
愛枝花の吐く息は白く、頬は紅潮し。
はた目から見ても、冬の寒さを必死に耐えている様がよくわかる。
だというのに、女神・愛枝花は寒さをものともせず力強くコンクリートの道を歩いていた。
今日こそは、今日こそはと密かに呟きながら。
自身の長い黒髪を左右に大きく揺らし、辺りをキョロキョロと見回していた。
「……やはり時間帯が早すぎたか?冬の早朝など、暗くて寒くて誰も出歩きたくないだろうしなぁ」
考えれば簡単なことだったが、愛枝花が出歩ける時間は限られている。
見た目が子供の女神が、なんの不審も持たれずに街中で氏子を探すのはとても大変なことで。
心が折れそうになったのは、両手を使っても数えきれないほどだ。
「誰か、誰か……1人でもいいから、通らぬか」
あてもなくしばらく歩いていれば、どんより雲から雪が降りはじめた。
チラチラと降り始めたかと思えば、雪の量はたくさんに増えていく。
しまいには風も強くなり吹雪いてきた。
このままでは、女神なのに町の中で遭難してしまう。
慌てて雪をしのげる古い倉庫のような場所に飛び込んだ。
「う~!やはり、私は呪われているのか!?氏子を捜すだけだというのに、なぜこうも幸先が悪いのだ!」
雪を払いのけ、その場にうずくまりながら重いため息を吐き出す。
愛枝花が何かを望む時に限って、どうも上手くいかない。
空回りというか、悪運に恵まれるというか。
とにかく物事が上手く進まないのだ。
雲1つない空だったのが、急にどんより雲になり雪が降り始めしまいには吹雪。
呪われているとしか思えない。
女神である存在が、だ。
「認めるものかっ……!」
そう。たとえ呪われていようと、悪運に好かれていようと幸運その他諸々に見捨てられていようともだ。
氏子を手に入れるという望みを捨てられない、捨ててはならないのだと強く心に刻み込まれている。
女神である愛枝花が、どうしても叶えたい願いの為に。
勢いよく立ち上がり、雪の中を何のその!といった風に前進しようとする。
負けてたまるか、吹雪ごときに!という気迫を感じるが。
小さな体は踏んばりがきかず。加えて突き刺さるような冷たさが、悲しくも愛枝花を猛烈に襲う。
今は動けない。
もう少し、せめて陽が出てから動くことにしよう。
最初の誓いはどこへやら。
今にも崩れそうな倉庫の中で、大人しく寒さをこらえる愛枝花だった。
「っ………ぁ……」
「!?」
寒さのせいで、いつもならすぐに気がつくはずの人の気配にまったく気づかなかった。
暗くて何も見えない倉庫の奥に、誰かいる。
一気に警戒を高め、意を決して声をかけた。
「……誰か、いるのか?」
力が弱まっているからといって、まったく使えないわけじゃない。
善いものと悪いものの判断ぐらいは気配で感じとれるのだ。
少なくとも気配の主は悪いものではない、そう判断した愛枝花は怯むことなく倉庫の奥まで進んでいく。
手のひらから光の玉を出現させ、気配の主を確認した。
「人……か?」
現代ではまずお目にかからないだろう、ぼろ雑巾よりひどい姿の男が行き倒れている。
かろうじてうめき声を上げるしか出来ないほど、弱っているようだった。
愛枝花は声をかけ続けるが、最初のうめき声以降男からの返答はない。
仕方なしに、その辺に落ちていた木の棒を拾って男をつついてみれば。
かすかだが、男が何か言いはじめた。
「………………た」
「なんだ、何が言いたい?」
「腹、減った……」
「なんだと?」
何かよくよくの訳があってのことだろうが、腹をすかせて困っている男が目の前で生き倒れている。
その事実を前にして、愛枝花は重いため息をはきだす。
そしてピクリとも動かない男に、もう一度一声をかけた。
「立てるか?歩けるか?」
「あ……?」
「立って歩けるならば、ついてこい。温かい食事を作って、お前に食べさせてやる」
「本当か!!?」
食事を作ると言ったとたんに、生き倒れていたのが嘘のように突然男は元気よく起き上がった。
その様子に、愛枝花はわかりやすく後ずさる。
誰の目から見てもわかりやすい不審者が、いきなり間近に迫ってきたのだ。
距離をとるのは当然の反応である。
それでも走って逃げ出さなかったのは、女神として一度口に出した言葉は守らなければならないと思っているからだ。
だが、あからさまに逃げないとしても思ったことはハッキリ質問するのだった。
「お前!死にかけていたのではないのか?!元気よくいきなり立ち上がりおって……!!」
「体力温存してたんだよ。下手に動き回ると、余計に腹が減るだろ?」
当然のことだろう?とでも言いたげに、男は軽快にストレッチをし始めた。
呆れて何も言えずにいた愛枝花に男は人懐こい笑顔を見せると、ここでようやく自己紹介。
「俺は疾風だ!よっぽどのゲテモノじゃなけりゃ味の好みを細かく言う趣味はない。よろしくな!!」
「……私がゲテモノを制作するほどの料理下手だと言いたいのか?」
「そんなことは、」
「どんな料理でも食べさせてもらえるだけありがたい、とだけ言えばよいものを。ゲテモノとはなんだゲテモノとは!無礼なっ」
小さな紅い唇からのぞく白い歯が、威嚇するように歯ぎしりする。
ギッと疾風をにらみつける愛枝花を見下ろしながら、いきなり吹き出して笑い始めた。
「何がおかしい?!」
「いやいや。小っさな子猫のようなお嬢ちゃんは、不機嫌になっても可愛いだけだって理解してな」
「お前は私をバカにしたいのかけなしたいのか、不器用なりにほめたいのか」
「心からの賛辞でっす」
「嘘をつくな無礼者め」
腹立たしさから、疾風から顔を思いきりそむける。
そこで外を見れば、あれだけ吹雪いていた雪は止んでいた。
おかしな男に出会ったせいで、もう氏子さがしどころではない。
もう夜が明けるので、仕方がないと愛枝花は社へ帰ることにした。
「まったく。時間を無駄にしてしまったではないか」
「有意義な時間の使い方だな!」
「お前、脳に栄養が行き届いておらぬのだな。哀れな……」
「ちみっ子が飯食わせてくれるんだろ?」
「無礼を申すな!私には雪津梛愛枝花乃比女という名があるっ」
「なら愛枝花、ゴチになりまーす」
「いきなり呼び捨てにするな無礼者!」
小さな足で疾風のすねを蹴れば、大して痛くはないだろうにわざとらしく痛い痛いと叫ぶ始末。
それを無視していれば、静かになった疾風が背後に回り込み。
愛枝花はそのまま、肩の上まで抱き上げられてしまった。
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